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2007年8月30日 (木)

町田市ごみゼロ市民会議を傍聴して

 近場の自治体のHPをあちこち見ていたところ、町田市のホームページに「公開を予定している会議の日程一覧」というコーナーがあり(こういう情報発信をしているのは珍しいですが、いい姿勢だと思います)、その中で面白そうなものを探したところ「ごみゼロ市民会議」というものを見つけました。市民主体で運営される会議のようであり、ごみ問題という市民生活に密着する問題に対して市民がどのように取り組んでいるのか興味を持ちました。
 まず、「ごみゼロ市民会議」の背景などを簡単に説明します。
 平成18年3月に新たに町田市長に就任した石阪丈一市長は、6月の定例市議会での姿勢方針において、次のように述べています。
ごみ問題も、より良い環境を次世代に引き継ぐためにたいへん重要な課題であります。ごみは、人が生活することで発生します。しかし、ごみは資源化することでごみではなくなります。我々の生活に大きな利便を与えてくれるプラスチックの処理問題を含め、究極の目標である『ごみゼロ』を目指し、市民の主体的な参加を得て、生活者の知恵を集め、これまでの資源化に加えて生ごみの堆肥化への取り組みなどを、市民と一丸となって進めてまいります。
 広報まちだの平成18年7月11日号で、「ごみゼロ市民会議委員の募集」が行われました。募集内容はこのようなものです。
  対  象:市内在住で18歳以上の方で、ごみゼロに向けたごみの減量・資源化に関心があり、検討された方策を自ら地域で積極的に実践していただける方
  募集人員:50人程度(応募多数の場合は抽選となる場合があります)
  活動内容:ごみゼロに向けたごみの減量・資源化の方策を委員相互で話し合いながら検討し策定します。会議は月1回程度、土・日曜日などの開催を予定しています。
  委嘱期間:2006年9月から2007年8月までの予定
  謝  礼:1回につき2000円

 また、「町田市ごみゼロ市民会議設置要綱」を見ると、「第2 所掌事項」に次のように書かれています。
   市民会議は、次に掲げる事項について調査、検討し、その結果を市長に報告する。
  (1)ごみの発生抑制に関すること。
  (2)ごみの分別の徹底に関すること。
  (3)プラスチックの分別収集及び再資源化に関すること。
  (4)前各号に掲げるもののほか、第1に規定する目的を達成するために必要な事項

