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2007年12月16日 (日)

志木市における市民協働~その取組みと改善の歩みについて

 埼玉県に志木市という市があります。人口は約68,000人、面積9k㎡(ちなみに津市は710k㎡)という小さな市です。平成13年から1期4年だけ市長を務めた穂坂邦夫氏が非常に大胆で多彩な市民自治の取組みを展開し、注目を集めました。私も志木市を紹介する本を読み、注目してきました。いつかは穂坂氏の講演を聞きたい(実は何度かそのチャンスを逃してきました)と思っていましたら、平成19年10月18日、NPO法人まちづくり情報センターかながわ(通称:アリスセンター)が、志木市の政策審議室長を招いてかながわNPO研究会「新たな協働のステージ・連続学習会」第2回を開催することを知り、横浜まで出かけて参加してきました。穂坂市長、そしてその次の市長の時代にかけて志木市政で市民協働を担当してきた職員であれば、ある意味、当事者であった穂坂前市長より客観的な観点から話を聞けるかもしれませんので、非常に期待を抱きました。
 講師を務めてくれたのは志木市企画部政策審議室長の村上孝浩氏です。昭和61年に市役所に入庁し、細田、穂坂、長沼の3代の市長に仕えてこられた方です。
 まず、志木市における市民協働の経緯について説明されました。
 昭和60年、細田市長が就任します。それまでは行政主導だった市政を「市民とともにつくる 明日の志木市」をスローガンに広報広聴活動を重視した市政運営に変えていきました。公募市民10名、市選定委員10名、議員1名による「21しき市民会議」を設置するとともに、平成7年には公募市民らとともに手作りの総合振興計画を策定しました。このような細田市長の取組みもかなり先進的だったと思われます。
 4期16年続いた細田市政のあと、無投票で穂坂邦夫氏が市長に就任します。掲げたスローガン「市民が創る 市民の志木市」は、細田市政のものと大差なさそうですが、就任してすぐ「今やっている仕事を全部白紙に戻す。本当に市民のために必要なものをやろう」と宣言し、927事業をゼロベースで見直しました。そして、「市民がオーナー、市長はシティマネージャー」という市政運営を基本姿勢とし、「市政運営基本条例の制定」「市民委員会の設置」「地方自立計画の策定」「行政パートナー制度の導入」などを矢継ぎ早に打ち出しました。
 市民委員会は、スローガンの「市民が創る 市民の志木市」を実現するため、市民及び市が協働し、市民自らが行政の運営に関して必要な提言や調査研究を行うことを目的として、20歳以上の市内在住・在勤で市政に深い関心と熱意のある人を公募しましたが、誰でも審査なしに参加できる形にしたため、第1期は252人が参加しました。任期は2年の無償ボランティアです。行政組織、行政課題に対応して9部会(第2期は8部会)を設置して、具体的な活動を行いました。特徴的なのは、この手の市民参加は高齢男性と中高年女性の参加が大半を占めるケースが多いのですが、志木市の場合、30歳代15.5%、40歳代15.1%、50歳代20.2%、60歳代33.7%、70歳代11.1%という風に、現役世代を含め幅広い年代にわたっていることが特徴的です。また、活動のテーマ・内容は市民委員会自ら設定したものだけでなく、行政サイドから具体的なテーマを設定して検討を依頼し、その検討結果を行政が尊重するという関係もユニークです。例えば、助役を本部長とした「市民が創る市民の志木市推進本部」及び市職員による「検討委員会」が、市のすべての事務事業927事業のゼロベースでの検証作業や組織改革について検討を行った際、市民委員会においても市民の立場で「事務事業」と「組織改革」について検討を依頼した、というものがあります。そして、その検討成果は、平成14年度予算編成作業の参考資料として活用されました。第1期の市民委員会は全部で23本もの報告書や提言を作成して市に提出しています。非常に精力的だと言えます。
 平成15年2月には、平成14年度~33年度の20年間を対象とする「志木市・地方自立計画」を策定しました。この計画は「市や町が形成された原点に立ち帰り、「市民と協働」して運営する「日本一あたたかい、ローコスト(低い費用)、ローランニングコスト(低い運営費用)の「まち」を目指す長期的で大胆な「地方の自立」を目指す計画」とのことです。この計画の内容は高い理念だけでなく、具体的内容も極めて大胆です。例えば、
○「市民が市を運営する」ことを原則に市の業務を市民及びNPOに委ね、サービスの対価として、支払った「市税」の一部を市民(行政パートナー)に還元(地域通貨制度とも連動)する。
○基礎自治体(市町村)は、「公務員」によって運営されるという前例を壊す、新しい時代に対応する「第3の組織(市民との協働)」が目標であり、(以下略)。
○業務参加する市民(行政パートナー:有償)は、単なる労働力として参加するのではなく、いつまでも、だれもが安心して暮らせる「ふるさと志木市」を築くために、自らのもつ経験や知識あるいは時間的ゆとりを活用し、公務を担うという「社会貢献活動」と位置づける。

