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2011年4月 1日 (金)

新しいホームページ(ブログ)に移行します

2月25日に、4月24日に行われる津市長選への出馬を表明しました。

それに伴い、新しいホームページを開設しました。

 ↓

http://www.tsu-mirai.com/

これからは、この新しいホームページを充実させていこうと思います。

自分の考え、政策、日々の活動などを頻繁にアップさせていきますので、感想、意見などドシドシお寄せください。

すぐり英明

2011年3月21日 (月)

中断していた経緯のご説明

実質的に3年近く更新が滞ってしまいました。「再開します」宣言をしながら、再開に至らず、多くの方にご心配を頂きました。ご迷惑をお掛けして大変申し訳ございません。この間の経緯を簡単にご説明します。
地方自治をしっかりと勉強するため、2008年4月から、「明治大学大学院ガバナンス研究科」に入学しました。高度専門職業人を育成することが目的の「専門職大学院」です。政治家や政治家のタマゴ、自治体職員の方々が意欲を持って集って勉強し、切磋琢磨をしました。仕事と両立しながらの勉強は大変でしたが、家族の協力もあり、2010年3月に無事修了(卒業)することができました。光栄なことに最優秀成績賞(首席)も頂戴しました。卒業後は、今度はお世話になったご恩返しのため、引き続きゼミに通い、後輩のお世話を兼ねて一緒に勉強を続けました。このような経緯で、約3年間、ブログの更新ができなかった、というのが真相です。皆様には大変、ご心配とご迷惑をお掛けしました。深くお詫びいたします。
今回、ふるさとの発展のために尽力するため、急遽、津に帰ってきましたので、新しいホームページ・ブログを開設することとしました。今後の発信は、新しいサイトで行っていく予定です。開設しましたら、お知らせをいたします。どうかよろしくお願いいたします。
村主英明

2008年9月26日 (金)

再開します

 4月10日以来、手つかずになっていましたが、半年弱ぶりに再開いたします。ご覧になって頂いていた方がどのくらいいらっしゃるのか分かりませんが、長らくご無沙汰して大変申し訳ありませんでした。
 このブログでは、テーマに関係のあるレポートだけを掲載し、個人的な生活や「日々思うこと」といったものは一切載せない主義を通していますが、6か月近くもの空白については簡単に説明させて頂こうと思います。
 実は、4月からある大学の社会人大学院に通い始めたことが一番の原因です。市民大学などと称する教養講座の類じゃないですよ。社会人も通いやすいようにカリキュラムや時間帯が配慮された、れっきとした大学院です。通常の修士課程とは少し違って「専門職学位課程」と言い、修了すると「公共政策修士(専門職)」という学位が授与されます。主に平日の夜間と土曜日に授業が行われ、加えて週末や夏季に集中講義が組まれます。最初の半年(前期)にかなり無理をしてたくさんの単位を取ろうとしたので、授業を受けるだけで大変でした。何せ、通常の仕事をしっかりとやってから大学院に駆けつけ、夜10時まで(土曜は6時間も)授業を受けるのですから、慣れるまではかなりきついでした。レポートや宿題、試験もありましたし…。7月下旬に通常の授業が終了した後、何本も課されるレポート作成に取り組む一方で、集中講義や校外授業が行われるので、目一杯でギリギリの自転車操業的な日々が8月いっぱい続きました。でも、お陰様で、すでに成績がつけられた11コマ(22単位)中、10コマでを頂くことができました(あと1コマはA)。ひと息つく間もなく、9月に入ってから集中講義が1科目行われましたが、もうその次の週から後期の授業が始まっています。後期の履修計画は幾分余裕がありますが、同じように全力投球をしたいと思っています。
 長期間空白のもう一つの理由は、人事異動です。この7月、同じ都内ですが、勤務先が替わりました。全回も出向、今回も出向、とういことで、本来の所属機関には戻らず、全く別の組織に勤務することになりました。勤務自体はそれほど忙しくないのですが、慣れるまでは新しい仕事を覚えることに専念しなければなりませんし、心にも余裕がありません。ようやく3か月が経ち、仕事にも環境にも慣れ、落ち着いてきたところです。
 もう一つおまけの理由を申し上げれば、津市が新しい計画を策定するに当たってパブリックコメントを実施しますが、6月から7月にかけて立て続けに3本、パブコメを実施しました。前述のような忙しい中で見送ろうかとも思ったのですが、せっかく毎回、食いついて意見を出すことでいい勉強になっているものですから、今回もかなり無理をして意見を出しました。「地球温暖化対策地域推進計画」「情報化推進計画」「観光振興ビジョン」の3本です。
 パブコメと言えば、津市の最も基本的で重要な計画と言えば「総合計画基本構想」です。この総合計画は、パブコメも議会審議も終わり、すでに決定されたわけですが、私が出した意見の中にも、計画内容に反映されたものがたくさんあります。それらを振り返り、紹介しながら、総合計画について論じることから、このブログを実質的に再開していきたいと思います。その後も重要な分野別計画のパブコメに参加していますので、かなり突っ込んだ形で順次紹介していきたいと思います。
 また、以前のように、セミナーやシンポジウムに参加して学んだことも、まだご紹介していないものがたくさんありますので、取り上げていきたいと思います。
 なお、この夏、大学院のある授業科目で、対象都市とテーマを設定して計画策定をしてみる演習があったのですが、私が入ったグループは、私が提案した津市における公共交通を主軸としたまちづくりに取り組むこととなりました。まあ所詮は学校のお勉強ではありましたが、私のお盆の帰省に合わせてメンバー2名が津市にやってきまして現地調査を行い、その成果も活かして計画の提案を作成しました。その内容もご紹介して、ご批判を受けたいと思います。
 国の方は短期間で政権が替わっていますし、国民生活に重大な影響のある社会問題も次々と発生しています。そんな中、自治体レベルでも様々な課題に対応しながら自律的な行政・まちづくりを展開していかなければならないわけですが、我が津市の動向を見ると、動きが乏しいですね。もっともっと積極的に取り組んでいって欲しいものであり、この点についても、切り込んでいきたいと思います。
 以上、やたら予告だけ景気よくして、再開のメッセージに代えたいと思います。今後ともよろしくお願いいたします。

2008年4月10日 (木)

町田市ごみゼロ市民会議が「報告書」を取りまとめました

 町田市が設置した「町田市ごみゼロ市民会議」では、公募で参加した市民百数十人が熱心な議論を重ね、「ごみゼロに向けたごみの減量・資源化の方策」についての検討を重ねました。参加した市民委員は総勢134名にものぼり、会議は平成18年10月から十数回も開催されました。
 私がこの市民会議のことを知ったのは平成19年夏のことで、8月25日の第12回市民会議を初めて傍聴し、その熱意溢れる議論に感激した模様をこのブログでも以前、ご報告しています。
http://suguri-tsu.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/index.html
 その8月の全体会議で、本来なら報告書を取りまとめて終わるはずだったようですが、市民会議の主要な活動の一つである「生ゴミ処理の実証実験」が遅れたため、11月17日に最終報告会が再セットされたのでした。これは逃すわけにいかない!ということで、11月17日の会議を傍聴してきました(この日は、魅力的なセミナーやイベントが5つ6つ重なり、もったいなかったですが、どれよりもこの町田市ごみゼロ市民会議の最終回を最優先して傍聴してきました)。
 もめる?要素の実証実験も既に無事終わっていたので、この日は各部会・チームから報告が行われ、報告書を全体会で了承し、市長に手交するというシナリオとなっていました。
 前半の第1部は「全体会」です。まず事務局からの報告ということで、代表から「平成18年10月7日に発足し、1年間活動してきたが、130名の市民と5名のアドバイザーが熱心に取り組んできた。行政の協力にも感謝。市長が掲げた理念に基づき、13のグループを立ち上げ、1年間で延べ80回の会合を開催した。6項目の提言をまとめることができた。個性や主張がぶつかり合い、合意に時間がかかったが、次第に共通の認識を持つようになった。持続性には、主張と譲歩のバランスが必要なことを学んだ。」という話がありました。このスピーチには、市民会議の活動結果がわかりやすくコンパクトに表現されているように感じました。
 編集会議からは、会報である「ごみゼロの風」第4号の発行計画について、「座談会を実施し、その結果を掲載したい。12月21日号として発行したい」という説明がありました。この日は、資料が未完成だったため、委員にだけ配布ということで、我々傍聴人には頂けませんでした。後日、HPにアップするそうです。報告を了承して、全体会は終わりました。
 後半は「報告会」と称して、市長も出席しました。まず、部会長・分科会長がそれぞれの活動成果を報告しましたが、その部会・分科会の報告を幾つか紹介します。
○生ゴミ部会長の報告
 部会メンバーの情熱はすごいエネルギーだった。実験への参加をお願いした集合住宅では30~50世帯がOKしてくれなかった。今の生ゴミ処理に不都合を感じていないからだろう。ここにいる人は非常に意識が高いが、全市民となるとそういうわけではない。我々は反古にされてきた歴史を持っている。この提言・報告が反古にならないように!
○家庭での生ごみ堆肥化普及・啓発推進分科会の報告
 生ゴミ堆肥化の難しさと大切さを痛感した。会場にいる人で、家庭で生ゴミ処理をしている人は?(あれ、市長さんは!?(会場笑))。私たちがいくら頑張っても、関心を持たない人がいるんです!70歳以上のゴミ袋無料配布をやめて下さい、市長!
○地域一括による戸建て家庭での生ゴミ処理・回収回数減実験分科会の報告
 510世帯に協力してもらった(電動が506世帯、堆肥容器が6世帯)。56日間、実験を行い、アンケートを実施したが、アンケートは100%回収した。100%回収なんて、皆さんの熱意はすごいと思う。実験に参加した世帯の93%が実験を続けたいと言っている。取り組みが家庭全体に広がりつつある。
 この実験は計画より3ヶ月遅れたが、誰がサボったわけではなく、組織が悪かったんだと思う。

○地域一括による集合住宅での生ごみ処理・回収回数減実験分科会の報告
 集合住宅での実験は、棟単位に1台置き、ごみはいつでも入れられることとし、1週間に1度、一次生成分を処分する。生ごみが分別されると乾いたごみだけになり、週1回の回収で済むようになる。こういうことが可能かどうか検証した。
 参加団地を募集して1ヶ月は応募がなかった(問い合わせは数件あり、説明会に何回も行ったが、合意形成に至らなかった)が、ようやく小山田団地の賃貸住宅棟が参加してくれることになった。
 参加住棟が決まると次は家主との折衝。結局、ゴミステーションごとに6台置くこととなった。11/1にそれが決まってからの製作発注なので、実証実験はずいぶん先になってしまう。
 このような取り組みから分かってきたこととしては、現在の「燃やすゴミ処理方法」に市民が慣れきっていて、手間がかからないため、面倒なことはやめておくべきという声が多く、合意が得られなかった。市への提案だが、危機意識が薄い状況では、市が積極的に動くことが大事である。

○廃プラスチック部会からの報告
 全般的に、プラスチックへの関心が低かった。例えば、プラスチックごみ専門のアドバイザーがメンバーに入っていないし、市の予算も生ごみばかりだ。
○排出抑制の実験研究分科会
 私たち市民ができるところからやろう!が結論。ごみになるものをなるべく買わない、もらわない。その象徴がレジ袋。意思表示カードも作った。小学生42%が行動した。ポスターも作った。しかし、市を挙げて、というものがないと盛り上げにくい。
 資源回収ボックスにいろんなものを入れてしまうと資源にならない。つまり、市民のモラルが大事。回収業者も、市から頼まれてイヤイヤやっている。三者協議会をやって、レジ袋の有料化に取り組んでいきたい。

 このような部会・分科会からの報告のあと、報告書が市長に手渡されました。そして、石坂市長の挨拶です。
「この市民会議は、当初50人を募集したが、120人くらい応募があり、事務局は抽選にしようと言ったが、全員参加にしてもらった。「行動する市民会議」だから、人数は多い方が便利。私が提唱する4つの都市像のうち、「環境先進都市」「市民協働都市」の象徴である。体で表現し、言葉で表現するのがこの市民会議。委員が行動するだけでなく、委員以外の市民に動いてもらえるかどうかがポイントだと思う。この取り組み、成果をとぎれさせないよう取り組む決意である。」
 参加者が熱く見守るなかの挨拶だったわけですが、大切な喋りだしが声が小さく暗かったし、堅くて小難しい内容だったし、手元の資料を見すぎていたのは、余計なお世話ですが、マイナスだったなあと感じました。横浜市の職員出身だからか、役人的な雰囲気が残っている印象がしました。また、せっかくいいことを言ってるのに、その大事なことが埋没してしまっていたので、もう少し、言葉を厳選した方がよかったとも感じました。
 最後に出席したアドバイザーからのコメントがありました。その中の一人、NPO地域総合研究所顧問の森戸哲氏がこんなことを言われました。
役所は書いてあることしかやらない。書いてあることでもやらない。市長は経営者の立場で取り組んでほしい。高齢者向けの無料ゴミ袋などは、ダイエットしている人の前にケーキを出すようなものだ」。

 以上のような、熱く、充実した最終全体会議で幕を閉じ、町田市ごみゼロ市民会議の手によって報告「~もったいない精神で「ごみゼロまちだ」をつくろう~」が取りまとめられました。
 報告の中身である6つの提言を最後に紹介したいと思います。

1.家庭生ごみの全量資源化を計画的に進める
2.プラスチックごみの減量、資源化は、できることから始める
3.発想の転換で、資源化の新しい広場・しくみをつくる
4.まず「ごみゼロ市役所」を実現する
5.見て、触れて、感じる環境教育を実践する
6.市民が市民に話しかける「ごみゼロの風」を継続する

 この6項目の内容は、もう少し詳しく解説が付け加えられています。いずれも内容は具体的で明解です。役所の作文に見られるような、おざなり、あいまい、意味不明瞭なものは一つもありません。それが当然なんですが。

 私が観察できたのは最後の取りまとめ段階でしたが、主体的積極的な市民参加の素晴らしい事例を見せていただくことができて、大変参考になりました。この「計画策定段階」での市民参加が、「政策・施策の立案段階」そして「実践段階」につながっていき、最終的に「成果」が十分に出て、市民生活や行政の改善をもたらすかどうか、引き続き関心を持って見守っていきたいと思います。

2008年3月21日 (金)

有識者から相次いでコメントをいただく

 このブログ、2005年12月に開設して2年余が経ちました。極めて無名でマイナーなブログですので、正直に言うと1日当たりの平均アクセス件数は「ヒトケタ」です。誰からもどこからもコメントを頂くことはなかったのですが、先日、立て続けに2件、コメントが送られてきました。しかもいずれも名だたる有識者からのコメントでしたので驚いてしまいました。
 私は「自治基本条例」に関心を持ち、このブログでも何回か取り上げてきましたが、その一環でニセコ町のまちづくり基本条例について取り上げたことがありました。先日、このニセコ町のまちづくり基本条例の当初の策定に深く関わられた当事者でいらっしゃるK先生から突然、ご自身のブログでニセコ町条例のその後について取り上げた旨のメールを頂きました。面識がないだけでなくメール等のやりとりもさせて頂いたことがなかったので、驚きましたし、大変嬉しかったです。検索された時に検索エンジンが血迷って私のブログをヒットさせたのかもしれません。早速、K先生のブログを拝見し、紹介されていた雑誌の記事を拝読しました。メールを頂いたお礼を兼ねてこちらかもメールを差し上げたところ、「学年末の最多忙時期でご返事が書けませんが、また、必ずメールを送ります」という趣旨のご返事を頂きました。誠実でマメなお人柄が伺われました。偶然(?)何年も前に買ってまだ読んでいなかったK先生の地方自治関係の本が本棚にあったので、これをきっかけに読みました。
 もうお一方は、2007年7月に開催されたふるさと納税に関するシンポジウムの司会をされていたAさんで、私がブログ(下記URL参照)にアップしていたシンポジウム参加記を読んで、(発言したパネリストに関する)間違いを指摘して下さいました。Aさんはこのシンポジウムの主催者の一方である「全国ふるさと大使連絡会議」の役員をされており、このシンポジウムの正確な議事録を作成されました。その関係もあって、私がメモから起こした発言記録を詳細にご覧頂いたようです。さらにご厚意に甘えて、正確にテープ起こしをして作成された報告書も送って頂きました。それらを踏まえて、当時のブログに加筆修正を行いました

http://suguri-tsu.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/post_5110.html
2007.10.24「ふるさと納税制度は地方自立の推進力となるのか?」

 今回の「出来事」が、お付き合いというかご指導を頂くきっかけになれば素晴らしいと思います。

2008年3月 1日 (土)

地域ブランドを活用した地域活性化

平成の大合併」後の市町村における大きな関心事は「地域振興」だと言われているようです。近年はいわゆる「地域ブランド」が注目を浴び、地域振興の有力な手段として、それに関わる取り組みをしている市町村が増えているようです。
 財団法人日本都市センターが2006年度に「合併市町村における地域ブランド戦略に関する調査研究」を行い、その成果を『新「地域」ブランド戦略』(関 満博、日本都市センター編、日本経済新聞社)として出版しています。
 平成19年11月9日に開催された第8回東京財団フォーラムは、「地域ブランドを活用した地域活性化――合併市町村の事例から」と題して、一橋大学大学院商学研究科の関 満博教授と前(財)佐世保観光コンベンション協会課長の永井美穂子氏を招いて行われ、自治体職員を中心に150名余が参加しました。

■基調講演~一橋大学大学院商学研究科教授 関 満博氏
 平成の大合併によって、99年に3,250あった市町村は1,800に減ったが、特に村は600から190へと3分の1に激減した。このプロセスにおいて、分解が起きた。
 ①自立する村→合併を選択しなかった(例えば原発村)、②難物→合併できなかった(例えば外洋の離島など)、③両者の真ん中→すべて合併された(飲み込まれた)。三者いずれも課題があるが、真ん中の村が、見えにくいのだが、一番難しいのではないか。
 今、注目している村がある。それは岡山県新庄村。住民基本台帳では1,100人だが、実際には1,000人を切っている。江戸時代は出雲街道の通り道として栄えた、中国山地のど真ん中。今も江戸時代の宿場町が残っている(長さにして300mくらい)。凱旋桜の桜祭りが有名。桜の名前は、1955年に日露戦争に勝った記念でつけられた。土日は3万人の来客で賑わう。露店は出るが、いわゆるテキ屋がいない(別のところに出る)。これはすべて地元でやっているから。
 今回の合併には加わらなかった(参加を拒否した)。真庭郡の9町村で合併し、真庭市になった。合併しなかった理由、①辺境の辺境だから見捨てられる、②ダムの固定資産税で何とかなる、③国保が赤字ではない(人口1,000人、高齢化率4割の村なのに!→それは高齢者がみな仕事をしているから)。
 20年ほど前の、2代前の渡辺村長が優れた指導者だった。農地が100haしかなくて、半分の50haはヒメノモチ(もち米)を作っていた。何かやれ!と号令をかけたら、男はみな尻込みしたが、60過ぎの女性4人が乗り出した。80年代中頃だが、4人が5万円ずつを出資した(これまでに一人あたり60万円出資している)。最初は60kgの収穫からのスタートだったが、昨年は6t(100俵)にまで伸びた。出口(販売ルート)は「ふるさと便」と道の駅。これがきっかけとなって漬け物など幾つかのグループが生まれた。コミュニティビジネスは山村に向いていると思う。「特別村民」制度があり、1,000人いる(モチだけの会員は2,000人)。こういう制度はどんどん減っているものなのに、1,000人を維持している。
 農産加工場が3カ所にある(モチ、みそ・醤油、煮物)。電気・ガス・水道の実費だけ払えば、村民なら誰でも使える(メーターを見て自分で記入する)。
 道の駅は、小さいが、並べているものは基本的に村の産品。魅力的な産直だ。放牧場も自分たちで作ってしまう。無駄なお金をかけない。
 村の産業振興課長がしみじみと「合併しなくてよかった!」と言っている。他の町村では祭りもできなくなっているとのこと。広域のゴミ収集は、新市から従来の5倍を請求された。これから調整だと村長は張り切っていた。
(まとめ)
 自立する村、難物の村、合併した村の3とおり、それぞれに問題を抱えている。自立した村をどう生かしていくか、課題である。難物の村、これは自立か合併しかない。外洋の離島は1島1町しか無理。離島として自立する仕組みを作っていくしかない。フルセットは無理だ。さて、問題は合併した村で、ここは「見えなくなってしまう」。島根県の旧匹見町(現在は益田市に合併)は、「過疎」「過疎法」という言葉が生まれたところ。38豪雪が有名。かつて8,000人いた村が今では2,000人。林業(枕木)で生きている。イノシシの年間捕獲数は1万頭。83歳の社長がいる(さいとうそのさん)。
 すごいブランドが生まれて、全国でガンガンやっていく必要はない。自分たちが誇りを持てればそれでよい

