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2007年11月10日 (土)

都市政策研究交流会に参加して

「これからの地域振興~市町村合併を踏まえて」

 平成19年8月1日、午前中の「都市シンクタンク等交流会議」に引き続き、午後には「第4回都市政策研究交流会」に参加しました。この催し物の本来の趣旨は自治体職員向けですが、希望すれば参加を認めてくれますし、参加費無料なので非常にありがたい催しです。プログラムは4本立てとなっており、有識者による講演2つのあと、自治体による事例発表が2つという構成です。
 まず最初に、一橋大学大学院商学研究科教授の関満博氏による講演「合併後の市町村の地域振興」でした。関満博氏は、精力的に国内外の現地調査を重ねながら、多くの自治体や商業団体の指導をされ、すばらしい成果をあげていらっしゃいます。その成果をまとめた著書も多く、私も「現場主義の知的生産法」「現場主義の人材育成法」(ともに、ちくま新書)、「地方小都市の産業振興戦略」(新評論)などを読ませて頂き、非常に勉強になっています。従って、講演の内容も、関満博氏ご自身が自分の足で見聞きし指導した内容が中心になるので、迫力がありますし、語り始めれば話は尽きない、といった感じです。この日も「時間がたった50分なので小話程度になります」と言いながら始まりました。演題の「合併後の市町村の地域振興」を産業政策の立場からお話頂きました。主な内容は以下のとおりです。
 まずは、最近起きた中越沖地震で大きな被害のあった柏崎市から。柏崎とはここ7年ぐらいのつきあいで、全部で40~50回行っている。このまちの特色は、
(1) 大型機械加工の集積があること。
(2) 後継者が育っていること(珍しい)。
(3) 市の商工担当と商工会議所の担当が仲良し(これも珍しい)。

 地震で甚大な被害があったので、市の職員は弁当を配っており、産業振興は手付かずの状態。工場の中はぐちゃぐちゃになっている。工作機械は、倒れたものを起こしてもまだ使えない。水平を取らないと動かせないのだ。重機屋と機械屋の両方が必要だということを、中越地震のときによく学習した(普段から重機屋と仲良くしておくことは重要な秘訣だ)。被災して止まっている間にヨソに回った仕事はもう帰ってこないから、機械を動かさなかったら終わりだ。だからみんな必死になって復旧させていた。
 自分は、
次世代を担う人材を育てるための「を全国10箇所でやっている。そして、それらを相互に交流させている。
 次の事例は、中国地方の中山間地域、岡山県新庄村。人口1,100人(実際には1,000人を切っている)。この村は真庭郡の中で単独、合併に参加しなかった。
 ちなみに、村には3つのタイプがある。
自立村、ダメ村、その他の村。「その他の村」はすべて合併した。
 さて、新庄村が合併しなかった理由は3つ
。①新市の辺境であること、②ダムで財政収入が見込めること、③国保が赤字ではないこと(←これが最大のポイントだ!)。つまり、おばあちゃんがみんな元気で仕事をしている。'83-84年頃、ヒメノモチというモチ米を原料とする特産品を開発するため、4人の村民が5万円ずつ出資して会社を興した。今では6トンのモチ米を生産し、ふるさと便(特別村民が2,000人)や道の駅で捌いており、一大産業となっている。村内に農産加工所が3箇所もある。村の花は桜(がいせん桜~日露戦争に勝って凱旋したことから)だが、桜祭りには屋台が50軒出るなど、年に何回か祭りをやっている。これは重要なことであって、まわりの町村は祭りができなくなった。
 以上、二つの事例を紹介したが、市町村が合併するとなると、従来の産業政策ではやっていけない。
これまでの市町村の大半は「産業政策」というものを持っていない(持っているのは1,800市町村のうちせいぜい20くらいだろう)。あるのは商工対策のみ。その中で最も先進的なのは東京の墨田区。「産業ガイドブック」を作っている。
 今、都道府県で意欲的なところは島根県岡山県(他はナシ!
岩手県は少し疲れ気味)。自分が出かけていって、月に一度、市町村の商工担当の30歳くらいの若手を集めて勉強会をやっている。

 続いて法政大学現代福祉学部教授の岡崎昌之氏による講演で、演題は「合併後の市町村振興とまちづくりを担う人材」です。講演を伺っていると、この先生は全国の自治体のことを本当によく知っているんだなあと感動しました。相当に幅広く関わっているものと思われます。さて、その講演の主な内容は以下のとおり。
レジメ1.平成の市町村合併がもたらしたもの
(1) 基礎自治体の変容
 合併による危機を2つ。①地名がどんどんなくなっていく。例えば、和紙のさととして有名な今立町は武生市と合併して「越前市」となった。湯布院町も合併して由布市となった。②アーカイブス(文書)の散逸。
 ある財団で10年間、毎年2,500万円かけて日本の地方自治について調査研究を行った。その中で、スイスとオレゴン州と日本の比較研究を行った。スイスとオレゴン州では中山間地域の人口が増えている。ここでは、Direct Payment(直接所得保障制度)で所得の2/3~3/4をカバーしているが、この制度は都市住民からも支持されている。

