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2008年3月 1日 (土)

地域ブランドを活用した地域活性化

平成の大合併」後の市町村における大きな関心事は「地域振興」だと言われているようです。近年はいわゆる「地域ブランド」が注目を浴び、地域振興の有力な手段として、それに関わる取り組みをしている市町村が増えているようです。
 財団法人日本都市センターが2006年度に「合併市町村における地域ブランド戦略に関する調査研究」を行い、その成果を『新「地域」ブランド戦略』(関 満博、日本都市センター編、日本経済新聞社)として出版しています。
 平成19年11月9日に開催された第8回東京財団フォーラムは、「地域ブランドを活用した地域活性化――合併市町村の事例から」と題して、一橋大学大学院商学研究科の関 満博教授と前(財)佐世保観光コンベンション協会課長の永井美穂子氏を招いて行われ、自治体職員を中心に150名余が参加しました。

■基調講演~一橋大学大学院商学研究科教授 関 満博氏
 平成の大合併によって、99年に3,250あった市町村は1,800に減ったが、特に村は600から190へと3分の1に激減した。このプロセスにおいて、分解が起きた。
 ①自立する村→合併を選択しなかった(例えば原発村)、②難物→合併できなかった(例えば外洋の離島など)、③両者の真ん中→すべて合併された(飲み込まれた)。三者いずれも課題があるが、真ん中の村が、見えにくいのだが、一番難しいのではないか。
 今、注目している村がある。それは岡山県新庄村。住民基本台帳では1,100人だが、実際には1,000人を切っている。江戸時代は出雲街道の通り道として栄えた、中国山地のど真ん中。今も江戸時代の宿場町が残っている(長さにして300mくらい)。凱旋桜の桜祭りが有名。桜の名前は、1955年に日露戦争に勝った記念でつけられた。土日は3万人の来客で賑わう。露店は出るが、いわゆるテキ屋がいない(別のところに出る)。これはすべて地元でやっているから。
 今回の合併には加わらなかった(参加を拒否した)。真庭郡の9町村で合併し、真庭市になった。合併しなかった理由、①辺境の辺境だから見捨てられる、②ダムの固定資産税で何とかなる、③国保が赤字ではない(人口1,000人、高齢化率4割の村なのに!→それは高齢者がみな仕事をしているから)。
 20年ほど前の、2代前の渡辺村長が優れた指導者だった。農地が100haしかなくて、半分の50haはヒメノモチ(もち米)を作っていた。何かやれ!と号令をかけたら、男はみな尻込みしたが、60過ぎの女性4人が乗り出した。80年代中頃だが、4人が5万円ずつを出資した(これまでに一人あたり60万円出資している)。最初は60kgの収穫からのスタートだったが、昨年は6t(100俵)にまで伸びた。出口(販売ルート)は「ふるさと便」と道の駅。これがきっかけとなって漬け物など幾つかのグループが生まれた。コミュニティビジネスは山村に向いていると思う。「特別村民」制度があり、1,000人いる(モチだけの会員は2,000人)。こういう制度はどんどん減っているものなのに、1,000人を維持している。
 農産加工場が3カ所にある(モチ、みそ・醤油、煮物)。電気・ガス・水道の実費だけ払えば、村民なら誰でも使える(メーターを見て自分で記入する)。
 道の駅は、小さいが、並べているものは基本的に村の産品。魅力的な産直だ。放牧場も自分たちで作ってしまう。無駄なお金をかけない。
 村の産業振興課長がしみじみと「合併しなくてよかった!」と言っている。他の町村では祭りもできなくなっているとのこと。広域のゴミ収集は、新市から従来の5倍を請求された。これから調整だと村長は張り切っていた。
(まとめ)
 自立する村、難物の村、合併した村の3とおり、それぞれに問題を抱えている。自立した村をどう生かしていくか、課題である。難物の村、これは自立か合併しかない。外洋の離島は1島1町しか無理。離島として自立する仕組みを作っていくしかない。フルセットは無理だ。さて、問題は合併した村で、ここは「見えなくなってしまう」。島根県の旧匹見町(現在は益田市に合併)は、「過疎」「過疎法」という言葉が生まれたところ。38豪雪が有名。かつて8,000人いた村が今では2,000人。林業(枕木)で生きている。イノシシの年間捕獲数は1万頭。83歳の社長がいる(さいとうそのさん)。
 すごいブランドが生まれて、全国でガンガンやっていく必要はない。自分たちが誇りを持てればそれでよい

■講演―具体事例の紹介― 前(財)佐世保観光コンベンション協会課長 永井美穂子氏
 現在、墨田区両国に住んでいる。この春結婚したが、関先生が東京に住むなら墨田区だ!と強く勧めてくれたので。もともとは長崎県佐世保市の職員。
 今、佐世保ではハンバーガーと牡蠣で売り出している。「佐世保バーガー」と「九十九島かき」である。佐世保と言えば、一般のイメージは「基地と造船のまち」ではないだろうか。マクドナルドが銀座三越に日本の1号店を出したのが昭和46年7月20日だが、その20年前から佐世保にはハンバーガーがあった。
 平成15年、NHKの「てるてる家族」で取り上げられ、一躍注目を集めた。キャラクターを(アンパンマンの)やなせたかし氏に作ってもらった。「バーガーマップ」を平成13年に5,000部作った(今では25万部)。手作り感とレパートリーの豊富さが特徴。「米軍→ハンバーガー」というわかりやすいメッセージが効果あった。佐世保では、飲んだ後にハンバーガーを食べるのが一般的(カルチャーショックを受ける人もいる)。
 普及するにつれてイカサマも増えてきた。せめて佐世保市内だけは水準を守ろう、ということで、認定委員会を立ち上げた。
 牡蠣の方は、水揚げ量が平成13年の310tから平成17年の700tへ増えた。生産者も11人から21人への増えている。後継者が帰ってきた例もある。市民が口コミでPRしてくれている。
 日本政策投資銀行の藻谷さんが「佐世保は神戸を目指してはどうか」と言ってくれた。神戸は、市内の各地がそれぞれに頑張っていて全体として「神戸ブランド」をアピールしている。

関教授のコメント
 永井さんには墨田区に住んでもらって、区の産業振興会議に入ってもらった。
 全国の自治体は、今まで産業政策などやってこなかったのに、急に「自立だ」と言われて戸惑っている。今までちゃんとやっていたのは、30自治体(3,000の1%!)だった。まず何をするかということで、金がかからないので「地域ブランド」に飛びついた。ほとんどの町で、パンチのある材料、資産はないのが現実だ。その中で何とかなりそうなのが「」。
1.農水産物そのもの→なかなか無い。例:夕張メロン。
2.加工食品
  地域食材加工品型 伝統的加工品 日本酒、信州そば、紀州梅干
           加工品開発型  ヨーグルト、ワイン、ハム、地ビール
    B級グルメ   まちにお招き型 お好み焼き(広島)、餃子(宇都宮)、ラーメン(喜多方)、焼きそば(富士宮)
                    テーマパーク型 ラーメン博物館(新横浜)、立川の中華街、自由が丘スイーツフォレスト
                                  →本物になるのは難しい
 アンテナショップや物産展も盛んであり、年々レベルが上がってきている。でも、これは疑似体験に過ぎない。
 (永井美穂子さんのことを指して)こういう命がけで頑張る人がいないと、無理!そういう人をいかに生み出すか!?最後に詰まるところは人材だ。
 水俣市役所職員の吉本さんは、「ないものねだりではなく、あるものさがしを」と言って頑張った。マイナスも資源だ、誰でも飛ぶ前にはしゃがむだろう、と。宮崎県から視察団が来た時に「コツは何でしょう?」と聞かれて、吉本さん「出世を考えないこと!」と答えたとか。
 富良野市の「食のトライアングル研究会」。市役所のまつのけんごさん。

会場からの質疑応答
Q(町田市のSさん)自治体を変えていくにはどのくらいの期間がかかるか。
A(関教授)最初の5年間は関係者の意識改革。次の5年で変わる。計10年。ずっと指導してきている島根県が今一番生き生きしている。
Q(早稲田大学大学院のKさん)修士論文のために研究しているが、地域ブランドで活性化を図る指標は何か。
A(関教授)数字はない。東京で考えてもダメ。現地に身を置いて汗をかかないと良い修論は書けないよ。
Q(?)まずリードするのは行政であることが多いと思うが。
A(関教授)ダメなのは担当者が3年で替わること。最低10年は置いてほしい。また、次を育てるため、10~15年若い人を最初から一緒にやらせてほしい。

 こんな感じのやりとりでした。私も、出身地の津を例に挙げて質問をしようかと逡巡していたところ、後ろの方から津市東京事務所の者だと名乗る人が質問に立ったのでびっくり!フォーラムが終わってからその人と名刺交換をしました。意欲的にこういう場に参加して勉強しているんだとか。フォーラム自体も素晴らしかったですが、人脈という点でもひとつ思わぬ収穫があった次第です。
 帰りがけに、冒頭で紹介した『新「地域」ブランド」戦略』を含め数冊の本を会場で買いました。関満博氏からは、もっともっと学ぶ必要がありそうです。

2008年1月17日 (木)

なぜ医師が消えてゆく~地域の医療現場の悲鳴~

 最近の医療に関する報道と言えば、医療事故に関するものがたくさんありましたが、ごく最近は医師不足医療現場の崩壊に関する記事をよく目にします。
 わが国の公的な医療制度は、これまで「国民皆保険」と「フリーアクセス制」に基づき、誰もがどこに住んでいても安心して必要な医療サービスを受けられる医療提供システムの構築が進められてきました。しかし、医師不足や医師偏在の問題、また赤字病院の急増などによって、医療機関の縮小や閉鎖・統廃合が相次いでおり、受診できる診療科やそもそも医療機関がない地域が増え、いわゆる「医療難民」や救急患者の受入拒否といった問題が起こっています。
 平成19年10月31日、構想日本が主催する「J.I.フォーラム」(第123回)が、「なぜ医療が消えてゆく~地域の医療現場の悲鳴~」というテーマで開催されました。コーディネーターは朝日新聞編集委員の田辺功氏、討論者は、河北総合病院理事長の河北博文氏、日本赤十字社医療センター女性診療科副部長の木戸道子氏、岩手県宮古市長の熊坂義裕氏、岩手県立中央病院名誉院長・全国自治体病院協議会顧問の樋口紘氏、鶴岡市立庄内病院院長の松原要一氏、という面々です。
 今回は有料(参加費2,000円)のフォーラムでしたが、パネリストもその発言も充実しており、出費に見合う?成果が得られたように思います。医療の現場が抱える問題が臨場感を持って伝わってきました。早く有効な政策を打たなければならないと痛感した次第です。
 では、壇上の発言を順次紹介いたします。

 まずは、一巡目の発言。
熊坂義裕氏(岩手県宮古市長)
 勤務医を10年、開業医を10年、市長を10年やった。勤務医のときは「激務が当たり前」だった。開業医となり昼食がとれるようになった。そして市長になって、夜起こされなくなった。こんなに幸せなのか!と感動した。
 これは国の政策の誤りである。医師は絶対的に不足している。日本は192ヶ国中62位。開業医は楽をしている。私の場合も、借金を返せたし、夜も眠れるようになった。医師も看護師も増やすべきであり、医療費も増やすべきだ。
樋口紘氏(岩手県立中央病院名誉院長・全国自治体病院協議会顧問)
 医師が人口10万人当たり150人という目標からスタートした。そのために1県1医大を進めた。厚生労働省は「医者を増やすと医療費が増える」と言い、日本医師会は「医者を増やすと1人当たりの収入が減る」ため、両者の利害が一致して「医者は過剰だ」と言っている。最近では、地域の偏在を解消しなければならない、などと生ぬるいことを言っている。
松原要一氏(鶴岡市立庄内病院院長)
 県立病院から市立病院に移った。鶴岡市は人口10万人の陸の孤島である。そこで520床の新病院を完成させた。患者が多く職員が少ない病院。「連携」をキーワードに掲げ、お金をかけてIT化をした。救急車は断らず、何でも受け入れる。完全紹介予約制。外来の収入が1億5000万減ると入院が2億増える。
河北博文氏(河北総合病院理事長)
 自分は病理学が専門だが、病理学でも「社会病理学」が専門(?)。かつて日本病院会の副会長で行政担当、政治担当だった。我が国において立法は85%が政府提案であり、行政が主導権を握っている。病院団体の意思が全く反映されない。すべて厚生省と医師会の意見だった。
 1985年、地域医療計画制度ができた。しかしこれは計画性はなく、既存の病床を認めただけのもの。
 医療機能評価機構の専務理事に就任。医療安全が重要になっていたが、政策的に全く対応されていなかった。
 アメリカのメディカルスクールでは、学卒者の中から適任者を進学させる。そして、初日から臨床教育に入り、4年間徹底してやる。日本にも素晴らしい臨床教育をしている病院はある(室蘭の○○病院)。都内の公立病院は、談合しているものは閉鎖してでも地域に出すべきだ。
木戸道子氏(日本赤十字社医療センター女性診療科副部長)
 医師不足というが、急に供給がストップしたわけではない。たらい回し報道は誤解に基づいている。受けられるものは受けたいと考えている。医師がベストを尽くしても、結果的に訴訟されることもある。免責制度を導入すべき。
 夜間、2人でやっているが、昼と夜とでは全然体制が違う。昼と夜を同じ条件にすることを提案したい。

 2巡目に入りました。コーディネーターから「過酷な勤務の例は?」との問いかけに・・・・。
松原要一氏
 庄内病院の医者の半分は新潟大学から派遣されてくる。これを引き上げられればお手上げなのだが、新たに来る医者は大抵、半年から1年で過労で入院する。そして耐えられなくなって開業するとその患者もついていってしまう。
熊坂義裕氏
 医師の定員を抑制したのは厚労省の政策の誤りだ。イギリスではブレア政権が過去の誤りを改めて、一気に医師の数を1.5倍にした。
樋口紘氏
 H19.3に発表された5,600人の医師に関するデータだが、1週間の勤務時間が44時間未満が4%、48時間以上が70%というのが実態。ちなみに、キャリア公務員の勤務時間は40時間であり、トラック運転手も40時間である。最近では、インフォームドコンセントや保険など、手続きが非常に煩雑になっているし、会議も多くなっている。
河北博文氏
 確かに会議が多いこれらすべての業務を医師が独占する必要があるのか、と思う。麻酔について言えば、アメリカでは麻酔看護師、麻酔士がいて、医師が指導しながら麻酔を行っている。もっと他の資格に委ねてもいいのだが、現状ではそういう議論すら出てこない。
田辺功氏
 それに反対してきたのが医師会ですよ。病院会ではどういう対応を?
樋口紘氏
 物価上昇に対して診療報酬が抑制された。国債30兆円を超さないために5,600億円の圧縮が医療に向けられ、半分は国が負担し、半分が病院に割り当てられたために、ほとんどの病院で赤字になった。