 さて、第1回の市民会議は平成18年10月7日に開催されました。委員は予定人数を大幅に超える応募者全員を委員に任命したため、その人数は134名となりました。その構成は、男性が63%、女性が37%、平均年齢は61歳、最年少・最高齢は、男性が30~80歳、女性が22~75歳となっています。その他、アドバイザーが5名、事務局以外に20名の職員がサポーターとして参加し、市民と共に働くことになっています。
 さて、改めて言うまでもなく「ごみ」は日常生活に最も関係の深い存在であり、その「減量・資源化」は極めて切実な問題です。おそらく多くの市民が強い関心を持ち、意見を持ち、実践をしていることと思います。その関心の強さが既に応募人数に現れているようにも思われますが、同じ市民参加でも「総合計画」や「自治基本条例」よりずっと熱心に行われたのではないかと思います。そういう意味でも、この市民会議の様子や成果には強い関心を持って注目してみたいと思いました。
 第1回以降の開催状況を見ますと、平成19年7月までの9ヶ月に計11回の全体会が開催されています。当初はごみの現状、ゴミ処理の現状を勉強しつつ、フリーディスカッションを行いながら、討議・検討の進め方を議論しました。第4回全体会から「分科会」の設置が議論の俎上に上り、第5回に決定、第6回には暫定の進行管理会議が姿を現し、第7回に代表、副代表の選出を行っています。組織や体制が固まるのが非常に遅いような印象を受けますが、(市主導であれば早く決められるかもしれませんが)公募で集まった百数十人の市民が白紙の状態から議論を始めれば、これだけ回数を要したことはやむを得ないのでしょう。いや、むしろ、着実に組織・体制が整備されていったことは素晴らしいことなのかもしれません。なお、代表、副代表の選出もメンバー間の選挙で行われており、代表には2名の立候補があって現在の代表が選ばれています。このようなプロセスで代表・副代表を選出したこともある意味で驚きです(世の中では、事務局が調整して事前に候補者を内定し、根回しをして、本番では円満に選出される形をとることが多い中で)。その後は主に分科会で実質的な議論を行い、進行管理会議で全体を調整するというスタイルで検討が進められました。なお、検討体制の全体像は、生ゴミ、廃プラスチック、その他の資源拡大という3つの部会と、そのもとでの11の分科会と、広報・環境教育とごみゼロ市役所推進支援という2つのプロジェクトチームで構成されています。非常に大きな組織となっており、それが円滑に運営されて成果が出るならば、これまた驚くべきことだと思います。
 さて、平成19年8月25日に開催された「第12回全体会議」は、当初「報告発表会」として開催案内がされていたものですが、生ゴミ処理の実証実験の段取りが遅れたため、通常の全体会となったものです。最終報告会は、実証実験が終了した後の11月17日に再セットされることとなり、市民会議の活動は、事実上、生ゴミ処理の実証実験関係以外は終了だそうです。
 この日は、市民会議の報告書(市長への提言を含む)の案が提示され、それが丁寧に吟味、意見交換されました。会場となった町田市教育センターの大会議室には100席ほどの椅子が用意されていましたが、立ち見が出るほどの大盛況でした。会議が始まる前からあちこちで交わされた立ち話、ひそひそ話を聞いていると、各委員(特に女性)は非常に熱心であり、問題意識は高く様々な実践を行っていることがひしひしと伝わってきました。
 会議が始まり、各部会等からの報告を受けて全体の報告書の取りまとめを担っている「編集会議」から報告書案の説明(朗読)がありました。報告書は「はじめに」、「提言」、「分科会等の活動報告」、「むすび」で構成され、分科会等の活動報告は20ページほどありますが、それ以外は全部でたった5ページと非常にコンパクトです。それを一つひとつ議題にして討論が行われ、2時間に渡って熱い議論が交わされました。原案への修正意見もあれば、委員の発言に対する反論などもあり、どきどきするほどの緊迫感でした。また、出された意見に対して広瀬代表が直接受け答えたり、各分科会の責任者やメンバーに回答を割り振りましたが、その的確で絶妙な対応は見事でした。発言を求めて挙手する委員に対してすべて名前を言いながら指名し、発言内容をしっかりと受け止めるとともに、それが編集会議や分科会でどのように議論されたものか完璧に把握しているようなコメントも効果的であり、その対応は素晴らしいとしか言いようがありませんでした。また、回答・説明する各責任者やメンバーも、例外なく、しっかりとした理解と認識に基づき、冷静で的確な発言をするのにも驚きました。本来業務としてプロの仕事をしている行政の担当部局でもこんなに見事な受け答えは無理ではないかと思われました。会場からの発言の中には、他の委員の意見に対する厳しい反論や批判もあり、緊迫した空気になるのではないかと危惧するような瞬間もありましたが、既にこれまでに十分議論してこなれているのか、お互いの言い分に対する理解が深まっているのか、「大人」の討論で終始したことにも驚きました。このように、フラットな関係のもと、自由闊達で伸び伸びした、意義ある意見の交換がどんどん続く会議というものは、未だかつて見たことはありませんでした。ある意味で「成熟した民主主義」を垣間見たような印象を受け、ひとり感動してしまいました。
 とても素晴らしいものを見せて頂いた(しかも、何と無料で)、という感謝の気持ちでいっぱいでしたが、それでも、冷静に観察すれば、議論の素晴らしさと同じように報告書も素晴らしく、完璧だというわけではありません。私から見ても不十分な点、直した方がよいと思われる点は気がつきます。それを考えると、市民が積極的に参加していない、熱心でない議論による成果物が、いかに中身の乏しい有益でないものであるか、容易に想像がつくというものです。行政が、形ばかりのおざなりの(偽装)市民参加を仕立て上げ、計画や報告書を作るケースはまだたまに見かけます。ソレと町田市のこの市民会議とは、本当に「月とすっぽん」です。町田市のごみゼロの検討結果でも実際には十分な成果に結びつかないとすれば、おざなりの市民参加による成果物の行く先が如何に絶望的か、火を見るより明らかです。それをよ~く認識して、行政もちゃんとしなければなりませんが、市民は自ら本気で市政に参加して、その歩みを刻んでいかなければなりません。そのことを深く再認識した、有意義な一日でした。
 なお、11月17日の最終報告会、そして、その後の展開を注意深く見守っていきたいと思います。身近にこんな素晴らしい研究対象がまた一つ増えたことを嬉しく思っています。

2007年8月21日 (火)

地方行政に関するオープンフォーラムに参加して

 東京財団という団体が標記のフォーラムを開催しました。案内文には「地方行財政の重要性が高まるなか、行政の現場で先駆的なアプローチを試みる方々をお招きして、5回シリーズで連続フォーラムを開催します」と書かれていました。全回無料で参加できるので、誠に有り難いイベントです。全5回のうち、私は最初の3回に参加することができました。それぞれのテーマ・講師はつぎのとおりです。
第1回(平成19年4月10日)
  テーマ:自治体の“自立力”~カギは人材にあり~
  パネリスト:海東英和(滋賀県高島市長)
        西芝雅美(ポートランド州立大学助教授)

  モデレーター:齋藤健(東京財団研究員、前埼玉県副知事)
第2回(平成19年5月25日)
  テーマ:地域経営に必要なもの~都市と地方、それぞれを例に~
  講師:木下敏之(東京財団研究員、前佐賀市長)
     箕浦英一(ABCマーケティング代表)

第3回(平成19年5月30日)
  テーマ:団塊の世代と地域づくり~新しい公共を目指して~
  講師:福嶋浩彦(東京財団研究員、前我孫子市長)
        菅原敏夫(地方自治総合研究所研究員)

 なお、東京財団という財団法人は、そのホームページによると、日本財団および競艇業界の総意のもと、極めて公益性の高い活動を行う財団として、1997年7月1日に設立されましたとのこと。「主として運輸・海事に関する次の事業を行う」と寄付行為に書かれているので、地方自治という分野は本来の業務分野ではないようにも思えますが、自治体職員を受け入れての研修も行っているので、現状では守備範囲が広がっているのかもしれません。いずれにしても、一般に公開されたイベントですので、しがらみなく、遠慮なく参加させて頂いた次第です。以下、その概要を、参加して感じたことを含めてまとめてみました。