■講演―具体事例の紹介― 前(財)佐世保観光コンベンション協会課長 永井美穂子氏
 現在、墨田区両国に住んでいる。この春結婚したが、関先生が東京に住むなら墨田区だ!と強く勧めてくれたので。もともとは長崎県佐世保市の職員。
 今、佐世保ではハンバーガーと牡蠣で売り出している。「佐世保バーガー」と「九十九島かき」である。佐世保と言えば、一般のイメージは「基地と造船のまち」ではないだろうか。マクドナルドが銀座三越に日本の1号店を出したのが昭和46年7月20日だが、その20年前から佐世保にはハンバーガーがあった。
 平成15年、NHKの「てるてる家族」で取り上げられ、一躍注目を集めた。キャラクターを(アンパンマンの)やなせたかし氏に作ってもらった。「バーガーマップ」を平成13年に5,000部作った(今では25万部)。手作り感とレパートリーの豊富さが特徴。「米軍→ハンバーガー」というわかりやすいメッセージが効果あった。佐世保では、飲んだ後にハンバーガーを食べるのが一般的(カルチャーショックを受ける人もいる)。
 普及するにつれてイカサマも増えてきた。せめて佐世保市内だけは水準を守ろう、ということで、認定委員会を立ち上げた。
 牡蠣の方は、水揚げ量が平成13年の310tから平成17年の700tへ増えた。生産者も11人から21人への増えている。後継者が帰ってきた例もある。市民が口コミでPRしてくれている。
 日本政策投資銀行の藻谷さんが「佐世保は神戸を目指してはどうか」と言ってくれた。神戸は、市内の各地がそれぞれに頑張っていて全体として「神戸ブランド」をアピールしている。

関教授のコメント
 永井さんには墨田区に住んでもらって、区の産業振興会議に入ってもらった。
 全国の自治体は、今まで産業政策などやってこなかったのに、急に「自立だ」と言われて戸惑っている。今までちゃんとやっていたのは、30自治体(3,000の1%!)だった。まず何をするかということで、金がかからないので「地域ブランド」に飛びついた。ほとんどの町で、パンチのある材料、資産はないのが現実だ。その中で何とかなりそうなのが「」。
1.農水産物そのもの→なかなか無い。例:夕張メロン。
2.加工食品
  地域食材加工品型 伝統的加工品 日本酒、信州そば、紀州梅干
           加工品開発型  ヨーグルト、ワイン、ハム、地ビール
    B級グルメ   まちにお招き型 お好み焼き(広島)、餃子(宇都宮)、ラーメン(喜多方)、焼きそば(富士宮)
                    テーマパーク型 ラーメン博物館(新横浜)、立川の中華街、自由が丘スイーツフォレスト
                                  →本物になるのは難しい
 アンテナショップや物産展も盛んであり、年々レベルが上がってきている。でも、これは疑似体験に過ぎない。
 (永井美穂子さんのことを指して)こういう命がけで頑張る人がいないと、無理!そういう人をいかに生み出すか!?最後に詰まるところは人材だ。
 水俣市役所職員の吉本さんは、「ないものねだりではなく、あるものさがしを」と言って頑張った。マイナスも資源だ、誰でも飛ぶ前にはしゃがむだろう、と。宮崎県から視察団が来た時に「コツは何でしょう?」と聞かれて、吉本さん「出世を考えないこと!」と答えたとか。
 富良野市の「食のトライアングル研究会」。市役所のまつのけんごさん。

会場からの質疑応答
Q(町田市のSさん)自治体を変えていくにはどのくらいの期間がかかるか。
A(関教授)最初の5年間は関係者の意識改革。次の5年で変わる。計10年。ずっと指導してきている島根県が今一番生き生きしている。
Q(早稲田大学大学院のKさん)修士論文のために研究しているが、地域ブランドで活性化を図る指標は何か。
A(関教授)数字はない。東京で考えてもダメ。現地に身を置いて汗をかかないと良い修論は書けないよ。
Q(?)まずリードするのは行政であることが多いと思うが。
A(関教授)ダメなのは担当者が3年で替わること。最低10年は置いてほしい。また、次を育てるため、10~15年若い人を最初から一緒にやらせてほしい。

 こんな感じのやりとりでした。私も、出身地の津を例に挙げて質問をしようかと逡巡していたところ、後ろの方から津市東京事務所の者だと名乗る人が質問に立ったのでびっくり!フォーラムが終わってからその人と名刺交換をしました。意欲的にこういう場に参加して勉強しているんだとか。フォーラム自体も素晴らしかったですが、人脈という点でもひとつ思わぬ収穫があった次第です。
 帰りがけに、冒頭で紹介した『新「地域」ブランド」戦略』を含め数冊の本を会場で買いました。関満博氏からは、もっともっと学ぶ必要がありそうです。

2008年2月12日 (火)

「事業仕分け」について

 各地の意欲的な自治体で「事業仕分け」に取り組む事例が増えています。「事業仕分け」とはいったい何でしょうか。構想日本が作成・発行した「入門 行政の「事業仕分け」 「現場」発!行財政改革の切り札」(ぎょうせい刊)という本に次のように説明されています。
○現在、国や地方自治体が行っている行政サービスそそもそもの必要性や実施主体(国、県、市など)について、予算書の項目ごとに議論し、「不要」・「民間」・「市町村」・「都道府県」・「国」と分けていく作業。
○官か民か、国か地方かの前に事業の要否について議論すること、そして、「外部の者」が参加し「公開の場」で議論することが、これまでにない特色。
○構想日本が、2002年2月に有志自治体とともに始めた行財政改革の切り札(「戦後60年目の大掃除」)。これまで17の自治体(19回)で実施。

 従来は、経済や社会を発展させるために比較的全国共通の内容で、国の音頭で行政サービスを実施してきました。しかし、昨今の経済が安定的に推移する成熟社会、人口減少社会、そして本格的な地方分権社会、厳しい財政状況下においては、全国ですべての行政サービスを一律に実施するのではなく、必要なものを取捨選択し、地域の実情や住民のニーズを踏まえた形で実施していくことが必要です。その判断は、国の指導を当てにせず自治体が住民の意見、議会の指導を受けながら自主的、自律的に行っていかなければなりません。ところが、実際には従来からのやり方、流儀から抜けきれず、国の指導や意向を気にしたり、厳しい見直しやスクラップをせずにだらだらと続けたり、従来の仕事ぶりを惰性で続ける例が依然として見受けられます。個々の行政サービスにはその恩恵を受ける人たち、ビジネスにしている人たちもいるので、廃止や見直しに対する抵抗が大きいことも影響しています。
 そういう状況に対して、聖域を設けず大胆に切り込んでいける手法として、「事業仕分け」という手法が有効だというわけです。

 「事業仕分け」の内容を、前述の本を使って、もう少し具体的に紹介しましょう。
仕分けのルール1:公開の場で行う。~班に分かれて議論。
 住民などが注視するなか、自治体職員が対象となった事業の概要を説明し、その後、評価者との間で質疑応答が行われます。そして、ある程度議論が出尽くし各評価者によるチェックが終わったところで、多数決を行い、班としての結論を出します。このサイクルを、一つひとつの事業について回していきます。
仕分けのルール2:名称ではなく具体的な内容で判断する~実際に何をやっているかをチェック
 一見素晴らしい仕事に感じられる○○事業という名称で判断するのではなく、その具体的な内容を聞いて、それが必要なのか、必要なら誰がすべき仕事か、ということを吟味していきます。
仕分けのルール3:現状を「白紙」にして考える~法令や制度はひとまず置き、「そもそも」から考える
 法令等の制度に基づいて実施されているものであっても、あえて白紙にして考えます。「現に建物があるのだから維持管理しなければならない」という考え方はダメ、「こんな事業を担える民間事業者は現在いないから行政」という考え方もダメ、「お金がないからできない」という議論もダメ。徹底的に「そもそも論」から議論します。
仕分けのルール4:最終的に「だれの仕事なのか」を考える
 「民間」とは、行政が関与せず、民間団体が自ら考え、資金を調達し、自らの責任でやり遂げることであり、行政からの民間委託は含みません。
仕分けのルール5:「外の目」を入れる
 事業の要不要を決めるのは当の自治体(首長、議会、住民)であるべきことは言うまでもありませんが、あえてそこを、その地に縁も利害もない外部の人に参加してもらいます。よそものだからこそ持つ「客観的な視点」が重要だということです。

 理屈は分かっても、具体的なイメージが沸きにくい、実感しにくいかもしれません。最近、実際に実施された「事業仕分け」で、埼玉県久喜市での取り組みを実地に視察してきましたので、その模様を紹介いたします。
 平成19年11月3日(土)、4日(日)の午前9時~午後5時、久喜市役所の会議室で「事業仕分け」が行われました。対象事業は、久喜市の一般会計事業44事業で、評価者・コーディネーターとして、「明日の地方財政を考える会(自治体有志職員の研究会)」メンバー、公募選出の久喜市民構想日本スタッフが参加されました。
 わが家から日帰りで行けるとは言え、電車に1時間半も乗るので往復約4時間の長旅でした。会場の久喜市役所に着いたのは午前11時頃で、すでに白熱した作業が始まっていました。2つの会議室に分かれ、2つの班が同時進行で作業を進めますし、私は土曜だけの見学なので、全体の4分の1弱しか見学することができませんでした。
 まず第2会場に入ると、女性のコーディネーターがかなりテキパキと仕切っていました。しばらく観察していると、評価員の能力もかなり重要だなあと感じられました。評価(自分の判断)のためには必要な疑問を質問しなければなりませんが、評価者も本職は公務員なのでつい経験を交えてダラダラと感想・意見を言ってしまうようです。それに対してはこの女性コーディネーターが「単なる意見はやめて下さい」と、ビシッと指導が入りました。
 コーディネーターが、説明者に対して「事業が有効である、効果がある、ということを客観的データや事実で説明して下さい」と求めていました。実際には、担当者にとって、効率よく的確な説明を行うことは案外難しいようです。事業内容に関する最初の説明は5分ですが、マイペースでとうとうと説明して5分経過したところで、コーディネーターから「5分経ちました。ポイントに絞って説明して下さい!」と鋭い突っ込みが入ったりしました。例えば「生涯学習推進事業」に対しては、「すべて市民に任せる時期が来ているのではないか。公費の負担はなくとも市民の手でやれるのではないか」とか、「生涯学習は言葉はきれいだが、個人の趣味にどこまで公費を投入するのか、どうやって還元してもらうのか、「あー、楽しかった」で終わらせてよいのか」「市としての目標値を示すべき」などと鋭い突っ込みがあり、それに対して説明者は実直だが凡庸な職員という感じで、質問に対して的外れの答えを乱発していました。また、公募市民の評価者が、生涯学習施策への期待を込めてコメントしたのに対して、コーディネーターが「評価者は個人としての評価ではなく、市の事業を分かっている市民の立場から評価するようお願いします」との指導が入りました。なお、このコーディネーター役を務めた女性は、前述の「入門「行政の事業仕分け」」でもエキスパートからのメッセージのところでトップバッターで実名で登場する方ですが、神奈川県厚木市役所課長のSKさんという方です(すごい方です!)。
 しばらくして第1会場の方に移動してみました。第2会場の迫力と緊迫感にはびっくりさせられましたが、第1会場の雰囲気がそれとはかなり違うのでまた驚きました。評価員もコーディネーターも感想を頻繁に口にしており、半ば雑談のようなものも交わされていました。第2会場で学んだように「評価のために不明な点を解明するとか、重要なポイントを指摘して回答を聞く」という形には必ずしもなっていませんでした。むしろ、評価員の行政実務経験に基づいた意見、質問をしているような、あるいは追求型、批判型になっているような印象を受けました。
 ここまでの印象では、第2会場の方がはるかに素晴らしいと思われましたが、改めて第2会場に戻ってしばらく観察してみると、不思議なことに第1会場の「良さ」も再認識されてきました。どういうことかと言うと、第1会場では、かなりよく分かっている財政主査がいきなりツボに切り込む意見・指摘をして、実のある質疑になっているような構図であるのに対して、第2会場では、内容をあまり知らない人がスジ論で議論を吹っ掛けているようで、議論が噛み合わない面が出てくるのだが、そのズレは必ずしも成果に結びつかない不毛な側面もあるし、生産的でない時間が浪費されている、という印象を受けました。具体的に紹介すると、図書館の蔵書収集方針に関して、「重点方針を端的に答えて下さい」と求めたのに対して、説明者が「もちろん重点方針はあるが、端的に、とか、極端なものではない」と回答すると、質問者側が不満を表明し、説明者は答えるべきことを誠実に答えているのに理解されずにストレスが高じる、という構図が見られました。また、司書の高齢化とそれへの見解を尋ねられ、説明者がその趣旨を理解できない様子を示すと、コーディネーターは「そういう受け止めがよろしくない」と批判的に見ている様子がありありでした。説明者が「今回は維持管理と自主事業が事業仕分けの対象のはずだが」と主張すると、コーディネーターは「誤解をしてもらっては困るが、事業仕分けの議論をするために必要なこととして聞いているので、どんな準備をしてきたか分からないが、可能な限り答えてほしい」と冷たく?突き放していました。コーディネーターが「そもそも図書館をどうしていくかを議論したい」と言いながら、しかし、具体的に何を聞くのかが漠然としていて、その辺が噛み合わない原因のようにも感じられました。
 私の受けた印象では、説明者側の図書館職員の受け答えは決して不誠実でも不十分でもないのだが、評価者が求めるような、意欲的で大胆な方針を持っておらず、また、それでいいと思っている(図書館とはそういうものだと思っている)し、そこまで根本的なところまで事業仕分けの俎上に載せていないという前提で対応している、そのズレを、両者が埋められないまま、生産的でないやり取りが続いているように見えました。
 たまたま、私も最近「図書館」に関心を持ち、全国図書館大会に参加するなどして感じたのですが、図書館業務従事者が長年やってきた経験やノウハウ、試行錯誤の実績があり、それを踏まえないと議論が成立しにくいのに対して、評価者の質問や指摘は的外れで、底が浅いものが多いように感じられました。図らずも、「事業仕分け」にも、間違い、限界、危険性があるということが分かった、いい事例だったと思います(評価者からはお前(村主)が間違っている!と言われるかもしれませんが)。
 限られた時間ではありますが、数時間の本物の作業を見せてもらい、「事業仕分け」というものがかなりよく理解できました。私なりに学んだ点を以下に整理しておきます。
○コーディネーターの能力、やり方が非常に重要である。評価員の評価能力も同様に重要である
→コーディネーターと評価員の力量と手法が、成果を決定的に支配することは非常に重要なポイントだと思います。
○評価作業のルールの明確化とその遵守も重要である
→評価する側とされる側の立場の差は歴然とあります(まるで象とアリのように)。公平で適切なルールが守られないと、「評価の暴力」になりかねません。非常に危険です。
○評価の対象事業の選定も重要なポイントである。
→自治体の全事業を対象とすることは物理的にできません。今回の久喜市の場合、44事業を1事業を30分程度で、2日間でこなすスケジュールでした。評価者と説明者のやり取りを聞いていると、この事業はそもそも事業仕分けの対象に選ぶべきではなかったのでは?と思えるものもあり、どの事業を選ぶかはノウハウがありそうです(しかし、恣意的な選定をするのもよくないような気もします)。ある評価者の後日談では、「44事業の選定基準は、久喜市で行っている事務事業評価の中で「市以外でもできる事業」となったものが中心だそうで、明確とは言えない」と指摘し、「事業選択の基準が改革推進課の曖昧な判断により行われている、ということにならないか」、また「(事業の)選定において住民の意思が反映される仕組みも検討の余地があるのではないか」とコメントしています。ちなみに、今回、久喜市のテーブルに載せられた44事業は、一般会計予算総額約206億円の3%に過ぎないとか。
○評価結果の活かし方も重要。
→評価チームは「いる・いらない」等の判断をする権限を持たないので、評価結果は、いわば「参考意見」に過ぎません。とは言え、「不要」という結論が出れば重い影響を与えます。久喜市では「仕分けの結果は、平成20年度以降の予算編成やアウトソーシングの推進等に反映させる基礎資料として活用します」としていますが、それを妥協せず、的確に敢行することは結構大変ですし、難しいでしょう。首長と担当部の責任者の決意がカギを握りそうです。まあ、その辺も構想日本が指導・助言するのかもしれませんが。
○公募市民が評価者に加わることはいいことだと思うが、プロ?の評価員との経験、力量の差は歴然としてあるので、求められる役割を果たせるよう十分な配慮・工夫が必要である。
→実際のところ、公募市民の評価者はほとんどしゃべれなかったですね。気の毒な気もしました。
○評価員を務めた人たちは、何のために、なぜ、こんな活動をしているのだろうか!?
→自己満足?自己実現?活動そのものが自己目的?キャリア?正義感?
→誤解のないように言い訳しておきますが、決して皮肉や批判を言うつもりは全くありません。非常に貴重でありがたい存在だと思いますが、本業以外の部分でものすごいエネルギーと時間を費やしているので、素朴に「何故?」と聞きたくなってしまいました。
○説明者のうしろには部長や課長も座っていたが、基本的に説明者一人が一手に対応していた。この形はスピーディでよいと思います(たぶんそういうルールになっているのでしょう)。

 改めて全体を総括すると、この「事業仕分け」、優秀でしっかりしているところ(今のところ「構想日本」しかないのかもしれませんが)に作業を委託するのはもちろんのこと、委託する側も相当に腹をくくって、ルールを厳守し、担当部局が真摯に積極的に対応し、結果を最大限尊重する(議会などの外野の雑音に惑わされないこと!)ことで、非常に非常に絶大な効果があるだろうと実感、確信いたしました。「逃げやごまかし」が入ると、途端に効果が薄れてしまいます。事業仕分けによる切り込み、批判を歓迎しない、喜ばない人は必ずいますから、横やりや邪魔をされないように気をつけなければいけません。逆に、悪用、濫用することの危険性も十分に認識して、間違った使い方、恣意的な使い方がなされないよう、気をつける必要もあります。
 首長が交替したときに、新しい方針のもとで大胆な財政改革と新規施策に取り組むために、この「事業仕分け」がもの凄い武器になるように思われます。事務事業の内容に不慣れで詳しく知らない新人首長が、その本質を鋭く理解するための強力な手段としても使えそうですね。

2008年1月17日 (木)