診療科ごとの偏在について
河北博文氏
 医学部卒が医者にならない。マッキンゼーの採用面接に医学部卒が25人も来たという。医療に魅力がなく、疲弊しているのが現実だ。医者一人育てるのに年間1,500~1,700万円も要しているのに。
熊坂義裕氏
 「そんなに医者が不足しているのなら医者に戻れ」と口の悪い市民に言われる(冗談?)。産婦人科や小児科が医師不足で注目されてきたが、東北大学の調査によれば不足の一番は内科だそうだ。
河北博文氏
 かかりつけ医制度というのがある。20年前に私が打ち出したとき、全面的に否定したのは医療側だ。家庭医療学を学んだ医者が「家庭医」。単に掛かっているのがかかりつけ医ではないのだ!家庭医を今一度見直すべき
松原要一氏
 それは実に正論だが、マスコミが誤った報道をしている。実現するのはいつのことやら!国民の意識を変える、政策も変える、ということが強く求められる。一人がやるべきこと、地域でやるべきこと、それぞれある。一番変えるべきは「意識」だ。
 うちの病院では、お産の要請は他の全ての手術をやめてでも、すべて受け入れている(市立病院も救急隊も市の職員だから当然、という考え)。医者3人で200人を受け入れており、うち80件は帝王切開だ。
河北博文氏
  うすだ町の佐久総合病院(あかつき先生)は、地域医療のあるべき姿だと思う。ちゃんとやっている医療をしっかりと評価すべきだと思う。広告は禁止されていたが、広報はすべきだった
樋口紘氏
  なぜ医者が消えるのか。医学は Public Mission なのだが、医者も一人の人間であり、一生懸命やっても結果が悪いこともある。だから、楽な方に行ってしまう。好きなところで好きな医療をやってよいという制度がいけない。医者一人に4,000万~7,000万の税金が入ってるんだ。

田辺功氏
  僻地勤務の義務づけについてはどう考えるか。
木戸道子氏
 食わず嫌いの面もある。もっとロングスパンでキャリアを考えるべきだ。
樋口紘氏
  公立病院の67%が赤字だがそれを分析をしてみると、開業医のいないところに立地している。他の病院ではやれないために、やらなければならないのが公立病院。救急医療や結核用ベッドなど、患者が来るかどうかわからないのに医師、看護婦、検査技師を配置しておけば、赤字になるのは当たり前
河北博文氏
  医療はシステム化しなければならない。属人的な努力で何とかすべきものではないだろう。
田辺功氏
  歯科医を教育して医師にする案があるが、これについてはどう考えるか。
熊坂義裕氏
 それは、今のままでは悲観的にならざるを得ないので思いついたアイデア。都会と田舎では違う。地域では、病院がなくなると地域そのものがなくなってしまうこれは行政の責任だ。赤字という言い方はしたくないが・・・・。行政でできることはすべてやっている。それでも一自治体の工夫でカバーできないところがある。
木戸道子氏
 私は子どもが3人で、夫も勤務医。同じようにできない女性もいる。ペーパードクターもいる。このような女性医師を再研修する場が少なく、再び常勤医になるのは難しいのが現実。院内保育所があれば解決するというものではなく、それが必要な状態こそがおかしい。
田辺功氏
  交替制についてはどう考えるか。これは夢のまた夢であって、交替なんてできないと聞く。医局には弊害もあったが、医師の配置については機能してきた。
 ネックは定員だ。総務省が5%減らせなどと、なぜ公営企業のことを病院に当てはめて言うのか!せめて病院は別枠にしてほしい。しかも、医者だけ雇ってもダメなのであって、バックアップの人がいるのだ。
樋口紘氏
  私のところで以前、地域医療部を設け、何人雇ってもいいことにした。県出身で県外の医学部を卒業する学生を引き戻すことが重要だ。
河北博文氏
  こういう議論をしていると、我が国は「鎖国」なのではないか!と思う。言葉の問題もあるが、日本語が出来なくてもできる医療はある。そろそろ外国から有資格者を受け入れるべき。日本人と同じ給与で雇えば、社会不安を起こすことはない。
熊坂義裕氏
  岩手医大で例がある。中国医大(旧満州医大)から日本語ペラペラの医者を招へいした(ただし、研修として)。
田辺功氏
  行政の方はどうか。
熊坂義裕氏
  行政は現場を知らない。政治家もそうだ。だいたい1~2年遅れて政治家が気付くものだ。医療費の増大の最大の原因は医学の進歩である。これからの10~15年の医療は、ますます悲惨になっていくだろう。マスコミも分かっていない。GDPが2位の我が国で医者の数が63位というのはおかしい!医者が増えて反対する国民はいないはずだ。
河北博文氏
  国民負担率は、アメリカとともに低い。アメリカは企業負担が入っていないので、これを含めると、日本が圧倒的に低くなる。当選することしか考えない政治家が(負担率は)低ければ低いほどいいと思っている。そういう議論をもっとすべきだと思う。行政の仕事は所得再配分機能だ。資産の再配分としてやったことと言えば、農地解放、農業への補助、公共事業である。

会場からの質問
Q.医療を取り巻く法体系の整備が重要ではないか。
A(樋口紘氏)
 第三者が公表する流れになっている。医者の皆さんは後ろ向きであり、萎縮医療になっている。
A(熊坂義裕氏)
 無過失補償制度が早くできるとよいと思っている。また、安楽死、末期医療のあり方もよく考えていくべき。何でも延命では、医療費がかさんでしまう。
A(木戸道子氏)
 最善を尽くしてもダメなことはある。では、難しい火事を消せなかったら、消防士が逮捕されるのか!?。医師はいつも背中に刃を突きつけられている毎日だ。
A(河北博文氏)
 大野病院の問題は、もっと学会がしっかりと意見を言っていくべきだと思う。
Q.(政治家)科別に、大変苦労するところとそうでないところがある。難易度とお金の関係をどう考えるか。
A(河北博文氏)
 いっぱい診療をして収入が上がるところと、なければならない部門とがある。まず基本給は同じにすべき
A(松原要一氏)
  差をつけ過ぎると長続きしない。忙しいのになぜ持つか、というと、権限を与えられ、やる気を発揮できるから。それと、評価
Q.市長を経て現在は国会議員。市長時代は医師会との闘いだった。
A(熊坂義裕氏)
 私は市長であり、医師会会員。協働している。医師会の言うことも分かる。
Q.病院と開業医について。アスクル、セブンイレブンなどは、個人だが企業のシステムでやっている。もっと合理的なシステムを構築すべき。
 医師の立場でアテンディングドクターというのは、日本では難しい。アテンディングシステムがうまく機能するとよいと思う。専門医がゼネラルドクターになり、専門性が失われてしまうので、専門性維持に有効だ。
A(田辺功氏)
  厚労省と医師会がこの20年間、医療がガタガタになることに貢献してきた。
A(樋口紘氏)
 自衛隊も消防士も医師も27万人。いずれも平時の安全保障と言われており、これらは浪費ではなく投資だ。私は、医師は絶対的に足りないと思う。

2007年12月21日 (金)

全国図書館大会に参加して

 最近、「未来をつくる図書館 ニューヨークからの報告」(菅谷明子著、岩波新書)を読み、図書館というものに対する認識(素晴らしさや可能性)が劇的に変わりました(まさに「目から鱗が落ちる思い」)。このような図書館は国内にはないものかと思っていたら、浦安市の図書館が極めて先進的で意欲的であることが分かりました。適当な本を探し出し、「浦安図書館でできること 図書館アイデンティティ」(常世田良著、勁草書房)を読み、今度は浦安市立図書館の素晴らしさに感激しました。市民の自律的な活動や情報提供を推進するには「図書館政策」が極めて重要だという認識を強くしました。さらに何かいい情報がないかと探していたら、「全国図書館大会」というイベントがあり、今年は東京で開催されるということを発見しました。この大会、第1回はなんと1908年に開催されており、それから丁度100年目、戦時中の中断はありますが、今年が第93回という非常に歴史と伝統がある催し物です。これは図書館というものをもっと知るためにはまたとない機会だということで、思い切って参加費用7,000円を払って申し込みました。平日だったので仕事の都合で行けなくなったら痛いなあと懸念していましたが、幸いほぼ全て参加することができました。

 大会は初日に全体会、二日目に分科会という日程でした。登録した参加者数は1,529名という大規模なものでした。
 平成19年10月29日、全体会は日比谷公会堂で行われました。主催者や来賓が挨拶する開会式には間に合いませんでしたが、日本図書館協会理事長による基調講演と井上ひさし氏による記念講演を聞くことが出来ました。
 まずは、日本図書館協会塩見昇理事長による基調報告です。塩見昇氏は、大阪教育大学名誉教授で、学校図書館の研究の第一人者、だそうです。著書には「教育を変える学校図書館」「図書館の発展を求めて 塩見昇著作集」などがあります。講演のポイントは以下のとおりですが、役所に対する批判的な発言もあり、骨のあるお方と見受けました。
○教育基本法の「改正」と進行する教育制度改革
・教育内容への国の関与、教育行政の主導性を強化した新たな教育基本法が制定された。これは、図書館法制を支える中心的な基盤の改変である。
社会教育法図書館法への波及も出てくる。6月まら中教審生涯学習分科会制度問題小委員会で検討中。

○図書館設置基盤、母体の変容
・自治体の大合併が行われ、2006年4月現在で7年前の3,232団体が1,821団体に再編された。その結果、公立図書館設置状況は、市97.8%、町58.4%、村22.3%、全体で71.7%となった。しかし、これは見かけ上の数値アップであり、実質と乖離してしまっている。
・学校社会においても、大学の合併、短期大学の再編・廃校が進んでおり、実質的には後退となっている。

○管理運営、職員構成の多様化
指定管理者制度の導入状況:導入した自治体43、今年度中に導入予定16、来年度以降導入予定50、計109(→1,284自治体の1割未満)。初期の導入を継続すべきかどうか見直す時期を迎えるケースも出てくる。
・静岡市の導入計画は、いったん白紙になり、市教委が図書館協議会でなじまないという表明をした。
・埼玉県北本市議会では、導入中止を求める請願を採択し、市の導入計画を否決した。
・図書館友の会全国連絡会は、中央省庁や地方八団体に対して、
指定管理者制度は図書館の理念になじまず公立図書館に適用しないように求めることを含む要望活動を行った。
・山梨県知事選では、県立図書館の建替え方式が争点になり、PFI方式に否定的な候補が現職を破って当選した。

○IT化の進展と図書館
・国民のインターネット利用状況は、人口普及率が68.5%、利用人口は8,754万人に達する。
・総務省では、本年3月に「新電子自治体推進指針」を策定。
・総務省調査「電子自治体推進のための住民アンケート」において、図書館のオンライン貸出予約が最も高利用(57.4%)であることが明らかとなる。

○連携した図書館事業の推進と図書館ネットワーク
・大学図書館と地元公立図書館との連携が各地で盛んになってきており、石川県では、県立を要にした県内横断検索システムに大学も加わっている。
・鳥取県では、県立を中心に大学、市町村・県関係機関、学校などを網羅する配送システムを確立した。

○学校図書館
・平成19年度から「新学校図書館図書整備5ヵ年計画」が始動した。単年度200億、5ヵ年で1,000億と大幅増額になった。

 続いて、作家井上ひさし氏による記念講演「文化の力 図書館の力」です。井上ひさし氏の講演は散漫な雑談といった風でしたので、特に図書館にかかわりのある部分だけ紹介いたします。非常に濃密な図書館との関わりを持っていることに驚きました。
 上智大学に進学し、夏休みに帰省した際、母の知り合いに岩手県釜石市の図書館長がいて、アルバイトをさせてもらった。遠野市に重要な本を疎開させていたが、それを戻す仕事だった。その仕事をしながら和書300冊を全部読んだ。
 自分は本に線をひくくせがある(注:この点は村主と一緒)ので、自分で本を集めないといけない。ある日、本の重みで家の床が抜けてしまった。その大量の本をどうしようかと思ったが、当時、各地に農村生活改善センターが作られており、そこに13万冊の本を寄贈することにして、農村青年が司書の勉強をしてセンターの2階を図書館にした(名称:遅筆堂文庫)。目的外使用だと怒られたが、どんどんやらせた。そのうち、ガットウルグアイラウンドで作られたもののうち面白い施設ベスト20に選ばれた。農村青年らに「図書館を作るなら、「人が集まるところ」として劇場も作ってくれ」と頼んだ。今も毎年5,000冊くらい寄贈しており、蔵書は20万冊になった。ちなみに、このために投じている私財は年間、古本で2,000万円、新刊本で700万円くらい。

 2日目は、場所を代々木の国立オリンピック記念青少年総合センターに移し、分科会が開催されました。分科会は全部で何と22もありました。当たり前ですが、どれか一つしか参加できないのです。何ともったいない!私は第1分科会公共図書館部会」に参加しました。テーマは「地域を支える情報拠点をつくろう」です。午前中は、地域の情報拠点として、これからの図書館をめざした改革に取り組む東京圏の公立図書館4館の事例発表、午後はそれを受けた形でのパネルディスカッションでした。

■事例発表1「人口10万合併都市の試み-埼玉県ふじみ野市の場合-」
ふじみ野市立大井図書館主任:松本芳樹氏
 発表した松本氏は、14年間上福岡図書館に勤務し、本年4月に大井図書館に異動したとのこと。ふじみ野市は、2005年に上福岡市と大井町が合併して誕生したましたが、旧2町にはそれぞれ図書館がありました。合併前から「相互利用協定」を締結していたので、合併に伴う利用者側の混乱はあまりありませんでした。規模には多少の差があるものの、並列館という位置づけなので、困難なこともあり、解決すべき課題に少しずつ取り組んでいる、という発表でした。発表の中で言及された以下の二つの報告は、どうも図書館関係者にとって非常に重要なもののようであり、要チェックだと思われました。
・「地域の情報ハブとしての図書館像:課題解決型の図書館を目指して」(2005年1月)
・「これからの図書館像:地域を支える情報拠点をめざして(報告)」(2006年3月

