「事業仕分け」について
各地の意欲的な自治体で「事業仕分け」に取り組む事例が増えています。「事業仕分け」とはいったい何でしょうか。構想日本が作成・発行した「入門 行政の「事業仕分け」 「現場」発!行財政改革の切り札」(ぎょうせい刊)という本に次のように説明されています。
○現在、国や地方自治体が行っている行政サービスそそもそもの必要性や実施主体(国、県、市など)について、予算書の項目ごとに議論し、「不要」・「民間」・「市町村」・「都道府県」・「国」と分けていく作業。
○官か民か、国か地方かの前に事業の要否について議論すること、そして、「外部の者」が参加し「公開の場」で議論することが、これまでにない特色。
○構想日本が、2002年2月に有志自治体とともに始めた行財政改革の切り札(「戦後60年目の大掃除」)。これまで17の自治体(19回)で実施。
従来は、経済や社会を発展させるために比較的全国共通の内容で、国の音頭で行政サービスを実施してきました。しかし、昨今の経済が安定的に推移する成熟社会、人口減少社会、そして本格的な地方分権社会、厳しい財政状況下においては、全国ですべての行政サービスを一律に実施するのではなく、必要なものを取捨選択し、地域の実情や住民のニーズを踏まえた形で実施していくことが必要です。その判断は、国の指導を当てにせず自治体が住民の意見、議会の指導を受けながら自主的、自律的に行っていかなければなりません。ところが、実際には従来からのやり方、流儀から抜けきれず、国の指導や意向を気にしたり、厳しい見直しやスクラップをせずにだらだらと続けたり、従来の仕事ぶりを惰性で続ける例が依然として見受けられます。個々の行政サービスにはその恩恵を受ける人たち、ビジネスにしている人たちもいるので、廃止や見直しに対する抵抗が大きいことも影響しています。
そういう状況に対して、聖域を設けず大胆に切り込んでいける手法として、「事業仕分け」という手法が有効だというわけです。
「事業仕分け」の内容を、前述の本を使って、もう少し具体的に紹介しましょう。
仕分けのルール1:公開の場で行う。~班に分かれて議論。
住民などが注視するなか、自治体職員が対象となった事業の概要を説明し、その後、評価者との間で質疑応答が行われます。そして、ある程度議論が出尽くし各評価者によるチェックが終わったところで、多数決を行い、班としての結論を出します。このサイクルを、一つひとつの事業について回していきます。
仕分けのルール2:名称ではなく具体的な内容で判断する~実際に何をやっているかをチェック
一見素晴らしい仕事に感じられる○○事業という名称で判断するのではなく、その具体的な内容を聞いて、それが必要なのか、必要なら誰がすべき仕事か、ということを吟味していきます。
仕分けのルール3:現状を「白紙」にして考える~法令や制度はひとまず置き、「そもそも」から考える
法令等の制度に基づいて実施されているものであっても、あえて白紙にして考えます。「現に建物があるのだから維持管理しなければならない」という考え方はダメ、「こんな事業を担える民間事業者は現在いないから行政」という考え方もダメ、「お金がないからできない」という議論もダメ。徹底的に「そもそも論」から議論します。
仕分けのルール4:最終的に「だれの仕事なのか」を考える
「民間」とは、行政が関与せず、民間団体が自ら考え、資金を調達し、自らの責任でやり遂げることであり、行政からの民間委託は含みません。
仕分けのルール5:「外の目」を入れる
事業の要不要を決めるのは当の自治体(首長、議会、住民)であるべきことは言うまでもありませんが、あえてそこを、その地に縁も利害もない外部の人に参加してもらいます。よそものだからこそ持つ「客観的な視点」が重要だということです。
理屈は分かっても、具体的なイメージが沸きにくい、実感しにくいかもしれません。最近、実際に実施された「事業仕分け」で、埼玉県久喜市での取り組みを実地に視察してきましたので、その模様を紹介いたします。
平成19年11月3日(土)、4日(日)の午前9時~午後5時、久喜市役所の会議室で「事業仕分け」が行われました。対象事業は、久喜市の一般会計事業44事業で、評価者・コーディネーターとして、「明日の地方財政を考える会(自治体有志職員の研究会)」メンバー、公募選出の久喜市民、構想日本スタッフが参加されました。
わが家から日帰りで行けるとは言え、電車に1時間半も乗るので往復約4時間の長旅でした。会場の久喜市役所に着いたのは午前11時頃で、すでに白熱した作業が始まっていました。2つの会議室に分かれ、2つの班が同時進行で作業を進めますし、私は土曜だけの見学なので、全体の4分の1弱しか見学することができませんでした。