なぜ医師が消えてゆく~地域の医療現場の悲鳴~

 最近の医療に関する報道と言えば、医療事故に関するものがたくさんありましたが、ごく最近は医師不足医療現場の崩壊に関する記事をよく目にします。
 わが国の公的な医療制度は、これまで「国民皆保険」と「フリーアクセス制」に基づき、誰もがどこに住んでいても安心して必要な医療サービスを受けられる医療提供システムの構築が進められてきました。しかし、医師不足や医師偏在の問題、また赤字病院の急増などによって、医療機関の縮小や閉鎖・統廃合が相次いでおり、受診できる診療科やそもそも医療機関がない地域が増え、いわゆる「医療難民」や救急患者の受入拒否といった問題が起こっています。
 平成19年10月31日、構想日本が主催する「J.I.フォーラム」(第123回)が、「なぜ医療が消えてゆく~地域の医療現場の悲鳴~」というテーマで開催されました。コーディネーターは朝日新聞編集委員の田辺功氏、討論者は、河北総合病院理事長の河北博文氏、日本赤十字社医療センター女性診療科副部長の木戸道子氏、岩手県宮古市長の熊坂義裕氏、岩手県立中央病院名誉院長・全国自治体病院協議会顧問の樋口紘氏、鶴岡市立庄内病院院長の松原要一氏、という面々です。
 今回は有料(参加費2,000円)のフォーラムでしたが、パネリストもその発言も充実しており、出費に見合う?成果が得られたように思います。医療の現場が抱える問題が臨場感を持って伝わってきました。早く有効な政策を打たなければならないと痛感した次第です。
 では、壇上の発言を順次紹介いたします。

 まずは、一巡目の発言。
熊坂義裕氏(岩手県宮古市長)
 勤務医を10年、開業医を10年、市長を10年やった。勤務医のときは「激務が当たり前」だった。開業医となり昼食がとれるようになった。そして市長になって、夜起こされなくなった。こんなに幸せなのか!と感動した。
 これは国の政策の誤りである。医師は絶対的に不足している。日本は192ヶ国中62位。開業医は楽をしている。私の場合も、借金を返せたし、夜も眠れるようになった。医師も看護師も増やすべきであり、医療費も増やすべきだ。
樋口紘氏(岩手県立中央病院名誉院長・全国自治体病院協議会顧問)
 医師が人口10万人当たり150人という目標からスタートした。そのために1県1医大を進めた。厚生労働省は「医者を増やすと医療費が増える」と言い、日本医師会は「医者を増やすと1人当たりの収入が減る」ため、両者の利害が一致して「医者は過剰だ」と言っている。最近では、地域の偏在を解消しなければならない、などと生ぬるいことを言っている。
松原要一氏(鶴岡市立庄内病院院長)
 県立病院から市立病院に移った。鶴岡市は人口10万人の陸の孤島である。そこで520床の新病院を完成させた。患者が多く職員が少ない病院。「連携」をキーワードに掲げ、お金をかけてIT化をした。救急車は断らず、何でも受け入れる。完全紹介予約制。外来の収入が1億5000万減ると入院が2億増える。
河北博文氏(河北総合病院理事長)
 自分は病理学が専門だが、病理学でも「社会病理学」が専門(?)。かつて日本病院会の副会長で行政担当、政治担当だった。我が国において立法は85%が政府提案であり、行政が主導権を握っている。病院団体の意思が全く反映されない。すべて厚生省と医師会の意見だった。
 1985年、地域医療計画制度ができた。しかしこれは計画性はなく、既存の病床を認めただけのもの。
 医療機能評価機構の専務理事に就任。医療安全が重要になっていたが、政策的に全く対応されていなかった。
 アメリカのメディカルスクールでは、学卒者の中から適任者を進学させる。そして、初日から臨床教育に入り、4年間徹底してやる。日本にも素晴らしい臨床教育をしている病院はある(室蘭の○○病院)。都内の公立病院は、談合しているものは閉鎖してでも地域に出すべきだ。
木戸道子氏(日本赤十字社医療センター女性診療科副部長)
 医師不足というが、急に供給がストップしたわけではない。たらい回し報道は誤解に基づいている。受けられるものは受けたいと考えている。医師がベストを尽くしても、結果的に訴訟されることもある。免責制度を導入すべき。
 夜間、2人でやっているが、昼と夜とでは全然体制が違う。昼と夜を同じ条件にすることを提案したい。

 2巡目に入りました。コーディネーターから「過酷な勤務の例は?」との問いかけに・・・・。
松原要一氏
 庄内病院の医者の半分は新潟大学から派遣されてくる。これを引き上げられればお手上げなのだが、新たに来る医者は大抵、半年から1年で過労で入院する。そして耐えられなくなって開業するとその患者もついていってしまう。
熊坂義裕氏
 医師の定員を抑制したのは厚労省の政策の誤りだ。イギリスではブレア政権が過去の誤りを改めて、一気に医師の数を1.5倍にした。
樋口紘氏
 H19.3に発表された5,600人の医師に関するデータだが、1週間の勤務時間が44時間未満が4%、48時間以上が70%というのが実態。ちなみに、キャリア公務員の勤務時間は40時間であり、トラック運転手も40時間である。最近では、インフォームドコンセントや保険など、手続きが非常に煩雑になっているし、会議も多くなっている。
河北博文氏
 確かに会議が多いこれらすべての業務を医師が独占する必要があるのか、と思う。麻酔について言えば、アメリカでは麻酔看護師、麻酔士がいて、医師が指導しながら麻酔を行っている。もっと他の資格に委ねてもいいのだが、現状ではそういう議論すら出てこない。
田辺功氏
 それに反対してきたのが医師会ですよ。病院会ではどういう対応を?
樋口紘氏
 物価上昇に対して診療報酬が抑制された。国債30兆円を超さないために5,600億円の圧縮が医療に向けられ、半分は国が負担し、半分が病院に割り当てられたために、ほとんどの病院で赤字になった。

診療科ごとの偏在について
河北博文氏
 医学部卒が医者にならない。マッキンゼーの採用面接に医学部卒が25人も来たという。医療に魅力がなく、疲弊しているのが現実だ。医者一人育てるのに年間1,500~1,700万円も要しているのに。
熊坂義裕氏
 「そんなに医者が不足しているのなら医者に戻れ」と口の悪い市民に言われる(冗談?)。産婦人科や小児科が医師不足で注目されてきたが、東北大学の調査によれば不足の一番は内科だそうだ。
河北博文氏
 かかりつけ医制度というのがある。20年前に私が打ち出したとき、全面的に否定したのは医療側だ。家庭医療学を学んだ医者が「家庭医」。単に掛かっているのがかかりつけ医ではないのだ!家庭医を今一度見直すべき
松原要一氏
 それは実に正論だが、マスコミが誤った報道をしている。実現するのはいつのことやら!国民の意識を変える、政策も変える、ということが強く求められる。一人がやるべきこと、地域でやるべきこと、それぞれある。一番変えるべきは「意識」だ。
 うちの病院では、お産の要請は他の全ての手術をやめてでも、すべて受け入れている(市立病院も救急隊も市の職員だから当然、という考え)。医者3人で200人を受け入れており、うち80件は帝王切開だ。
河北博文氏
  うすだ町の佐久総合病院(あかつき先生)は、地域医療のあるべき姿だと思う。ちゃんとやっている医療をしっかりと評価すべきだと思う。広告は禁止されていたが、広報はすべきだった
樋口紘氏
  なぜ医者が消えるのか。医学は Public Mission なのだが、医者も一人の人間であり、一生懸命やっても結果が悪いこともある。だから、楽な方に行ってしまう。好きなところで好きな医療をやってよいという制度がいけない。医者一人に4,000万~7,000万の税金が入ってるんだ。

田辺功氏
  僻地勤務の義務づけについてはどう考えるか。
木戸道子氏
 食わず嫌いの面もある。もっとロングスパンでキャリアを考えるべきだ。
樋口紘氏
  公立病院の67%が赤字だがそれを分析をしてみると、開業医のいないところに立地している。他の病院ではやれないために、やらなければならないのが公立病院。救急医療や結核用ベッドなど、患者が来るかどうかわからないのに医師、看護婦、検査技師を配置しておけば、赤字になるのは当たり前
河北博文氏
  医療はシステム化しなければならない。属人的な努力で何とかすべきものではないだろう。
田辺功氏
  歯科医を教育して医師にする案があるが、これについてはどう考えるか。
熊坂義裕氏
 それは、今のままでは悲観的にならざるを得ないので思いついたアイデア。都会と田舎では違う。地域では、病院がなくなると地域そのものがなくなってしまうこれは行政の責任だ。赤字という言い方はしたくないが・・・・。行政でできることはすべてやっている。それでも一自治体の工夫でカバーできないところがある。
木戸道子氏
 私は子どもが3人で、夫も勤務医。同じようにできない女性もいる。ペーパードクターもいる。このような女性医師を再研修する場が少なく、再び常勤医になるのは難しいのが現実。院内保育所があれば解決するというものではなく、それが必要な状態こそがおかしい。
田辺功氏
  交替制についてはどう考えるか。これは夢のまた夢であって、交替なんてできないと聞く。医局には弊害もあったが、医師の配置については機能してきた。
 ネックは定員だ。総務省が5%減らせなどと、なぜ公営企業のことを病院に当てはめて言うのか!せめて病院は別枠にしてほしい。しかも、医者だけ雇ってもダメなのであって、バックアップの人がいるのだ。
樋口紘氏
  私のところで以前、地域医療部を設け、何人雇ってもいいことにした。県出身で県外の医学部を卒業する学生を引き戻すことが重要だ。
河北博文氏
  こういう議論をしていると、我が国は「鎖国」なのではないか!と思う。言葉の問題もあるが、日本語が出来なくてもできる医療はある。そろそろ外国から有資格者を受け入れるべき。日本人と同じ給与で雇えば、社会不安を起こすことはない。
熊坂義裕氏
  岩手医大で例がある。中国医大(旧満州医大)から日本語ペラペラの医者を招へいした(ただし、研修として)。
田辺功氏
  行政の方はどうか。
熊坂義裕氏
  行政は現場を知らない。政治家もそうだ。だいたい1~2年遅れて政治家が気付くものだ。医療費の増大の最大の原因は医学の進歩である。これからの10~15年の医療は、ますます悲惨になっていくだろう。マスコミも分かっていない。GDPが2位の我が国で医者の数が63位というのはおかしい!医者が増えて反対する国民はいないはずだ。
河北博文氏
  国民負担率は、アメリカとともに低い。アメリカは企業負担が入っていないので、これを含めると、日本が圧倒的に低くなる。当選することしか考えない政治家が(負担率は)低ければ低いほどいいと思っている。そういう議論をもっとすべきだと思う。行政の仕事は所得再配分機能だ。資産の再配分としてやったことと言えば、農地解放、農業への補助、公共事業である。

会場からの質問
Q.医療を取り巻く法体系の整備が重要ではないか。
A(樋口紘氏)
 第三者が公表する流れになっている。医者の皆さんは後ろ向きであり、萎縮医療になっている。
A(熊坂義裕氏)
 無過失補償制度が早くできるとよいと思っている。また、安楽死、末期医療のあり方もよく考えていくべき。何でも延命では、医療費がかさんでしまう。
A(木戸道子氏)
 最善を尽くしてもダメなことはある。では、難しい火事を消せなかったら、消防士が逮捕されるのか!?。医師はいつも背中に刃を突きつけられている毎日だ。
A(河北博文氏)
 大野病院の問題は、もっと学会がしっかりと意見を言っていくべきだと思う。
Q.(政治家)科別に、大変苦労するところとそうでないところがある。難易度とお金の関係をどう考えるか。
A(河北博文氏)
 いっぱい診療をして収入が上がるところと、なければならない部門とがある。まず基本給は同じにすべき
A(松原要一氏)
  差をつけ過ぎると長続きしない。忙しいのになぜ持つか、というと、権限を与えられ、やる気を発揮できるから。それと、評価
Q.市長を経て現在は国会議員。市長時代は医師会との闘いだった。
A(熊坂義裕氏)
 私は市長であり、医師会会員。協働している。医師会の言うことも分かる。
Q.病院と開業医について。アスクル、セブンイレブンなどは、個人だが企業のシステムでやっている。もっと合理的なシステムを構築すべき。
 医師の立場でアテンディングドクターというのは、日本では難しい。アテンディングシステムがうまく機能するとよいと思う。専門医がゼネラルドクターになり、専門性が失われてしまうので、専門性維持に有効だ。
A(田辺功氏)
  厚労省と医師会がこの20年間、医療がガタガタになることに貢献してきた。
A(樋口紘氏)
 自衛隊も消防士も医師も27万人。いずれも平時の安全保障と言われており、これらは浪費ではなく投資だ。私は、医師は絶対的に足りないと思う。

2007年12月21日 (金)

全国図書館大会に参加して

 最近、「未来をつくる図書館 ニューヨークからの報告」(菅谷明子著、岩波新書)を読み、図書館というものに対する認識(素晴らしさや可能性)が劇的に変わりました(まさに「目から鱗が落ちる思い」)。このような図書館は国内にはないものかと思っていたら、浦安市の図書館が極めて先進的で意欲的であることが分かりました。適当な本を探し出し、「浦安図書館でできること 図書館アイデンティティ」(常世田良著、勁草書房)を読み、今度は浦安市立図書館の素晴らしさに感激しました。市民の自律的な活動や情報提供を推進するには「図書館政策」が極めて重要だという認識を強くしました。さらに何かいい情報がないかと探していたら、「全国図書館大会」というイベントがあり、今年は東京で開催されるということを発見しました。この大会、第1回はなんと1908年に開催されており、それから丁度100年目、戦時中の中断はありますが、今年が第93回という非常に歴史と伝統がある催し物です。これは図書館というものをもっと知るためにはまたとない機会だということで、思い切って参加費用7,000円を払って申し込みました。平日だったので仕事の都合で行けなくなったら痛いなあと懸念していましたが、幸いほぼ全て参加することができました。

 大会は初日に全体会、二日目に分科会という日程でした。登録した参加者数は1,529名という大規模なものでした。
 平成19年10月29日、全体会は日比谷公会堂で行われました。主催者や来賓が挨拶する開会式には間に合いませんでしたが、日本図書館協会理事長による基調講演と井上ひさし氏による記念講演を聞くことが出来ました。
 まずは、日本図書館協会塩見昇理事長による基調報告です。塩見昇氏は、大阪教育大学名誉教授で、学校図書館の研究の第一人者、だそうです。著書には「教育を変える学校図書館」「図書館の発展を求めて 塩見昇著作集」などがあります。講演のポイントは以下のとおりですが、役所に対する批判的な発言もあり、骨のあるお方と見受けました。
○教育基本法の「改正」と進行する教育制度改革
・教育内容への国の関与、教育行政の主導性を強化した新たな教育基本法が制定された。これは、図書館法制を支える中心的な基盤の改変である。
社会教育法図書館法への波及も出てくる。6月まら中教審生涯学習分科会制度問題小委員会で検討中。

○図書館設置基盤、母体の変容
・自治体の大合併が行われ、2006年4月現在で7年前の3,232団体が1,821団体に再編された。その結果、公立図書館設置状況は、市97.8%、町58.4%、村22.3%、全体で71.7%となった。しかし、これは見かけ上の数値アップであり、実質と乖離してしまっている。
・学校社会においても、大学の合併、短期大学の再編・廃校が進んでおり、実質的には後退となっている。

○管理運営、職員構成の多様化
指定管理者制度の導入状況:導入した自治体43、今年度中に導入予定16、来年度以降導入予定50、計109(→1,284自治体の1割未満)。初期の導入を継続すべきかどうか見直す時期を迎えるケースも出てくる。
・静岡市の導入計画は、いったん白紙になり、市教委が図書館協議会でなじまないという表明をした。
・埼玉県北本市議会では、導入中止を求める請願を採択し、市の導入計画を否決した。
・図書館友の会全国連絡会は、中央省庁や地方八団体に対して、
指定管理者制度は図書館の理念になじまず公立図書館に適用しないように求めることを含む要望活動を行った。
・山梨県知事選では、県立図書館の建替え方式が争点になり、PFI方式に否定的な候補が現職を破って当選した。

○IT化の進展と図書館
・国民のインターネット利用状況は、人口普及率が68.5%、利用人口は8,754万人に達する。
・総務省では、本年3月に「新電子自治体推進指針」を策定。
・総務省調査「電子自治体推進のための住民アンケート」において、図書館のオンライン貸出予約が最も高利用(57.4%)であることが明らかとなる。

○連携した図書館事業の推進と図書館ネットワーク
・大学図書館と地元公立図書館との連携が各地で盛んになってきており、石川県では、県立を要にした県内横断検索システムに大学も加わっている。
・鳥取県では、県立を中心に大学、市町村・県関係機関、学校などを網羅する配送システムを確立した。

○学校図書館
・平成19年度から「新学校図書館図書整備5ヵ年計画」が始動した。単年度200億、5ヵ年で1,000億と大幅増額になった。

 続いて、作家井上ひさし氏による記念講演「文化の力 図書館の力」です。井上ひさし氏の講演は散漫な雑談といった風でしたので、特に図書館にかかわりのある部分だけ紹介いたします。非常に濃密な図書館との関わりを持っていることに驚きました。
 上智大学に進学し、夏休みに帰省した際、母の知り合いに岩手県釜石市の図書館長がいて、アルバイトをさせてもらった。遠野市に重要な本を疎開させていたが、それを戻す仕事だった。その仕事をしながら和書300冊を全部読んだ。
 自分は本に線をひくくせがある(注:この点は村主と一緒)ので、自分で本を集めないといけない。ある日、本の重みで家の床が抜けてしまった。その大量の本をどうしようかと思ったが、当時、各地に農村生活改善センターが作られており、そこに13万冊の本を寄贈することにして、農村青年が司書の勉強をしてセンターの2階を図書館にした(名称:遅筆堂文庫)。目的外使用だと怒られたが、どんどんやらせた。そのうち、ガットウルグアイラウンドで作られたもののうち面白い施設ベスト20に選ばれた。農村青年らに「図書館を作るなら、「人が集まるところ」として劇場も作ってくれ」と頼んだ。今も毎年5,000冊くらい寄贈しており、蔵書は20万冊になった。ちなみに、このために投じている私財は年間、古本で2,000万円、新刊本で700万円くらい。

 2日目は、場所を代々木の国立オリンピック記念青少年総合センターに移し、分科会が開催されました。分科会は全部で何と22もありました。当たり前ですが、どれか一つしか参加できないのです。何ともったいない!私は第1分科会公共図書館部会」に参加しました。テーマは「地域を支える情報拠点をつくろう」です。午前中は、地域の情報拠点として、これからの図書館をめざした改革に取り組む東京圏の公立図書館4館の事例発表、午後はそれを受けた形でのパネルディスカッションでした。

■事例発表1「人口10万合併都市の試み-埼玉県ふじみ野市の場合-」
ふじみ野市立大井図書館主任:松本芳樹氏
 発表した松本氏は、14年間上福岡図書館に勤務し、本年4月に大井図書館に異動したとのこと。ふじみ野市は、2005年に上福岡市と大井町が合併して誕生したましたが、旧2町にはそれぞれ図書館がありました。合併前から「相互利用協定」を締結していたので、合併に伴う利用者側の混乱はあまりありませんでした。規模には多少の差があるものの、並列館という位置づけなので、困難なこともあり、解決すべき課題に少しずつ取り組んでいる、という発表でした。発表の中で言及された以下の二つの報告は、どうも図書館関係者にとって非常に重要なもののようであり、要チェックだと思われました。
・「地域の情報ハブとしての図書館像:課題解決型の図書館を目指して」(2005年1月)
・「これからの図書館像:地域を支える情報拠点をめざして(報告)」(2006年3月