■4月10日「自治体の“自立力”~カギは人材にあり~」
 滋賀県の高島市は、2005年2月に旧高島郡6町村が合併して誕生した人口54,000人の市です。琵琶湖の西岸で大津市の北に位置します。市長の海東英和氏は、もと新旭山町の職員で、町議を経て町長を2期努めた後、合併後の初代市長に就任し、現在に至っています。昭和35年生まれの若い市長です。弁舌爽やかというタイプではないですが、しゃべり出すと味がにじみ出てくるような人物で、悪くない印象を受けました。
 さて、合併後の高島市では、総合計画を作るに当たって、3,000人の市民を職員が自宅訪問したそうです。職員1,000人が市民3人ずつで計3,000人。これはなかなかできることではありませんね。面談した市民は全人口の5.5%に当たるので、同じ比率を津市に当てはめれば16,000人になります。自宅を訪問すれば、訪問した方もされた方も5分や10分で簡単に切り上げるわけにはいかず、おそらく30分か1時間、あるいはそれ以上に時間をかけてあれこれ話をしたでしょうね。その成果を集めれば、非常に中身の濃い「市民の意見」が得られたことと思います。そして、それを元に、(コンサルタントに委ねずに)職員の手作りで総合計画を策定したそうです。海東市長は職員に「無い物ねだりではなく、あるもの探しをしよう」と呼びかけたのだとか。
 また、「合併が希望ある棚卸になった」という言葉が印象的でしたが、実際にNPO構想日本に委託して、1058事業の「事業仕分け」、そして418施設の「施設仕分け」を行いました。平成19年度には「仕事仕分け」をやるんだとか。また、選挙の開票作業も、知事選において、前回2時間かかっていたものが今回は52分でできたとのこと。さまざまな場面で市長がリーダーシップを取って市の業務を改革し、職員を育成していることが伺われました。
 地域の本来の政策課題の掘り起こしについての質問を受け、海東市長は「データベースの必要性」を強調しました。今までは県に報告する数字は県が調べた数字しかなかったので、3月末に初めて高島市の統計資料を作ったのだが、まだ中身は不十分だとか。データベースと情報公開は両輪であって、「どら息子とかあちゃん」なんだとか。どら息子が「かあちゃん、小遣いくれよ!」と言ってきても、かあちゃんが「今のウチの家計はこうなのよ!」と答えれば、「じゃあ、バイトするよ」となるとのこと。まあ、面白い例え方です。
 この日はもう一人の「パネリスト」にポートランド州立大学助教授の西芝雅美氏、「モデレーター」に東京財団研究員(前埼玉県副知事)の齋藤健氏が出席されていましたが、海東市長の話以外は省略します。ちなみに齋藤健氏は、経済産業省から埼玉県に副知事として出向中に千葉県で行われた衆議院補選に担ぎ出され、某与党の幹事長が「最初はグー、サイトウケン!」を連発していましたが、自転車に乗った小沢党首が応援した女性候補に敗れましたね。余談ですが。

■5月25日「地域経営に必要なもの~都市と地方、それぞれを例に~」
 39歳で佐賀市長となり、2期6年半佐賀市長を務めた木下敏之氏が出席されました。佐賀市は2005年10月に合併して新・佐賀市となりましたが、その合併後の市長選で旧佐賀市長木下敏之氏は佐賀市職員OB候補に敗れて落選してしまいました。木下市長による独断専行の市政運営に対する批判が一因だと仄聞しています。
 さて、この木下氏、前佐賀市長ですから佐賀の話をするのは当然ですが、佐賀市のことをやたらと「貧乏な自治体」だと強調していました。ひょっとして自分の自治体を愛していないのではないかと感じてしまいました(後日、知人に聞いたところ、木下氏は「二度と佐賀には戻らない」と言っているようで、私が感じた印象は間違っていなかったのかもしれません)。話す内容は論理的であり、頭のいい人だと思わせますが、どうも極端な理論先行型であり、バサッと割り切ったり、切り捨てたりする話し口は聞いていてあまり心地よいものではありませんでした。また、話を聞いていると、職員をバカにする言葉、他の自治体をバカにする言葉がたびたび出てきます。どうも「市の職員は何度言っても理解しないバカだし、佐賀は貧乏な田舎だ。オレは頭がいいから何でもオレの言うとおりにしろ」という態度・姿勢で仕事をしたのではないでしょうか。それなりの業績も残したのでしょうけど、仕事が評価されて人物的にも受け入れられれば、普通は合併の中心市の市長なら新市の市長に推されてもおかしくないにもかかわらず、有権者からNO!を突きつけられたのも分かるような気がします。この木下氏、東京財団研究員に就任しつつ、自身で「木下敏之行政経営研究所」を設立し、「多様な行革ノウハウを自治体に広げていくための講演活動やコンサルティング活動を幅広く行」っているそうです。少し前、横浜市の中田市長が再選後に木下氏を念頭に4人目の助役を提案しようとして議会から受け入れられず撤回した、ということがありました。頭のいい人ならたくさんいるはずであり、多少の(かなりの?)行政経営経験があったとしても、協調性などの点で難あり人物であれば、横浜市の件は結果オーライなのかもしれません。