ちなみに、両者は略称で「2005年の図書館像」「これからの図書館像」と呼ばれているようです。

■事例発表2「我孫子市民図書館のきめ細やかなサービスと運営の工夫」
我孫子市民図書館館長:池田裕美氏
 我孫子市民図書館は、固定館が3館と移動図書館14ステーションで構成されています。蔵書数38万冊、利用者登録率45%、年間貸出数134万冊、市民一人当たり年間9.9冊の貸出です。
 我孫子地区館が開館した平成14年から始めた新規サービスも、平成18年度には郵送利用が年間50回、宅配サービスが年間301回にまで増えました。
 小中学校の児童生徒への情報発信のために、市内の全小学校の図書館の整備を手伝いました。本棚を先生が日曜大工で作ったり、校長がカーテンをどこからか調達してくるなど、最初の一歩を踏み出すと歯車が回り出していきました。子ども用の本の紹介をホームページで行いました。 図書館利用者に気持ちよく利用してもらえるよう、接遇に気を使い「感じのよい図書館員」を目指しました。バイト用語も禁止しました。大人向けのものもある「お話会」は、職員のスキルアップには効果がありました。
 人員削減されたので、有償ボランティア「市民スタッフ」を募集し、細やかなサービスの充実に努めました。我孫子市では平成18年度から「提案型公共サービス民営化制度」がスタートしました。図書館で採択された事業はまだありませんが、職員はよい刺激を受けているとのこと。
熱意と細やかな気配りに溢れる女性館長を中心に、熱心に取り組んでいる様子がうかがえました。
■事例発表3「横浜市立図書館の財源創出の取組-図書館の広告事業-」
横浜市中央図書館企画運営課調整係長:小野寺紀子氏
 横浜市の広告事業は、アントレプレナーシップ事業からスタートしました。アントレプレナーシップ事業とは、職員自ら提案した事業を、提案者が企画から事業化まで責任をもって推進する仕組みです。横浜市役所全体で、2007年度には、1億4,000万円の広告料収入、経費縮減約5,000万円という成果がありました。
 横浜市立図書館における広告事業の取組みとしては、図書館ホームページのバナー広告(2006年度の収入182万円)、図書貸出票・資料情報の用紙(感熱ロール紙)の裏面への広告掲載(用紙の寄付受け:これまでに120万円を節減)、紙芝居用貸出袋(あらかじめ広告を印刷した袋を企業から寄贈:約70万円の節減)、パンフレットラック(大学案内パンフレット等を配布するラックを設置し、設置料約130万円の収入)といった内容です。
 収入の金額的な成果だけでなく、広告事業を行うに当たり図書館の持つ資産を有効に活用する必要があるため、自らの特徴を客観的に捉え直す機会となったとか、職員に自ら財源を獲得しようという意識が醸成され、予算の有効活用という姿勢が生まれたといった「効果」もありました。

■事例発表4「千代田図書館と地域社会との連携~指定管理者制度による図書館経営~」
千代田区千代田図書館長:田中榮博氏
 新しい千代田図書館は、国と千代田区の庁舎を合築したユニークな事例である「九段第三合同庁舎」の9階、10階に入っており、私も竣工直前に行われた見学会に参加して以前に見ていました。標題にあるように「指定管理者制度」を導入しており、指定管理者は「ヴィアックス・SPSグループ」という民間企業です。この企業は「千代田ゲートウェイ」を主体とし、「区民の書斎」「創造と語らいのセカンドオフィス」「歴史探究のジャングル」「キッズセミナーフィールド」という計5つのコンセプトを提案して選定されました。特筆的なものとしては、国立情報学研究所の全面協力による「連想検索システム」、「図書館コンシェルジュの配置」「こどもひろばサービスの実施」「身障者向けの図書資料の宅配サービス」「無線LANサービス」などが挙げられます。また、今後は、「ディジタルコンテンツサービス」(インターネットから、利用者パソコンアクセスによる、デジタル化された図書資料の提供を行うサービス)を平成20年度から本格運用する予定とのこと。文句なしにわが国の最先端を走るモデル的な図書館であると言えましょう。ちなみに、ここの図書館は教育委員会ではなく区民生活部文化スポーツ課という区長部局が所管しているそうです

 午後はパネルディスカッションでした。パネリストは午前中に事例発表した4名で、慶應義塾大学文学部の田村俊作教授がコーディネーターを務めました。
 5つの事例の共通事項として挙げられるのは、自治体行政の変化に対応した、新しい制度導入の取組みや工夫です。田村教授は4つの切り口を提示しました。すなわち「地域の情報拠点となるためのサービス改革」「サービスを支える図書館運営の改革」「サービスを支える財源の改革」「図書館職員の意識改革」です。これらの改革の目標として「地域の情報拠点」を目指すこととしています。
 パネルディスカッションは、まず会場からの質問への応答から始まりました。
Q.学校図書館との関わりについて(我孫子市民図書館へ)
A.それは館員の長年の思いだった。頼まれもしないのに行けなかった。敷居が高いというのもあった。幸い「助けてほしい」とHELP信号が来たので「渡りに船」と入っていった。
Q.千代田図書館が教育委員会から区長直轄に変わった経緯は?
A.区の組織全体の見直しの一環として行われたもの
(コーディネーターから、田中氏は業務委託を受ける事業者の立場なので答えにくいし、ご存じでないのはやむを得ないと助け船を出しましたが、質問者は「非常に重要なポイントだ」と食い下がっていました)。
 続いて、「サービスの改革」:コンセプト、理念とその背景・理由について各パネリストが発言しました。
(ふじみ野)
 現在は直営だが、市の中では改革が議論されている。合併時に有利な方に合わせたことで、今アップアップしている。
 旧大井町役場は総合支所にしているが、危うい状態で、全庁的な課題になっている。
 図書館業務としては、貸出冊数だけでなく、もっとベーシックな指標を大切にしていくべきと考えている。例えば、相互貸借や障害者サービス(←これはあまり評価されない!)など。
(我孫子)
 目指すものは3つ。
①きめ細かいサービス~合併せず小さい自治体として生きていくことを選択した。市長からは「市民から鬱陶しがられるくらい親切にして下さい」と言われている。宅配サービス利用者にお知らせも併せて配る。館員の服装への細かい注文も。
②市民要望の徹底的な反映~カウンターにお客様ノートを置き、何か言われたらすぐ書き留めるようにしている。利用者懇談会やアンケートなども実施している。
待つサービスから打って出るサービスへ~学校への団体貸付け。まず学校図書室の整備に取り組んでおり、小学校は終了したので、現在、中学校に取組み中。学校に入らせてもらって有り難いと思っている。その他、保健センターでの読み聞かせを、ブックスタートの一つとして実施している。
(横浜)
 平成18年度、「横浜市立図書館のあり方懇談会」を実施し、今後のサービス内容、経営のあり方についての提言を教育長に出してもらった(提言はH19.8)。現在はまだその内容を検討している段階。地域情報拠点化や市民との協働(これは市政全般で言われているが)、図書館市民会議、寄付文化、など。
 昨年から「図書館の目標」を定めている。「振り返り」をホームページや館内掲示で公開している。
 横浜型スケジュールでは、当該年度の事業は12月までに終わらせ、1~3月は次年度の準備期間。成果を評価して能力給に反映させている。職員一人ひとりが自己申告で年間目標、計画を作成し、上司や部下と共有することにしている。
(千代田)
 千代田区が作った「基本構想」があり、そこには主要なことが書いてある。小さな区だが、いろんな要素のあるまち→「千代田ゲートウェイ」構想
 連想検索システムや新書マップなどに取り組んできたが、やっと落ち着いてきた段階。来館者数は1日当たり3,300~3,500人(以前は800人くらいだった)。来館のピークは日に3つある(昼、午後、夜)。(コーディネーターから、「来館者の人数が評価の対象になっていないのは驚きだ」とのコメント)。

Q.(富山県立図書館のTさん)昨年度から厳格な業績評価を導入したが、教育委員会や館長と司書のイメージギャップがある。対行政のアピールも必要と感じている。
A.(横浜中央図書館の小野寺係長)横浜では、取組み姿勢も評価するので、業績だけを評価するわけではない。館長はたたき上げの人ではないが、相互コミュニケーションにより軋轢が生じることはない。

運営の改革について
(各パネリストが自分のことろの現状や取組み状況を説明)
Q.千代田図書館に入っている3業者の連携はうまくいっているのか。
A.(千代田図書館の田中館長)管理、カウンター、委託先の三層に分かれてしまったことの反省から、専門性の重視もあって、指定管理者制度を導入することになった。情報の共有は毎日やっているので、問題はない。
Q.指定管理者は5年間という期間だが、企業から見た場合、継続性が必要だと思われる。今後その点が問題になっていくのではないか。
A.(千代田図書館の田中館長)別の業者に替わっても、しっかり引き継げば、ほぼ問題はない。

財源・経営資源の改革について
(ふじみ野)
 学校との協力関係により、古い資料を提供してもらっている。
(我孫子)
 毎年1,000人が団塊の世代として我孫子市に帰ってくる。シニア世代に働きかけ、NPOやコミュニティビジネスを応援している。関わってもらいながら理解者を増やしていくよう取り組んでいる。
(横浜)
 寄贈本については、手間が掛かるので、中央図書館で受け入れることにしている。人気50位の本でも200人くらい予約が入るので、人気ベスト50の本については「持っている人は提供を!」とホームページで呼びかけている(コーディネーターが「いいアイデアだ」とコメント)。
 
 このような内容で一日たっぷりかけた分科会でした。2日間の大会に参加しての最大の成果は、図書館という世界には、司書を中心として大変多くの従事者がいて、長年にわたり日夜業務に「勤しみ、研鑽を重ね、情報交換を行っているということを実感したことです。この世界は間口も広く、奥も深そうであり、まだその全体像は十分に見えていませんが、この大会にじっくり参加できたことでその一端を垣間見て実感することができました。非常に有益だったと思います。
 図書館を取り巻く状況は、地方分権、情報化の進展、住民ニーズの多様化など、様々な要素が絡み合いながら激しく変化しており、その中で、ますます重要になる役割を果たしながら時代を引っ張っていくことが求められていると思います。しかしながら、一般的に図書館に対する認識や理解は必ずしも十分とは言えず、行財政改革の中で厳しい風に晒されているのが現状ではないでしょうか。
 私は、図書館というものを、従来のような「本を借りたり」「調べものをしたり」するだけの場所ではなく、市民が主体的に豊かな生活と活動を展開していく上で最も重要で有益な施設として、また、自律的な地方自治の推進の重要なパートナーとして、そして、産業振興・コミュニティ形成の強力なサポーターとして、極めて重要な位置づけを与えて飛躍していく存在となるべきだと強く感じています。可能な限り、十分な予算を配分し、十分な専門職体制を整備していくべきだと思います。それだけの投資・配分をしても数倍、数十倍の効果が得られるのではないでしょうか。

2007年12月16日 (日)

志木市における市民協働~その取組みと改善の歩みについて

 埼玉県に志木市という市があります。人口は約68,000人、面積9k㎡(ちなみに津市は710k㎡)という小さな市です。平成13年から1期4年だけ市長を務めた穂坂邦夫氏が非常に大胆で多彩な市民自治の取組みを展開し、注目を集めました。私も志木市を紹介する本を読み、注目してきました。いつかは穂坂氏の講演を聞きたい(実は何度かそのチャンスを逃してきました)と思っていましたら、平成19年10月18日、NPO法人まちづくり情報センターかながわ(通称:アリスセンター)が、志木市の政策審議室長を招いてかながわNPO研究会「新たな協働のステージ・連続学習会」第2回を開催することを知り、横浜まで出かけて参加してきました。穂坂市長、そしてその次の市長の時代にかけて志木市政で市民協働を担当してきた職員であれば、ある意味、当事者であった穂坂前市長より客観的な観点から話を聞けるかもしれませんので、非常に期待を抱きました。
 講師を務めてくれたのは志木市企画部政策審議室長の村上孝浩氏です。昭和61年に市役所に入庁し、細田、穂坂、長沼の3代の市長に仕えてこられた方です。
 まず、志木市における市民協働の経緯について説明されました。
 昭和60年、細田市長が就任します。それまでは行政主導だった市政を「市民とともにつくる 明日の志木市」をスローガンに広報広聴活動を重視した市政運営に変えていきました。公募市民10名、市選定委員10名、議員1名による「21しき市民会議」を設置するとともに、平成7年には公募市民らとともに手作りの総合振興計画を策定しました。このような細田市長の取組みもかなり先進的だったと思われます。
 4期16年続いた細田市政のあと、無投票で穂坂邦夫氏が市長に就任します。掲げたスローガン「市民が創る 市民の志木市」は、細田市政のものと大差なさそうですが、就任してすぐ「今やっている仕事を全部白紙に戻す。本当に市民のために必要なものをやろう」と宣言し、927事業をゼロベースで見直しました。そして、「市民がオーナー、市長はシティマネージャー」という市政運営を基本姿勢とし、「市政運営基本条例の制定」「市民委員会の設置」「地方自立計画の策定」「行政パートナー制度の導入」などを矢継ぎ早に打ち出しました。
 市民委員会は、スローガンの「市民が創る 市民の志木市」を実現するため、市民及び市が協働し、市民自らが行政の運営に関して必要な提言や調査研究を行うことを目的として、20歳以上の市内在住・在勤で市政に深い関心と熱意のある人を公募しましたが、誰でも審査なしに参加できる形にしたため、第1期は252人が参加しました。任期は2年の無償ボランティアです。行政組織、行政課題に対応して9部会(第2期は8部会)を設置して、具体的な活動を行いました。特徴的なのは、この手の市民参加は高齢男性と中高年女性の参加が大半を占めるケースが多いのですが、志木市の場合、30歳代15.5%、40歳代15.1%、50歳代20.2%、60歳代33.7%、70歳代11.1%という風に、現役世代を含め幅広い年代にわたっていることが特徴的です。また、活動のテーマ・内容は市民委員会自ら設定したものだけでなく、行政サイドから具体的なテーマを設定して検討を依頼し、その検討結果を行政が尊重するという関係もユニークです。例えば、助役を本部長とした「市民が創る市民の志木市推進本部」及び市職員による「検討委員会」が、市のすべての事務事業927事業のゼロベースでの検証作業や組織改革について検討を行った際、市民委員会においても市民の立場で「事務事業」と「組織改革」について検討を依頼した、というものがあります。そして、その検討成果は、平成14年度予算編成作業の参考資料として活用されました。第1期の市民委員会は全部で23本もの報告書や提言を作成して市に提出しています。非常に精力的だと言えます。
 平成15年2月には、平成14年度~33年度の20年間を対象とする「志木市・地方自立計画」を策定しました。この計画は「市や町が形成された原点に立ち帰り、「市民と協働」して運営する「日本一あたたかい、ローコスト(低い費用)、ローランニングコスト(低い運営費用)の「まち」を目指す長期的で大胆な「地方の自立」を目指す計画」とのことです。この計画の内容は高い理念だけでなく、具体的内容も極めて大胆です。例えば、
○「市民が市を運営する」ことを原則に市の業務を市民及びNPOに委ね、サービスの対価として、支払った「市税」の一部を市民(行政パートナー)に還元(地域通貨制度とも連動)する。
○基礎自治体(市町村)は、「公務員」によって運営されるという前例を壊す、新しい時代に対応する「第3の組織(市民との協働)」が目標であり、(以下略)。
○業務参加する市民(行政パートナー:有償)は、単なる労働力として参加するのではなく、いつまでも、だれもが安心して暮らせる「ふるさと志木市」を築くために、自らのもつ経験や知識あるいは時間的ゆとりを活用し、公務を担うという「社会貢献活動」と位置づける。