まず第2会場に入ると、女性のコーディネーターがかなりテキパキと仕切っていました。しばらく観察していると、評価員の能力もかなり重要だなあと感じられました。評価(自分の判断)のためには必要な疑問を質問しなければなりませんが、評価者も本職は公務員なのでつい経験を交えてダラダラと感想・意見を言ってしまうようです。それに対してはこの女性コーディネーターが「単なる意見はやめて下さい」と、ビシッと指導が入りました。
コーディネーターが、説明者に対して「事業が有効である、効果がある、ということを客観的データや事実で説明して下さい」と求めていました。実際には、担当者にとって、効率よく的確な説明を行うことは案外難しいようです。事業内容に関する最初の説明は5分ですが、マイペースでとうとうと説明して5分経過したところで、コーディネーターから「5分経ちました。ポイントに絞って説明して下さい!」と鋭い突っ込みが入ったりしました。例えば「生涯学習推進事業」に対しては、「すべて市民に任せる時期が来ているのではないか。公費の負担はなくとも市民の手でやれるのではないか」とか、「生涯学習は言葉はきれいだが、個人の趣味にどこまで公費を投入するのか、どうやって還元してもらうのか、「あー、楽しかった」で終わらせてよいのか」「市としての目標値を示すべき」などと鋭い突っ込みがあり、それに対して説明者は実直だが凡庸な職員という感じで、質問に対して的外れの答えを乱発していました。また、公募市民の評価者が、生涯学習施策への期待を込めてコメントしたのに対して、コーディネーターが「評価者は個人としての評価ではなく、市の事業を分かっている市民の立場から評価するようお願いします」との指導が入りました。なお、このコーディネーター役を務めた女性は、前述の「入門「行政の事業仕分け」」でもエキスパートからのメッセージのところでトップバッターで実名で登場する方ですが、神奈川県厚木市役所課長のSKさんという方です(すごい方です!)。
しばらくして第1会場の方に移動してみました。第2会場の迫力と緊迫感にはびっくりさせられましたが、第1会場の雰囲気がそれとはかなり違うのでまた驚きました。評価員もコーディネーターも感想を頻繁に口にしており、半ば雑談のようなものも交わされていました。第2会場で学んだように「評価のために不明な点を解明するとか、重要なポイントを指摘して回答を聞く」という形には必ずしもなっていませんでした。むしろ、評価員の行政実務経験に基づいた意見、質問をしているような、あるいは追求型、批判型になっているような印象を受けました。
ここまでの印象では、第2会場の方がはるかに素晴らしいと思われましたが、改めて第2会場に戻ってしばらく観察してみると、不思議なことに第1会場の「良さ」も再認識されてきました。どういうことかと言うと、第1会場では、かなりよく分かっている財政主査がいきなりツボに切り込む意見・指摘をして、実のある質疑になっているような構図であるのに対して、第2会場では、内容をあまり知らない人がスジ論で議論を吹っ掛けているようで、議論が噛み合わない面が出てくるのだが、そのズレは必ずしも成果に結びつかない不毛な側面もあるし、生産的でない時間が浪費されている、という印象を受けました。具体的に紹介すると、図書館の蔵書収集方針に関して、「重点方針を端的に答えて下さい」と求めたのに対して、説明者が「もちろん重点方針はあるが、端的に、とか、極端なものではない」と回答すると、質問者側が不満を表明し、説明者は答えるべきことを誠実に答えているのに理解されずにストレスが高じる、という構図が見られました。また、司書の高齢化とそれへの見解を尋ねられ、説明者がその趣旨を理解できない様子を示すと、コーディネーターは「そういう受け止めがよろしくない」と批判的に見ている様子がありありでした。説明者が「今回は維持管理と自主事業が事業仕分けの対象のはずだが」と主張すると、コーディネーターは「誤解をしてもらっては困るが、事業仕分けの議論をするために必要なこととして聞いているので、どんな準備をしてきたか分からないが、可能な限り答えてほしい」と冷たく?突き放していました。コーディネーターが「そもそも図書館をどうしていくかを議論したい」と言いながら、しかし、具体的に何を聞くのかが漠然としていて、その辺が噛み合わない原因のようにも感じられました。
私の受けた印象では、説明者側の図書館職員の受け答えは決して不誠実でも不十分でもないのだが、評価者が求めるような、意欲的で大胆な方針を持っておらず、また、それでいいと思っている(図書館とはそういうものだと思っている)し、そこまで根本的なところまで事業仕分けの俎上に載せていないという前提で対応している、そのズレを、両者が埋められないまま、生産的でないやり取りが続いているように見えました。