■5月30日「団塊の世代と地域づくり~新しい公共を目指して~」
 福嶋浩彦氏は、今年(平成19年)の1月、3期12年で市長を退任した前我孫子市長です。1983年に27歳で我孫子市議になり、38歳のときに市長になった方ですが、市の補助金の市民審査、常設型住民投票条例の制定、提案型公共サービス民営化など、市民自治を理念とした自治体経営に取り組んでこられました。この日を含めて何回か話を聞く機会がありましたが、決してカリスマ性やタレント性があるわけではなく、人を惹きつける話術や声の持ち主でもなく、どちらかというと平凡な公務員のような雰囲気なんですが、中身はなかなかに素晴らしい方です。一般市民、一般職員と同じ目線、同じ思考回路を持っているように感じられ、それが地味ではあるものの好印象です。ただ、講演を聞くといつも同じ話をしているので、最初は驚き感動しますが、二度三度と聞くにつれ「それしかないの?」と思われ、やや魅力が色あせてしまいます。
 福嶋氏の主張は明快で、「公共サービスを官のみが担う時代は完全に終わった」と言い切ります。「新しい公共」とよく言われるようになってきた(本当は「本来の公共」だと言いたいが)。そこでの行政の役割は何か。一つは許認可などの行政権限、もう一つは民間活動の下支え・コーディネートだと思う(後者がこれから大きな役割になるだろう)。「公共」は大きく充実させていくべきだが、しかし官を大きくすることは困難であり、よくない(大きな公共と小さな政府)、と熱く語ります。
 福嶋市長が創設した「提案型公共サービス民間提案制度」は、行政のあらゆる仕事について民営化の提案をしてもらうというものです(民営化の中身はいろいろあるとのこと)。従来は、何を民間に任せるか決めるのは行政でしたが、この制度では、民間の発想で官から仕事を奪ってもらうというものです。募集したところ、79の提案があり、34の提案が採択されました。「補完性の原理」のスタートを(市町村ではなく)民間に置く考え方です(「補完性の原理」とは、可能な限りより身近な主体(つまり、国より都道府県、都道府県より市町村)が行政の仕事をするべきという考え方)。
 その他、聞いて面白かった話としては……。市長に就任したとき、地域の集まりはほとんど女性だった。市民活動を始めようと市民が集まっても、男性はまず会則にケチをつけるようなところから始まるので、それに女性は引いてしまうんだとか。コミュニティビジネスを起こすと、集まった男性は何になりたがるか?彼等は社長にはなりたがらない。かと言って、今更ヒラ社員にもなりたがらない。実はみんな「顧問」になりたがるのだとか。「私は豊富な経験があるからアドバイスしてあげます」というスタンスなんだそうで、アドバイスする人ばかりいても物事は進まない。
 我孫子市に若い人を引き留めたいと考え、「待機児童ゼロ」をすべての施策に優先して取り組んだ古利根沼を保全するため、市でまるごと買い取ることとして、総額4億のうち2億は市民債を発行し、利率はすごく低くしたが、申込みは10億余りあった、などなど。
 淡々、木訥とした語り口から、非常に大胆な発想、ユニークな制度が紹介されました。おそらく従来の行政の体系、価値観は大変革を迫られたかもしれませんが、果たして我孫子市職員の反応はどうだったのか、うまく理解・吸収し、頑張ってくれたのでしょうか。福嶋氏は「先頭切ってやるから、その姿を見て一緒にやる気になって欲しい。市職員1000人弱の意識改革が完全にできれば、お金がなくても何でもできる。実際、意識は確実に変わっていった」と語っていました。3回のうちで、この回が一番参考になったような気がします。

2007年8月10日 (金)

津市総合計画の策定への展望(その2)