ちなみに、両者は略称で「2005年の図書館像」「これからの図書館像」と呼ばれているようです。

■事例発表2「我孫子市民図書館のきめ細やかなサービスと運営の工夫」
我孫子市民図書館館長:池田裕美氏
 我孫子市民図書館は、固定館が3館と移動図書館14ステーションで構成されています。蔵書数38万冊、利用者登録率45%、年間貸出数134万冊、市民一人当たり年間9.9冊の貸出です。
 我孫子地区館が開館した平成14年から始めた新規サービスも、平成18年度には郵送利用が年間50回、宅配サービスが年間301回にまで増えました。
 小中学校の児童生徒への情報発信のために、市内の全小学校の図書館の整備を手伝いました。本棚を先生が日曜大工で作ったり、校長がカーテンをどこからか調達してくるなど、最初の一歩を踏み出すと歯車が回り出していきました。子ども用の本の紹介をホームページで行いました。 図書館利用者に気持ちよく利用してもらえるよう、接遇に気を使い「感じのよい図書館員」を目指しました。バイト用語も禁止しました。大人向けのものもある「お話会」は、職員のスキルアップには効果がありました。
 人員削減されたので、有償ボランティア「市民スタッフ」を募集し、細やかなサービスの充実に努めました。我孫子市では平成18年度から「提案型公共サービス民営化制度」がスタートしました。図書館で採択された事業はまだありませんが、職員はよい刺激を受けているとのこと。
熱意と細やかな気配りに溢れる女性館長を中心に、熱心に取り組んでいる様子がうかがえました。
■事例発表3「横浜市立図書館の財源創出の取組-図書館の広告事業-」
横浜市中央図書館企画運営課調整係長:小野寺紀子氏
 横浜市の広告事業は、アントレプレナーシップ事業からスタートしました。アントレプレナーシップ事業とは、職員自ら提案した事業を、提案者が企画から事業化まで責任をもって推進する仕組みです。横浜市役所全体で、2007年度には、1億4,000万円の広告料収入、経費縮減約5,000万円という成果がありました。
 横浜市立図書館における広告事業の取組みとしては、図書館ホームページのバナー広告(2006年度の収入182万円)、図書貸出票・資料情報の用紙(感熱ロール紙)の裏面への広告掲載(用紙の寄付受け:これまでに120万円を節減)、紙芝居用貸出袋(あらかじめ広告を印刷した袋を企業から寄贈:約70万円の節減)、パンフレットラック(大学案内パンフレット等を配布するラックを設置し、設置料約130万円の収入)といった内容です。
 収入の金額的な成果だけでなく、広告事業を行うに当たり図書館の持つ資産を有効に活用する必要があるため、自らの特徴を客観的に捉え直す機会となったとか、職員に自ら財源を獲得しようという意識が醸成され、予算の有効活用という姿勢が生まれたといった「効果」もありました。

■事例発表4「千代田図書館と地域社会との連携~指定管理者制度による図書館経営~」
千代田区千代田図書館長:田中榮博氏
 新しい千代田図書館は、国と千代田区の庁舎を合築したユニークな事例である「九段第三合同庁舎」の9階、10階に入っており、私も竣工直前に行われた見学会に参加して以前に見ていました。標題にあるように「指定管理者制度」を導入しており、指定管理者は「ヴィアックス・SPSグループ」という民間企業です。この企業は「千代田ゲートウェイ」を主体とし、「区民の書斎」「創造と語らいのセカンドオフィス」「歴史探究のジャングル」「キッズセミナーフィールド」という計5つのコンセプトを提案して選定されました。特筆的なものとしては、国立情報学研究所の全面協力による「連想検索システム」、「図書館コンシェルジュの配置」「こどもひろばサービスの実施」「身障者向けの図書資料の宅配サービス」「無線LANサービス」などが挙げられます。また、今後は、「ディジタルコンテンツサービス」(インターネットから、利用者パソコンアクセスによる、デジタル化された図書資料の提供を行うサービス)を平成20年度から本格運用する予定とのこと。文句なしにわが国の最先端を走るモデル的な図書館であると言えましょう。ちなみに、ここの図書館は教育委員会ではなく区民生活部文化スポーツ課という区長部局が所管しているそうです

 午後はパネルディスカッションでした。パネリストは午前中に事例発表した4名で、慶應義塾大学文学部の田村俊作教授がコーディネーターを務めました。
 5つの事例の共通事項として挙げられるのは、自治体行政の変化に対応した、新しい制度導入の取組みや工夫です。田村教授は4つの切り口を提示しました。すなわち「地域の情報拠点となるためのサービス改革」「サービスを支える図書館運営の改革」「サービスを支える財源の改革」「図書館職員の意識改革」です。これらの改革の目標として「地域の情報拠点」を目指すこととしています。
 パネルディスカッションは、まず会場からの質問への応答から始まりました。
Q.学校図書館との関わりについて(我孫子市民図書館へ)
A.それは館員の長年の思いだった。頼まれもしないのに行けなかった。敷居が高いというのもあった。幸い「助けてほしい」とHELP信号が来たので「渡りに船」と入っていった。
Q.千代田図書館が教育委員会から区長直轄に変わった経緯は?
A.区の組織全体の見直しの一環として行われたもの
(コーディネーターから、田中氏は業務委託を受ける事業者の立場なので答えにくいし、ご存じでないのはやむを得ないと助け船を出しましたが、質問者は「非常に重要なポイントだ」と食い下がっていました)。
 続いて、「サービスの改革」:コンセプト、理念とその背景・理由について各パネリストが発言しました。
(ふじみ野)
 現在は直営だが、市の中では改革が議論されている。合併時に有利な方に合わせたことで、今アップアップしている。
 旧大井町役場は総合支所にしているが、危うい状態で、全庁的な課題になっている。
 図書館業務としては、貸出冊数だけでなく、もっとベーシックな指標を大切にしていくべきと考えている。例えば、相互貸借や障害者サービス(←これはあまり評価されない!)など。
(我孫子)
 目指すものは3つ。
①きめ細かいサービス~合併せず小さい自治体として生きていくことを選択した。市長からは「市民から鬱陶しがられるくらい親切にして下さい」と言われている。宅配サービス利用者にお知らせも併せて配る。館員の服装への細かい注文も。
②市民要望の徹底的な反映~カウンターにお客様ノートを置き、何か言われたらすぐ書き留めるようにしている。利用者懇談会やアンケートなども実施している。
待つサービスから打って出るサービスへ~学校への団体貸付け。まず学校図書室の整備に取り組んでおり、小学校は終了したので、現在、中学校に取組み中。学校に入らせてもらって有り難いと思っている。その他、保健センターでの読み聞かせを、ブックスタートの一つとして実施している。
(横浜)
 平成18年度、「横浜市立図書館のあり方懇談会」を実施し、今後のサービス内容、経営のあり方についての提言を教育長に出してもらった(提言はH19.8)。現在はまだその内容を検討している段階。地域情報拠点化や市民との協働(これは市政全般で言われているが)、図書館市民会議、寄付文化、など。
 昨年から「図書館の目標」を定めている。「振り返り」をホームページや館内掲示で公開している。
 横浜型スケジュールでは、当該年度の事業は12月までに終わらせ、1~3月は次年度の準備期間。成果を評価して能力給に反映させている。職員一人ひとりが自己申告で年間目標、計画を作成し、上司や部下と共有することにしている。
(千代田)
 千代田区が作った「基本構想」があり、そこには主要なことが書いてある。小さな区だが、いろんな要素のあるまち→「千代田ゲートウェイ」構想
 連想検索システムや新書マップなどに取り組んできたが、やっと落ち着いてきた段階。来館者数は1日当たり3,300~3,500人(以前は800人くらいだった)。来館のピークは日に3つある(昼、午後、夜)。(コーディネーターから、「来館者の人数が評価の対象になっていないのは驚きだ」とのコメント)。

Q.(富山県立図書館のTさん)昨年度から厳格な業績評価を導入したが、教育委員会や館長と司書のイメージギャップがある。対行政のアピールも必要と感じている。
A.(横浜中央図書館の小野寺係長)横浜では、取組み姿勢も評価するので、業績だけを評価するわけではない。館長はたたき上げの人ではないが、相互コミュニケーションにより軋轢が生じることはない。

運営の改革について
(各パネリストが自分のことろの現状や取組み状況を説明)
Q.千代田図書館に入っている3業者の連携はうまくいっているのか。
A.(千代田図書館の田中館長)管理、カウンター、委託先の三層に分かれてしまったことの反省から、専門性の重視もあって、指定管理者制度を導入することになった。情報の共有は毎日やっているので、問題はない。
Q.指定管理者は5年間という期間だが、企業から見た場合、継続性が必要だと思われる。今後その点が問題になっていくのではないか。
A.(千代田図書館の田中館長)別の業者に替わっても、しっかり引き継げば、ほぼ問題はない。

財源・経営資源の改革について
(ふじみ野)
 学校との協力関係により、古い資料を提供してもらっている。
(我孫子)
 毎年1,000人が団塊の世代として我孫子市に帰ってくる。シニア世代に働きかけ、NPOやコミュニティビジネスを応援している。関わってもらいながら理解者を増やしていくよう取り組んでいる。
(横浜)
 寄贈本については、手間が掛かるので、中央図書館で受け入れることにしている。人気50位の本でも200人くらい予約が入るので、人気ベスト50の本については「持っている人は提供を!」とホームページで呼びかけている(コーディネーターが「いいアイデアだ」とコメント)。
 
 このような内容で一日たっぷりかけた分科会でした。2日間の大会に参加しての最大の成果は、図書館という世界には、司書を中心として大変多くの従事者がいて、長年にわたり日夜業務に「勤しみ、研鑽を重ね、情報交換を行っているということを実感したことです。この世界は間口も広く、奥も深そうであり、まだその全体像は十分に見えていませんが、この大会にじっくり参加できたことでその一端を垣間見て実感することができました。非常に有益だったと思います。
 図書館を取り巻く状況は、地方分権、情報化の進展、住民ニーズの多様化など、様々な要素が絡み合いながら激しく変化しており、その中で、ますます重要になる役割を果たしながら時代を引っ張っていくことが求められていると思います。しかしながら、一般的に図書館に対する認識や理解は必ずしも十分とは言えず、行財政改革の中で厳しい風に晒されているのが現状ではないでしょうか。
 私は、図書館というものを、従来のような「本を借りたり」「調べものをしたり」するだけの場所ではなく、市民が主体的に豊かな生活と活動を展開していく上で最も重要で有益な施設として、また、自律的な地方自治の推進の重要なパートナーとして、そして、産業振興・コミュニティ形成の強力なサポーターとして、極めて重要な位置づけを与えて飛躍していく存在となるべきだと強く感じています。可能な限り、十分な予算を配分し、十分な専門職体制を整備していくべきだと思います。それだけの投資・配分をしても数倍、数十倍の効果が得られるのではないでしょうか。

2007年12月16日 (日)

志木市における市民協働~その取組みと改善の歩みについて

 埼玉県に志木市という市があります。人口は約68,000人、面積9k㎡(ちなみに津市は710k㎡)という小さな市です。平成13年から1期4年だけ市長を務めた穂坂邦夫氏が非常に大胆で多彩な市民自治の取組みを展開し、注目を集めました。私も志木市を紹介する本を読み、注目してきました。いつかは穂坂氏の講演を聞きたい(実は何度かそのチャンスを逃してきました)と思っていましたら、平成19年10月18日、NPO法人まちづくり情報センターかながわ(通称:アリスセンター)が、志木市の政策審議室長を招いてかながわNPO研究会「新たな協働のステージ・連続学習会」第2回を開催することを知り、横浜まで出かけて参加してきました。穂坂市長、そしてその次の市長の時代にかけて志木市政で市民協働を担当してきた職員であれば、ある意味、当事者であった穂坂前市長より客観的な観点から話を聞けるかもしれませんので、非常に期待を抱きました。
 講師を務めてくれたのは志木市企画部政策審議室長の村上孝浩氏です。昭和61年に市役所に入庁し、細田、穂坂、長沼の3代の市長に仕えてこられた方です。
 まず、志木市における市民協働の経緯について説明されました。
 昭和60年、細田市長が就任します。それまでは行政主導だった市政を「市民とともにつくる 明日の志木市」をスローガンに広報広聴活動を重視した市政運営に変えていきました。公募市民10名、市選定委員10名、議員1名による「21しき市民会議」を設置するとともに、平成7年には公募市民らとともに手作りの総合振興計画を策定しました。このような細田市長の取組みもかなり先進的だったと思われます。
 4期16年続いた細田市政のあと、無投票で穂坂邦夫氏が市長に就任します。掲げたスローガン「市民が創る 市民の志木市」は、細田市政のものと大差なさそうですが、就任してすぐ「今やっている仕事を全部白紙に戻す。本当に市民のために必要なものをやろう」と宣言し、927事業をゼロベースで見直しました。そして、「市民がオーナー、市長はシティマネージャー」という市政運営を基本姿勢とし、「市政運営基本条例の制定」「市民委員会の設置」「地方自立計画の策定」「行政パートナー制度の導入」などを矢継ぎ早に打ち出しました。
 市民委員会は、スローガンの「市民が創る 市民の志木市」を実現するため、市民及び市が協働し、市民自らが行政の運営に関して必要な提言や調査研究を行うことを目的として、20歳以上の市内在住・在勤で市政に深い関心と熱意のある人を公募しましたが、誰でも審査なしに参加できる形にしたため、第1期は252人が参加しました。任期は2年の無償ボランティアです。行政組織、行政課題に対応して9部会(第2期は8部会)を設置して、具体的な活動を行いました。特徴的なのは、この手の市民参加は高齢男性と中高年女性の参加が大半を占めるケースが多いのですが、志木市の場合、30歳代15.5%、40歳代15.1%、50歳代20.2%、60歳代33.7%、70歳代11.1%という風に、現役世代を含め幅広い年代にわたっていることが特徴的です。また、活動のテーマ・内容は市民委員会自ら設定したものだけでなく、行政サイドから具体的なテーマを設定して検討を依頼し、その検討結果を行政が尊重するという関係もユニークです。例えば、助役を本部長とした「市民が創る市民の志木市推進本部」及び市職員による「検討委員会」が、市のすべての事務事業927事業のゼロベースでの検証作業や組織改革について検討を行った際、市民委員会においても市民の立場で「事務事業」と「組織改革」について検討を依頼した、というものがあります。そして、その検討成果は、平成14年度予算編成作業の参考資料として活用されました。第1期の市民委員会は全部で23本もの報告書や提言を作成して市に提出しています。非常に精力的だと言えます。
 平成15年2月には、平成14年度~33年度の20年間を対象とする「志木市・地方自立計画」を策定しました。この計画は「市や町が形成された原点に立ち帰り、「市民と協働」して運営する「日本一あたたかい、ローコスト(低い費用)、ローランニングコスト(低い運営費用)の「まち」を目指す長期的で大胆な「地方の自立」を目指す計画」とのことです。この計画の内容は高い理念だけでなく、具体的内容も極めて大胆です。例えば、
○「市民が市を運営する」ことを原則に市の業務を市民及びNPOに委ね、サービスの対価として、支払った「市税」の一部を市民(行政パートナー)に還元(地域通貨制度とも連動)する。
○基礎自治体(市町村)は、「公務員」によって運営されるという前例を壊す、新しい時代に対応する「第3の組織(市民との協働)」が目標であり、(以下略)。
○業務参加する市民(行政パートナー:有償)は、単なる労働力として参加するのではなく、いつまでも、だれもが安心して暮らせる「ふるさと志木市」を築くために、自らのもつ経験や知識あるいは時間的ゆとりを活用し、公務を担うという「社会貢献活動」と位置づける。

などです。
 何度か出てくる「行政パートナー」ですが、この計画に参画する市民公益活動団体をそのように名づけ、市との間で業務参加についてのパートナーシップ協定を締結し、対等な立場に立った「行政運営の協働者」として位置づけられています。市が行う公務のうち、事業的業務と管理的業務を対象とし、徐々に市から行政パートナーに業務を移していき、計画達成後には行政パートナーは523人となり、当初619人いた正規職員は301人になります。将来的には30人から50人程度の正規職員と市民が運営する市政を目指す、としています。行政パートナー経費は、523人で6億7,400万円、一人当たり135万円を支払う計算になります(積算根拠は時給700円×8時間×20日×12月=1,344,000円)。
 この制度に対しては、「市民を下請けとして安く使っているだけではないか」とか「時給800円の非常勤職員とあまり違わないのではないか」といった批判が出ています。それに対して講師の村上氏からは、「行政パートナー制度を運営する方がずっと大変(適当な団体が見つからないと任せられないし」「(雇用関係がないので)人を選ぶことができない。その代わり、誇りを持ってやってくれる」といった説明がありました。あまりに大胆で先進的であり、安易には評価すらできない制度ではないでしょうか。直感的には、現実的にいささか無理があるような気もします。行政には行政としての役割があるはずで、何もそこまで崩さなくてもよさそうな気がしますね。

 このような大胆で多彩な施策を繰り出した穂坂市長ですが、多くの市民、議員、職員が当然次も出るものだと思っていたところ、1期限りで勇退しました。「やるべき施策は1期で全部やり尽くした」と言ったと何かの本で読んだことがあります。
 穂坂市長は後継者指名を行いませんでした。もともと県からの出向で細田市政時代からずっと在職してきた助役と県会議員の2人が市長選に出馬。市議19人中18人が元助役を応援しましたが、大差で県議が当選しました。現在の長沼市長です。この方、25歳で市議になり、その後、県議となり、途中、自転車泥棒もしたそうです。非常にユニークな市政を展開した前任者から市長を引き継ぎ、やりにくい面もあったでしょうし、軌道修正が必要な面もあったことと思います。長沼市長は就任してすぐ「行政施策安定化プロジェクトチーム」(市職員で構成)を設置し、穂坂市長時代の様々な新規施策(65施策)をゼロベースで見直す作業に着手します。そして、計画どおり執行すべき事業8、一部改善を要する事業4、他の事業との統廃合を含めた抜本的な見直しを要する事業10、という最終結果を得ます。主なものを挙げると、「市民委員会の設置」は区分では「見直し」になっており、「今後は市民委員会に代わる新たな市民協働のあり方を考える」として、事実上廃止とされました。「行政パートナー制度」については、区分としては「改善」であり、「自立計画は、20年間の職員採用の凍結など、人事管理については無理な面がある。今後は、「市民協働」を前提とした簡素で効率的な行政運営を目指した新たな改革プランを検討する必要がある」として、事実上抜本的な見直しに近い結論になっています。また、「行政パートナーに対する資質の問題や一部の団体が受託施設を「仕切っている」という問題に対しては、団体の選考や研修、評価によって解決できるものと思われる」という検証結果は、語尾は「解決できる」という表現ですが、本質的な問題の存在を指摘しており、やはり現行どおりの制度を続けることは不適切だという認識が明らかになっているようです。
 そして、平成18年7月「志木市市民協働運営会議」が設置されました。構成委員は、公募による市民、識見者、地縁団体代表、市民団体代表、20名程度を市長が委嘱、ということで、前身の「市民委員会」からは根本的に様変わりし、よくあるスタイルに戻った感じがします。
 以前が悪かった(失敗に終わった)と言っているのではなく、志木市における市民協働が細田時代の第1ステージ→穂坂時代の第2ステージ→長沼時代の第3ステージと変遷している、ということであり、歴史的な評価が明らかになるのはもう少し先のことではないでしょうか。細田時代、穂坂時代の経験を踏まえた長沼市政がよりよい成果を挙げるという保証もありません。

 後半、質疑応答が行われました。
Q.市民委員会は誰でも参加できるようだが、何か問題点はなかったか。
A.参加したのは意欲ある人ばかりであり、一部にはその意欲が空回りする人もいた。行き過ぎた動きをする人や、すごく権限があると思い込む人、自分の要望の絶対的実現を求める人などもいた。
Q.行政パートナー制度は、「ワーキングプア」を生み出すのではないか。
A.確かに生活給にはならない。一線で仕事をする人以外や、子離れした主婦などが参加した。

Q.民間の市場を圧迫するのではないか。
A.もともと市の仕事をやってもらうものなので、民間の仕事を浸食はしていない。
Q.市民委員会は、よく250人も集まったと思うが、どういう工夫をしたのか。
A.駅前でビラ配りなど非常に苦労した。2期目はビラ配りまではしなかった(139人で発足)。
Q.メンバー間の「自治」はうまくいったのか。
A.メンバーたちが、自分たちの運営要領やルールを作って進めていた。
 最後に、村上氏のコメントです。
穂坂市長は自民党の実力者であり、議長や議員団団長もやった人だった。だから、自分がやりたいことをやっていく上で、市民の後ろ盾が欲しかったのかな?と思う。しかし、実際には思い通りに行かない面も出てきていた。
 一方、長沼市長は、後ろ盾となる組織がない、市民派。前任者から引き継いだ市民委員会をどうするかは、非常に悩んでいた(市民派市長としては簡単に廃止という決断はできない)。結局、「一旦リセットすべき」と判断した。安定化を望むスタンスを持っており、団体代表も入れよう、と判断した
」。

