地域ブランドを活用した地域活性化
「平成の大合併」後の市町村における大きな関心事は「地域振興」だと言われているようです。近年はいわゆる「地域ブランド」が注目を浴び、地域振興の有力な手段として、それに関わる取り組みをしている市町村が増えているようです。
財団法人日本都市センターが2006年度に「合併市町村における地域ブランド戦略に関する調査研究」を行い、その成果を『新「地域」ブランド戦略』(関 満博、日本都市センター編、日本経済新聞社)として出版しています。
平成19年11月9日に開催された第8回東京財団フォーラムは、「地域ブランドを活用した地域活性化――合併市町村の事例から」と題して、一橋大学大学院商学研究科の関 満博教授と前(財)佐世保観光コンベンション協会課長の永井美穂子氏を招いて行われ、自治体職員を中心に150名余が参加しました。
■基調講演~一橋大学大学院商学研究科教授 関 満博氏
平成の大合併によって、99年に3,250あった市町村は1,800に減ったが、特に村は600から190へと3分の1に激減した。このプロセスにおいて、分解が起きた。
①自立する村→合併を選択しなかった(例えば原発村)、②難物→合併できなかった(例えば外洋の離島など)、③両者の真ん中→すべて合併された(飲み込まれた)。三者いずれも課題があるが、真ん中の村が、見えにくいのだが、一番難しいのではないか。
今、注目している村がある。それは岡山県新庄村。住民基本台帳では1,100人だが、実際には1,000人を切っている。江戸時代は出雲街道の通り道として栄えた、中国山地のど真ん中。今も江戸時代の宿場町が残っている(長さにして300mくらい)。凱旋桜の桜祭りが有名。桜の名前は、1955年に日露戦争に勝った記念でつけられた。土日は3万人の来客で賑わう。露店は出るが、いわゆるテキ屋がいない(別のところに出る)。これはすべて地元でやっているから。
今回の合併には加わらなかった(参加を拒否した)。真庭郡の9町村で合併し、真庭市になった。合併しなかった理由は、①辺境の辺境だから見捨てられる、②ダムの固定資産税で何とかなる、③国保が赤字ではない(人口1,000人、高齢化率4割の村なのに!→それは高齢者がみな仕事をしているから)。
20年ほど前の、2代前の渡辺村長が優れた指導者だった。農地が100haしかなくて、半分の50haはヒメノモチ(もち米)を作っていた。何かやれ!と号令をかけたら、男はみな尻込みしたが、60過ぎの女性4人が乗り出した。80年代中頃だが、4人が5万円ずつを出資した(これまでに一人あたり60万円出資している)。最初は60kgの収穫からのスタートだったが、昨年は6t(100俵)にまで伸びた。出口(販売ルート)は「ふるさと便」と道の駅。これがきっかけとなって漬け物など幾つかのグループが生まれた。コミュニティビジネスは山村に向いていると思う。「特別村民」制度があり、1,000人いる(モチだけの会員は2,000人)。こういう制度はどんどん減っているものなのに、1,000人を維持している。
農産加工場が3カ所にある(モチ、みそ・醤油、煮物)。電気・ガス・水道の実費だけ払えば、村民なら誰でも使える(メーターを見て自分で記入する)。
道の駅は、小さいが、並べているものは基本的に村の産品。魅力的な産直だ。放牧場も自分たちで作ってしまう。無駄なお金をかけない。
村の産業振興課長がしみじみと「合併しなくてよかった!」と言っている。他の町村では祭りもできなくなっているとのこと。広域のゴミ収集は、新市から従来の5倍を請求された。これから調整だと村長は張り切っていた。
(まとめ)
自立する村、難物の村、合併した村の3とおり、それぞれに問題を抱えている。自立した村をどう生かしていくか、課題である。難物の村、これは自立か合併しかない。外洋の離島は1島1町しか無理。離島として自立する仕組みを作っていくしかない。フルセットは無理だ。さて、問題は合併した村で、ここは「見えなくなってしまう」。島根県の旧匹見町(現在は益田市に合併)は、「過疎」「過疎法」という言葉が生まれたところ。38豪雪が有名。かつて8,000人いた村が今では2,000人。林業(枕木)で生きている。イノシシの年間捕獲数は1万頭。83歳の社長がいる(さいとうそのさん)。
すごいブランドが生まれて、全国でガンガンやっていく必要はない。自分たちが誇りを持てればそれでよい。
■講演―具体事例の紹介― 前(財)佐世保観光コンベンション協会課長 永井美穂子氏