(その1)では策定方法、特に住民参加について取り上げました。次に(その2)では、総合計画とマニフェスト等との関連性、予算との関連性を取り上げたいと思います。これは総合計画を「何のために作るのか」「どういう位置づけにするのか」という重要なポイントになります。
 平成19年7月6日、都内で開かれた「行政経営改革」に関するシンポジウムに参加する機会があり、そこで栃木県佐野市の取組みが詳しく紹介されました。佐野市には元三重県理事の梅田次郎氏(日本評価学会理事・行政経営アドバイザー)が指導されているようで、梅田氏他の講演もありましたが、佐野市の取組み内容で主なポイントが押さえられると思うので、それをご紹介します。特に、市長マニフェストと総合計画の関係や、行政評価システムの導入による総合計画と予算との連動(+組織・定員管理や財政計画との連動)といったあたりが非常に参考になります。
 佐野市で構築した「行政経営システム」の主なポイントは次のとおりです。
(1) 市長マニフェストと合併時の新市建設計画について、相互の関連性をマトリクスで整理した上で、その内容を反映させて総合計画を策定
   合併して最初に策定する総合計画は、合併協議会が策定した「新市建設計画」をベースとすることは当然です。しかし実際は、「新市建設計画」を横目でにらんで参考にするものの、関連付けが不十分なまま総合計画を策定するケースが多いようです。それはそれこれはこれというわけです。新市建設計画は合併協議会という自治体が集まっての合議体が策定するわけですし、新市長とその政策・方針が存在しない段階では、大きく踏み込んで意欲的な方針を樹立することは難しいのが実情でしょう。それに対して、総合計画は一人の現職首長がリーダーシップを発揮し得るわけですから、必然的に建設計画とは異なる内容・トーンになってくると思われます。一方、マニフェストは、本来、当選した首長が就任後に策定する計画、実施する施策として実現すべき公約ですから、総合計画には当然色濃く反映されることになります。総合計画に反映していくという点でマニフェスト新市建設計画は似たような立場になりますから、よく調整した上で総合計画に反映させなければなりません。佐野市の場合は、マニフェスト新市建設計画を、縦横のマトリクスで相互の関連性を整理した上で、総合計画の策定につなげていったようです。その反映方法が明確だと、市民から見ても分かりやすいし、納得しやすくなりますね。
   なお、佐野市における総合計画策定に対する市民参加としては、公募で選ばれた17名の市民による「市民まちづくり会議」が設置されました。市民まちづくり会議では、全7回の協議を経て報告書を提出し、この市民まちづくり会議と市の施策主管課長会議の合同会議で、総合計画に反映できるものを協議する形をとりました。
   さて、津市の場合、現市長はマニフェストと言えるものは作成していません。また、新市建設計画は、当時の近藤津市長が新市の市長選に出馬しないなど新市の舵取りを担おうとする人が不在の合併協議会が作ったこともあり、内容的には物足りない面が否定できません。そういうこともあり、総合計画は、尊重し反映させるべき「拠り所」が乏しいまま作成作業が進められているように見受けられますね。このことは、決定的に問題だとは言えませんが、どんなものが出来るか非常に不安を感じさせます。
(2) 14の政策、40の施策、134の基本事業による「政策体系」を構築(政策⇔施策⇔基本事業は、それぞれ目的と手段の関係にある)するとともに、政策体系を実現するための手段として、1371の事務事業を位置付け
   政策・施策・基本事業というヒエラルキーで「政策体系」を構築したこと、これが極めて重要なポイントです。この「政策体系」が「総合計画」の骨格(体系)になります。この体系によって、様々なまちづくりの課題が一覧できるようになり、何か問題が発生したとき、それが「政策体系」のどこに位置付けられているか、どこに該当するかを特定することで、効率よく的確に対処することができます。新しい問題・課題が発生した場合は、政策体系の中の最適な場所を見極めて位置付ければよいわけです。そのような変更・追加が行われるのは主に基本事業レベルであって、施策、政策と上位のカテゴリーになるほど容易には変更・追加が行われない安定性・継続性を持つことになると思われます。この体系を変更・改定するのは、総合計画の更新・改定や首長の交代のような大きな節目に限られてくるでしょう。
   この基本事業に基づき、さらにブレークダウン(細分化)させて、具体的な事務事業を整理します。このレベルで自治体の行う事務事業は漏らさず全てカバーされることになります。
(3) 事務事業評価と予算編成を連動させるため、「事務事業評価単位」を設定(幾つかの事務事業評価単位で「予算事業単位」を構成する形)
   事務事業は、文字通り各部局が実施する仕事(事務・事業)の最小単位ですが、「事務事業評価」を効率よく的確に実施できるよう、「事務事業評価単位」に整理します。そして、一つまたは幾つかの「事務事業評価単位」で「予算事業単位」を構成する形にすることで、事務事業評価の結果を予算に明確に反映させることが可能になります。これによって、行政評価の部局と財政部局とが同じ土俵、同じ言語を共有することになるわけです(本来そうならなければいけないのですが、実際には「画期的」なことですね)。
(4) 行政評価(施策評価、事務事業評価)を実施
   佐野市の行っている施策評価事務事業評価は、それぞれ個別評価と相対評価があり、全体像はやや複雑な構成になっていますが、それを説明すると次のようになります。
   まず、政策体系から見た施策の優先順位付け・関連性を評価する「施策優先度評価」を行います。それを踏まえて、施策ごとに目的と成果指標を設定しますが、毎年度、施策方針に基づき施策成果の目標値を設定し、年度終了後に目標達成度を評価します。これが「施策評価」(施策マネジメント)です(注:前者が相対評価、後者が個別評価)。
   一方、事務事業について、個々の事務事業の進行管理として「事務事業評価」を行うほか、施策から見た事務事業の優先順位付けである「事務事業優先度評価」を行います(注:前者が個別評価、後者が相対評価)。事務事業優先度評価は、事後評価である「事務事業貢献度評価」と事前評価である「事務事業優先度評価」の二本立てです。「事務事業貢献度評価」は、施策の成果に対してどの事務事業が最も貢献したのか、結びついたのかを振り返るものです。一方、「事務事業優先度評価」は、「成果優先度評価」と「コスト削減優先度評価」で構成され、「成果優先度評価」は、施策の成果の向上をはかるためには、どの事務事業の成果を向上させるべきかの優先順位をつける事前評価であり、「コスト削減優先度評価」は、施策の成果を低下させずに施策全体のコストを削減するためにはどの事務事業のコストを削減すべきかについての優先順位をつける事前評価です。
   ちなみに、ここまで「行政評価」システムを構築するのに、佐野市では4年を要しています。職員の意識を「やらされている」から「納得」に変え、自発的な取組みにまで高めていくには、やはり時間が必要であり、たとえ専門家のノウハウや他都市の先進事例があっても、一気には行かないのでしょう。
(5) 施策の優先度評価と財政収支見通し等に基づく経営方針を決定
   昨年度の振り返りである「施策評価」「事務事業評価」を踏まえて「施策優先度評価」を行い、首長が「経営方針」(つまり、重点施策や予算編成方針)を決定します。重点施策や予算編成方針にどこまで具体的に書き込むかにもよりますが、予算要求や予算編成に入る前に大所高所の方針を首長が示すことで、効率よい予算配分や政策の遂行につなげることができます。その際、施策ごとの財源総枠を設定し、その枠内で施策の統括責任者(部局長など)が予算編成を行う方式(施策総枠配分予算編成方式)を採用することも有効です(ただし、この方式にもメリット・デメリットがあるので注意が必要です)。
   さらに、この経営方針に基づき、事務事業優先度評価を行って予算編成に反映させたり、組織や定員管理(人事)を検討することが考えられます。
(6) 市長任期と総合計画(基本計画・実施計画)の期間との間に整合性・関係性を実現
   佐野市の場合、基本構想は平成19年度~平成29年度の11年間(ちょっと半端ですが)、基本計画は前期3年、中期4年、後期4年、実施計画は前期3年、中期2年・2年、後期2年・2年としています。市長の任期がH17.4~H21.4ですから、就任後2年弱(H17・H18)を策定期間に充てたことになります。H21.4からが次の市長任期であり、(再選にせよ交代にせよ)次の市長は着任後の平成21年度中に次の中期4年の基本計画を策定すればいいわけで、市長任期との整合性や関係性が非常によく整理されています。
   なお、総合計画に関する優れた事例として有名な岐阜県多治見市の場合、総合計画の計画期間は前後期5年ごと(計10年)ですが、前期5年の最後の1年は切ってしまい、その年度の分は実施しないことで、実質的に4年ごとに見直す形とし、市長の任期とリンクさせています。