などです。
 何度か出てくる「行政パートナー」ですが、この計画に参画する市民公益活動団体をそのように名づけ、市との間で業務参加についてのパートナーシップ協定を締結し、対等な立場に立った「行政運営の協働者」として位置づけられています。市が行う公務のうち、事業的業務と管理的業務を対象とし、徐々に市から行政パートナーに業務を移していき、計画達成後には行政パートナーは523人となり、当初619人いた正規職員は301人になります。将来的には30人から50人程度の正規職員と市民が運営する市政を目指す、としています。行政パートナー経費は、523人で6億7,400万円、一人当たり135万円を支払う計算になります(積算根拠は時給700円×8時間×20日×12月=1,344,000円)。
 この制度に対しては、「市民を下請けとして安く使っているだけではないか」とか「時給800円の非常勤職員とあまり違わないのではないか」といった批判が出ています。それに対して講師の村上氏からは、「行政パートナー制度を運営する方がずっと大変(適当な団体が見つからないと任せられないし」「(雇用関係がないので)人を選ぶことができない。その代わり、誇りを持ってやってくれる」といった説明がありました。あまりに大胆で先進的であり、安易には評価すらできない制度ではないでしょうか。直感的には、現実的にいささか無理があるような気もします。行政には行政としての役割があるはずで、何もそこまで崩さなくてもよさそうな気がしますね。

 このような大胆で多彩な施策を繰り出した穂坂市長ですが、多くの市民、議員、職員が当然次も出るものだと思っていたところ、1期限りで勇退しました。「やるべき施策は1期で全部やり尽くした」と言ったと何かの本で読んだことがあります。
 穂坂市長は後継者指名を行いませんでした。もともと県からの出向で細田市政時代からずっと在職してきた助役と県会議員の2人が市長選に出馬。市議19人中18人が元助役を応援しましたが、大差で県議が当選しました。現在の長沼市長です。この方、25歳で市議になり、その後、県議となり、途中、自転車泥棒もしたそうです。非常にユニークな市政を展開した前任者から市長を引き継ぎ、やりにくい面もあったでしょうし、軌道修正が必要な面もあったことと思います。長沼市長は就任してすぐ「行政施策安定化プロジェクトチーム」(市職員で構成)を設置し、穂坂市長時代の様々な新規施策(65施策)をゼロベースで見直す作業に着手します。そして、計画どおり執行すべき事業8、一部改善を要する事業4、他の事業との統廃合を含めた抜本的な見直しを要する事業10、という最終結果を得ます。主なものを挙げると、「市民委員会の設置」は区分では「見直し」になっており、「今後は市民委員会に代わる新たな市民協働のあり方を考える」として、事実上廃止とされました。「行政パートナー制度」については、区分としては「改善」であり、「自立計画は、20年間の職員採用の凍結など、人事管理については無理な面がある。今後は、「市民協働」を前提とした簡素で効率的な行政運営を目指した新たな改革プランを検討する必要がある」として、事実上抜本的な見直しに近い結論になっています。また、「行政パートナーに対する資質の問題や一部の団体が受託施設を「仕切っている」という問題に対しては、団体の選考や研修、評価によって解決できるものと思われる」という検証結果は、語尾は「解決できる」という表現ですが、本質的な問題の存在を指摘しており、やはり現行どおりの制度を続けることは不適切だという認識が明らかになっているようです。
 そして、平成18年7月「志木市市民協働運営会議」が設置されました。構成委員は、公募による市民、識見者、地縁団体代表、市民団体代表、20名程度を市長が委嘱、ということで、前身の「市民委員会」からは根本的に様変わりし、よくあるスタイルに戻った感じがします。
 以前が悪かった(失敗に終わった)と言っているのではなく、志木市における市民協働が細田時代の第1ステージ→穂坂時代の第2ステージ→長沼時代の第3ステージと変遷している、ということであり、歴史的な評価が明らかになるのはもう少し先のことではないでしょうか。細田時代、穂坂時代の経験を踏まえた長沼市政がよりよい成果を挙げるという保証もありません。

 後半、質疑応答が行われました。
Q.市民委員会は誰でも参加できるようだが、何か問題点はなかったか。
A.参加したのは意欲ある人ばかりであり、一部にはその意欲が空回りする人もいた。行き過ぎた動きをする人や、すごく権限があると思い込む人、自分の要望の絶対的実現を求める人などもいた。
Q.行政パートナー制度は、「ワーキングプア」を生み出すのではないか。
A.確かに生活給にはならない。一線で仕事をする人以外や、子離れした主婦などが参加した。

Q.民間の市場を圧迫するのではないか。
A.もともと市の仕事をやってもらうものなので、民間の仕事を浸食はしていない。
Q.市民委員会は、よく250人も集まったと思うが、どういう工夫をしたのか。
A.駅前でビラ配りなど非常に苦労した。2期目はビラ配りまではしなかった(139人で発足)。
Q.メンバー間の「自治」はうまくいったのか。
A.メンバーたちが、自分たちの運営要領やルールを作って進めていた。
 最後に、村上氏のコメントです。
穂坂市長は自民党の実力者であり、議長や議員団団長もやった人だった。だから、自分がやりたいことをやっていく上で、市民の後ろ盾が欲しかったのかな?と思う。しかし、実際には思い通りに行かない面も出てきていた。
 一方、長沼市長は、後ろ盾となる組織がない、市民派。前任者から引き継いだ市民委員会をどうするかは、非常に悩んでいた(市民派市長としては簡単に廃止という決断はできない)。結局、「一旦リセットすべき」と判断した。安定化を望むスタンスを持っており、団体代表も入れよう、と判断した
」。

 市政を直接担い、リードする首長(経験者)の生の声を聞くのも迫力があり、有意義ですが、今回のように、実情をよく知り、かつ、中立的な立場である職員の話を聞くのも、異なる視点、客観的な視点からの見方が提供され、非常に有意義でした。
 やるべきことは全部やってしまったから、と言って1期で引退した穂坂市長でしたが、自分一人で何でも全部できるはずはなく、多くの関係者との「協働」作業で完成させ、定着させ、成長させていくべきものであると考えたとき、あと1期か2期務め続け、自分が生んだものを育て、一人立ちさせるまで面倒を見る、そういう責任を全うすべきだったのではないか、という気もします。一方、後任の長沼市長ですが、前任者の負の遺産を解決するという役割を担っている面もあろうかと思いますが、単に「元に戻す」のでは意味がありません。よい成果は成果として引き継ぎ、発展させていくとともに、自分なりに新しい要素を加えていかなければならないわけで、今後のお手並みを拝見したいと思います。

2007年12月 9日 (日)

「コモンズと地域社会」

 平成19年10月13日(土)、「コモンズと地域社会」というテーマで研究会が開催され、参加してきました。講演を行ったのは「コモンズと永続する地域社会」の著者、平竹耕三氏と、明海大学不動産学部の齋藤広子教授のお二人です。都市再生機構のEさんがもう何年も主宰し続けている「比較住宅政策研究会」という公開勉強会ですが、都市住宅学会の関東支部の行事にも位置づけられ、学会の助成金が少し出たようです。今回の報告は結構、アカデミックです。
 研究会の要旨が次のように書かれていました。
 「コモンズ」ということばは、「シェア=共有」という意味で広く理解したとき、土地政策、住宅政策、住宅計画(コーポラティブ、コレクティブなど)、コミュニティ、地域再生、市民参加型まちづくり、環境保全、非営利金融などすべての分野で共通項になり得る概念である。これまで社会学、民俗学、文化人類学等の研究テーマになってきたコモンズであるが、住宅計画や住宅政策等の分野では、コモンズだけを切り離して論じられた事例は少ない。コモンズを社会性・公共性(市民・自治体)から論じている平竹氏に対して、市場性や経済(不動産業界)の立場から論じている齋藤氏との比較によって、コモンズの可能性と限界を明らかにすると同時に、両者に共通する環境や資産管理の持続性という観点から、学際的なコモンズ論に発展させるように議論したい。

 さて、最初の講師、平竹耕三氏ですが、「コモンズとしての地域空間 共用の住まいづくりをめざして」(コモンズ、2002年)、「コモンズと永続する地域社会」(日本評論社、2006年)といった著書がありますが、本職は京都市役所の職員です。龍谷大学大学院で修士論文「コモンズとしての地域空間」をまとめています。京都芸術工科大学特認教授も務める経済博士という顔も持っています。
 わが国では、土地の所有権の自由度が強く、その制約が緩やかであるため、いわゆる「建築自由の原則」があります。そのために、地域のコミュニティが分断され、地域社会を衰退への追い込む事態を招き入れている、という現状認識からスタートしています。そして、平竹氏は「地域社会が永続性を保つためには、その基盤としての土地利用について、地域的にコントロールできる仕組みが不可欠である」と主張します。その具体的なアイデアとして「コモンズ」を位置づけようとしています。コモンズとは、平竹氏のレジュメによれば「土地を公有や地域所有とし、地域空間の管理を地域住民が主体的に行うもの」と定義することができそうです。平竹氏は、それ(コモンズ)が地域で豊かな人生を送れる制度的な保障につながると主張しています。そして、その際の問題意識として、次の3点を掲げています。
① 日本では住民一人ひとりが豊かさを実感しえない原因に、土地が利用価値よりも資産価値から評価される結果、地価が高く、人間の生活という観点から適正に利用されていない問題がある。
② 土地問題を解決し、住民一人ひとりが豊かな生活を回復するためには、規制緩和によるのではなく、土地を脱市場化して地域住民の生活や福祉の向上のために利用するシステムを確立していくことが必要である。
③ その具体的方法としては、土地あるいは空間を個人個人の所有や管理に分割せず、地域住民が共的に利用するコモンズとして、また、地域社会を、コモンズの地域管理を担い、コモンズを支える社会関係としての地域主体に再構成していくことが必要である。

 さて、研究会の席上、平竹氏はこのような持論を分かりやすく説明するため、スライドで幾つかの事例を紹介してくれました。
 京都の祇園と言えば、芸妓や舞妓のまちとして全国的に有名ですが、この京都市東山区祇園町南側は、学校法人八坂女紅場学園(やさか・にょこうば・がくえん)が地主の借地だそうです。200区画ほどに分割され、お茶屋、飲食店、住宅などに賃貸されていますが、借り主はまちづくり協議会を組織し、大家との間で町並みを守る合意書を結び、自主ルールにそって建物の概観デザインを決めてきたため、結果的に優れた景観と佇まいのある地区が維持保全されているのです。3.3haのエリア内の道路もすべて学校法人の所有だそうです。祇園町北側は個人の土地所有ですが、どこにでもあるような雑然とした歓楽街になってしまっており、北側と南側を対比すると、見事なまでの違いです。歴史的な経緯があるとは言え、土地を面的に押さえることによってまちづくりをここまで徹底的にコントロールできている事例があることに、本当に驚きました。我々は、都市計画規制や助成制度、あるいは自主的な協定などによって、一生懸命に良好なまちづくりを実現しようとしていますが、なかなかうまくいっていません。土地の所有権という「のど元」を押さえるだけでこんなに劇的に効果があるというのは、一種の「コロンブスの卵」のような気がしました。
 その他の事例として、三重県松阪市殿町に現存する武家屋敷長屋「御城番屋敷」(ごじょう・ばんやしき)なども紹介されました。我がふるさとの隣町にもこんな地区があったのか!と、これまたびっくり。是非、現地を見に行かなければなりません。
 まちづくりとか中心市街地活性化においては、土地の所有権にまで踏み込まなければダメだ、今までそこから逃げてきたからお金をいっぱい使いながらも何も成果を上げてきていない、という指摘を、最近耳にしています。核心を突いているかもしれないとは感じていましたが、今日のこの事例やコモンズ理論を聞いて、真実だと確信しました。是非、この問題は掘り下げなければなりません。そして、何らかの形で制度化するなり、実行に移すなりしていく必要があります。

 この日の研究会、後半は齋藤広子氏の「現代社会におけるコモンズの形成と住環境マネジメント」というテーマの講演(内容は省略)、そしてそのあとは参加者との間の質疑応答でした。話題提供が素晴らしかったので、質疑は非常に活発でした。
 翌日、主催者に送った感想メールを以下に添付しておきます。
非常に中身の濃い、示唆に富む内容だったので、とてもあの時間だけでは消化・理解できませんでしたし、ディスカッションも序の口どまりだったようで惜しかったですね。私も発言の機会を頂きましたが、十分貢献できませんでした。
 「コモンズ」について感じたことを少々。
 住宅に着目したとき、その水準は「居住水準」で図ることが一般的であり、その中身は端的に言って「広さ」です。しかし、住宅の水準や価値、住み心地が「広さ」だけで表されるものでないことは、もう国民は気づいていることと思います。でも、それが何なのか共通認識になるには至っていません。では、住宅地に目を移したとき、その議論はもっと漠然としてきます。官製の「住環境水準」が無力なことは言うまでもありませんが、道路の広さ、公園面積、公共交通へのアクセスなど個別の指標は幾つかあるものの、そんな表層的なものではない、もっと本質的な「良さ」があるはず!それを(その一部か全部か分かりませんが)体現しているのが「コモンズ」であるように思われます。少なくとも、非常に豊かなヒントが埋蔵されていることは、どうも確かな気がします。
 是非このテーマだから聞きたい!と念願して参加したわけではありませんでしたが、こりゃ大きなお土産をもらったなぁ、というのが帰り道での率直な感想です。これからの仕事や勉強を進めるに当たって、貴重なネタとして大切にしていきたいと思います。
 あと、個人的には、平竹さんの著書の中に、京都以外の事例として三重県松阪市の事例が出ているようですが、実家の隣市なので、別途、関心を持ちたいと思っています。場合によっては、平竹さんに個別にお尋ねすることがあるかもしれませんので、その節は、連絡先などまた教えて下さい
」。

 それに対して、講師の平竹氏からご返事を頂きました。御城番屋敷に関する箇所だけ抜粋して紹介させて頂きます。
松阪市の御城番屋敷は、1863(文久3)年に建てられていますから、本当に様々な経過を経て今があるという、生きた教材としての素晴らしい知恵が包蔵されていると思います。村主さんの故郷のお近くということでしたら、ぜひ関心を持ってあげていただきたいと思います」。

2007年12月 8日 (土)