(2) 市町村振興、まちづくりの停滞
 中核となるべき市のリーダーシップが欠けているのではないか。
(3) これからのまちづくりに向けて
 現在の市町村数は約1,800だが、1,600~1,700で収束しそう。明治の大合併は「小学校が経営できる規模」、昭和の大合併は「中学校が経営できる規模」という説明だったが、平成の大合併の1,000という目標値にはほとんど説明がない。戦後ずっと住民の自治意識は欠如しているが、それは自治体がしっかりとやってきたから。
レジメ2.市町村合併後の市町村振興
-国土交通省調査『自立した地域づくりの継承方策の検討調査、2004・2005年度』から
(1) 新自治体内の融和と個性
 もとの個性を磨き直して、交流を図ることを通じて、そこから融和と連帯、連携が生まれるのではないか。
(2) 小規模地域(狭域地域社会)からのまちづくり
 合併すれば、周辺地域は必ず疲弊する。
 広島県安芸高田市(旧高宮町)の川根地区では、廃校になった中学校を再生して宿泊研修施設「エコミュージアム川根」を高宮町が住民の提案を受けて建設し,川根振興協議会が管理・運営をしており、年間約6000人が利用している。
 薩摩川内市に峰山地区というところがある。リーダーとして、旧来型の有力者ではない人を地元が押し立てている。何でもできる人。アイデアを出す人。
 女性パワー、外来パワーの導入も地域おこしの鍵を握る(上勝町、遠野市(風の丘道の駅)など)。団塊の世代は当てにならない。むしろ、団塊ジュニアの方が当てになる(日本で最も人口の少ない町、早川町では早稲田大学の大学院生が定住。品川区と連携)。

(3) まちづくりの担い手
 ニセコ町の図書館(正式には学習交流センター、愛称は「あそぶっく」)では、若いお母さん方が施設の運営を担っている(あそぶっくの会)。
レジメ3.新しいまちづくりを担う人材
(1) 地域と住民の視点からのまちづくり再考
 水俣市に「モマの会」という職員研究グループがある。モマとはムササビのこと(5時6時以降に動き出すから)。地元学~まちづくりのきっかけとなる素材を探す。ごみ分別22種類(特にガラスの分別が厳しい)。
(2) まちづくり課題の変容と専門性
 施設・公共投資偏重型から地域社会課題解決型へ。どうやって課題を発掘するか、専門性が問われている。昭和52年に内子町に立ち寄ったときのこと。素晴らしい町並みが残るまちだが、岡崎調査チームを引き留めたのは町民2人だけ。そこで声を掛けられなかったら、このまちとの出会いはなかっただろう。

 書き残したメモを見ても、岡崎先生の話はあまり面白い内容ではなかったようですね。

 後半の事例発表です。一つ目は「豊田市足助地区(旧足助町)における合併後の地域振興の取組み」。
 (旧)足助町は、まちづくり、まちおこしでは全国的に名の知られたところ。平成17年4月に1市4町2村が合併して豊田市となりました。旧豊田市は産業では栄えているわけですが、合併によって全国版の観光地を手に入れた!と喜んだそうです。香嵐渓のもみじが有名。紅葉の時期には60万人の観光客が訪れます。飯盛山全体をライトアップしています。その当初の狙いは昼間の渋滞の緩和だったが、結果的には昼夜ともに渋滞することになってしまったとか。
 足助屋敷(緑の村協会)、百年草(百年草協会)、足助観光協会が合体して、株式会社三州足助公社が誕生。
 地域の相違を認め、それぞれの持ち味を生かしあって、都市と農山村が共生していくため、豊田市まちづくり基本条例、豊田市地域自治区条例を制定した。26の地域自治区地域会議を設置。各地域会議には500万円の予算「わくわく事業補助金」を配分。H17:14件、H18:21件、H19:12件の申請があった。
(コメント:足助地区のまちづくり・観光対策も先進事例として興味深かったですが、豊田市の「地域自治区」制度は都市内分権、住民自治のあり方として研究する価値がありそうです)。
 事例発表の二つ目は「阿蘇地域における“スローな阿蘇づくり”の取組み」を、(財)阿蘇地域振興デザインセンターのお二人が発表されました。この(財)阿蘇地域振興デザインセンターとは、「阿蘇地域内の連携を図り、地域振興、観光振興、環境・景観保全、情報発信を広域で取り組むためのシンクタンクとして、旧阿蘇郡12ヶ町と熊本県が30億円を出捐し、その運用益で事業を推進する公益法人」だそうです(平成2年設立)。ゆっくりのんびり阿蘇を楽しむ「阿蘇カルデラツーリズム」を推進しています。

 以上、大変盛りだくさんの内容でした。講演内容をきっかけにさらに調べてみると、自分に必要な情報がいろいろと手に入りそうです。

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