最後に
 佐野市の総合計画策定と行政評価について紹介しました。これがベストな事例だとは言い切れませんし、自治体の規模や置かれた状況が異なる津市にそのまま当てはまるものでもありませんから、あくまで参考例に過ぎませんが、新市建設計画の反映、政策体系の構築、行政評価・予算編成との関連性など、いろんな考え方、アイデアを学ぶことができると思います。
 総合計画は何のために策定するのか、策定した総合計画はどういう位置付け・役割になるのか、といった基本的な点をクリアにすることは絶対に必要ですし、それを関係者(市長、職員、議会、市民等)が共有していなければなりません。さもなければ、策定作業は迷走・混乱するでしょうし、また、策定された総合計画が果たして有効なものとして機能するとは思えません。
 (その1)で触れた「住民参加」の問題もありますが、とにかく「それなりに見栄えのする」計画は、津市でもおそらくできるでしょう。多くの関係者は満足し、安堵し、賞賛することでしょう。問題はそこからです。その総合計画が影響力、指導力をもって市政をリードしていくでしょうか。市当局や市民が羅針盤として尊重し、従いながら行動していくことになるでしょうか。

2007年8月 2日 (木)

2007年「改革仕掛人による行政経営改革の実現」シンポジウムⅡに参加して

 さる平成19年7月6日、標題のシンポジウムに参加してきました。10:00~17:00と、ほぼ丸一日の催し物でした。主催者はJMAC構想改革推進セクター、日本評価学会、改革仕掛人活力ネットワークの3団体で、対象は主に地方自治体の首長・議員・職員、マスコミ関係者の方々となっていましたが、寛容な心で参加を許可してもらいました。
 なお、主催者の一つ、JMAC構想改革推進セクターとは、当日の配付資料の説明によれば、「1995年に三重県の改革全般を支援し、日本で初めて行政評価システムを本格導入支援した星野芳昭を事業責任者として、梅田次郎(元三重県理事)らの参画で、2002年4月に新たに設立された改革仕掛人の専門部隊」と書かれています。これだけ読めばなるほど…と思うだけですが、名称の頭についているJMACとは社団法人日本能率協会のコンサルティング部門が独立した㈱日本能率協会コンサルティングですので、「構造改革推進セクター」というのはその一部門か関連機関かと思うのが普通でしょう。ところが、先ほどの説明の次にはこのような文章が書かれています。「現在、私どもの他に、社団法人日本能率協会や株式会社日本能率協会総合研究所が独自に行政評価や総合計画などに関する受託調査や研修を行っており、一見分かり難くなっておりますが、これらとは全く別団体であります」。妙ですよね。あえてこんなことを強調するなんて、まるで仲違いしていることを触れ回っているようで妙に不信感を感じさせます。組織の説明の中に2人の人物の名前が出てきますが、組織の業務のPRの中でもやたらとこの2人の個人ばかりが強調されており、ひょっとするとこの「セクター」は、この二人以外には事実上誰もいない、組織の体裁を有していないのではないかという気もしますし、果たして独立して法人格を持っているんだろうか、ということさえ訝しがられます。そのような「妙に引っかかる気持ち」を抱きつつ、参加したシンポジウムは非常に素晴らしく収穫多い内容でした。
 今回のシンポジウムは、「~計画・評価・予算・組織の統合~」という副題がついており、先ほどのお二人による基調講演・課題提起のあと、佐野市(栃木県)の取り組みがじっくりと紹介されました。佐野市というあまり大きくない市がどんな取り組みをしているのか全く知りませんでしたが、非常に立派なものでした。

1.主催者挨拶「本シンポジウムの企画趣旨(行政経営の確立のために)」
日本評価学会理事・行政経営アドバイザー(元三重県理事)梅田次郎氏
 主催者挨拶と言いながら30分もとってあり、パワーポイントを使っての熱弁が行われました。まず、「行政経営改革とは」として、組織名に「行政経営」を付けても組織の動きが変わらなければ意味がないとして、「正しい行政経営の仕組み」を「正しく動かす」ことで「確実な成果が上がる」と強調します。そして、行政経営の仕組みの全体体系として、①マニフェストを踏まえて策定する総合計画から、②行政評価システムを介して、③予算編成・執行管理につながる一連の流れ・体系を提示しました。このように、「マニフェストと総合計画、行政評価の関係」が、この日のシンポジウムのテーマの一つに位置付けられていました。さらに、行政評価結果の予算への反映、これらの仕組みを遂行するための組織のあり方やトップの意識の持ち方もまた、この日のテーマだとされました。その他、三重県庁における梅田氏ご本人の実績?の紹介とそれを通じた行政経営哲学のようなものが語られました。