 市政を直接担い、リードする首長(経験者)の生の声を聞くのも迫力があり、有意義ですが、今回のように、実情をよく知り、かつ、中立的な立場である職員の話を聞くのも、異なる視点、客観的な視点からの見方が提供され、非常に有意義でした。
 やるべきことは全部やってしまったから、と言って1期で引退した穂坂市長でしたが、自分一人で何でも全部できるはずはなく、多くの関係者との「協働」作業で完成させ、定着させ、成長させていくべきものであると考えたとき、あと1期か2期務め続け、自分が生んだものを育て、一人立ちさせるまで面倒を見る、そういう責任を全うすべきだったのではないか、という気もします。一方、後任の長沼市長ですが、前任者の負の遺産を解決するという役割を担っている面もあろうかと思いますが、単に「元に戻す」のでは意味がありません。よい成果は成果として引き継ぎ、発展させていくとともに、自分なりに新しい要素を加えていかなければならないわけで、今後のお手並みを拝見したいと思います。

2007年12月 9日 (日)

「コモンズと地域社会」

 平成19年10月13日(土)、「コモンズと地域社会」というテーマで研究会が開催され、参加してきました。講演を行ったのは「コモンズと永続する地域社会」の著者、平竹耕三氏と、明海大学不動産学部の齋藤広子教授のお二人です。都市再生機構のEさんがもう何年も主宰し続けている「比較住宅政策研究会」という公開勉強会ですが、都市住宅学会の関東支部の行事にも位置づけられ、学会の助成金が少し出たようです。今回の報告は結構、アカデミックです。
 研究会の要旨が次のように書かれていました。
 「コモンズ」ということばは、「シェア=共有」という意味で広く理解したとき、土地政策、住宅政策、住宅計画(コーポラティブ、コレクティブなど)、コミュニティ、地域再生、市民参加型まちづくり、環境保全、非営利金融などすべての分野で共通項になり得る概念である。これまで社会学、民俗学、文化人類学等の研究テーマになってきたコモンズであるが、住宅計画や住宅政策等の分野では、コモンズだけを切り離して論じられた事例は少ない。コモンズを社会性・公共性(市民・自治体)から論じている平竹氏に対して、市場性や経済(不動産業界)の立場から論じている齋藤氏との比較によって、コモンズの可能性と限界を明らかにすると同時に、両者に共通する環境や資産管理の持続性という観点から、学際的なコモンズ論に発展させるように議論したい。

 さて、最初の講師、平竹耕三氏ですが、「コモンズとしての地域空間 共用の住まいづくりをめざして」(コモンズ、2002年)、「コモンズと永続する地域社会」(日本評論社、2006年)といった著書がありますが、本職は京都市役所の職員です。龍谷大学大学院で修士論文「コモンズとしての地域空間」をまとめています。京都芸術工科大学特認教授も務める経済博士という顔も持っています。
 わが国では、土地の所有権の自由度が強く、その制約が緩やかであるため、いわゆる「建築自由の原則」があります。そのために、地域のコミュニティが分断され、地域社会を衰退への追い込む事態を招き入れている、という現状認識からスタートしています。そして、平竹氏は「地域社会が永続性を保つためには、その基盤としての土地利用について、地域的にコントロールできる仕組みが不可欠である」と主張します。その具体的なアイデアとして「コモンズ」を位置づけようとしています。コモンズとは、平竹氏のレジュメによれば「土地を公有や地域所有とし、地域空間の管理を地域住民が主体的に行うもの」と定義することができそうです。平竹氏は、それ(コモンズ)が地域で豊かな人生を送れる制度的な保障につながると主張しています。そして、その際の問題意識として、次の3点を掲げています。
① 日本では住民一人ひとりが豊かさを実感しえない原因に、土地が利用価値よりも資産価値から評価される結果、地価が高く、人間の生活という観点から適正に利用されていない問題がある。
② 土地問題を解決し、住民一人ひとりが豊かな生活を回復するためには、規制緩和によるのではなく、土地を脱市場化して地域住民の生活や福祉の向上のために利用するシステムを確立していくことが必要である。
③ その具体的方法としては、土地あるいは空間を個人個人の所有や管理に分割せず、地域住民が共的に利用するコモンズとして、また、地域社会を、コモンズの地域管理を担い、コモンズを支える社会関係としての地域主体に再構成していくことが必要である。

 さて、研究会の席上、平竹氏はこのような持論を分かりやすく説明するため、スライドで幾つかの事例を紹介してくれました。
 京都の祇園と言えば、芸妓や舞妓のまちとして全国的に有名ですが、この京都市東山区祇園町南側は、学校法人八坂女紅場学園(やさか・にょこうば・がくえん)が地主の借地だそうです。200区画ほどに分割され、お茶屋、飲食店、住宅などに賃貸されていますが、借り主はまちづくり協議会を組織し、大家との間で町並みを守る合意書を結び、自主ルールにそって建物の概観デザインを決めてきたため、結果的に優れた景観と佇まいのある地区が維持保全されているのです。3.3haのエリア内の道路もすべて学校法人の所有だそうです。祇園町北側は個人の土地所有ですが、どこにでもあるような雑然とした歓楽街になってしまっており、北側と南側を対比すると、見事なまでの違いです。歴史的な経緯があるとは言え、土地を面的に押さえることによってまちづくりをここまで徹底的にコントロールできている事例があることに、本当に驚きました。我々は、都市計画規制や助成制度、あるいは自主的な協定などによって、一生懸命に良好なまちづくりを実現しようとしていますが、なかなかうまくいっていません。土地の所有権という「のど元」を押さえるだけでこんなに劇的に効果があるというのは、一種の「コロンブスの卵」のような気がしました。
 その他の事例として、三重県松阪市殿町に現存する武家屋敷長屋「御城番屋敷」(ごじょう・ばんやしき)なども紹介されました。我がふるさとの隣町にもこんな地区があったのか!と、これまたびっくり。是非、現地を見に行かなければなりません。
 まちづくりとか中心市街地活性化においては、土地の所有権にまで踏み込まなければダメだ、今までそこから逃げてきたからお金をいっぱい使いながらも何も成果を上げてきていない、という指摘を、最近耳にしています。核心を突いているかもしれないとは感じていましたが、今日のこの事例やコモンズ理論を聞いて、真実だと確信しました。是非、この問題は掘り下げなければなりません。そして、何らかの形で制度化するなり、実行に移すなりしていく必要があります。

 この日の研究会、後半は齋藤広子氏の「現代社会におけるコモンズの形成と住環境マネジメント」というテーマの講演(内容は省略)、そしてそのあとは参加者との間の質疑応答でした。話題提供が素晴らしかったので、質疑は非常に活発でした。
 翌日、主催者に送った感想メールを以下に添付しておきます。
非常に中身の濃い、示唆に富む内容だったので、とてもあの時間だけでは消化・理解できませんでしたし、ディスカッションも序の口どまりだったようで惜しかったですね。私も発言の機会を頂きましたが、十分貢献できませんでした。
 「コモンズ」について感じたことを少々。
 住宅に着目したとき、その水準は「居住水準」で図ることが一般的であり、その中身は端的に言って「広さ」です。しかし、住宅の水準や価値、住み心地が「広さ」だけで表されるものでないことは、もう国民は気づいていることと思います。でも、それが何なのか共通認識になるには至っていません。では、住宅地に目を移したとき、その議論はもっと漠然としてきます。官製の「住環境水準」が無力なことは言うまでもありませんが、道路の広さ、公園面積、公共交通へのアクセスなど個別の指標は幾つかあるものの、そんな表層的なものではない、もっと本質的な「良さ」があるはず!それを(その一部か全部か分かりませんが)体現しているのが「コモンズ」であるように思われます。少なくとも、非常に豊かなヒントが埋蔵されていることは、どうも確かな気がします。
 是非このテーマだから聞きたい!と念願して参加したわけではありませんでしたが、こりゃ大きなお土産をもらったなぁ、というのが帰り道での率直な感想です。これからの仕事や勉強を進めるに当たって、貴重なネタとして大切にしていきたいと思います。
 あと、個人的には、平竹さんの著書の中に、京都以外の事例として三重県松阪市の事例が出ているようですが、実家の隣市なので、別途、関心を持ちたいと思っています。場合によっては、平竹さんに個別にお尋ねすることがあるかもしれませんので、その節は、連絡先などまた教えて下さい
」。

 それに対して、講師の平竹氏からご返事を頂きました。御城番屋敷に関する箇所だけ抜粋して紹介させて頂きます。
松阪市の御城番屋敷は、1863(文久3)年に建てられていますから、本当に様々な経過を経て今があるという、生きた教材としての素晴らしい知恵が包蔵されていると思います。村主さんの故郷のお近くということでしたら、ぜひ関心を持ってあげていただきたいと思います」。

2007年12月 8日 (土)

「全国子育て協同集会」に少しだけ参加してきました

 市民による子育ての“協同”をテーマとした「第1回全国子育て協同集会」というイベントを少しだけのぞいてきました(副題は『「生きづらさ」を超えて―競争から、共感・協同の子育てを市民の手に―』)。一体どんなイベントなのか、その開催のお知らせとして、次のような文章が載っていました。
子どもへの虐待件数の増加や、いじめを背景とした中学生の不登校が12万人を超え、過去最高となるなど、子どもたちをめぐる深刻な状況が広がっています。このような事態を前に、多くの子ども、親、自治体、市民が、子どもを中心としたまちづくりに向けたネットワークを広げ始めています。こういった現状を背景に、このたび市民による子育ての“協同”をテーマとした第1回の「全国子育て協同集会」を開催する運びとなりました」。
 主催は実行委員会の形をとっていますが、実態は「ワーカーズコープ」というNPO法人です。そして、ワーカーズコープとは、そのHPを見ると、
私たちは子育て、障害者・高齢者福祉などの地域に必要な事業を市民でおこす、「新しい福祉社会の創造と地域の再生」を目指すNPOです。全国的なネットワークと様々な分野での事業に携わりながら、働く人の主体的な参加に重きをおく協同組合的な組織運営をしています」。
と説明されています。その母体は「ワーカーズコープ労協センター事業団」という企業組合であり、高齢者、子ども、障害者、まちづくりに関わる様々な地域密着事業などに活動の幅を広げていくため、NPO法人を取得した、ということのようです(詳しくは分かりませんが)。
 平成19年10月6日の全体会は、第一部が記念講演、第二部がパネルディスカッション、第三部に記念イベント(コンサート、ミュージカル)という構成で、翌日に分科会が行われました。私は、6日の午後に所用があったので、第一部の記念講演だけを聞きました。
 講師は大和久勝(おおわく・まさる)さん。2005年まで都内の小学校教諭をされており、現在は大学講師、という方ですが、「共感力-『共感』が育てる子どもの自立」「困った子は困っている子」「ADHDの子どもと生きる教室」などの著書があります。記念講演のテーマは「『共感』が育てる子どもの自立~あせらず、あきらめず、ゆっくり、ていねいに~」であり、2時間かけて「ゆっくり、ていねいに」お話をされました。
 最初に、2つの手紙を紹介してくれました。一つは、1998年、中学生が女性教諭をナイフで刺殺するという衝撃的な事件が起きたあと、当時の町村文部大臣が全国の中学生あてに書いた手紙で、文部公報に載ったそうです。私もそんなことがあったような記憶があります。大和久氏は、この手紙が「上から見下ろすような視線で書かれており、共感する言葉が見当たらなかった。自分の中になぜか落ちてこなかった」と感想を述べていらっしゃいました。もう一つの手紙は、群馬県の中学生が、喫煙を咎められたことを苦にして自殺する際に書いた手紙です。自分がしたことでまわりのみんなに迷惑を掛けたことを謝り、これまでの友情に感謝し、自殺という手段を選ばざるを得ない心境とまわりへの気遣いを素直に綴ったものだそうです。2つの手紙の対比が、多くのことを物語っていますね。
 そのあと、3つの具体的な話が紹介されました。カズオ、ナオキ、カイダくんという3人の子どもが出てくる実話、のようです。
 大和久さんの話のキーワードは「共感」です。子どもに共感するということは、子どもの心に寄り添うこと。大人から見ると「困った子」であっても、本人の立場に立てば「困っている子」だと見ることもできる。子どもたちは、分かってもらえない、理解してもらえない苦しみ、つらさを抱えて過ごしているのであり、暴力をしたり、切れたり、パニックを起こしたりするのは、「困っている」ことの訴え、叫びなのだと理解すべきだ、と訴えます。そういう「子ども観」の転換をした経験を語ってくれました。また、ADHDやLD、高機能自閉、アスペルガーなどの「軽度発達障害」の子どもを抱えた親に対しても、今までの子育ての苦労と今でも続く困難さに共感を示すことの重要性を語ってくれました。
 世の中、成果主義、効率第一の価値観が支配的であり、大人も子どもも余裕がありませんね。価値観が揺らいでいることや、経済成長が順調ではないことも影響しているかもしれません。そのしわ寄せはどうしても「弱者」に行ってしまいます。教育の世界では「子ども」です。
 私も、二人の子育てを経験し、父親としては比較的参加した方かな?と思っていますが、幸か不幸かこのような困難に直面しなかったこともあり、あまり深く考えたことがありませんでした。
 盛りだくさんの催し物の、ほんの一部しか参加できませんでしたが、非常に熱心なお母様方の中に紛れて、貴重な話をじっくりと聞くことができました。主催者側も参加者も、皆さん熱意に溢れているようで、頼もしいやら、たじろぐやら、恐れ入りました、という感じでした。
 すぐ何に活かすというわけではありませんが、また少し視野が広くなったような気がする、いい経験でした。

2007年11月25日 (日)

自治体の政治と代表システム ―第二次分権改革をみすえて―

(第22回自治総研セミナー参加記)

 地方分権への一連の取組みは、現在、第二次分権改革に進んでいます。また、平成の市町村合併は山場を超え一段落に向かいつつあります。そういう大きな時代の変革の中で、改革派首長の出退場、官僚知事の増加と選挙の非政党化、知事汚職等による地方自治への懐疑、議会と議員への不信、財政破綻など、様々な出来事や流れが起きています。
 このような状況の中、自治体における代表制の意義や多様な自治システムの可能性などについて検討し、住民の信託を得うる自治体の政治と代表システムのあり方について考えるため、(財)地方自治総合研究所によるセミナーが、平成19年9月10日、11日の2日間、開催されました。参加者は自治体職員、地方議員、研究者などが大半です。主催団体の性格から自治労関係者も数多く参加していましたが、セミナーの内容は特に偏ったものではなく、地方自治のあり方を真剣に考えようとするものでしたので、非常に勉強になりました。1日半のプログラムすべてというわけにはいきませんでしたが、参加費2,000円を払って、しっかりと参加してきました。
 
講演「第二次分権改革と自治体政府の制度設計」~大森 彌(東京大学名誉教授)
 この先生、レジュメなし、講演資料なし、今や当たり前になりつつあるパワーポイントなども当然なし、「しゃべりだけ」のこのスタイルで40年やってきたそうです。聞いて書き取った講演内容を報告します。必死に書き取ったつもりですが、読み返して意味がはっきりしないところ、書き漏らしたところがあるようですが、あえて、あまり整理せず、装飾も補充もしません。分かり難い点はご容赦下さい。ほとんど自分の覚書のようなものになっているかもしれません。
 それにしても、この大森先生、自ら「あちこちで嫌われている」と言いながら、まったく遠慮なく思っていることを辛辣に言い切る方です。私心がないというのか、私利私欲がないというのか、まあ貴重な方ですね。さて、以下、聴講メモです。
 一党優位の政党は、日本とイスラエルくらい。「無原則適応主義政党」、これは私(大森氏のこと。以下同じ)が自民党に与えた定義。かつて「原義的保守政党にすべき」と主張した小沢一郎は自民党を追い出された。もともと、自由と民主という、くっつきにくいものをくっつけた政党だった。
 小泉純一郎は、市場原理主義者(竹中平蔵を使った)であり、「自由」にシフトしたため、「民主」が置き去りになった。それに国民が反発したことに小沢一郎が敏感に対応し「生活重視~」と打ち出したが、これで小沢一郎の将来はない!と私は考えている。仮に民主党が政権を取れば、自由民主党が2つ生まれるだけだ。やっぱり政策では選ばれないことがはっきりしてきたので、マニフェスト選挙は終わるだろう。
平成の大合併について――
 第29次地方制度調査会(地制調)で検証するらしい。私の山カンでは、これには大義名分がなかったので、喜んでいるところはないはずだ。最近の財政運営を見ると、公共事業経費や社会保障経費が切りつめられており、都道府県の方が圧倒的にきつい状況。国は都道府県を自治体と思っていないのではないか、都道府県を泣かせろ!と思っているのではないか。2010年までにプライマリーバランスの達成という目標を掲げた財務省の作戦が成功しているのではないかと思う。
第二次分権改革について――
  これは成功するはずがない!また、やられますよ!財政改革の方がはるかに強力だ。
 平成の大合併に話を戻すが、国としては大成功だと思う。ここまで進むとは思っていなかっただろう。総務省の研究会では、専門職員を置くことができる体制の整備が、合併の最大のメリットだとしている。
 最近の地制調答申は、ほとんどが地方自治法の改正に結びついている(棚上げになった道州制を除いて)。地制調のメンバーから、旧自治省が外された。第1次分権改革では、自治省と学者が二人三脚で各省庁と激しく戦い、様々な成果を上げた。従って、自治省と学者を二度と組ませるな!と思うのは当然だろう。
 分権改革会議では、学者が割れてしまった(地方分権と財政改革の対立)。
 第二次分権委員会は、菅総務大臣の人事。竹中委員会のビジョン懇のメンバーが入っている(猪瀬直樹など)。宮脇淳先生は、多すぎるとして外されたが、事務局長として戻ってきた(ただし、非常勤だが)。事務局次長が3人、参事官も3人。
 「基本的考え方」は誰が起草したか?増田寛也委員長代理(現総務大臣)は書いていない。参事官が2人(財務省出身と総務省出身)で書いた。この中で、自治体を「地方政府」と呼んでいる。これは増田氏が筆を入れた部分(彼は大臣就任会見でもこの言葉を言った)。この言い方を広めたいと思う。国と地方が、政府と政府の関係になる。「政府間関係」を成り立たせるのは「協議」ということになる。この一点から見て、第1期と第2期は何も変わっていない。各論はこれからだが……。
 私は「この法律の実施に当たって必要な事項は条例を定めることができる」と各法に書くべき!と主張している。本当は今でもできるのだが、できないと思い込んでいる。
 もう一つ。法律での義務付け規定「~しなければならない」「~するものとする」等は、全部、一度「できる規定」にして、どうしても義務づけしなければならないものを集めれば(ただし、その作業は自治体が行うべき)、ナショナルミニマムを明らかにすることができる。
 国庫補助負担金の全廃については、必死の攻防(地上戦)になるだろう。もっと気になっているのは、29次地制調における「道州制」の行方。
 第1回小委員会において、「さらなる市町村合併~」の「さらなる」を取れ!と西尾勝先生が頑張って、とった。数次の合併特例法が施行されているが、もう市町村合併は打ち止めにせよ!と主張している。27次地制調の検討事項(西尾私案)が消えていない。「小さくても頑張る」と言って合併を拒否した町村に、頑張るな!ダメだ!と言うのは変な国だ。
 基礎自治体を一定レベルに揃えたいという美学を持っている人がいる(例えば小沢一郎は300自治体と言っている)。これはファシズムだと思う。揃えないと自治体は強くなれないという固定観念だ。
道州制法について――
 「北海道地方及び3つ以上の都府県……」と書かれている。今の地方自治法でも都道府県は合併できるようになっているのだから、やればいいじゃないか。今では、全国知事会の中に道州制の推進論者が10数名いる。様変わりだ!
 都道府県は、かつてダメな存在だった。地方分権改革では、都道府県をまともな普通な自治体にしたかった(これは自分の念願である)。それがようやくできるようになったのに、それを投げ打って道州制を言うのはバカだ!都道府県の安定性は、国が掌握してきたから。従って今、不安定になりつつある。まあ、道州制の議論はどうせ消えるからほっとけばいいのだが。道州の中の基礎自治体は、いろんな道州制の議論でも特例市(20万以上)が想定されている。これは、小沢一郎の300自治体論だ!これは、市はもう一度大合併し、町村は消えることになる。強者の論理だ。全国町村会は「たたかう!」と言っている。
 東京都は廃止したい!東京都は、基礎自治体の権限を持った唯一の広域自治体だ(しかも一極集中型の)。つまり、東京都は市役所である。道州制を導入すると東京都はなくなるだろうか。東京・神奈川・埼玉・千葉で関東州を作る話があるようだが、人口3,000万人のスーパー自治体ということになる。とんでもないこと。
 今、悩んでいることは、分権改革のスタンス。国の役割と自治体の役割のあり方、役割分担。例えば、印鑑証明は法律に何の根拠もないが市町村がやっている。大半の仕事はきれいに分かれていない。戸籍事務は法定受託事務。手数料と交付税で賄っている。つまり、権限・責任とお金は別の議論だ
 今の第二期分権改革では、テーマはまちづくり、社会保障、そして医療、保健、福祉。これらはきれいに分けられるだろうか。国が専念すべき仕事をきれいに分けられるだろうか。分離分権改革には、霞が関は猛反対するに違いない。第二期分権改革委員会が直面する問題である。