現在、墨田区両国に住んでいる。この春結婚したが、関先生が東京に住むなら墨田区だ!と強く勧めてくれたので。もともとは長崎県佐世保市の職員。
今、佐世保ではハンバーガーと牡蠣で売り出している。「佐世保バーガー」と「九十九島かき」である。佐世保と言えば、一般のイメージは「基地と造船のまち」ではないだろうか。マクドナルドが銀座三越に日本の1号店を出したのが昭和46年7月20日だが、その20年前から佐世保にはハンバーガーがあった。
平成15年、NHKの「てるてる家族」で取り上げられ、一躍注目を集めた。キャラクターを(アンパンマンの)やなせたかし氏に作ってもらった。「バーガーマップ」を平成13年に5,000部作った(今では25万部)。手作り感とレパートリーの豊富さが特徴。「米軍→ハンバーガー」というわかりやすいメッセージが効果あった。佐世保では、飲んだ後にハンバーガーを食べるのが一般的(カルチャーショックを受ける人もいる)。
普及するにつれてイカサマも増えてきた。せめて佐世保市内だけは水準を守ろう、ということで、認定委員会を立ち上げた。
牡蠣の方は、水揚げ量が平成13年の310tから平成17年の700tへ増えた。生産者も11人から21人への増えている。後継者が帰ってきた例もある。市民が口コミでPRしてくれている。
日本政策投資銀行の藻谷さんが「佐世保は神戸を目指してはどうか」と言ってくれた。神戸は、市内の各地がそれぞれに頑張っていて全体として「神戸ブランド」をアピールしている。
関教授のコメント
永井さんには墨田区に住んでもらって、区の産業振興会議に入ってもらった。
全国の自治体は、今まで産業政策などやってこなかったのに、急に「自立だ」と言われて戸惑っている。今までちゃんとやっていたのは、30自治体(3,000の1%!)だった。まず何をするかということで、金がかからないので「地域ブランド」に飛びついた。ほとんどの町で、パンチのある材料、資産はないのが現実だ。その中で何とかなりそうなのが「食」。
1.農水産物そのもの→なかなか無い。例:夕張メロン。
2.加工食品
地域食材加工品型 伝統的加工品 日本酒、信州そば、紀州梅干
加工品開発型 ヨーグルト、ワイン、ハム、地ビール
B級グルメ まちにお招き型 お好み焼き(広島)、餃子(宇都宮)、ラーメン(喜多方)、焼きそば(富士宮)
テーマパーク型 ラーメン博物館(新横浜)、立川の中華街、自由が丘スイーツフォレスト
→本物になるのは難しい
アンテナショップや物産展も盛んであり、年々レベルが上がってきている。でも、これは疑似体験に過ぎない。
(永井美穂子さんのことを指して)こういう命がけで頑張る人がいないと、無理!そういう人をいかに生み出すか!?最後に詰まるところは人材だ。
水俣市役所職員の吉本さんは、「ないものねだりではなく、あるものさがしを」と言って頑張った。マイナスも資源だ、誰でも飛ぶ前にはしゃがむだろう、と。宮崎県から視察団が来た時に「コツは何でしょう?」と聞かれて、吉本さん「出世を考えないこと!」と答えたとか。
富良野市の「食のトライアングル研究会」。市役所のまつのけんごさん。
会場からの質疑応答
Q(町田市のSさん)自治体を変えていくにはどのくらいの期間がかかるか。
A(関教授)最初の5年間は関係者の意識改革。次の5年で変わる。計10年。ずっと指導してきている島根県が今一番生き生きしている。
Q(早稲田大学大学院のKさん)修士論文のために研究しているが、地域ブランドで活性化を図る指標は何か。
A(関教授)数字はない。東京で考えてもダメ。現地に身を置いて汗をかかないと良い修論は書けないよ。
Q(?)まずリードするのは行政であることが多いと思うが。
A(関教授)ダメなのは担当者が3年で替わること。最低10年は置いてほしい。また、次を育てるため、10~15年若い人を最初から一緒にやらせてほしい。
こんな感じのやりとりでした。私も、出身地の津を例に挙げて質問をしようかと逡巡していたところ、後ろの方から津市東京事務所の者だと名乗る人が質問に立ったのでびっくり!フォーラムが終わってからその人と名刺交換をしました。意欲的にこういう場に参加して勉強しているんだとか。フォーラム自体も素晴らしかったですが、人脈という点でもひとつ思わぬ収穫があった次第です。
帰りがけに、冒頭で紹介した『新「地域」ブランド」戦略』を含め数冊の本を会場で買いました。関満博氏からは、もっともっと学ぶ必要がありそうです。