2.課題提起と処方箋提示 行政評価と予算編成制度改革~どう反映させるか~
JMAC構造改革推進セクター事業責任者 経営改革プロデューサー 星野芳昭氏
 (1) 行政評価結果の予算編成への反映、(2) 施策評価と事務事業優先度評価、(3) 施策総枠配分予算編成について、1時間20分の講義が行われました。
 まず、実施計画と予算編成の問題点として、「一般的に、企画セクションの主導で行う実施計画の策定と、財政セクションの主導で行う予算編成とが、必ずしも事業各課の体質改革にまで至っていない」「結局、要求査定という力技に頼り、首長は復活折衝でしか(予算編成に)関われない」と指摘します。
 「政策-施策-基本事業-事務事業」という段階構成による「政策体系」を念頭に、その政策体系のもとで施策評価と施策優先度評価、そして、事務事業評価と事務事業優先度評価を行うのが、行政評価の正しい仕組みである、とします。
 第1段階の事務事業評価においては、政策体系に基づく実際の活動である「事務事業」について、その評価単位を設定し、予算体系との整合を確保する(こうすることによって、評価結果を予算に反映させやすくなる)。
 第2段階として、施策評価を行い、事務事業の優先度を付けて予算を編成する仕組みを確立します。数十程度の施策を設定し、その目的設定、成果指標の設定、成果測定方法の考案、成果の目標値の設定というプロセスにより、施策成果の目標達成度評価を行います。それをブレークダウンし、施策成果(目標達成度)に対して事務事業がどの程度貢献したかという「事務事業貢献度評価」、施策成果の向上のためにどの事務事業の成果を上げるべきかという「成果優先度評価」、施策成果を下げずに施策全体のコストを削減するためにはどの事務事業のコストを削減すべきかという「コスト削減優先度評価」をそれぞれ行い、それらを踏まえて優先順位をつけながら予算編成を行うわけです。
 そして第3段階には、施策の優先度を付けて枠配分予算を行う「施策総枠配分予算編成」です。従来の1件要求・査定方式や、部門別枠配分方式には、それぞれ問題点がたくさんあることから、施策別の枠配分方式を採用し、施策統括責任者が、施策毎の枠予算を踏まえた枠内編成を行います。この方式を前提として、前年度の施策評価・事務事業評価を踏まえた次年度の「重点施策の選定」「施策横断課題の設定」等に基づいて、経営方針(重点施策・予算編成方針)を幹部会議で決定します。それに基づいて予算編成や組織運営方針の決定を行う、という流れを確立するのです。このような方式によれば、過去の施策や事務事業の評価が反映されるとともに、次年度の施策選定・予算編成の方針が全庁的な観点で決定されることから、限られた予算が効率的に編成されるプロセスが、住民からもよく見えるようになります。
 実際には、このようにきれいなストーリーどおりにはいかない面もあるでしょうし、試行錯誤で改善したり運用方法を詰めていく要素は多いかと思いますが、従来のやり方に比べれば明らかに合理的であり、効率的な、優れた手法だと思われます。まだ、実際に確立させた事例はないようなので、先進的な自治体で意欲的に取り組み、経験とノウハウを積み上げ、完成度を高めていくことが期待されます。

3.佐野市の事例発表
(1) 基調講演「新「佐野市のかたち」創り~マニフェストの実現に向けて~」
佐野市長 岡部正英氏
 佐野市は平成17年2月に1市2町が合併してできた人口12万6千人の市です。佐野市議1期、栃木県議3期を経て合併後の市長選で市長に当選したのが岡部市長です。このような佐野市ですが、なぜ注目されるような先進的な取り組みを実行できたのでしょう。
 まず、新市になってから策定した総合計画、特に基本計画については、市長マニフェストと連動させるために、前期基本計画期間を19~22年度の3ヵ年としました。そして、新市建設計画の政策体系とマニフェストの6項目の方針との整合性を図り、総合計画の政策体系を構築(政策体系・マニフェストマトリクス)、そして、総合計画策定委員会で部長層との協議を経て総合計画を策定した、ということです。岡部市長のユニークな取り組みとしては、市長という行政経営者としての時間を確保するため、名誉職や宛て職24団体の職を辞任して年間240時間を創出したことが挙げられます。
 市長の基調講演に引き続き、行政経営と総合計画の若き担当者2名が発表してくれました。