講演「自治体改革と自治体組織」~片山善博(慶應義塾大学大学院教授、前鳥取県知事)
 ご存じ、「改革派知事」の一人だった方です。私には、パフォーマンスというものをしない方で、主義主張には説得力のある知事だと映っていたので、大いに期待を抱いて初めて生の講演を聞きました。以下、再び必死にメモした講義録の再現です。

教育委員会のあり方について――
 私は最も重要な地方自治の課題は「教育」だと思う。教育のあり方がこれだけ議論されているのだから、教育組織のあり方にもっと光を当てるべき。
議会について――
 自治体を構成するもう一方だが、本来のミッションを果たしているだろうか?私は、果たしていない、シャンとしていない、と思っている。

 ではレジュメに沿って順に話をしていく。最初に、首長の話から。首長は、行政委員会を含めて自治体全体を総括、統合している。制度上はすでに分権型になっている。しかし、実態上は、長年の慣行や意識によって、分権型になっていなかった。国の手下であった「機関委任事務」は第1次分権改革でなくなったが、首長の意識、姿勢は、分権型になっていない。
自治体はだれに「レポート」すべきか――
 レポートとは、説明責任を果たすべき相手にきちんと説明すること。自治体は住民に対して、会社は株主に。言い換えると、誰に支えられているか、ということ。
 「集中改革プラン」を、総務省から通知で作れと指示があった。向こう5年間の行政改革のプラン、ロードマップを作れ、ということ。内容は定員削減、指定管理者などで、プランを作って提出せよ、ヒアリングをする、ということだった。さらに後から、定員削減は国並みの5%を達成せよという追加注文が来た。「集中改革プラン」を作らなかった自治体は全国で2つ(鳥取県と千葉県の我孫子市)。なぜ鳥取県では作らなかったか?それは、行政改革のミッションは何か?ということ。国に提出するためではない。住民サービスの低下になるかもしれないことは、住民との対話、住民の理解が必要だ。こんな指示は、自治の理念の観点からは、バツですよ
 私は鳥取県時代、行政改革に一生懸命取り組んできた(夕張市のように、やってない自治体もあるが)。それが地方自治だ。一斉に一律で「やれ!」というのはおかしい。しかも5年間で5%だと。地方自治の本質は「多様性」だ。
 職員定数はどういうツールで決まるか、それは定数条例。給与は給与条例。事務事業は予算で決まる。すべて、条例か予算で決められるもの地方議会の権限に属するものを勝手に書いて持ってこいとは何事か!?分権とは「地方議会が決める」ということである。ところで、「国の持っていた権限を地方に『おろす』」と言っている。これはおかしい。
 総務省は、地方分権を進めると言いながら、「指導してやるから持ってこい」とはおかしいじゃないか。これは談合だ。よく議会が怒らないものだ。これこそ議会軽視じゃないのか。
 集中改革プランの根拠は事務次官通達。総務省の担当者に「根拠は何か?」と聞いたら、しばらくして「あれは『助言』です」と言ってきた。ウチはすでに徹底してやっているから結構です、と言った。第1次改革の最大の成果は機関委任事務の廃止だと思う。国が決めて、統一してやることは法律で決めたことだけだ。法律で書いてないことを指示しちゃいけません。我孫子市は、本当は作らなかったのに、千葉県が、作ったことにして報告した。

自治体組織のあり方――
 自治体の組織は、中央官庁対応型になっている。
 道路には県道、農道、港湾道路などがあるが、いすれも所管部局が違う。作っている地図も別だ。これは中央省庁の方を向いているから。そこで、一つの課に業務を集めたところ、中央から密使が来て激しく厳しい「助言」があった。また、港湾課と漁港課を一緒にした。公共下水道、農業集落排水、浄化槽も一緒にして生活環境部に持っていった。建築も住宅も都市も生活環境部へ移した。重複も張り合いもなくなった。

自治体の考える力――
 参加者の皆さんのところには「政策法務課」はありますか。類似の課があっても、だいたいその実態は法令審査(「てにをは」のチェック)程度で、いわゆるコンテンツまでは立ち入らない。「政策法務」とは、政策課題を法形式に表現するということ。課題を条例で解決していくという姿勢である。主体的にとらまえて自ら考える(国、県のアドバイスをもらうのはよい)。これは都道府県レベルでもほとんどダメ。東京都はしっかりしている。鳥取県でも作った。より現場に近い市町村には、もっと必要だと思う。分権時代は法律を自ら解釈できなければいけない。国の解釈と食い違っても堂々と渡り合えばよい。有権解釈(は国にあること)だと引き下がらなくてもよい。対等な立場である。合意が得られなければ、国・地方紛争処理委員会が置かれている(ただし実績はまだ1件しかないが)。国や県に問い合わせても、手間が掛かるから彼らはろくな解釈をしてこない。あるいは、自分に都合のいい解釈しかしない。論争しなければならないこともあるぞ。

教育委員会について――
 教育委員会とは、本来は5人の集合体である。教育委員会は、首長と同じ(能力と説明責任を有する)執行機関である。しかし実際は、当事者能力ないところばかりではないのか。何か問題が発生したときに的確に対応するところはあるか?不登校、いじめ、自殺など、教育現場で発生する問題だ。
 日本の教育委員は「そんなつもりでなったんじゃない。頼まれたから引き受けただけで、やめさせてもらいます」と言う。責任体制が全くなっていない。無自覚の人の集まりだ。自治が空洞化している。自覚を伴う器量がない。だから私は首長に「人選をしっかりやってくれ!」と言っている。指導力不足の教員はいるかもしれないが、指導力不足の教育委員会こそ問題である。教育委員会は経営陣ではないか!
 かつて、鳥取県では教育委員の人選を議会(自民党の議員たち)に丸投げしていた。大げんかになったが、知事が責任持って提案するから審議してくれ、と言って、選任同意を取りつけた。たいていの自治体では、議会の最終日の最後に追加提案して即刻議決してませんか。品質管理をしていないから品質が悪い。人の品定めはやりにくいが、でもやらなければいけない(首長でもやってるではないか)。ところで、選挙って、見も知らない人に自分がいかに立派か、優れているかを主張するものだが、常識とは違うことをしなければならないので、イヤなものですよ。

地方議会は本来の機能を発揮しているか――
 議会は立法機関である。首長提出議案への同意機関なら、あんなに高い報酬を払う必要はない。オープンな場で議論するところである。政策選択の場。「根回し」は、もっといい案があるかもしれないのに、出る幕がなくなるという意味でよくない。少数意見でもみんなが評価して決めるべき。大半のところで、議会が始まる前にすべて結論は決めているでしょう。プロ野球の消化試合と同じで、何の意味もない。だから私は八百長だと言っている。質問と答弁、ひどいところでは再質問まですべて事前にセットし、しかも質問者ともすり合わせをする。これじゃ「学芸会」ではないか。部下に答弁作成を全部やってもらうのは、答弁能力、議論能力がないことを認めたようなものだ。だから、“Leader”ではなく“Reader”だ。(笑)
 だから。議会が尊敬されない。議員が八百長、学芸会をやらなければ、首長は有能でなければ務まらない。両方の質を落としているわけだ。職員がそれに加担していないか?これは住民に対する背信行為だ。

国と自治体の関係――
 兵庫県丹波地方から、鳥取大学から医師を派遣してもらいたいという要請があった(3000万円で委託する計画)。ところが、そのために必要な総務省の承認が取れずに実現していない。何で関係ない奴らが邪魔をするのか!?。地方債発行に対する国の関与を廃止するよう全国知事会で提案したら、みんな(反対はしないが)うつむいたまま賛成しない。これは国への「気兼ね」があるから。
 地方交付税は、予見可能性に乏しい。算定はご都合主義で複雑だ。交付される額が決まるのは何と年度に入ってからの7月であり、これでは財政計画が組めるわけがない。ちゃんとルール化、透明化しなけれないけない。
 過疎債があるために、貧困の罠に陥っている。有利だからみんなずっと過疎団体でいたいと思っている。現に、過疎債制度は何十年もやってきたが、コンクリートだらけなったものの、過疎から脱却していないじゃないか。

最後に――
 大学の教師になって時間に余裕ができたので、本を書いた。よかったら読んで下さい。
市民社会と地方自治』慶應大学出版会、2007年8月

2007年11月23日 (金)

後藤新平・生誕150周年

 今年2007年は、後藤新平生誕150年に当たります。医師、内務官僚、台湾総督府民政長官、満鉄総裁、逓信大臣・鉄道院総裁、内務大臣、外務大臣、東京市長、帝都復興院総裁など、極めて多様な経歴を持つ「経世家」後藤新平。生誕150周年ということで、各種の記念行事が行われています。その一つ、(財)東京市政調査会の主催で平成19年9月1日に開催された公開講座「経世家・後藤新平―その生涯と業績を語る」を聞いてきました。なぜ東京市政調査会がこのシンポジウムを主催したか……実は東京市政調査会は後藤新平が設立した組織なのです。そういう点で主催者にはなかなか力が入っていました。生誕150周年を記念して東京市政調査会が『日本の近代をデザインした先駆者―生誕150周年記念 後藤新平展 図録』と、『「都市問題」後藤新平生誕150周年記念・特別増刊号 ―後藤新平・「大風呂敷」の実相』を刊行しましたが、前者が168ページフルカラーで税込み1,200円、後者が144ページで750円と非常にお買い得であるところにそれが読み取れました。なお、2冊とも買い求めましたが、まだ読めていません。私は、以前に郷仙太郎(元東京都副知事の青山やすし氏のペンネーム)著の『小説・後藤新平』を読んで興味を持っていましたが、まちづくり、国づくりなどに幅広く活躍したこの人物を深く知りたいと思い始めており、是非早い機会に読みたいと思っています。その上で、「私の尊敬する人物」を後藤新平にしようかと、実にヨコシマなことを考えています。
 さて、本題に入る前に随分と脱線してしまいました。講演は東京の都市計画、公衆衛生家、政治家という3つの側面からの豪華三本版でした。
 最初は「後藤新平と東京都市計画」という題で越澤明先生(北海道大学大学院教授)です。都市計画史が専門で、私も何冊か著書を読み、都市計画を時間軸で立体的に捉える見方を学びました。
 まず、後藤新平は「わが国の社会資本整備の父、都市計画の父」であるにもかかわらず、これまで正当には評価されていないと指摘します(その証拠に、東京駅や都庁前に後藤新平の銅像が立ってないという、ちょっとユニークな理由を上げられました)。そして、後藤新平の仕事の特徴は、①骨太のビジョン・方針の作成、②調査に基づく政策形成、③有能な人材の抜擢・権限付与だとします。①の代表的なものが帝都復興であり、②の実績が東京市政調査会や都市研究会(→現在の(財)都市計画協会)であり、③の具体例が新渡戸稲造、佐野利器などです。
 次に「東京は誰がつくったのか」江戸から東京への400年を振り返ります。豊臣政権下、1600年頃、全国に約200の城下町を建設しましたが、これは世界でも特筆すべきことでした。そして、江戸幕府は最大の城下町である江戸のまちを作りました。これは世界最大の都市でした。ところが、明治政府は、江戸の遺産の転用と活用のみしかせず、都市計画と都市インフラ整備を怠ります。わが国には「馬車の時代」がなかったので、道路が整備されなかったという事情はありますが。大正期に入り、都市問題が発生し、深刻化するにつれ、都市計画の政策が導入されます。そして、都市の大改造が行われたきっかけはご存じのとおり、関東大震災第二次大戦の終戦です。平時に都市計画を実現することは非常に困難であり、ほとんどが災害のあとに実現されています。その例外が戦前の大阪でした。御堂筋を数mの道路から一気に44mに拡幅したことはある意味で驚きです。話を東京に戻し、高度成長期、東京オリンピックの都市改造が行われましたが、これは実は部分的であり、むしろ遺産を破壊しています。越澤教授は「未完の都市計画」を強調し、これを「負の遺産」と呼んでいます。具体的には、木賃ベルト地帯の密集市街地であり、幹線道路としては環状2号線、3号線、4号線が未完成です。1989年、帝都復興計画の政府原案図面を越澤教授が発見しました。後藤新平の復興計画は大幅に縮小されてしまったのですが、そもそもその原案は長い間謎とされてきました。それが66年ぶりに発見されたのです。この甲案は大蔵省も了承した公式の政府原案という点で重要なものと言えます。総事業費は12億950万円でした。この政府原案がはっきりするということはどういう意味があるのでしょうか。この原案もその後、財政事情や政治的やり取りの末、大幅に削減・縮小されてしまいます。それを明らかにして、現在の実態に照らしてそのことを評価しなければなりません。帝都復興計画は、このような予算縮小圧力の中で懸命、必死の努力により、かなりの部分が実現しました。すなわち、幹線道路、生活道路、橋梁と大公園(隅田公園、浜町公園、錦糸公園)、小学校と小公園、同潤会アパート(住宅政策の初の実践)、商業建築への助成(再開発へのルーツ)、不燃建築による福祉施設、などです。それでも予算不足でできない事業は、東京市が肩代わりして実施しました。このような経緯の中で断念した都市計画、その後も実施できていない都市計画を、越澤教授は「負の遺産」と呼んでいるのですね。具体的に言うと、共同溝は今なお工事中ですし、幹線道路は狭いまま(オマケに街路樹を撤去して首都高を載せてしまった)、向島、大久保、目黒などの非焼失地の都市改造は着手されず密集地となってしまった、などです。なお、環状2号線(いわゆる「マッカーサー道路」)は最近ようやく都市再生の一環として整備が進められています。越澤教授は、このような「未完の都市計画」に注目する一方で、「東京都市計画の遺産」を大事にすべきだと訴えています。例えば、同潤会大塚アパート(平成15年に取り壊されてしまいました)、文京区の元町公園・元町小学校問題(公園を廃止する区の計画でしたが、取りあえず都市計画審議会で否決されました)などです。
 講演を通じて越澤教授が強調されたことは、都市計画・まちづくりには多くの困難が伴うものの、後藤新平に学び、骨太のビジョン・方針を持ち、強い意志でその実現に取り組むことの重要性でした。時代は変わり、取り巻く状況はまったく異なりますが、後藤新平の精神は大切にして、引き継いでいきたいものです。
 なお、あと2つの講演はよく分からない内容だったので紹介は割愛します。この公開講座の日をはさみ、江戸東京博物館で「生誕150周年記念 後藤新平展」が開催され、最終日に見に行きました。後藤新平の生涯にわたる記念品や功績を表す貴重な資料が展示されており、改めて後藤新平なる人物をより身近に感じることができた次第です。

2007年11月21日 (水)

川崎市議会の委員会傍聴記

 8月の某日、地元川崎市の市議会総務委員会というものを傍聴してきました。ほとんど物好きの領域ですが、地方議会の相場観を養うための見聞です。
 10時開会だったが、9:45に議会事務局に出向き、傍聴を申し出たところ、女性職員が空いている会議室に案内してくれました。そこで職員から指示されて傍聴券に住所、氏名、年齢を記入し、半券を渡されました。その際、予定の所要時間を尋ねると3時間くらいだとのこと。11:40くらいに退室したい旨を申し出ると、静かに退室すればそれで構いませんとのこと。職員は会議室を出るときに部屋の入口に「総務委員会傍聴人控室」の札を下げていきました。
 10:05になって、「(委員長の)許可が下りましたのでご案内します」と言われて委員会室に案内され、指示された傍聴席に座りました。傍聴者には議事次第や配付資料が提供されなかったので、職員に頂けないのかと聞いてみましたが、「お渡ししてない形になっていますので」との返事。
  ここまでのところの感想ですが、形式的に、制度として傍聴できることとしているものの、是非多くの市民に傍聴してほしいという姿勢や、来た市民を歓迎する姿勢は全く見られませんでしたね(まあ、どこの地方議会でも同じだと思いますが)。
 さて、委員会室では、委員は12名、市当局は12名で、さらに5名の関係職員が窓際に座っていました。反対側にはマスコミらしき人が2名。奥の委員長席から見て当面うしろが傍聴席であり、長椅子3本が2列、そこにひとりで座りました。
 最初の報告事項は「川崎再生フロンティアプラン新実行計画(2008~2010年度)素案策定資料について」と「新総合計画「川崎再生フロンティアプラン」平成18年度進捗状況について」。まず総合企画局長が挨拶に立ちましたが、すぐ課長から説明させますと言って着席しました。続いて、企画調整課長が資料の説明を始めました。
 説明が終わり、委員長が「質疑をお願いします」と発言。ところが、誰も手を上げません。1分以上、沈黙が続きました。さすがに「質問がなければこの議題については終わります」となるかと思った頃、ようやく手が挙がり、その後ぞろぞろと質問が続きました。
 質問の中身は、なんとなく立派なことを言っているですが、もしこれが職員同士のやり取りだったら、「あんたの言っていることは漠然としてよく分からないよ。要するに何を聞きたいの?具体的に言ってよ」などと言われそうな内容ばかりでした。答弁する方も議員をヨイショして、「重要なポイントだと思う。ご指摘を踏まえて今後取り組みたい」などと答えているのは、県議会でも国会でも似たようなものです。まあ、要するに議員も勉強、検討が足りない(欠けている?)から、毒にも薬にもならないような、突っ込みの足りない(的外れな)ことしか言えないのでしょうね。
 白熱しない議論の途中でしたが、残念ながら予定していた時間がきてしまったので、静かに退室して、そのまま帰りました。一つの見聞ではありましたが、「まあ、どこの地方議会も同じだな」と納得した貴重な?経験でした。

2007年11月18日 (日)