「全国子育て協同集会」に少しだけ参加してきました

 市民による子育ての“協同”をテーマとした「第1回全国子育て協同集会」というイベントを少しだけのぞいてきました(副題は『「生きづらさ」を超えて―競争から、共感・協同の子育てを市民の手に―』)。一体どんなイベントなのか、その開催のお知らせとして、次のような文章が載っていました。
子どもへの虐待件数の増加や、いじめを背景とした中学生の不登校が12万人を超え、過去最高となるなど、子どもたちをめぐる深刻な状況が広がっています。このような事態を前に、多くの子ども、親、自治体、市民が、子どもを中心としたまちづくりに向けたネットワークを広げ始めています。こういった現状を背景に、このたび市民による子育ての“協同”をテーマとした第1回の「全国子育て協同集会」を開催する運びとなりました」。
 主催は実行委員会の形をとっていますが、実態は「ワーカーズコープ」というNPO法人です。そして、ワーカーズコープとは、そのHPを見ると、
私たちは子育て、障害者・高齢者福祉などの地域に必要な事業を市民でおこす、「新しい福祉社会の創造と地域の再生」を目指すNPOです。全国的なネットワークと様々な分野での事業に携わりながら、働く人の主体的な参加に重きをおく協同組合的な組織運営をしています」。
と説明されています。その母体は「ワーカーズコープ労協センター事業団」という企業組合であり、高齢者、子ども、障害者、まちづくりに関わる様々な地域密着事業などに活動の幅を広げていくため、NPO法人を取得した、ということのようです(詳しくは分かりませんが)。
 平成19年10月6日の全体会は、第一部が記念講演、第二部がパネルディスカッション、第三部に記念イベント(コンサート、ミュージカル)という構成で、翌日に分科会が行われました。私は、6日の午後に所用があったので、第一部の記念講演だけを聞きました。
 講師は大和久勝(おおわく・まさる)さん。2005年まで都内の小学校教諭をされており、現在は大学講師、という方ですが、「共感力-『共感』が育てる子どもの自立」「困った子は困っている子」「ADHDの子どもと生きる教室」などの著書があります。記念講演のテーマは「『共感』が育てる子どもの自立~あせらず、あきらめず、ゆっくり、ていねいに~」であり、2時間かけて「ゆっくり、ていねいに」お話をされました。
 最初に、2つの手紙を紹介してくれました。一つは、1998年、中学生が女性教諭をナイフで刺殺するという衝撃的な事件が起きたあと、当時の町村文部大臣が全国の中学生あてに書いた手紙で、文部公報に載ったそうです。私もそんなことがあったような記憶があります。大和久氏は、この手紙が「上から見下ろすような視線で書かれており、共感する言葉が見当たらなかった。自分の中になぜか落ちてこなかった」と感想を述べていらっしゃいました。もう一つの手紙は、群馬県の中学生が、喫煙を咎められたことを苦にして自殺する際に書いた手紙です。自分がしたことでまわりのみんなに迷惑を掛けたことを謝り、これまでの友情に感謝し、自殺という手段を選ばざるを得ない心境とまわりへの気遣いを素直に綴ったものだそうです。2つの手紙の対比が、多くのことを物語っていますね。
 そのあと、3つの具体的な話が紹介されました。カズオ、ナオキ、カイダくんという3人の子どもが出てくる実話、のようです。
 大和久さんの話のキーワードは「共感」です。子どもに共感するということは、子どもの心に寄り添うこと。大人から見ると「困った子」であっても、本人の立場に立てば「困っている子」だと見ることもできる。子どもたちは、分かってもらえない、理解してもらえない苦しみ、つらさを抱えて過ごしているのであり、暴力をしたり、切れたり、パニックを起こしたりするのは、「困っている」ことの訴え、叫びなのだと理解すべきだ、と訴えます。そういう「子ども観」の転換をした経験を語ってくれました。また、ADHDやLD、高機能自閉、アスペルガーなどの「軽度発達障害」の子どもを抱えた親に対しても、今までの子育ての苦労と今でも続く困難さに共感を示すことの重要性を語ってくれました。
 世の中、成果主義、効率第一の価値観が支配的であり、大人も子どもも余裕がありませんね。価値観が揺らいでいることや、経済成長が順調ではないことも影響しているかもしれません。そのしわ寄せはどうしても「弱者」に行ってしまいます。教育の世界では「子ども」です。
 私も、二人の子育てを経験し、父親としては比較的参加した方かな?と思っていますが、幸か不幸かこのような困難に直面しなかったこともあり、あまり深く考えたことがありませんでした。
 盛りだくさんの催し物の、ほんの一部しか参加できませんでしたが、非常に熱心なお母様方の中に紛れて、貴重な話をじっくりと聞くことができました。主催者側も参加者も、皆さん熱意に溢れているようで、頼もしいやら、たじろぐやら、恐れ入りました、という感じでした。
 すぐ何に活かすというわけではありませんが、また少し視野が広くなったような気がする、いい経験でした。

2007年11月25日 (日)

自治体の政治と代表システム ―第二次分権改革をみすえて―

(第22回自治総研セミナー参加記)

 地方分権への一連の取組みは、現在、第二次分権改革に進んでいます。また、平成の市町村合併は山場を超え一段落に向かいつつあります。そういう大きな時代の変革の中で、改革派首長の出退場、官僚知事の増加と選挙の非政党化、知事汚職等による地方自治への懐疑、議会と議員への不信、財政破綻など、様々な出来事や流れが起きています。
 このような状況の中、自治体における代表制の意義や多様な自治システムの可能性などについて検討し、住民の信託を得うる自治体の政治と代表システムのあり方について考えるため、(財)地方自治総合研究所によるセミナーが、平成19年9月10日、11日の2日間、開催されました。参加者は自治体職員、地方議員、研究者などが大半です。主催団体の性格から自治労関係者も数多く参加していましたが、セミナーの内容は特に偏ったものではなく、地方自治のあり方を真剣に考えようとするものでしたので、非常に勉強になりました。1日半のプログラムすべてというわけにはいきませんでしたが、参加費2,000円を払って、しっかりと参加してきました。
 
講演「第二次分権改革と自治体政府の制度設計」~大森 彌(東京大学名誉教授)
 この先生、レジュメなし、講演資料なし、今や当たり前になりつつあるパワーポイントなども当然なし、「しゃべりだけ」のこのスタイルで40年やってきたそうです。聞いて書き取った講演内容を報告します。必死に書き取ったつもりですが、読み返して意味がはっきりしないところ、書き漏らしたところがあるようですが、あえて、あまり整理せず、装飾も補充もしません。分かり難い点はご容赦下さい。ほとんど自分の覚書のようなものになっているかもしれません。
 それにしても、この大森先生、自ら「あちこちで嫌われている」と言いながら、まったく遠慮なく思っていることを辛辣に言い切る方です。私心がないというのか、私利私欲がないというのか、まあ貴重な方ですね。さて、以下、聴講メモです。
 一党優位の政党は、日本とイスラエルくらい。「無原則適応主義政党」、これは私(大森氏のこと。以下同じ)が自民党に与えた定義。かつて「原義的保守政党にすべき」と主張した小沢一郎は自民党を追い出された。もともと、自由と民主という、くっつきにくいものをくっつけた政党だった。
 小泉純一郎は、市場原理主義者(竹中平蔵を使った)であり、「自由」にシフトしたため、「民主」が置き去りになった。それに国民が反発したことに小沢一郎が敏感に対応し「生活重視~」と打ち出したが、これで小沢一郎の将来はない!と私は考えている。仮に民主党が政権を取れば、自由民主党が2つ生まれるだけだ。やっぱり政策では選ばれないことがはっきりしてきたので、マニフェスト選挙は終わるだろう。
平成の大合併について――
 第29次地方制度調査会(地制調)で検証するらしい。私の山カンでは、これには大義名分がなかったので、喜んでいるところはないはずだ。最近の財政運営を見ると、公共事業経費や社会保障経費が切りつめられており、都道府県の方が圧倒的にきつい状況。国は都道府県を自治体と思っていないのではないか、都道府県を泣かせろ!と思っているのではないか。2010年までにプライマリーバランスの達成という目標を掲げた財務省の作戦が成功しているのではないかと思う。
第二次分権改革について――
  これは成功するはずがない!また、やられますよ!財政改革の方がはるかに強力だ。
 平成の大合併に話を戻すが、国としては大成功だと思う。ここまで進むとは思っていなかっただろう。総務省の研究会では、専門職員を置くことができる体制の整備が、合併の最大のメリットだとしている。
 最近の地制調答申は、ほとんどが地方自治法の改正に結びついている(棚上げになった道州制を除いて)。地制調のメンバーから、旧自治省が外された。第1次分権改革では、自治省と学者が二人三脚で各省庁と激しく戦い、様々な成果を上げた。従って、自治省と学者を二度と組ませるな!と思うのは当然だろう。
 分権改革会議では、学者が割れてしまった(地方分権と財政改革の対立)。
 第二次分権委員会は、菅総務大臣の人事。竹中委員会のビジョン懇のメンバーが入っている(猪瀬直樹など)。宮脇淳先生は、多すぎるとして外されたが、事務局長として戻ってきた(ただし、非常勤だが)。事務局次長が3人、参事官も3人。
 「基本的考え方」は誰が起草したか?増田寛也委員長代理(現総務大臣)は書いていない。参事官が2人(財務省出身と総務省出身)で書いた。この中で、自治体を「地方政府」と呼んでいる。これは増田氏が筆を入れた部分(彼は大臣就任会見でもこの言葉を言った)。この言い方を広めたいと思う。国と地方が、政府と政府の関係になる。「政府間関係」を成り立たせるのは「協議」ということになる。この一点から見て、第1期と第2期は何も変わっていない。各論はこれからだが……。
 私は「この法律の実施に当たって必要な事項は条例を定めることができる」と各法に書くべき!と主張している。本当は今でもできるのだが、できないと思い込んでいる。
 もう一つ。法律での義務付け規定「~しなければならない」「~するものとする」等は、全部、一度「できる規定」にして、どうしても義務づけしなければならないものを集めれば(ただし、その作業は自治体が行うべき)、ナショナルミニマムを明らかにすることができる。
 国庫補助負担金の全廃については、必死の攻防(地上戦)になるだろう。もっと気になっているのは、29次地制調における「道州制」の行方。
 第1回小委員会において、「さらなる市町村合併~」の「さらなる」を取れ!と西尾勝先生が頑張って、とった。数次の合併特例法が施行されているが、もう市町村合併は打ち止めにせよ!と主張している。27次地制調の検討事項(西尾私案)が消えていない。「小さくても頑張る」と言って合併を拒否した町村に、頑張るな!ダメだ!と言うのは変な国だ。
 基礎自治体を一定レベルに揃えたいという美学を持っている人がいる(例えば小沢一郎は300自治体と言っている)。これはファシズムだと思う。揃えないと自治体は強くなれないという固定観念だ。
道州制法について――
 「北海道地方及び3つ以上の都府県……」と書かれている。今の地方自治法でも都道府県は合併できるようになっているのだから、やればいいじゃないか。今では、全国知事会の中に道州制の推進論者が10数名いる。様変わりだ!
 都道府県は、かつてダメな存在だった。地方分権改革では、都道府県をまともな普通な自治体にしたかった(これは自分の念願である)。それがようやくできるようになったのに、それを投げ打って道州制を言うのはバカだ!都道府県の安定性は、国が掌握してきたから。従って今、不安定になりつつある。まあ、道州制の議論はどうせ消えるからほっとけばいいのだが。道州の中の基礎自治体は、いろんな道州制の議論でも特例市(20万以上)が想定されている。これは、小沢一郎の300自治体論だ!これは、市はもう一度大合併し、町村は消えることになる。強者の論理だ。全国町村会は「たたかう!」と言っている。
 東京都は廃止したい!東京都は、基礎自治体の権限を持った唯一の広域自治体だ(しかも一極集中型の)。つまり、東京都は市役所である。道州制を導入すると東京都はなくなるだろうか。東京・神奈川・埼玉・千葉で関東州を作る話があるようだが、人口3,000万人のスーパー自治体ということになる。とんでもないこと。
 今、悩んでいることは、分権改革のスタンス。国の役割と自治体の役割のあり方、役割分担。例えば、印鑑証明は法律に何の根拠もないが市町村がやっている。大半の仕事はきれいに分かれていない。戸籍事務は法定受託事務。手数料と交付税で賄っている。つまり、権限・責任とお金は別の議論だ
 今の第二期分権改革では、テーマはまちづくり、社会保障、そして医療、保健、福祉。これらはきれいに分けられるだろうか。国が専念すべき仕事をきれいに分けられるだろうか。分離分権改革には、霞が関は猛反対するに違いない。第二期分権改革委員会が直面する問題である。

講演「自治体改革と自治体組織」~片山善博(慶應義塾大学大学院教授、前鳥取県知事)
 ご存じ、「改革派知事」の一人だった方です。私には、パフォーマンスというものをしない方で、主義主張には説得力のある知事だと映っていたので、大いに期待を抱いて初めて生の講演を聞きました。以下、再び必死にメモした講義録の再現です。

教育委員会のあり方について――
 私は最も重要な地方自治の課題は「教育」だと思う。教育のあり方がこれだけ議論されているのだから、教育組織のあり方にもっと光を当てるべき。
議会について――
 自治体を構成するもう一方だが、本来のミッションを果たしているだろうか?私は、果たしていない、シャンとしていない、と思っている。

 ではレジュメに沿って順に話をしていく。最初に、首長の話から。首長は、行政委員会を含めて自治体全体を総括、統合している。制度上はすでに分権型になっている。しかし、実態上は、長年の慣行や意識によって、分権型になっていなかった。国の手下であった「機関委任事務」は第1次分権改革でなくなったが、首長の意識、姿勢は、分権型になっていない。
自治体はだれに「レポート」すべきか――
 レポートとは、説明責任を果たすべき相手にきちんと説明すること。自治体は住民に対して、会社は株主に。言い換えると、誰に支えられているか、ということ。
 「集中改革プラン」を、総務省から通知で作れと指示があった。向こう5年間の行政改革のプラン、ロードマップを作れ、ということ。内容は定員削減、指定管理者などで、プランを作って提出せよ、ヒアリングをする、ということだった。さらに後から、定員削減は国並みの5%を達成せよという追加注文が来た。「集中改革プラン」を作らなかった自治体は全国で2つ(鳥取県と千葉県の我孫子市)。なぜ鳥取県では作らなかったか?それは、行政改革のミッションは何か?ということ。国に提出するためではない。住民サービスの低下になるかもしれないことは、住民との対話、住民の理解が必要だ。こんな指示は、自治の理念の観点からは、バツですよ
 私は鳥取県時代、行政改革に一生懸命取り組んできた(夕張市のように、やってない自治体もあるが)。それが地方自治だ。一斉に一律で「やれ!」というのはおかしい。しかも5年間で5%だと。地方自治の本質は「多様性」だ。
 職員定数はどういうツールで決まるか、それは定数条例。給与は給与条例。事務事業は予算で決まる。すべて、条例か予算で決められるもの地方議会の権限に属するものを勝手に書いて持ってこいとは何事か!?分権とは「地方議会が決める」ということである。ところで、「国の持っていた権限を地方に『おろす』」と言っている。これはおかしい。
 総務省は、地方分権を進めると言いながら、「指導してやるから持ってこい」とはおかしいじゃないか。これは談合だ。よく議会が怒らないものだ。これこそ議会軽視じゃないのか。
 集中改革プランの根拠は事務次官通達。総務省の担当者に「根拠は何か?」と聞いたら、しばらくして「あれは『助言』です」と言ってきた。ウチはすでに徹底してやっているから結構です、と言った。第1次改革の最大の成果は機関委任事務の廃止だと思う。国が決めて、統一してやることは法律で決めたことだけだ。法律で書いてないことを指示しちゃいけません。我孫子市は、本当は作らなかったのに、千葉県が、作ったことにして報告した。

自治体組織のあり方――
 自治体の組織は、中央官庁対応型になっている。
 道路には県道、農道、港湾道路などがあるが、いすれも所管部局が違う。作っている地図も別だ。これは中央省庁の方を向いているから。そこで、一つの課に業務を集めたところ、中央から密使が来て激しく厳しい「助言」があった。また、港湾課と漁港課を一緒にした。公共下水道、農業集落排水、浄化槽も一緒にして生活環境部に持っていった。建築も住宅も都市も生活環境部へ移した。重複も張り合いもなくなった。