たまたま、私も最近「図書館」に関心を持ち、全国図書館大会に参加するなどして感じたのですが、図書館業務従事者が長年やってきた経験やノウハウ、試行錯誤の実績があり、それを踏まえないと議論が成立しにくいのに対して、評価者の質問や指摘は的外れで、底が浅いものが多いように感じられました。図らずも、「事業仕分け」にも、間違い、限界、危険性があるということが分かった、いい事例だったと思います(評価者からはお前(村主)が間違っている!と言われるかもしれませんが)。
限られた時間ではありますが、数時間の本物の作業を見せてもらい、「事業仕分け」というものがかなりよく理解できました。私なりに学んだ点を以下に整理しておきます。
○コーディネーターの能力、やり方が非常に重要である。評価員の評価能力も同様に重要である。
→コーディネーターと評価員の力量と手法が、成果を決定的に支配することは非常に重要なポイントだと思います。
○評価作業のルールの明確化とその遵守も重要である。
→評価する側とされる側の立場の差は歴然とあります(まるで象とアリのように)。公平で適切なルールが守られないと、「評価の暴力」になりかねません。非常に危険です。
○評価の対象事業の選定も重要なポイントである。
→自治体の全事業を対象とすることは物理的にできません。今回の久喜市の場合、44事業を1事業を30分程度で、2日間でこなすスケジュールでした。評価者と説明者のやり取りを聞いていると、この事業はそもそも事業仕分けの対象に選ぶべきではなかったのでは?と思えるものもあり、どの事業を選ぶかはノウハウがありそうです(しかし、恣意的な選定をするのもよくないような気もします)。ある評価者の後日談では、「44事業の選定基準は、久喜市で行っている事務事業評価の中で「市以外でもできる事業」となったものが中心だそうで、明確とは言えない」と指摘し、「事業選択の基準が改革推進課の曖昧な判断により行われている、ということにならないか」、また「(事業の)選定において住民の意思が反映される仕組みも検討の余地があるのではないか」とコメントしています。ちなみに、今回、久喜市のテーブルに載せられた44事業は、一般会計予算総額約206億円の3%に過ぎないとか。
○評価結果の活かし方も重要。
→評価チームは「いる・いらない」等の判断をする権限を持たないので、評価結果は、いわば「参考意見」に過ぎません。とは言え、「不要」という結論が出れば重い影響を与えます。久喜市では「仕分けの結果は、平成20年度以降の予算編成やアウトソーシングの推進等に反映させる基礎資料として活用します」としていますが、それを妥協せず、的確に敢行することは結構大変ですし、難しいでしょう。首長と担当部の責任者の決意がカギを握りそうです。まあ、その辺も構想日本が指導・助言するのかもしれませんが。
○公募市民が評価者に加わることはいいことだと思うが、プロ?の評価員との経験、力量の差は歴然としてあるので、求められる役割を果たせるよう十分な配慮・工夫が必要である。
→実際のところ、公募市民の評価者はほとんどしゃべれなかったですね。気の毒な気もしました。
○評価員を務めた人たちは、何のために、なぜ、こんな活動をしているのだろうか!?
→自己満足?自己実現?活動そのものが自己目的?キャリア?正義感?
→誤解のないように言い訳しておきますが、決して皮肉や批判を言うつもりは全くありません。非常に貴重でありがたい存在だと思いますが、本業以外の部分でものすごいエネルギーと時間を費やしているので、素朴に「何故?」と聞きたくなってしまいました。
○説明者のうしろには部長や課長も座っていたが、基本的に説明者一人が一手に対応していた。この形はスピーディでよいと思います(たぶんそういうルールになっているのでしょう)。
改めて全体を総括すると、この「事業仕分け」、優秀でしっかりしているところ(今のところ「構想日本」しかないのかもしれませんが)に作業を委託するのはもちろんのこと、委託する側も相当に腹をくくって、ルールを厳守し、担当部局が真摯に積極的に対応し、結果を最大限尊重する(議会などの外野の雑音に惑わされないこと!)ことで、非常に非常に絶大な効果があるだろうと実感、確信いたしました。「逃げやごまかし」が入ると、途端に効果が薄れてしまいます。事業仕分けによる切り込み、批判を歓迎しない、喜ばない人は必ずいますから、横やりや邪魔をされないように気をつけなければいけません。逆に、悪用、濫用することの危険性も十分に認識して、間違った使い方、恣意的な使い方がなされないよう、気をつける必要もあります。
首長が交替したときに、新しい方針のもとで大胆な財政改革と新規施策に取り組むために、この「事業仕分け」がもの凄い武器になるように思われます。事務事業の内容に不慣れで詳しく知らない新人首長が、その本質を鋭く理解するための強力な手段としても使えそうですね。


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