学校を真に良くするための学校評価

 教育を取り巻く状況はいろんな面で深刻であり、安倍政権では教育再生会議が設置されて様々なテーマについて精力的に審議検討が行われていました。素人の私も、明日の日本、明日のふるさとを担う人材を育成するため、教育問題、教育改革はきわめて重要だと痛感しています。学校は、教育の場として、また、制度として、そのあり方は教育問題の中心課題だと思われます。
 平成19年8月24日、㈱日本能率協会の関連団体であるJMAC構造改革推進セクターの主催による「教育改革実践フォーラム~学校を真に良くするための学校評価」というイベントが行われました。教育・学校関係者が本来対象の催し物であり、私など甚だしく対象外なんでしょうけど、申込みが拒否されなかったので厚かましく参加してきました。教育問題や学校のあり方について勉強することで、何かまちづくりのヒントが得られるかもしれないと思った次第です。
 JMAC構造改革推進セクターは、公共経営改革を専門とする組織のようですが、三重県で本格的に組織運営改革を支援して以来、地方自治体や国など多くの公共組織に対して経営ビジョン策定、目標設定とその評価などを支援してきたようであり、行政評価のみならず学校評価も実施しているようです。
 主催者挨拶で日本評価学会理事の梅田次郎氏が、平成20年度から一斉に学校評価が始まると言っておりました。文部科学省のホームページからこれまでの経緯を探ってみたところ、次のようなことが分かりました。
○地方分権・現場裁量の拡大、保護者・地域住民の関心の高まりと学校運営への参画などを背景として、「学校評価システムの構築による義務教育の質の保証」に関する必要の高まり。
○経済財政運営と構造改革に関する基本方針2005(いわゆる「骨太の方針」)において、「
義務教育について、学校の外部評価の実施と公表のためのガイドラインを平成17年度中に策定する」と記載。
○平成17年10月の中央教育審議会答申「新しい時代の義務教育を創造する」において、「大綱的な学校評価のガイドラインの策定」や「自己評価の実施と公表の義務化」、「外部評価の充実」などの必要性を指摘。
○平成18年3月、文部科学省が「義務教育書学校における学校評価ガイドライン」を策定。
○学校評価の推進に関する調査研究協力者会議が、平成19年8月27日、「学校評価の在り方と今後の推進方策について」(第1次報告)を取りまとめ。

 次のようなことが分かりましたなんて言いながら列挙してみましたが、これじゃあよく分からないですね。最後の第1次報告の中に「平成19年6月に学校教育法の改正が行われ、学校評価とそれに基づく改善、及び、学校の情報の積極的な提供について、新たに法律において規定された」と書かれていますので、梅田氏の言っているのはこのことかもしれません。
 いずれにしても、ガイドラインによれば、学校評価がなぜ必要か?というと、それは「教育の質の保証・向上」「学校運営の改善」「信頼される開かれた学校づくり」だそうです。そして、学校評価のメリットの例として、「教育活動の改善」「教職員の意識改革」「保護者や地域住民の学校への協力」「教育委員会による支援の充実」などが挙げられています。さてさて、本当にこの目的やメリットのように行くのかどうか……。フォーラムを聞いた上で改めて考えることにしましょう。

 まず基調講演は、名城大学大学院、大学・学校づくり研究科の木岡一明教授による「学校評価を生かした活力ある学校づくり-元気と勇気を解発する学校組織マネジメントの展開-」でした。

1.学校評価の定着を阻む学校組織の現状と課題
(1) 学校評価の現状
・自己評価や外部評価の実施は進んでいるが、学校評価という言葉の感じ方の違いや評価観のズレが生じたまま議論が進んでいるのが、現状。
・従って、このままでは形だけの実践に陥ってしまう危険性がある。
(2) 学校と教職員の現状と課題
・学校は今、「組織」になりきれておらず、内部閉塞している。
・教職員は今、「孤立化」「相互不干渉」に陥っており、自己肯定感に欠けている。
・しかし、教職員は元来、力があり、専門性があるのだから、その潜在力を引き出すことが課題。

(3) 学校組織の悪循環
・本来の学校組織の良さである「多元性」「多方向性」が逆に作用して「孤立化、多忙感」「まとまらない」となってしまっている。
・この悪循環を断ち切るための「学校組織マネジメント」が必要。

2.新しい学校評価システムの開発
(1) 従来の学校評価観を転換すべき
・従来の認識や観念を払う(「学校の目標が組織目標になっている」という認識を外す、「学校は組織体になっている」との認識を外す、「評価は客観的でないといけない」との観念を外す)。
実行性のある評価に切り替える(学校教育機能といった目に見えないものを評価しようとせずに、振る舞いや認識を評価すべき、全体性・統一性を一気に求めない、改善よりも「長所を伸ばす」「変化を促す」ことに重点を置く)
(2) 新しい学校評価システムの視点
①年度末にただ一度きりのアンケートや協議、ヒアリングによるものだけが「学校評価」なのではない。これでは総括的評価でしかなく、従来から抱えてきた評価と計画の溝が埋まらない危険がある。
②学校が「組織」になっていくプロセスの各局面で、教職員個々の自発的で内発的なリフレクション(形成的評価)が意図的・意識的に位置づけられてこそ、組織的な「学校評価」が生きて働く前提がつくられる。
③その前提をつくり上げていくには、学校経営の計画段階(ミッション設定やビジョンづくり、重点事項の決定)において、何をなすべきかの視点からの探索行為(診断的評価)を展開することが不可欠である。
(3) 新しい学校評価システムの中核となる目標管理の考え方
・各学校は、ミッションビジョンから展開した目指すべき成果やそれに向けた取組に関する中期と単年度の目標を具体的に設定
・その達成状況や達成に向けた具体的な取組の状況を把握するための評価指標を設定
・学校の教育活動等の成果は、学校の取組だけではなく、児童生徒や家庭、地域の状況にも影響されるものであり、目標が未達成という事実のみをもって、取組が不十分であると判断できるわけではないことに留意。
(4) 学校評価を意義あるものにするために
問題を問題と捉えられる組織認識がないと学校評価は機能しない。
②学校評価を切り口にした人々の知恵と現状打破の意思が備わり、改革へのネットワークを築き上げることである。
③外部評価に意味があるのは、自己評価では気づきにくい事柄への刺激と、学校では調達できない知恵が備わっているときである。
④自己評価と外部評価が噛み合うのは、職責に対する専門職的自覚と自らの職分が脅かされるとの危機感が学校組織に働くときである。
⑤その下で、組織の何が活かせるのか、どんな機会を設けたらよいのかを各場面で評価し、知恵を集め考え、可能な方策を実行していくことが、学校組織開発を導く。
3.学校組織マネジメントの展開
(1) 新しい学校評価システムを運用した学校組織マネジメントの展開
■プラス思考
  ・自己の持ち味と強みの発見(自己認識)
 ・支援的要因と強みの活用(環境分析)
■同僚性の構築と巻き込み
 「理」を以て「情」を動かす
■クリティカルシンキングとリフレクション(内省)
■観の転換
 ・守りから攻めへ(戦略的思考と重点化)
 ・内部資源から外部資源の活用へ
 ・縦割りから縦横な関係へ
(2) 学校組織開発を展開する際の校長のリーダーシップ
(3) 学校組織開発を展開する際の校長・教頭・事務長のパートナーシップ
(4) 学校組織開発を展開する際の中堅教職員の動き方(ミドルアップダウン

 木岡教授の講演レジュメを中心に要点を拾い出したら、以上のように長くなってしまいましたが、正直言って自分でも要領を得ません。たぶん、素人なので理解が及ばないのでしょう。よく分からないなりに、学校にも評価(学校評価)とマネジメント(組織マネジメント)が必要だということは理解できました。そして、この木岡一明教授はこの世界でも第一人者らしいということも推察できました。レジュメの最後にご本人が著書リストを載せていましたので、いずれ以下のような本を読んでみたいと思います。
 『これからの学校と組織マネジメント』教育開発研究所、2003年
 『新しい学校評価と組織マネジメント』第一法規、2003年

 次が、元三重県朝日町教育長(学校経営アドバイザー)小久保純一氏による「実践提言」で、テーマは「学校評価を活かす教育長の役割~公募教育長としての実践から」です。
 この小久保純一氏という方、なかなかユニークな人物のようで、三重大学大学院を修了後、三重県庁勤務、会社経営を経て、経営コンサルタント会社に勤務した後、上場企業(リコー)で経営革新を実践。その後、公募された朝日町教育長に就任。現在は、名古屋経済大学で学生の就職支援、キャリア教育を通じて大学改革に取り組んでいる、という多彩な経歴の持ち主です。
 さて、この小久保純一氏ですが、朝日町において教育行政に経営感覚を導入した“あさひ学びプラン”を策定し、教育改革に尽力しましたが、議会で再任を否決されたため、実際の就任期間はたった1年間でした。(そういう意味では過大評価することには慎重になるべきかも)
 あさひ学びプランは教育ビジョン教育委員会ミッションで構成されています。そして、あさひ学びプランの実現のために中期目標を設定し、中期目標達成のための主な取組みとして、以下の項目を掲げています。
 ①開かれた教育システムの構築
  ・大学との協力協定の締結
  ・幼少中学校への学校経営品質の導入
  ・小学校建設委員会による設計要綱の作成
  ・警察署との交通安全啓発及び児童・生徒の安全のための提携
 ②コミュニケーション能力を高める教育
  ・国際理解教育としての「朝日イングリッシュ・キャンプ」の実現  →二泊三日、英語のみ
 ③教育の高度情報化
  ・町教委独自の学校教員(幼・少・中)研修の開催
 ④基礎学力の向上
  ・算数オリンピック委員会との協働
  ・学校活性化のための専門職員の配置  →指導主事の導入(県から割愛採用)
 ⑤文化によるまちづくり
  ・「共育トークあさひ」の開催
  ・福祉センターでの図書の貸出
 ⑥教育委員会事務局組織マネジメント
  ・教育委員会事務局、教育文化施設への行政経営品質の導入

 これらの項目を概観すると、非常に多彩で意欲的であることが分かります。まるで、やる気満々の町長の公約のようですね。
 この「あさひ学びプラン」に基づいて取り組んだ「学校経営品質」の課題について、小久保氏は次のように指摘しています。
・評価領域と項目が多すぎてポイントがボケてしまい、手間だけが掛かる。
・学校の直接的な教育活動(授業、学級経営)にまで踏み込んだ評価となっていない。
・学校の教育活動の中の個業(by教員)と協業(by学校)の特性を踏まえた評価となっていない。・その結果、教育活動の質を追求する教員の参画意識が低く、やらされ感が蔓延。
・しかも、学校全体の目標が教員個人の目標に展開されないため、実効力がない。

 次に小久保氏は、学校組織マネジメントを支援する「教育長の戦略的リーダーシップ」の重要性について語りました。
 これからの教育長のあるべき姿(求められる資質)としては、
・まちの人創りに対して人々が賛同する明確なビジョン
・教育に対する高い識見と学校組織マネジメントに対する正しい理解
・首長や議員との信頼関係
・ビジョン実現のために徹底して粘り強くやり抜く姿勢

が挙げられるとのことです。いずれも確かにその通りですが、これを実務に投影したときにどういうことに取り組むべきかは、別次元の冷静な議論が必要だと思われます。
 いずれにしても、従来のように(?)「教育長」を、幹部職員の処遇ポストとして、あるいは教員経験者の名誉職的ポストとして見なすようなら、これからの教育行政、学校経営マネジメントは展望が拓けないのであって、前述のような素晴らしい人材を積極的に(戦略的に)教育長として登用することが非常に重要だと言えそうですね。特に教育行政は首長の権限が直接には及ばないので、教育長の任命が大きな鍵を握ることになりそうです。 

2007年11月13日 (火)

コーポラティブ・ハウジングを通して「コミュニティ」を考える

 従来の、伝統的集落においては、「コミュニティ」が個人個人の生活を支える重要な役割を果たしてきました(それを「しがらみ」と言ったりもします)。一方、現代では、技術の進歩、そして各人の価値観の多様化によって、個と共同体との関係が希薄になってきています。言い換えると、現代においては、「コミュニティ」に頼ることなしに生活できることが、暮らしの場における価値となっている、という言い方もできるでしょう。
 ところが、昨今、(大災害を被災したときの経験などから)「コミュニティ」の価値が見直され、「コミュニティ」を大切にしよう、重視しよう、という気運が高まっていますね。私たちは「コミュニティ」というものとどう向き合っていけばよいのでしょうか。
 住まいづくりの一つの考え方として、「コーポラティブ・ハウジング」があり、多くのプロジェクトが取り組まれてきています。日本語に直すと「協働居住」(集まって住む住まい)などと言います。居住者の「コミュニティ」を大切にして、「コミュニティ」が豊かなことが住み心地の良さにつながり、満足感や住まいの価値を高めるとされています。ビジネスモデルとして確立させて事業展開している企業もあります。
 平成19年7月30日、NPOサスティナブル・コミュニティ研究所の開催した「サス研サロン」で、「環境共生型コミュニティ」というテーマで講演を聞いた甲斐徹郎氏(㈱チームネット代表取締役)は、「コーポラティブ事業を企画するとき、「コミュニティ」をその中心的な価値として設定すると、その事業は失敗する」と言います。前述の現代の風潮がその理由です。甲斐氏は、コーポラティブ事業においては、「コミュニティ」ではなく「コミュニティ・ベネフィット」を追求すべきだと主張します。「コミュニティ・ベネフィット」とは氏の造語ですが、「個人単位では手に入れることのできない大きな価値を、コミュニティを手段とすることでつくりだす」ことを意味しているそうです。つまり、「コミュニティ」は目的とするのではなく、手段とすべきだと甲斐氏は主張しているのです。分かりやすく言い換えれば、10数世帯が一緒に暮らして仲良くなれるはずがないので、仲良くしようと思わず、あくまで自分のためと思って協力すればよい、という考え方です。その方が合理的な考え方であり、合意形成が円滑に進む、ということです。分かるような気がしますね。
 それでは、「コミュニティ・ベネフィット」の定義で出てきた「大きな価値」とは非常に漠然とした言葉ですが、いったい何でしょうか。甲斐氏は、それを「環境価値」と「関係価値」だと言っています。「環境価値」とは、共用部空間などのハード面の価値であり、「個人単位で空間活用をすれば豊かな空間が得られにくい都市部の限られた空間において、複数の参加者が結託しあうことで、贅沢な環境を整備することによって生み出される価値」です。分かりやすい例は樹木を連続して植えることによって気候を快適にすることでしょう。景観の足並みを揃える、というパターンなどもあります。そして、一方の「関係価値」とは、実際の生活の中で生まれるソフト面の価値であり、共有の「環境価値」がベースとなって入居後に自然発生的に生まれるものだそうです(例えば、共同の菜園を作ったら収穫祭をやろうという企画が持ち出された、子どもの遊び場を整備したら外出する用事のときに子どもを預かってくれるようになった、など)。そこには「仲良くなること」や「協働すること」を強要する力は働いていません。あくまで自然発生的、だという点が重要です。
 合理的な考え方ですが、甲斐氏によれば、こうやって生まれた「コミュニティ」の存在も、時間とともに変容していくのだとか。当初は手段としての位置づけだった「コミュニティ」が、やがてそこに関わっていくこと自体がかけがいのない価値へと変容し、手段から目的へと変容するのだそうです。それは、具体的に説明することのできない精神的なもので、「同じ価値を共有している他の人々とつながりあっていることが何とも言えず心地いい」と住人が表現する感覚だとか。甲斐氏は、このようにして芽生える感覚を「コミュニティ・アイデンティティ」と名づけています。コーポラティブの住人同士が、お互いにお互いの存在を認め合い、相互のアイデンティティを強め合う、強い絆が生まれることを表現しています。
 コーポラティブ・ハウジングやコミュニティというものを哲学的に掘り下げて理解することができました。住まいづくり・まちづくりにおいては、ややもすると、広さや性能、価格など定量的に表される指標だけで評価し判断してしまいがちですが、その価値というものは、本当は、実は奥が深く複雑なものなんですよね。拙速に陥らないように気をつけてじっくりと検討したり、議論することの大切さを再認識しました。

2007年11月10日 (土)

都市政策研究交流会に参加して

「これからの地域振興~市町村合併を踏まえて」

 平成19年8月1日、午前中の「都市シンクタンク等交流会議」に引き続き、午後には「第4回都市政策研究交流会」に参加しました。この催し物の本来の趣旨は自治体職員向けですが、希望すれば参加を認めてくれますし、参加費無料なので非常にありがたい催しです。プログラムは4本立てとなっており、有識者による講演2つのあと、自治体による事例発表が2つという構成です。
 まず最初に、一橋大学大学院商学研究科教授の関満博氏による講演「合併後の市町村の地域振興」でした。関満博氏は、精力的に国内外の現地調査を重ねながら、多くの自治体や商業団体の指導をされ、すばらしい成果をあげていらっしゃいます。その成果をまとめた著書も多く、私も「現場主義の知的生産法」「現場主義の人材育成法」(ともに、ちくま新書)、「地方小都市の産業振興戦略」(新評論)などを読ませて頂き、非常に勉強になっています。従って、講演の内容も、関満博氏ご自身が自分の足で見聞きし指導した内容が中心になるので、迫力がありますし、語り始めれば話は尽きない、といった感じです。この日も「時間がたった50分なので小話程度になります」と言いながら始まりました。演題の「合併後の市町村の地域振興」を産業政策の立場からお話頂きました。主な内容は以下のとおりです。
 まずは、最近起きた中越沖地震で大きな被害のあった柏崎市から。柏崎とはここ7年ぐらいのつきあいで、全部で40~50回行っている。このまちの特色は、
(1) 大型機械加工の集積があること。
(2) 後継者が育っていること(珍しい)。
(3) 市の商工担当と商工会議所の担当が仲良し(これも珍しい)。

 地震で甚大な被害があったので、市の職員は弁当を配っており、産業振興は手付かずの状態。工場の中はぐちゃぐちゃになっている。工作機械は、倒れたものを起こしてもまだ使えない。水平を取らないと動かせないのだ。重機屋と機械屋の両方が必要だということを、中越地震のときによく学習した(普段から重機屋と仲良くしておくことは重要な秘訣だ)。被災して止まっている間にヨソに回った仕事はもう帰ってこないから、機械を動かさなかったら終わりだ。だからみんな必死になって復旧させていた。
 自分は、
次世代を担う人材を育てるための「を全国10箇所でやっている。そして、それらを相互に交流させている。
 次の事例は、中国地方の中山間地域、岡山県新庄村。人口1,100人(実際には1,000人を切っている)。この村は真庭郡の中で単独、合併に参加しなかった。
 ちなみに、村には3つのタイプがある。
自立村、ダメ村、その他の村。「その他の村」はすべて合併した。
 さて、新庄村が合併しなかった理由は3つ
。①新市の辺境であること、②ダムで財政収入が見込めること、③国保が赤字ではないこと(←これが最大のポイントだ!)。つまり、おばあちゃんがみんな元気で仕事をしている。'83-84年頃、ヒメノモチというモチ米を原料とする特産品を開発するため、4人の村民が5万円ずつ出資して会社を興した。今では6トンのモチ米を生産し、ふるさと便(特別村民が2,000人)や道の駅で捌いており、一大産業となっている。村内に農産加工所が3箇所もある。村の花は桜(がいせん桜~日露戦争に勝って凱旋したことから)だが、桜祭りには屋台が50軒出るなど、年に何回か祭りをやっている。これは重要なことであって、まわりの町村は祭りができなくなった。
 以上、二つの事例を紹介したが、市町村が合併するとなると、従来の産業政策ではやっていけない。
これまでの市町村の大半は「産業政策」というものを持っていない(持っているのは1,800市町村のうちせいぜい20くらいだろう)。あるのは商工対策のみ。その中で最も先進的なのは東京の墨田区。「産業ガイドブック」を作っている。
 今、都道府県で意欲的なところは島根県岡山県(他はナシ!
岩手県は少し疲れ気味)。自分が出かけていって、月に一度、市町村の商工担当の30歳くらいの若手を集めて勉強会をやっている。

 続いて法政大学現代福祉学部教授の岡崎昌之氏による講演で、演題は「合併後の市町村振興とまちづくりを担う人材」です。講演を伺っていると、この先生は全国の自治体のことを本当によく知っているんだなあと感動しました。相当に幅広く関わっているものと思われます。さて、その講演の主な内容は以下のとおり。
レジメ1.平成の市町村合併がもたらしたもの
(1) 基礎自治体の変容
 合併による危機を2つ。①地名がどんどんなくなっていく。例えば、和紙のさととして有名な今立町は武生市と合併して「越前市」となった。湯布院町も合併して由布市となった。②アーカイブス(文書)の散逸。
 ある財団で10年間、毎年2,500万円かけて日本の地方自治について調査研究を行った。その中で、スイスとオレゴン州と日本の比較研究を行った。スイスとオレゴン州では中山間地域の人口が増えている。ここでは、Direct Payment(直接所得保障制度)で所得の2/3~3/4をカバーしているが、この制度は都市住民からも支持されている。