自治体の考える力――
 参加者の皆さんのところには「政策法務課」はありますか。類似の課があっても、だいたいその実態は法令審査(「てにをは」のチェック)程度で、いわゆるコンテンツまでは立ち入らない。「政策法務」とは、政策課題を法形式に表現するということ。課題を条例で解決していくという姿勢である。主体的にとらまえて自ら考える(国、県のアドバイスをもらうのはよい)。これは都道府県レベルでもほとんどダメ。東京都はしっかりしている。鳥取県でも作った。より現場に近い市町村には、もっと必要だと思う。分権時代は法律を自ら解釈できなければいけない。国の解釈と食い違っても堂々と渡り合えばよい。有権解釈(は国にあること)だと引き下がらなくてもよい。対等な立場である。合意が得られなければ、国・地方紛争処理委員会が置かれている(ただし実績はまだ1件しかないが)。国や県に問い合わせても、手間が掛かるから彼らはろくな解釈をしてこない。あるいは、自分に都合のいい解釈しかしない。論争しなければならないこともあるぞ。

教育委員会について――
 教育委員会とは、本来は5人の集合体である。教育委員会は、首長と同じ(能力と説明責任を有する)執行機関である。しかし実際は、当事者能力ないところばかりではないのか。何か問題が発生したときに的確に対応するところはあるか?不登校、いじめ、自殺など、教育現場で発生する問題だ。
 日本の教育委員は「そんなつもりでなったんじゃない。頼まれたから引き受けただけで、やめさせてもらいます」と言う。責任体制が全くなっていない。無自覚の人の集まりだ。自治が空洞化している。自覚を伴う器量がない。だから私は首長に「人選をしっかりやってくれ!」と言っている。指導力不足の教員はいるかもしれないが、指導力不足の教育委員会こそ問題である。教育委員会は経営陣ではないか!
 かつて、鳥取県では教育委員の人選を議会(自民党の議員たち)に丸投げしていた。大げんかになったが、知事が責任持って提案するから審議してくれ、と言って、選任同意を取りつけた。たいていの自治体では、議会の最終日の最後に追加提案して即刻議決してませんか。品質管理をしていないから品質が悪い。人の品定めはやりにくいが、でもやらなければいけない(首長でもやってるではないか)。ところで、選挙って、見も知らない人に自分がいかに立派か、優れているかを主張するものだが、常識とは違うことをしなければならないので、イヤなものですよ。

地方議会は本来の機能を発揮しているか――
 議会は立法機関である。首長提出議案への同意機関なら、あんなに高い報酬を払う必要はない。オープンな場で議論するところである。政策選択の場。「根回し」は、もっといい案があるかもしれないのに、出る幕がなくなるという意味でよくない。少数意見でもみんなが評価して決めるべき。大半のところで、議会が始まる前にすべて結論は決めているでしょう。プロ野球の消化試合と同じで、何の意味もない。だから私は八百長だと言っている。質問と答弁、ひどいところでは再質問まですべて事前にセットし、しかも質問者ともすり合わせをする。これじゃ「学芸会」ではないか。部下に答弁作成を全部やってもらうのは、答弁能力、議論能力がないことを認めたようなものだ。だから、“Leader”ではなく“Reader”だ。(笑)
 だから。議会が尊敬されない。議員が八百長、学芸会をやらなければ、首長は有能でなければ務まらない。両方の質を落としているわけだ。職員がそれに加担していないか?これは住民に対する背信行為だ。

国と自治体の関係――
 兵庫県丹波地方から、鳥取大学から医師を派遣してもらいたいという要請があった(3000万円で委託する計画)。ところが、そのために必要な総務省の承認が取れずに実現していない。何で関係ない奴らが邪魔をするのか!?。地方債発行に対する国の関与を廃止するよう全国知事会で提案したら、みんな(反対はしないが)うつむいたまま賛成しない。これは国への「気兼ね」があるから。
 地方交付税は、予見可能性に乏しい。算定はご都合主義で複雑だ。交付される額が決まるのは何と年度に入ってからの7月であり、これでは財政計画が組めるわけがない。ちゃんとルール化、透明化しなけれないけない。
 過疎債があるために、貧困の罠に陥っている。有利だからみんなずっと過疎団体でいたいと思っている。現に、過疎債制度は何十年もやってきたが、コンクリートだらけなったものの、過疎から脱却していないじゃないか。

最後に――
 大学の教師になって時間に余裕ができたので、本を書いた。よかったら読んで下さい。
市民社会と地方自治』慶應大学出版会、2007年8月

2007年11月23日 (金)

後藤新平・生誕150周年

 今年2007年は、後藤新平生誕150年に当たります。医師、内務官僚、台湾総督府民政長官、満鉄総裁、逓信大臣・鉄道院総裁、内務大臣、外務大臣、東京市長、帝都復興院総裁など、極めて多様な経歴を持つ「経世家」後藤新平。生誕150周年ということで、各種の記念行事が行われています。その一つ、(財)東京市政調査会の主催で平成19年9月1日に開催された公開講座「経世家・後藤新平―その生涯と業績を語る」を聞いてきました。なぜ東京市政調査会がこのシンポジウムを主催したか……実は東京市政調査会は後藤新平が設立した組織なのです。そういう点で主催者にはなかなか力が入っていました。生誕150周年を記念して東京市政調査会が『日本の近代をデザインした先駆者―生誕150周年記念 後藤新平展 図録』と、『「都市問題」後藤新平生誕150周年記念・特別増刊号 ―後藤新平・「大風呂敷」の実相』を刊行しましたが、前者が168ページフルカラーで税込み1,200円、後者が144ページで750円と非常にお買い得であるところにそれが読み取れました。なお、2冊とも買い求めましたが、まだ読めていません。私は、以前に郷仙太郎(元東京都副知事の青山やすし氏のペンネーム)著の『小説・後藤新平』を読んで興味を持っていましたが、まちづくり、国づくりなどに幅広く活躍したこの人物を深く知りたいと思い始めており、是非早い機会に読みたいと思っています。その上で、「私の尊敬する人物」を後藤新平にしようかと、実にヨコシマなことを考えています。
 さて、本題に入る前に随分と脱線してしまいました。講演は東京の都市計画、公衆衛生家、政治家という3つの側面からの豪華三本版でした。
 最初は「後藤新平と東京都市計画」という題で越澤明先生(北海道大学大学院教授)です。都市計画史が専門で、私も何冊か著書を読み、都市計画を時間軸で立体的に捉える見方を学びました。
 まず、後藤新平は「わが国の社会資本整備の父、都市計画の父」であるにもかかわらず、これまで正当には評価されていないと指摘します(その証拠に、東京駅や都庁前に後藤新平の銅像が立ってないという、ちょっとユニークな理由を上げられました)。そして、後藤新平の仕事の特徴は、①骨太のビジョン・方針の作成、②調査に基づく政策形成、③有能な人材の抜擢・権限付与だとします。①の代表的なものが帝都復興であり、②の実績が東京市政調査会や都市研究会(→現在の(財)都市計画協会)であり、③の具体例が新渡戸稲造、佐野利器などです。
 次に「東京は誰がつくったのか」江戸から東京への400年を振り返ります。豊臣政権下、1600年頃、全国に約200の城下町を建設しましたが、これは世界でも特筆すべきことでした。そして、江戸幕府は最大の城下町である江戸のまちを作りました。これは世界最大の都市でした。ところが、明治政府は、江戸の遺産の転用と活用のみしかせず、都市計画と都市インフラ整備を怠ります。わが国には「馬車の時代」がなかったので、道路が整備されなかったという事情はありますが。大正期に入り、都市問題が発生し、深刻化するにつれ、都市計画の政策が導入されます。そして、都市の大改造が行われたきっかけはご存じのとおり、関東大震災第二次大戦の終戦です。平時に都市計画を実現することは非常に困難であり、ほとんどが災害のあとに実現されています。その例外が戦前の大阪でした。御堂筋を数mの道路から一気に44mに拡幅したことはある意味で驚きです。話を東京に戻し、高度成長期、東京オリンピックの都市改造が行われましたが、これは実は部分的であり、むしろ遺産を破壊しています。越澤教授は「未完の都市計画」を強調し、これを「負の遺産」と呼んでいます。具体的には、木賃ベルト地帯の密集市街地であり、幹線道路としては環状2号線、3号線、4号線が未完成です。1989年、帝都復興計画の政府原案図面を越澤教授が発見しました。後藤新平の復興計画は大幅に縮小されてしまったのですが、そもそもその原案は長い間謎とされてきました。それが66年ぶりに発見されたのです。この甲案は大蔵省も了承した公式の政府原案という点で重要なものと言えます。総事業費は12億950万円でした。この政府原案がはっきりするということはどういう意味があるのでしょうか。この原案もその後、財政事情や政治的やり取りの末、大幅に削減・縮小されてしまいます。それを明らかにして、現在の実態に照らしてそのことを評価しなければなりません。帝都復興計画は、このような予算縮小圧力の中で懸命、必死の努力により、かなりの部分が実現しました。すなわち、幹線道路、生活道路、橋梁と大公園(隅田公園、浜町公園、錦糸公園)、小学校と小公園、同潤会アパート(住宅政策の初の実践)、商業建築への助成(再開発へのルーツ)、不燃建築による福祉施設、などです。それでも予算不足でできない事業は、東京市が肩代わりして実施しました。このような経緯の中で断念した都市計画、その後も実施できていない都市計画を、越澤教授は「負の遺産」と呼んでいるのですね。具体的に言うと、共同溝は今なお工事中ですし、幹線道路は狭いまま(オマケに街路樹を撤去して首都高を載せてしまった)、向島、大久保、目黒などの非焼失地の都市改造は着手されず密集地となってしまった、などです。なお、環状2号線(いわゆる「マッカーサー道路」)は最近ようやく都市再生の一環として整備が進められています。越澤教授は、このような「未完の都市計画」に注目する一方で、「東京都市計画の遺産」を大事にすべきだと訴えています。例えば、同潤会大塚アパート(平成15年に取り壊されてしまいました)、文京区の元町公園・元町小学校問題(公園を廃止する区の計画でしたが、取りあえず都市計画審議会で否決されました)などです。
 講演を通じて越澤教授が強調されたことは、都市計画・まちづくりには多くの困難が伴うものの、後藤新平に学び、骨太のビジョン・方針を持ち、強い意志でその実現に取り組むことの重要性でした。時代は変わり、取り巻く状況はまったく異なりますが、後藤新平の精神は大切にして、引き継いでいきたいものです。
 なお、あと2つの講演はよく分からない内容だったので紹介は割愛します。この公開講座の日をはさみ、江戸東京博物館で「生誕150周年記念 後藤新平展」が開催され、最終日に見に行きました。後藤新平の生涯にわたる記念品や功績を表す貴重な資料が展示されており、改めて後藤新平なる人物をより身近に感じることができた次第です。

2007年11月18日 (日)

学校を真に良くするための学校評価

 教育を取り巻く状況はいろんな面で深刻であり、安倍政権では教育再生会議が設置されて様々なテーマについて精力的に審議検討が行われていました。素人の私も、明日の日本、明日のふるさとを担う人材を育成するため、教育問題、教育改革はきわめて重要だと痛感しています。学校は、教育の場として、また、制度として、そのあり方は教育問題の中心課題だと思われます。
 平成19年8月24日、㈱日本能率協会の関連団体であるJMAC構造改革推進セクターの主催による「教育改革実践フォーラム~学校を真に良くするための学校評価」というイベントが行われました。教育・学校関係者が本来対象の催し物であり、私など甚だしく対象外なんでしょうけど、申込みが拒否されなかったので厚かましく参加してきました。教育問題や学校のあり方について勉強することで、何かまちづくりのヒントが得られるかもしれないと思った次第です。
 JMAC構造改革推進セクターは、公共経営改革を専門とする組織のようですが、三重県で本格的に組織運営改革を支援して以来、地方自治体や国など多くの公共組織に対して経営ビジョン策定、目標設定とその評価などを支援してきたようであり、行政評価のみならず学校評価も実施しているようです。
 主催者挨拶で日本評価学会理事の梅田次郎氏が、平成20年度から一斉に学校評価が始まると言っておりました。文部科学省のホームページからこれまでの経緯を探ってみたところ、次のようなことが分かりました。
○地方分権・現場裁量の拡大、保護者・地域住民の関心の高まりと学校運営への参画などを背景として、「学校評価システムの構築による義務教育の質の保証」に関する必要の高まり。
○経済財政運営と構造改革に関する基本方針2005(いわゆる「骨太の方針」)において、「
義務教育について、学校の外部評価の実施と公表のためのガイドラインを平成17年度中に策定する」と記載。
○平成17年10月の中央教育審議会答申「新しい時代の義務教育を創造する」において、「大綱的な学校評価のガイドラインの策定」や「自己評価の実施と公表の義務化」、「外部評価の充実」などの必要性を指摘。
○平成18年3月、文部科学省が「義務教育書学校における学校評価ガイドライン」を策定。
○学校評価の推進に関する調査研究協力者会議が、平成19年8月27日、「学校評価の在り方と今後の推進方策について」(第1次報告)を取りまとめ。

 次のようなことが分かりましたなんて言いながら列挙してみましたが、これじゃあよく分からないですね。最後の第1次報告の中に「平成19年6月に学校教育法の改正が行われ、学校評価とそれに基づく改善、及び、学校の情報の積極的な提供について、新たに法律において規定された」と書かれていますので、梅田氏の言っているのはこのことかもしれません。
 いずれにしても、ガイドラインによれば、学校評価がなぜ必要か?というと、それは「教育の質の保証・向上」「学校運営の改善」「信頼される開かれた学校づくり」だそうです。そして、学校評価のメリットの例として、「教育活動の改善」「教職員の意識改革」「保護者や地域住民の学校への協力」「教育委員会による支援の充実」などが挙げられています。さてさて、本当にこの目的やメリットのように行くのかどうか……。フォーラムを聞いた上で改めて考えることにしましょう。

 まず基調講演は、名城大学大学院、大学・学校づくり研究科の木岡一明教授による「学校評価を生かした活力ある学校づくり-元気と勇気を解発する学校組織マネジメントの展開-」でした。

1.学校評価の定着を阻む学校組織の現状と課題
(1) 学校評価の現状
・自己評価や外部評価の実施は進んでいるが、学校評価という言葉の感じ方の違いや評価観のズレが生じたまま議論が進んでいるのが、現状。
・従って、このままでは形だけの実践に陥ってしまう危険性がある。
(2) 学校と教職員の現状と課題
・学校は今、「組織」になりきれておらず、内部閉塞している。
・教職員は今、「孤立化」「相互不干渉」に陥っており、自己肯定感に欠けている。
・しかし、教職員は元来、力があり、専門性があるのだから、その潜在力を引き出すことが課題。