などです。
 何度か出てくる「行政パートナー」ですが、この計画に参画する市民公益活動団体をそのように名づけ、市との間で業務参加についてのパートナーシップ協定を締結し、対等な立場に立った「行政運営の協働者」として位置づけられています。市が行う公務のうち、事業的業務と管理的業務を対象とし、徐々に市から行政パートナーに業務を移していき、計画達成後には行政パートナーは523人となり、当初619人いた正規職員は301人になります。将来的には30人から50人程度の正規職員と市民が運営する市政を目指す、としています。行政パートナー経費は、523人で6億7,400万円、一人当たり135万円を支払う計算になります(積算根拠は時給700円×8時間×20日×12月=1,344,000円)。
 この制度に対しては、「市民を下請けとして安く使っているだけではないか」とか「時給800円の非常勤職員とあまり違わないのではないか」といった批判が出ています。それに対して講師の村上氏からは、「行政パートナー制度を運営する方がずっと大変(適当な団体が見つからないと任せられないし」「(雇用関係がないので)人を選ぶことができない。その代わり、誇りを持ってやってくれる」といった説明がありました。あまりに大胆で先進的であり、安易には評価すらできない制度ではないでしょうか。直感的には、現実的にいささか無理があるような気もします。行政には行政としての役割があるはずで、何もそこまで崩さなくてもよさそうな気がしますね。

 このような大胆で多彩な施策を繰り出した穂坂市長ですが、多くの市民、議員、職員が当然次も出るものだと思っていたところ、1期限りで勇退しました。「やるべき施策は1期で全部やり尽くした」と言ったと何かの本で読んだことがあります。
 穂坂市長は後継者指名を行いませんでした。もともと県からの出向で細田市政時代からずっと在職してきた助役と県会議員の2人が市長選に出馬。市議19人中18人が元助役を応援しましたが、大差で県議が当選しました。現在の長沼市長です。この方、25歳で市議になり、その後、県議となり、途中、自転車泥棒もしたそうです。非常にユニークな市政を展開した前任者から市長を引き継ぎ、やりにくい面もあったでしょうし、軌道修正が必要な面もあったことと思います。長沼市長は就任してすぐ「行政施策安定化プロジェクトチーム」(市職員で構成)を設置し、穂坂市長時代の様々な新規施策(65施策)をゼロベースで見直す作業に着手します。そして、計画どおり執行すべき事業8、一部改善を要する事業4、他の事業との統廃合を含めた抜本的な見直しを要する事業10、という最終結果を得ます。主なものを挙げると、「市民委員会の設置」は区分では「見直し」になっており、「今後は市民委員会に代わる新たな市民協働のあり方を考える」として、事実上廃止とされました。「行政パートナー制度」については、区分としては「改善」であり、「自立計画は、20年間の職員採用の凍結など、人事管理については無理な面がある。今後は、「市民協働」を前提とした簡素で効率的な行政運営を目指した新たな改革プランを検討する必要がある」として、事実上抜本的な見直しに近い結論になっています。また、「行政パートナーに対する資質の問題や一部の団体が受託施設を「仕切っている」という問題に対しては、団体の選考や研修、評価によって解決できるものと思われる」という検証結果は、語尾は「解決できる」という表現ですが、本質的な問題の存在を指摘しており、やはり現行どおりの制度を続けることは不適切だという認識が明らかになっているようです。
 そして、平成18年7月「志木市市民協働運営会議」が設置されました。構成委員は、公募による市民、識見者、地縁団体代表、市民団体代表、20名程度を市長が委嘱、ということで、前身の「市民委員会」からは根本的に様変わりし、よくあるスタイルに戻った感じがします。
 以前が悪かった(失敗に終わった)と言っているのではなく、志木市における市民協働が細田時代の第1ステージ→穂坂時代の第2ステージ→長沼時代の第3ステージと変遷している、ということであり、歴史的な評価が明らかになるのはもう少し先のことではないでしょうか。細田時代、穂坂時代の経験を踏まえた長沼市政がよりよい成果を挙げるという保証もありません。