(2) 市町村振興、まちづくりの停滞
 中核となるべき市のリーダーシップが欠けているのではないか。
(3) これからのまちづくりに向けて
 現在の市町村数は約1,800だが、1,600~1,700で収束しそう。明治の大合併は「小学校が経営できる規模」、昭和の大合併は「中学校が経営できる規模」という説明だったが、平成の大合併の1,000という目標値にはほとんど説明がない。戦後ずっと住民の自治意識は欠如しているが、それは自治体がしっかりとやってきたから。
レジメ2.市町村合併後の市町村振興
-国土交通省調査『自立した地域づくりの継承方策の検討調査、2004・2005年度』から
(1) 新自治体内の融和と個性
 もとの個性を磨き直して、交流を図ることを通じて、そこから融和と連帯、連携が生まれるのではないか。
(2) 小規模地域(狭域地域社会)からのまちづくり
 合併すれば、周辺地域は必ず疲弊する。
 広島県安芸高田市(旧高宮町)の川根地区では、廃校になった中学校を再生して宿泊研修施設「エコミュージアム川根」を高宮町が住民の提案を受けて建設し,川根振興協議会が管理・運営をしており、年間約6000人が利用している。
 薩摩川内市に峰山地区というところがある。リーダーとして、旧来型の有力者ではない人を地元が押し立てている。何でもできる人。アイデアを出す人。
 女性パワー、外来パワーの導入も地域おこしの鍵を握る(上勝町、遠野市(風の丘道の駅)など)。団塊の世代は当てにならない。むしろ、団塊ジュニアの方が当てになる(日本で最も人口の少ない町、早川町では早稲田大学の大学院生が定住。品川区と連携)。

(3) まちづくりの担い手
 ニセコ町の図書館(正式には学習交流センター、愛称は「あそぶっく」)では、若いお母さん方が施設の運営を担っている(あそぶっくの会)。
レジメ3.新しいまちづくりを担う人材
(1) 地域と住民の視点からのまちづくり再考
 水俣市に「モマの会」という職員研究グループがある。モマとはムササビのこと(5時6時以降に動き出すから)。地元学~まちづくりのきっかけとなる素材を探す。ごみ分別22種類(特にガラスの分別が厳しい)。
(2) まちづくり課題の変容と専門性
 施設・公共投資偏重型から地域社会課題解決型へ。どうやって課題を発掘するか、専門性が問われている。昭和52年に内子町に立ち寄ったときのこと。素晴らしい町並みが残るまちだが、岡崎調査チームを引き留めたのは町民2人だけ。そこで声を掛けられなかったら、このまちとの出会いはなかっただろう。

 書き残したメモを見ても、岡崎先生の話はあまり面白い内容ではなかったようですね。

 後半の事例発表です。一つ目は「豊田市足助地区(旧足助町)における合併後の地域振興の取組み」。
 (旧)足助町は、まちづくり、まちおこしでは全国的に名の知られたところ。平成17年4月に1市4町2村が合併して豊田市となりました。旧豊田市は産業では栄えているわけですが、合併によって全国版の観光地を手に入れた!と喜んだそうです。香嵐渓のもみじが有名。紅葉の時期には60万人の観光客が訪れます。飯盛山全体をライトアップしています。その当初の狙いは昼間の渋滞の緩和だったが、結果的には昼夜ともに渋滞することになってしまったとか。
 足助屋敷(緑の村協会)、百年草(百年草協会)、足助観光協会が合体して、株式会社三州足助公社が誕生。
 地域の相違を認め、それぞれの持ち味を生かしあって、都市と農山村が共生していくため、豊田市まちづくり基本条例、豊田市地域自治区条例を制定した。26の地域自治区地域会議を設置。各地域会議には500万円の予算「わくわく事業補助金」を配分。H17:14件、H18:21件、H19:12件の申請があった。
(コメント:足助地区のまちづくり・観光対策も先進事例として興味深かったですが、豊田市の「地域自治区」制度は都市内分権、住民自治のあり方として研究する価値がありそうです)。
 事例発表の二つ目は「阿蘇地域における“スローな阿蘇づくり”の取組み」を、(財)阿蘇地域振興デザインセンターのお二人が発表されました。この(財)阿蘇地域振興デザインセンターとは、「阿蘇地域内の連携を図り、地域振興、観光振興、環境・景観保全、情報発信を広域で取り組むためのシンクタンクとして、旧阿蘇郡12ヶ町と熊本県が30億円を出捐し、その運用益で事業を推進する公益法人」だそうです(平成2年設立)。ゆっくりのんびり阿蘇を楽しむ「阿蘇カルデラツーリズム」を推進しています。

 以上、大変盛りだくさんの内容でした。講演内容をきっかけにさらに調べてみると、自分に必要な情報がいろいろと手に入りそうです。

2007年11月 4日 (日)

都市シンクタンクの必要性と意義

 都市シンクタンクとは、都市自治体が主体となって設立した都市問題・都市政策研究等のための組織です。各自治体では暗中模索、試行錯誤を重ねながら、その設立や運営に取り組んでいます。地方分権が本格化・具体化する中で、各自治体の調査研究能力、政策形成能力の一層の向上が求められており、都市シンクタンクの役割は非常に高まってきていると言えます。増大する都市問題やそれらへの対応、市民・行政との関係、自律的な経営体制のあり方等、各シンクタンクに共通する課題も多いことから、これら共通課題に関する情報・意見交換を行い、適切な課題解決に向けての方策や考え方を探るために、(財)日本都市センターは、平成10年度より「都市シンクタンク等交流会議」を開催しています。第10回の交流会議が平成19年8月1日に開催されましたが、部外者ながら私も許可を頂いて参加させて頂いてきました。この会議に参加した都市シンクタンクは18でした(青森公立大学地域研究センター、いわき未来づくりセンター、うつのみや市政研究センター、せたがや自治政策研究所、中野区政策研究機構、三鷹ネットワーク大学推進機構、横須賀市都市政策研究所、藤沢市政策研究室、小田原市政策総合研究所、さがみはら都市みらい研究所、みうら政策研究所、上越市創造行政研究所、(財)堺都市政策研究所、きしわだ都市政策研究所、とよなか都市創造研究所、(財)大阪府市町村振興協会(おおさか市町村職員研修研究センター)、北九州市立大学都市政策研究所、宗像市人つくり・まちづくり研究所)。この他に、(おそらくまだシンクタンクを設立するに至っていない)自治体が数団体、そして墨田区議会と丸亀市議会の議員さんなどを含めて総勢50名が参加されました。
 まず最初に、日本都市センターが実施した「平成19年度都市シンクタンクの活動状況等に関するアンケート調査」の結果が報告されました。それによると、この調査の対象が39団体ということで、これが全国の都市シンクタンクの総数のようです(ちなみに、三重県内としては、四日市地域研究機構が入っていました)。
○研究員の数
 常勤の研究員の数が多いところは、京都市景観まちづくりセンター12人、(財)東京市町村自治調査会11人、大阪市政研究所11人、豊田市都市交通研究所10人、北九州市立大学都市政策研究所10人などですが、1~2人というところや非常勤しかいないところも結構多いようです。ちなみに、四日市地域研究機構は6人なので少ない方ではありません。
○調査研究予算
 都市規模にもよるので、単純比較はあまり意味がないかと思いますが、大阪市都市工学情報センターの5億6,740万円と、なぜか豊田市都市交通研究所の1億9,300万を例外としても、(財)東京市町村自治調査会の8,500万円から草津市みらい政策研究会の17万円弱まで非常にばらつきがあります。例外の2つを除いて単純平均すると約1,500万円という予算規模です。なお、研究員の人件費や間接費用を含むかどうかについてはバラバラです。
○市民研究員制度
 市民研究員制度とは、市民のなかから「都市づくり」に熱心な人を登録し、研究テーマごとにそれにふさわしい人物を選定し、特定期間、調査研究に従事してもらう制度です。この制度を行っているところが7,行っていないところが22ということで、実施率は2割強といったところです。
○中期的な目標・計画
 策定している6、策定中が5、策定していないところが20、とあまり策定していません。
 以上の他に、「自主調査研究テーマの決め方」「調査研究を効率的・効果的に進めるための工夫や取組み」「調査研究活動の成果物に関する評価方法」「研究成果を施策に反映するための取組み」「現在抱えている問題点・課題等」を聞いています。これは自由回答方式なので、詳しく紹介することはできませんが、特色ある例を幾つか挙げれば、毎年市民に研究テーマを公募した上で選定したテーマ案を、市民研究グループや市民研究員の代表が入った「機構会議」に諮って決定している(金沢まちづくり市民研究機構)とか、外部の専門家を非常勤職員として雇用したり経営コンサルタントなどをアドバイザーとして起用している(多数)などの取組みが紹介されていました。一方、研究員が市や民間企業からの派遣であるため、人事異動によって培ってきたノウハウや人的ネットワークがうまく継承されていかないといった問題点にも触れられていました。
 次に、東京都中野区に新たに設立された中野区政策研究機構の所長に招へいされた澤井安勇氏による講演でした。演題は「自治体シンクタンクの意義と中野区政策研究機構」。澤井氏は、東大工学部を卒業して自治省に入り、岡山県副知事、消防庁次長などを経てNIRA(総合研究開発機構理事)を務めていた方で、工学博士でいらっしゃいます。
 最初に、政策シンクタンクの世界的動向として、形態は多様ながら、諸外国では原則として営利目的の機関はなく、大学の付属研究所を積極的にシンクタンクに位置づけているが、日本の傾向はその逆である、という説明がありました。つまり、海外では自主的に活動する独立系の公共政策研究機関に重心が移っているのに対し、日本では現在も政府や自治体からの受託研究が主な活動の場となっている。そして、近年では、都市自治体シンクタンクやNPO型・コミュニティ型のシンクタンクが増加する傾向にある。
 二つ目として、自治体シンクタンクの役割と課題についての説明がありました。役割としては、○トップ・マネジメントへの代替的政策提言、○庁内における政策形成支援(職員のスキル・アップを含む)、○他の社会的アクターとのブリッジング(交流・連携)、○地域政策ネットワークのコーディネート(お世話)、○市民への情報発信・解説等が挙げられます。また、課題として、○地域ニーズ把握・政策分析・提言等の自由度確保、○庁内組織との調整、○知的インフラのストック形成(人事異動との関係)が挙げられます。確かに必要で不可欠の役割だと感じます。
そして、最後に中野区政策研究機構の活動理念についての説明です。澤井所長が主導して取りまとめた基本理念は「都市と市民の世紀におけるコミュニティ・ソルーションの追求」です。初年度である2007年度には次のような研究テーマを掲げているとか。いずれも大きなテーマに取り組もうとしています。
 (1) 基礎研究:中野区の現状と課題の分析
 (2) 2050年分析の視点も加えた地域資源データベースづくり
 (3) 障害者の雇用促進
 (4) 建替え促進等による住環境向上:木造密集市街地を中心として
 続いて、「うつのみや市政研究センター」からの報告でした。ここは平成16年度から活動を開始している、まだ若いシンクタンクです。前市長(現知事)の2期目の公約だったそうですが、設立の背景として、地方分権の進展と、行政が「問題対応型」から「課題発見・解決型」に切り替わりつつあることを挙げています。市役所の組織としては総合政策部政策審議室に所属していますが、政策審議室が実務的な課題に係る研究・立案を担い、市政研究センターは専門的・基礎的な課題に係る調査研究を担うという役割分担になっています。前者が短絡的な視野、後者が中長期な視野、という違いを持っています。さて、このセンターは、①調査研究、②政策形成支援、③情報収集・発信、の3つの機能を持っています。①調査研究の一つとして、市政における重要な政策課題について市職員が共同で調査・研究する必要が生じた場合に当センターに政策研究チームが設置されます。例えば「子ども青少年行政のあり方に関する研究調査」では12課の13名で構成されています。②政策形成支援機能としては、担当課の求めに応じて助言、講師や委員等の紹介、職員の政策形成能力の向上などが挙げられます。組織の客観性・独立性・専門性を確保するためには、外部から所長を招へいしたり、外部有識者による企画運営アドバイザリーを開催したり、政策ブレーンとしての専門スタッフ(専門研究嘱託員2名)を確保しているそうです。具体的なシンクタンクの実情が理解できて助かりました。
 最後に意見交換、質疑応答です。
 四国の丸亀市議会の議員さんから、「議会でいくら要望しても作ってくれないが、どうやったらいいだろうか」という質問がありました(自分たちは2人だけの少数会派なので非力だとか)。それに対して、宇都宮市では市長の公約、中野区では区長の意向と、なんだか首長の意向が最大の鍵であるかのような話になっていました。
 新宿区からは、来年度にシンクタンクを立ち上げる予定だが、政策研究チームへの職員の拘束の程度はどのくらいか?という質問でした。宇都宮市からの回答では、各課の上司も割と必要性は理解してくれたが、本来業務に追われて参加しにくいのが実態だったので、キーマンを研究チームに入れてしまったとのことでした。

 以上です。限られた時間でしたが、シンクタンクの方々の生の意見交換を聞くことができて非常に有益でした。本格的な地方分権の時代においては、「課題発見・解決型」の行政が不可欠となりますので、組織の形態や規模はともかく、このようなシンクタンクを自前で持つことの必要性は非常に高いという印象を受けました。若い職員の意欲と感性を発揮する場として適しているのではないかと思いますし、外部の大学や企業の研究者や専門家との連携協力、そして市民との協働を深める主体としてもふさわしいように思われます。

2007年10月26日 (金)

運輸政策セミナー「地域公共交通が抱える課題、バス110番に見る地方自治体の交通問題」に参加して

 平成19年7月23日、(財)運輸政策研究機構が開催する標記セミナーに参加してきました。セミナーの企画趣旨は以下のとおりです。
豊かな地域生活を営む上で、地域の公共交通サービスの維持、拡充が不可欠である。しかしながら、モータリゼーションの進展や大都市への人口流出等により公共交通利用者は減少傾向をたどり、多くの公共交通事業者は経営に苦しんでいる。一方、近年、高齢化の進展や規制緩和等を背景として地域公共交通の再生、活性化に向けた気運が高まっており、全国で様々な工夫がなされている。また、5月には、新たに「地域公共交通の活性化及び再生に関する法律」が制定され、これに併せて、(財)運輸政策研究機構でも公共交通支援情報センターを設置し支援活動を行っている。本セミナーは、地域交通の現状、問題点、あり方、そして地域公共交通活性化への取り組み事例についてお話頂く事を目的に企画したものである。

 さて、前半は、講演は広島大学大学院国際協力研究科藤原章正教授による「地域公共交通が抱える課題~ComPASS/ComMASSを活用した人材育成」でした。
 ComPASS/ComMASSとは、ComPASSが、過疎化・高齢化に伴う問題を抱える地域の公共交通のサービス水準を決定する支援ツール、ComMASSが、市長村営バスの運営を行うに当たって必要となる、様々な管理業務(ダイヤ(運行時刻)、運転者、車両等)の効率的、適切な実施と安全運行をサポートするもので、前者がCommunity-bus Planning Aid Simulation Sysytem(地域におけるコミュニティバス計画支援シミュレーションズ)、後者がCommunity-bus Management Aid and Support Sysytem(市町村バス運行管理システム)が正式名称です。広島大学で開発したシステム(ソフトウェア・プログラム)で、自治体には無料で配布し、指導しているとのこと。配布状況は、ComPASSが41自治体へ、ComMASSが42自治体へ、2つセットで28自治体へ供与されているとのこと。講演では、JR可部線の可部~三段峡の区間をモデルにデモンストレーションが行われました。私は交通行政の担当者ではないし、これらのソフトウェアの有り難みはよくわからなかったのですが、一つだけ気になったのは、これらの取り組み・システムが「地域公共交通」だけを見ているようであり、従って、第三者から見るとおかしな議論が生き延びているように感じられた点です。もっと、地域公共交通を使う側の産業とか、観光とか、住民の生活や活用などとの連結、交通利用への付加価値といった、幅広い総合性、複合性の視点から位置づけ、検討すべきなのではないかと感じました。最早、地域公共交通が、それだけで自立し、発展することはあり得ないのだとおもいます。たとえて言えば、血液や血管だけを取り出して、その成長とか健康度を議論しているかのようです。
 なお、講演参加者に「地域のニーズに応じた効率的な乗合旅客輸送サービス導入・促進マニュアル」が贈呈されました。国土交通省中部運輸局が作製したものです。分かりやすく丁寧な内容のようなので、いずれ機会があれば勉強したいと思います。

 講演の後半は、岩手県立大学総合政策学部の元田良孝教授による「バス110番に見る地方自治体の交通問題」でした。元田先生は、私が岩手県庁にいたときに何度かお会いしており、出身母体も同じ旧建設省です。
 路線バスというのは、国(運輸局)がバス事業者と路線を決め、実質運営してきたため、自治体はバスの計画・運営についてほぼ蚊帳の外でした。しかし、路線バスは地域住民の貴重な足であり、撤退してしまうと、代替バス等を自治体が自ら行わなければならなくなります。経験もノウハウも権限も予算もない中でいきなりバス事業の矢面に立たされる自治体は途方に暮れてしまうわけですが、そのような問題に対処するため、バス110番は自治体への技術的支援組織として誕生したとのことです。民間にバス専門のコンサルタントがほとんどいないということも背景にあるようです。バス110番では、次のようなことを目的としています。
・地方自治体公共交通計画策定のアドバイス
・公共交通計画策定の調査のアドバイス
・公共交通の現状評価
・他市町村の事例の紹介
・外部からの各種プロポーザルの評価
・その他

 いわば、法律の無料相談のようなものだそうで、ボランティアであり、調査等の受託は原則として受け付けていないとのこと。メンバーは14名であり、ほとんどが大学の教官(研究者)です。
 バス110番を通じて次のような問題点が浮かび上がってきたとのことです。
○公共交通計画の策定について
 自治体が公共交通計画の策定を行うにあたって、その方法論が分からず苦労している。データ不足、調査方法の不適切さも見られた。また、既存のバス路線等と調整しなければならないが、それが自治体の公共交通計画を難しくしている。
○デマンドバス
 デマンドバスとは、バスとタクシーの中間の公共交通機関で、様々な運行形態があるが、利用者が電話で依頼し相乗りで目的地に向かうバスである。需要に応じて運行されるためムダが少なく、戸口輸送をするシステムもあり従来の路線バスより便利なシステム。現在全国で自治体等により50を超える地域で運行されており、年々増えている。
 利用者の要望に応じて運行をするため、ITシステムを導入することが多いが、地域の実態とかけ離れた不要なITシステムに高額の費用を費やしているケースが見られる。もともとデマンドバスは需要の少ない地域で適用されるものなので、それほど複雑な運行管理は必要ないことが多い。
○合併自治体内部のバス路線
 合併後の自治体で問題になるには、合併した旧市町村を結ぶ新たなバス路線。合併後の自治体の一体感を高めるため、このようなバスが計画されることが多いが、経済合理性以外の方針が入るため、あまり利用されない場合が多い。公共施設の共同利用やイベントの開催に合わせた運行など、まちづくりと一帯となった交通計画の策定が必要。

 私も素人ながら講演を聞いて次のようなことを感じました。
お年寄りに目一杯、精一杯配慮したバス計画を立て、ソフト対策も講じ、それで顕在化させることができた需要が、その地域での最大限だと見極めればよいのではないか。
○コミュニティバスやデマンドバスは、自治体直営ではなく、NPOに運営してもらい、バス会社OB(運転手)やタクシー運転手経験者、宅配業者OB、郵便局OBなどを雇用してはどうか。
市町村に交通政策の人材もノウハウも乏しいという話を聞いて驚いた。この分野は行政が担うべき(つまり、住民が個々では解決できない)重要な課題なのではないか。
○人口密度の薄い、需要の少ない地域では、デマンド対応によって、ある程度はハンディをカバーしていけるだろう。試行錯誤していくしかない。

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