(3) 学校組織の悪循環
・本来の学校組織の良さである「多元性」「多方向性」が逆に作用して「孤立化、多忙感」「まとまらない」となってしまっている。
・この悪循環を断ち切るための「学校組織マネジメント」が必要。

2.新しい学校評価システムの開発
(1) 従来の学校評価観を転換すべき
・従来の認識や観念を払う(「学校の目標が組織目標になっている」という認識を外す、「学校は組織体になっている」との認識を外す、「評価は客観的でないといけない」との観念を外す)。
実行性のある評価に切り替える(学校教育機能といった目に見えないものを評価しようとせずに、振る舞いや認識を評価すべき、全体性・統一性を一気に求めない、改善よりも「長所を伸ばす」「変化を促す」ことに重点を置く)
(2) 新しい学校評価システムの視点
①年度末にただ一度きりのアンケートや協議、ヒアリングによるものだけが「学校評価」なのではない。これでは総括的評価でしかなく、従来から抱えてきた評価と計画の溝が埋まらない危険がある。
②学校が「組織」になっていくプロセスの各局面で、教職員個々の自発的で内発的なリフレクション(形成的評価)が意図的・意識的に位置づけられてこそ、組織的な「学校評価」が生きて働く前提がつくられる。
③その前提をつくり上げていくには、学校経営の計画段階(ミッション設定やビジョンづくり、重点事項の決定)において、何をなすべきかの視点からの探索行為(診断的評価)を展開することが不可欠である。
(3) 新しい学校評価システムの中核となる目標管理の考え方
・各学校は、ミッションビジョンから展開した目指すべき成果やそれに向けた取組に関する中期と単年度の目標を具体的に設定
・その達成状況や達成に向けた具体的な取組の状況を把握するための評価指標を設定
・学校の教育活動等の成果は、学校の取組だけではなく、児童生徒や家庭、地域の状況にも影響されるものであり、目標が未達成という事実のみをもって、取組が不十分であると判断できるわけではないことに留意。
(4) 学校評価を意義あるものにするために
問題を問題と捉えられる組織認識がないと学校評価は機能しない。
②学校評価を切り口にした人々の知恵と現状打破の意思が備わり、改革へのネットワークを築き上げることである。
③外部評価に意味があるのは、自己評価では気づきにくい事柄への刺激と、学校では調達できない知恵が備わっているときである。
④自己評価と外部評価が噛み合うのは、職責に対する専門職的自覚と自らの職分が脅かされるとの危機感が学校組織に働くときである。
⑤その下で、組織の何が活かせるのか、どんな機会を設けたらよいのかを各場面で評価し、知恵を集め考え、可能な方策を実行していくことが、学校組織開発を導く。
3.学校組織マネジメントの展開
(1) 新しい学校評価システムを運用した学校組織マネジメントの展開
■プラス思考
  ・自己の持ち味と強みの発見(自己認識)
 ・支援的要因と強みの活用(環境分析)
■同僚性の構築と巻き込み
 「理」を以て「情」を動かす
■クリティカルシンキングとリフレクション(内省)
■観の転換
 ・守りから攻めへ(戦略的思考と重点化)
 ・内部資源から外部資源の活用へ
 ・縦割りから縦横な関係へ
(2) 学校組織開発を展開する際の校長のリーダーシップ
(3) 学校組織開発を展開する際の校長・教頭・事務長のパートナーシップ
(4) 学校組織開発を展開する際の中堅教職員の動き方(ミドルアップダウン

 木岡教授の講演レジュメを中心に要点を拾い出したら、以上のように長くなってしまいましたが、正直言って自分でも要領を得ません。たぶん、素人なので理解が及ばないのでしょう。よく分からないなりに、学校にも評価(学校評価)とマネジメント(組織マネジメント)が必要だということは理解できました。そして、この木岡一明教授はこの世界でも第一人者らしいということも推察できました。レジュメの最後にご本人が著書リストを載せていましたので、いずれ以下のような本を読んでみたいと思います。
 『これからの学校と組織マネジメント』教育開発研究所、2003年
 『新しい学校評価と組織マネジメント』第一法規、2003年

 次が、元三重県朝日町教育長(学校経営アドバイザー)小久保純一氏による「実践提言」で、テーマは「学校評価を活かす教育長の役割~公募教育長としての実践から」です。
 この小久保純一氏という方、なかなかユニークな人物のようで、三重大学大学院を修了後、三重県庁勤務、会社経営を経て、経営コンサルタント会社に勤務した後、上場企業(リコー)で経営革新を実践。その後、公募された朝日町教育長に就任。現在は、名古屋経済大学で学生の就職支援、キャリア教育を通じて大学改革に取り組んでいる、という多彩な経歴の持ち主です。
 さて、この小久保純一氏ですが、朝日町において教育行政に経営感覚を導入した“あさひ学びプラン”を策定し、教育改革に尽力しましたが、議会で再任を否決されたため、実際の就任期間はたった1年間でした。(そういう意味では過大評価することには慎重になるべきかも)
 あさひ学びプランは教育ビジョン教育委員会ミッションで構成されています。そして、あさひ学びプランの実現のために中期目標を設定し、中期目標達成のための主な取組みとして、以下の項目を掲げています。
 ①開かれた教育システムの構築
  ・大学との協力協定の締結
  ・幼少中学校への学校経営品質の導入
  ・小学校建設委員会による設計要綱の作成
  ・警察署との交通安全啓発及び児童・生徒の安全のための提携
 ②コミュニケーション能力を高める教育
  ・国際理解教育としての「朝日イングリッシュ・キャンプ」の実現  →二泊三日、英語のみ
 ③教育の高度情報化
  ・町教委独自の学校教員(幼・少・中)研修の開催
 ④基礎学力の向上
  ・算数オリンピック委員会との協働
  ・学校活性化のための専門職員の配置  →指導主事の導入(県から割愛採用)
 ⑤文化によるまちづくり
  ・「共育トークあさひ」の開催
  ・福祉センターでの図書の貸出
 ⑥教育委員会事務局組織マネジメント
  ・教育委員会事務局、教育文化施設への行政経営品質の導入

 これらの項目を概観すると、非常に多彩で意欲的であることが分かります。まるで、やる気満々の町長の公約のようですね。
 この「あさひ学びプラン」に基づいて取り組んだ「学校経営品質」の課題について、小久保氏は次のように指摘しています。
・評価領域と項目が多すぎてポイントがボケてしまい、手間だけが掛かる。
・学校の直接的な教育活動(授業、学級経営)にまで踏み込んだ評価となっていない。
・学校の教育活動の中の個業(by教員)と協業(by学校)の特性を踏まえた評価となっていない。・その結果、教育活動の質を追求する教員の参画意識が低く、やらされ感が蔓延。
・しかも、学校全体の目標が教員個人の目標に展開されないため、実効力がない。

 次に小久保氏は、学校組織マネジメントを支援する「教育長の戦略的リーダーシップ」の重要性について語りました。
 これからの教育長のあるべき姿(求められる資質)としては、
・まちの人創りに対して人々が賛同する明確なビジョン
・教育に対する高い識見と学校組織マネジメントに対する正しい理解
・首長や議員との信頼関係
・ビジョン実現のために徹底して粘り強くやり抜く姿勢

が挙げられるとのことです。いずれも確かにその通りですが、これを実務に投影したときにどういうことに取り組むべきかは、別次元の冷静な議論が必要だと思われます。
 いずれにしても、従来のように(?)「教育長」を、幹部職員の処遇ポストとして、あるいは教員経験者の名誉職的ポストとして見なすようなら、これからの教育行政、学校経営マネジメントは展望が拓けないのであって、前述のような素晴らしい人材を積極的に(戦略的に)教育長として登用することが非常に重要だと言えそうですね。特に教育行政は首長の権限が直接には及ばないので、教育長の任命が大きな鍵を握ることになりそうです。 

2007年11月13日 (火)

コーポラティブ・ハウジングを通して「コミュニティ」を考える

 従来の、伝統的集落においては、「コミュニティ」が個人個人の生活を支える重要な役割を果たしてきました(それを「しがらみ」と言ったりもします)。一方、現代では、技術の進歩、そして各人の価値観の多様化によって、個と共同体との関係が希薄になってきています。言い換えると、現代においては、「コミュニティ」に頼ることなしに生活できることが、暮らしの場における価値となっている、という言い方もできるでしょう。
 ところが、昨今、(大災害を被災したときの経験などから)「コミュニティ」の価値が見直され、「コミュニティ」を大切にしよう、重視しよう、という気運が高まっていますね。私たちは「コミュニティ」というものとどう向き合っていけばよいのでしょうか。
 住まいづくりの一つの考え方として、「コーポラティブ・ハウジング」があり、多くのプロジェクトが取り組まれてきています。日本語に直すと「協働居住」(集まって住む住まい)などと言います。居住者の「コミュニティ」を大切にして、「コミュニティ」が豊かなことが住み心地の良さにつながり、満足感や住まいの価値を高めるとされています。ビジネスモデルとして確立させて事業展開している企業もあります。
 平成19年7月30日、NPOサスティナブル・コミュニティ研究所の開催した「サス研サロン」で、「環境共生型コミュニティ」というテーマで講演を聞いた甲斐徹郎氏(㈱チームネット代表取締役)は、「コーポラティブ事業を企画するとき、「コミュニティ」をその中心的な価値として設定すると、その事業は失敗する」と言います。前述の現代の風潮がその理由です。甲斐氏は、コーポラティブ事業においては、「コミュニティ」ではなく「コミュニティ・ベネフィット」を追求すべきだと主張します。「コミュニティ・ベネフィット」とは氏の造語ですが、「個人単位では手に入れることのできない大きな価値を、コミュニティを手段とすることでつくりだす」ことを意味しているそうです。つまり、「コミュニティ」は目的とするのではなく、手段とすべきだと甲斐氏は主張しているのです。分かりやすく言い換えれば、10数世帯が一緒に暮らして仲良くなれるはずがないので、仲良くしようと思わず、あくまで自分のためと思って協力すればよい、という考え方です。その方が合理的な考え方であり、合意形成が円滑に進む、ということです。分かるような気がしますね。
 それでは、「コミュニティ・ベネフィット」の定義で出てきた「大きな価値」とは非常に漠然とした言葉ですが、いったい何でしょうか。甲斐氏は、それを「環境価値」と「関係価値」だと言っています。「環境価値」とは、共用部空間などのハード面の価値であり、「個人単位で空間活用をすれば豊かな空間が得られにくい都市部の限られた空間において、複数の参加者が結託しあうことで、贅沢な環境を整備することによって生み出される価値」です。分かりやすい例は樹木を連続して植えることによって気候を快適にすることでしょう。景観の足並みを揃える、というパターンなどもあります。そして、一方の「関係価値」とは、実際の生活の中で生まれるソフト面の価値であり、共有の「環境価値」がベースとなって入居後に自然発生的に生まれるものだそうです(例えば、共同の菜園を作ったら収穫祭をやろうという企画が持ち出された、子どもの遊び場を整備したら外出する用事のときに子どもを預かってくれるようになった、など)。そこには「仲良くなること」や「協働すること」を強要する力は働いていません。あくまで自然発生的、だという点が重要です。
 合理的な考え方ですが、甲斐氏によれば、こうやって生まれた「コミュニティ」の存在も、時間とともに変容していくのだとか。当初は手段としての位置づけだった「コミュニティ」が、やがてそこに関わっていくこと自体がかけがいのない価値へと変容し、手段から目的へと変容するのだそうです。それは、具体的に説明することのできない精神的なもので、「同じ価値を共有している他の人々とつながりあっていることが何とも言えず心地いい」と住人が表現する感覚だとか。甲斐氏は、このようにして芽生える感覚を「コミュニティ・アイデンティティ」と名づけています。コーポラティブの住人同士が、お互いにお互いの存在を認め合い、相互のアイデンティティを強め合う、強い絆が生まれることを表現しています。
 コーポラティブ・ハウジングやコミュニティというものを哲学的に掘り下げて理解することができました。住まいづくり・まちづくりにおいては、ややもすると、広さや性能、価格など定量的に表される指標だけで評価し判断してしまいがちですが、その価値というものは、本当は、実は奥が深く複雑なものなんですよね。拙速に陥らないように気をつけてじっくりと検討したり、議論することの大切さを再認識しました。

2007年11月10日 (土)

都市政策研究交流会に参加して

「これからの地域振興~市町村合併を踏まえて」

 平成19年8月1日、午前中の「都市シンクタンク等交流会議」に引き続き、午後には「第4回都市政策研究交流会」に参加しました。この催し物の本来の趣旨は自治体職員向けですが、希望すれば参加を認めてくれますし、参加費無料なので非常にありがたい催しです。プログラムは4本立てとなっており、有識者による講演2つのあと、自治体による事例発表が2つという構成です。
 まず最初に、一橋大学大学院商学研究科教授の関満博氏による講演「合併後の市町村の地域振興」でした。関満博氏は、精力的に国内外の現地調査を重ねながら、多くの自治体や商業団体の指導をされ、すばらしい成果をあげていらっしゃいます。その成果をまとめた著書も多く、私も「現場主義の知的生産法」「現場主義の人材育成法」(ともに、ちくま新書)、「地方小都市の産業振興戦略」(新評論)などを読ませて頂き、非常に勉強になっています。従って、講演の内容も、関満博氏ご自身が自分の足で見聞きし指導した内容が中心になるので、迫力がありますし、語り始めれば話は尽きない、といった感じです。この日も「時間がたった50分なので小話程度になります」と言いながら始まりました。演題の「合併後の市町村の地域振興」を産業政策の立場からお話頂きました。主な内容は以下のとおりです。
 まずは、最近起きた中越沖地震で大きな被害のあった柏崎市から。柏崎とはここ7年ぐらいのつきあいで、全部で40~50回行っている。このまちの特色は、
(1) 大型機械加工の集積があること。
(2) 後継者が育っていること(珍しい)。
(3) 市の商工担当と商工会議所の担当が仲良し(これも珍しい)。