 後半、質疑応答が行われました。
Q.市民委員会は誰でも参加できるようだが、何か問題点はなかったか。
A.参加したのは意欲ある人ばかりであり、一部にはその意欲が空回りする人もいた。行き過ぎた動きをする人や、すごく権限があると思い込む人、自分の要望の絶対的実現を求める人などもいた。
Q.行政パートナー制度は、「ワーキングプア」を生み出すのではないか。
A.確かに生活給にはならない。一線で仕事をする人以外や、子離れした主婦などが参加した。

Q.民間の市場を圧迫するのではないか。
A.もともと市の仕事をやってもらうものなので、民間の仕事を浸食はしていない。
Q.市民委員会は、よく250人も集まったと思うが、どういう工夫をしたのか。
A.駅前でビラ配りなど非常に苦労した。2期目はビラ配りまではしなかった(139人で発足)。
Q.メンバー間の「自治」はうまくいったのか。
A.メンバーたちが、自分たちの運営要領やルールを作って進めていた。
 最後に、村上氏のコメントです。
穂坂市長は自民党の実力者であり、議長や議員団団長もやった人だった。だから、自分がやりたいことをやっていく上で、市民の後ろ盾が欲しかったのかな?と思う。しかし、実際には思い通りに行かない面も出てきていた。
 一方、長沼市長は、後ろ盾となる組織がない、市民派。前任者から引き継いだ市民委員会をどうするかは、非常に悩んでいた(市民派市長としては簡単に廃止という決断はできない)。結局、「一旦リセットすべき」と判断した。安定化を望むスタンスを持っており、団体代表も入れよう、と判断した
」。

 市政を直接担い、リードする首長(経験者)の生の声を聞くのも迫力があり、有意義ですが、今回のように、実情をよく知り、かつ、中立的な立場である職員の話を聞くのも、異なる視点、客観的な視点からの見方が提供され、非常に有意義でした。
 やるべきことは全部やってしまったから、と言って1期で引退した穂坂市長でしたが、自分一人で何でも全部できるはずはなく、多くの関係者との「協働」作業で完成させ、定着させ、成長させていくべきものであると考えたとき、あと1期か2期務め続け、自分が生んだものを育て、一人立ちさせるまで面倒を見る、そういう責任を全うすべきだったのではないか、という気もします。一方、後任の長沼市長ですが、前任者の負の遺産を解決するという役割を担っている面もあろうかと思いますが、単に「元に戻す」のでは意味がありません。よい成果は成果として引き継ぎ、発展させていくとともに、自分なりに新しい要素を加えていかなければならないわけで、今後のお手並みを拝見したいと思います。

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