(2) 行政評価を活用した行政経営システムの構築について
佐野市行政経営部行政経営課行政評価係主査 小菅伸一郎氏
 合併前の旧佐野市において、平成15年から行政評価システムの構築に向けた取組みがスタートしています(小菅氏はその時以来一貫してこの業務に従事しています)。佐野市の行政評価システムの説明は、午前中の星野氏の講演と酷似しており、星野氏の指導を受けてきたことが伺われます(だからこそ事例発表に選ばれた?)。
 事務事業を平成15年に始めた当初は研修の色彩が強く、成果が思うように現れなかったが、平成17年度から予算細事業単位と評価単位を一致させ、平成18年度には全事務事業(1,371事業)を評価するまでに至ったそうです。
 平成17年度、14の政策、40の施策、134の基本事業、そして1,371の事務事業で構成する「政策体系」を構築します(小菅氏は「これがとても大事」だと強調していました)。この政策体系で設定した40の施策ごとに、施策評価を実施し、その結果に基づいて総合計画の基本計画を策定。次に、各事務事業がどの施策に貢献しているのか、貢献付けを行った上で、40施策ごとに事務事業成果優先度評価を行い、その結果に基づいて、実施計画事業を選定しました。このように、行政評価の手法を取り入れて総合計画の策定を行ったけです。
 ここで計画期間と市長任期の関係を見てみましょう。基本構想は平成19年度~平成29年度の11年間(ちょっと半端ですが)、基本計画は前期3年、中期4年、後期4年、実施計画は前期3年、中期2年・2年、後期2年・2年としています。市長の任期がH17.4~H21.4ですから、就任後2年弱(H17・H18)を策定期間に充てたことになります。H21.4からが次の市長任期であり、(再選にせよ交代にせよ)次の市長は着任後の平成21年度中に次の中期4年の基本計画を策定すればいいわけで、市長任期との整合性や関係性が非常によく整理されています。
 次に、事務事業評価と予算事業の関係についてです。一つの予算科目は、実際には幾つかの業務・活動で構成されています。そこで、その業務・活動を、対象や狙いなどに着目してくくり、適当な名前をつけて、「事務事業評価単位」とすることで、一つないし幾つかの「事務事業評価単位」で「予算事業単位」を構成するように明確に整理しました。これにより、事務事業評価の結果が予算に反映できるようになったのです。また、平成18年度には、事務事業のコスト削減の優先度が高い事務事業169を選定し、「事務事業コスト削減優先度評価」を行い、約7,000万円の削減を実現しました。
 以上のような内容ですが、担当者の所感としては、各職員が「説得」される姿勢から「納得」する気持ちに変わっていき、「やらされている」という意識から「自発的な取組み」になりつつあること、システムを構築したことで、全体像が分かりやすく理解できるようになり、お互いの共通認識が醸成されつつあることなどが紹介されました。そういう効果もあって、幹部職員から他のセクションの事務事業について廃止すべきといった声も出るようになったそうです(今まではタブーだった)。なかなか素晴らしいことですね。

(3) 市長マニフェストを総合計画に反映させるための取り組み
佐野市総合政策部政策調整課政策調整係副主幹 大木 聡氏
 まず、総合計画策定に関わる以前から抱いていた疑問として次のようなことを挙げられました。
①職員が知らない、理解していない。
②分野別計画との整合性が図られていない。
③市長が変わっても、前の市長の計画が生きている。

 
この指摘は、多くに自治体に当てはまるように思われます。その理由は今更言うまでもないことですが、①の理由としては、丸投げしたコンサルが適当に作文したもので、計画体系や取組み方針が不明確なまま、②の理由としては、計画はあくまで計画であって、予算は財政主導であり、両者は連動も連携もない、③の理由としては、計画期間と任期にずれがある、といったことが挙げられます。
 そのような問題意識に対処するため、計画策定部門と行政評価部門が連携・協力して、行政評価の手法を取り入れた総合計画の策定に取り組むこととなりました。合併を間近に控えていたので、この機会しかない!という思いだったそうです。
 ただし、合併に当たって新市建設計画が策定されていますから、この建設計画と市長マニフェストの整合確保というか、一本化を図ることが必要になります。この点については、市長と事務局(計画担当、行政評価担当、政策秘書)で徹底的に話し合いを持ち、相互の関連性をマトリクスで把握・整理しました。そして、適宜、政策体系の組み替えを行ったり、市長マニフェストで重視しているものについて施策を充実させるなどによって計画策定を進めました。
 このような形で行われた総合計画策定ですが、成果として次のようなことを挙げています。
・首長の任期と計画期間の整合性を図ることにより、市長マニフェストの内容を盛り込むことが可能となった。
・市長マニフェストと総合計画の整合性を図ることで、市長公約と総合計画の一体化を図ることができた。
・まちづくりを進める上での課題が明らかとなり、その課題を解決するための取組み方針が明確になった。
・施策別の成果指標設定で達成度を評価することができることとなった。
・施策枠配分予算編成が可能となった。
・職員の議論の場が提供され、意識改革につながった。

最後に
 佐野市の発表を聞いていると、どこでもこんな風に自然に無理なくうまくいくような気になってしまいますが、決してそんなことはないでしょう。まず、財政部局と計画部局が仲良く連携協力するというところから、非常にハードルが高いと思われます。市長のリーダーシップによるものか、財政的な危機感が背中を押したのか分かりませんが、この全庁的な推進体制が最初の大きな関門です。また、どの自治体も経験や情報が乏しいでしょうから、優れた指導者・アドバイザーの存在は不可欠でしょう。佐野市の場合は、この星野・梅田両氏の指導が功を奏したものと思われます。果たしてこの二人だけの専売特許なのか、他にも優れた指導者がいるのか、もっと素晴らしい手法や指導者が存在するのか、よく分かりません。
 さて、翻って津市の総合計画の策定はどうなんでしょうか。市長のマニフェストや公約はなかったようなものですから(一応「元気な津市づくり」というお題目はありますが、具体性や体系性に乏しいようです)、新市建設計画をベースに策定が進められることになるでしょう。市長任期との関係は特に考慮されていません。行政評価については、平成19年3月に策定された「津市行財政改革大綱」において「効率的な事務事業の在り方」の一つとして触れてはいますが、その内容は「行政評価の導入に際しては、その導入目的を明確にするとともに、政策的な評価及び財政的な評価の両面から評価結果が具体的に市政に反映される仕組みの構築を目指します」などといった程度で、本格的な行政評価システムを真剣に導入しようという姿勢は見られません。従って、佐野市に学べるような、計画・予算・評価の各システムがリンクした行政が実現する可能性は、現時点ではまったく見当たらない、と言えそうです。

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