 地震で甚大な被害があったので、市の職員は弁当を配っており、産業振興は手付かずの状態。工場の中はぐちゃぐちゃになっている。工作機械は、倒れたものを起こしてもまだ使えない。水平を取らないと動かせないのだ。重機屋と機械屋の両方が必要だということを、中越地震のときによく学習した(普段から重機屋と仲良くしておくことは重要な秘訣だ)。被災して止まっている間にヨソに回った仕事はもう帰ってこないから、機械を動かさなかったら終わりだ。だからみんな必死になって復旧させていた。
 自分は、
次世代を担う人材を育てるための「を全国10箇所でやっている。そして、それらを相互に交流させている。
 次の事例は、中国地方の中山間地域、岡山県新庄村。人口1,100人(実際には1,000人を切っている)。この村は真庭郡の中で単独、合併に参加しなかった。
 ちなみに、村には3つのタイプがある。
自立村、ダメ村、その他の村。「その他の村」はすべて合併した。
 さて、新庄村が合併しなかった理由は3つ
。①新市の辺境であること、②ダムで財政収入が見込めること、③国保が赤字ではないこと(←これが最大のポイントだ!)。つまり、おばあちゃんがみんな元気で仕事をしている。'83-84年頃、ヒメノモチというモチ米を原料とする特産品を開発するため、4人の村民が5万円ずつ出資して会社を興した。今では6トンのモチ米を生産し、ふるさと便(特別村民が2,000人)や道の駅で捌いており、一大産業となっている。村内に農産加工所が3箇所もある。村の花は桜(がいせん桜~日露戦争に勝って凱旋したことから)だが、桜祭りには屋台が50軒出るなど、年に何回か祭りをやっている。これは重要なことであって、まわりの町村は祭りができなくなった。
 以上、二つの事例を紹介したが、市町村が合併するとなると、従来の産業政策ではやっていけない。
これまでの市町村の大半は「産業政策」というものを持っていない(持っているのは1,800市町村のうちせいぜい20くらいだろう)。あるのは商工対策のみ。その中で最も先進的なのは東京の墨田区。「産業ガイドブック」を作っている。
 今、都道府県で意欲的なところは島根県岡山県(他はナシ!
岩手県は少し疲れ気味)。自分が出かけていって、月に一度、市町村の商工担当の30歳くらいの若手を集めて勉強会をやっている。

 続いて法政大学現代福祉学部教授の岡崎昌之氏による講演で、演題は「合併後の市町村振興とまちづくりを担う人材」です。講演を伺っていると、この先生は全国の自治体のことを本当によく知っているんだなあと感動しました。相当に幅広く関わっているものと思われます。さて、その講演の主な内容は以下のとおり。
レジメ1.平成の市町村合併がもたらしたもの
(1) 基礎自治体の変容
 合併による危機を2つ。①地名がどんどんなくなっていく。例えば、和紙のさととして有名な今立町は武生市と合併して「越前市」となった。湯布院町も合併して由布市となった。②アーカイブス(文書)の散逸。
 ある財団で10年間、毎年2,500万円かけて日本の地方自治について調査研究を行った。その中で、スイスとオレゴン州と日本の比較研究を行った。スイスとオレゴン州では中山間地域の人口が増えている。ここでは、Direct Payment(直接所得保障制度)で所得の2/3~3/4をカバーしているが、この制度は都市住民からも支持されている。

(2) 市町村振興、まちづくりの停滞
 中核となるべき市のリーダーシップが欠けているのではないか。
(3) これからのまちづくりに向けて
 現在の市町村数は約1,800だが、1,600~1,700で収束しそう。明治の大合併は「小学校が経営できる規模」、昭和の大合併は「中学校が経営できる規模」という説明だったが、平成の大合併の1,000という目標値にはほとんど説明がない。戦後ずっと住民の自治意識は欠如しているが、それは自治体がしっかりとやってきたから。
レジメ2.市町村合併後の市町村振興
-国土交通省調査『自立した地域づくりの継承方策の検討調査、2004・2005年度』から
(1) 新自治体内の融和と個性
 もとの個性を磨き直して、交流を図ることを通じて、そこから融和と連帯、連携が生まれるのではないか。
(2) 小規模地域(狭域地域社会)からのまちづくり
 合併すれば、周辺地域は必ず疲弊する。
 広島県安芸高田市(旧高宮町)の川根地区では、廃校になった中学校を再生して宿泊研修施設「エコミュージアム川根」を高宮町が住民の提案を受けて建設し,川根振興協議会が管理・運営をしており、年間約6000人が利用している。
 薩摩川内市に峰山地区というところがある。リーダーとして、旧来型の有力者ではない人を地元が押し立てている。何でもできる人。アイデアを出す人。
 女性パワー、外来パワーの導入も地域おこしの鍵を握る(上勝町、遠野市(風の丘道の駅)など)。団塊の世代は当てにならない。むしろ、団塊ジュニアの方が当てになる(日本で最も人口の少ない町、早川町では早稲田大学の大学院生が定住。品川区と連携)。

(3) まちづくりの担い手
 ニセコ町の図書館(正式には学習交流センター、愛称は「あそぶっく」)では、若いお母さん方が施設の運営を担っている(あそぶっくの会)。
レジメ3.新しいまちづくりを担う人材
(1) 地域と住民の視点からのまちづくり再考
 水俣市に「モマの会」という職員研究グループがある。モマとはムササビのこと(5時6時以降に動き出すから)。地元学~まちづくりのきっかけとなる素材を探す。ごみ分別22種類(特にガラスの分別が厳しい)。
(2) まちづくり課題の変容と専門性
 施設・公共投資偏重型から地域社会課題解決型へ。どうやって課題を発掘するか、専門性が問われている。昭和52年に内子町に立ち寄ったときのこと。素晴らしい町並みが残るまちだが、岡崎調査チームを引き留めたのは町民2人だけ。そこで声を掛けられなかったら、このまちとの出会いはなかっただろう。

 書き残したメモを見ても、岡崎先生の話はあまり面白い内容ではなかったようですね。

 後半の事例発表です。一つ目は「豊田市足助地区(旧足助町)における合併後の地域振興の取組み」。
 (旧)足助町は、まちづくり、まちおこしでは全国的に名の知られたところ。平成17年4月に1市4町2村が合併して豊田市となりました。旧豊田市は産業では栄えているわけですが、合併によって全国版の観光地を手に入れた!と喜んだそうです。香嵐渓のもみじが有名。紅葉の時期には60万人の観光客が訪れます。飯盛山全体をライトアップしています。その当初の狙いは昼間の渋滞の緩和だったが、結果的には昼夜ともに渋滞することになってしまったとか。
 足助屋敷(緑の村協会)、百年草(百年草協会)、足助観光協会が合体して、株式会社三州足助公社が誕生。
 地域の相違を認め、それぞれの持ち味を生かしあって、都市と農山村が共生していくため、豊田市まちづくり基本条例、豊田市地域自治区条例を制定した。26の地域自治区地域会議を設置。各地域会議には500万円の予算「わくわく事業補助金」を配分。H17:14件、H18:21件、H19:12件の申請があった。
(コメント:足助地区のまちづくり・観光対策も先進事例として興味深かったですが、豊田市の「地域自治区」制度は都市内分権、住民自治のあり方として研究する価値がありそうです)。
 事例発表の二つ目は「阿蘇地域における“スローな阿蘇づくり”の取組み」を、(財)阿蘇地域振興デザインセンターのお二人が発表されました。この(財)阿蘇地域振興デザインセンターとは、「阿蘇地域内の連携を図り、地域振興、観光振興、環境・景観保全、情報発信を広域で取り組むためのシンクタンクとして、旧阿蘇郡12ヶ町と熊本県が30億円を出捐し、その運用益で事業を推進する公益法人」だそうです(平成2年設立)。ゆっくりのんびり阿蘇を楽しむ「阿蘇カルデラツーリズム」を推進しています。

 以上、大変盛りだくさんの内容でした。講演内容をきっかけにさらに調べてみると、自分に必要な情報がいろいろと手に入りそうです。

2007年11月 4日 (日)

都市シンクタンクの必要性と意義

 都市シンクタンクとは、都市自治体が主体となって設立した都市問題・都市政策研究等のための組織です。各自治体では暗中模索、試行錯誤を重ねながら、その設立や運営に取り組んでいます。地方分権が本格化・具体化する中で、各自治体の調査研究能力、政策形成能力の一層の向上が求められており、都市シンクタンクの役割は非常に高まってきていると言えます。増大する都市問題やそれらへの対応、市民・行政との関係、自律的な経営体制のあり方等、各シンクタンクに共通する課題も多いことから、これら共通課題に関する情報・意見交換を行い、適切な課題解決に向けての方策や考え方を探るために、(財)日本都市センターは、平成10年度より「都市シンクタンク等交流会議」を開催しています。第10回の交流会議が平成19年8月1日に開催されましたが、部外者ながら私も許可を頂いて参加させて頂いてきました。この会議に参加した都市シンクタンクは18でした(青森公立大学地域研究センター、いわき未来づくりセンター、うつのみや市政研究センター、せたがや自治政策研究所、中野区政策研究機構、三鷹ネットワーク大学推進機構、横須賀市都市政策研究所、藤沢市政策研究室、小田原市政策総合研究所、さがみはら都市みらい研究所、みうら政策研究所、上越市創造行政研究所、(財)堺都市政策研究所、きしわだ都市政策研究所、とよなか都市創造研究所、(財)大阪府市町村振興協会(おおさか市町村職員研修研究センター)、北九州市立大学都市政策研究所、宗像市人つくり・まちづくり研究所)。この他に、(おそらくまだシンクタンクを設立するに至っていない)自治体が数団体、そして墨田区議会と丸亀市議会の議員さんなどを含めて総勢50名が参加されました。
 まず最初に、日本都市センターが実施した「平成19年度都市シンクタンクの活動状況等に関するアンケート調査」の結果が報告されました。それによると、この調査の対象が39団体ということで、これが全国の都市シンクタンクの総数のようです(ちなみに、三重県内としては、四日市地域研究機構が入っていました)。
○研究員の数
 常勤の研究員の数が多いところは、京都市景観まちづくりセンター12人、(財)東京市町村自治調査会11人、大阪市政研究所11人、豊田市都市交通研究所10人、北九州市立大学都市政策研究所10人などですが、1~2人というところや非常勤しかいないところも結構多いようです。ちなみに、四日市地域研究機構は6人なので少ない方ではありません。
○調査研究予算
 都市規模にもよるので、単純比較はあまり意味がないかと思いますが、大阪市都市工学情報センターの5億6,740万円と、なぜか豊田市都市交通研究所の1億9,300万を例外としても、(財)東京市町村自治調査会の8,500万円から草津市みらい政策研究会の17万円弱まで非常にばらつきがあります。例外の2つを除いて単純平均すると約1,500万円という予算規模です。なお、研究員の人件費や間接費用を含むかどうかについてはバラバラです。
○市民研究員制度
 市民研究員制度とは、市民のなかから「都市づくり」に熱心な人を登録し、研究テーマごとにそれにふさわしい人物を選定し、特定期間、調査研究に従事してもらう制度です。この制度を行っているところが7,行っていないところが22ということで、実施率は2割強といったところです。
○中期的な目標・計画
 策定している6、策定中が5、策定していないところが20、とあまり策定していません。
 以上の他に、「自主調査研究テーマの決め方」「調査研究を効率的・効果的に進めるための工夫や取組み」「調査研究活動の成果物に関する評価方法」「研究成果を施策に反映するための取組み」「現在抱えている問題点・課題等」を聞いています。これは自由回答方式なので、詳しく紹介することはできませんが、特色ある例を幾つか挙げれば、毎年市民に研究テーマを公募した上で選定したテーマ案を、市民研究グループや市民研究員の代表が入った「機構会議」に諮って決定している(金沢まちづくり市民研究機構)とか、外部の専門家を非常勤職員として雇用したり経営コンサルタントなどをアドバイザーとして起用している(多数)などの取組みが紹介されていました。一方、研究員が市や民間企業からの派遣であるため、人事異動によって培ってきたノウハウや人的ネットワークがうまく継承されていかないといった問題点にも触れられていました。
 次に、東京都中野区に新たに設立された中野区政策研究機構の所長に招へいされた澤井安勇氏による講演でした。演題は「自治体シンクタンクの意義と中野区政策研究機構」。澤井氏は、東大工学部を卒業して自治省に入り、岡山県副知事、消防庁次長などを経てNIRA(総合研究開発機構理事)を務めていた方で、工学博士でいらっしゃいます。
 最初に、政策シンクタンクの世界的動向として、形態は多様ながら、諸外国では原則として営利目的の機関はなく、大学の付属研究所を積極的にシンクタンクに位置づけているが、日本の傾向はその逆である、という説明がありました。つまり、海外では自主的に活動する独立系の公共政策研究機関に重心が移っているのに対し、日本では現在も政府や自治体からの受託研究が主な活動の場となっている。そして、近年では、都市自治体シンクタンクやNPO型・コミュニティ型のシンクタンクが増加する傾向にある。
 二つ目として、自治体シンクタンクの役割と課題についての説明がありました。役割としては、○トップ・マネジメントへの代替的政策提言、○庁内における政策形成支援(職員のスキル・アップを含む)、○他の社会的アクターとのブリッジング(交流・連携)、○地域政策ネットワークのコーディネート(お世話)、○市民への情報発信・解説等が挙げられます。また、課題として、○地域ニーズ把握・政策分析・提言等の自由度確保、○庁内組織との調整、○知的インフラのストック形成(人事異動との関係)が挙げられます。確かに必要で不可欠の役割だと感じます。
そして、最後に中野区政策研究機構の活動理念についての説明です。澤井所長が主導して取りまとめた基本理念は「都市と市民の世紀におけるコミュニティ・ソルーションの追求」です。初年度である2007年度には次のような研究テーマを掲げているとか。いずれも大きなテーマに取り組もうとしています。
 (1) 基礎研究:中野区の現状と課題の分析
 (2) 2050年分析の視点も加えた地域資源データベースづくり
 (3) 障害者の雇用促進
 (4) 建替え促進等による住環境向上:木造密集市街地を中心として
 続いて、「うつのみや市政研究センター」からの報告でした。ここは平成16年度から活動を開始している、まだ若いシンクタンクです。前市長(現知事)の2期目の公約だったそうですが、設立の背景として、地方分権の進展と、行政が「問題対応型」から「課題発見・解決型」に切り替わりつつあることを挙げています。市役所の組織としては総合政策部政策審議室に所属していますが、政策審議室が実務的な課題に係る研究・立案を担い、市政研究センターは専門的・基礎的な課題に係る調査研究を担うという役割分担になっています。前者が短絡的な視野、後者が中長期な視野、という違いを持っています。さて、このセンターは、①調査研究、②政策形成支援、③情報収集・発信、の3つの機能を持っています。①調査研究の一つとして、市政における重要な政策課題について市職員が共同で調査・研究する必要が生じた場合に当センターに政策研究チームが設置されます。例えば「子ども青少年行政のあり方に関する研究調査」では12課の13名で構成されています。②政策形成支援機能としては、担当課の求めに応じて助言、講師や委員等の紹介、職員の政策形成能力の向上などが挙げられます。組織の客観性・独立性・専門性を確保するためには、外部から所長を招へいしたり、外部有識者による企画運営アドバイザリーを開催したり、政策ブレーンとしての専門スタッフ(専門研究嘱託員2名)を確保しているそうです。具体的なシンクタンクの実情が理解できて助かりました。
 最後に意見交換、質疑応答です。
 四国の丸亀市議会の議員さんから、「議会でいくら要望しても作ってくれないが、どうやったらいいだろうか」という質問がありました(自分たちは2人だけの少数会派なので非力だとか)。それに対して、宇都宮市では市長の公約、中野区では区長の意向と、なんだか首長の意向が最大の鍵であるかのような話になっていました。
 新宿区からは、来年度にシンクタンクを立ち上げる予定だが、政策研究チームへの職員の拘束の程度はどのくらいか?という質問でした。宇都宮市からの回答では、各課の上司も割と必要性は理解してくれたが、本来業務に追われて参加しにくいのが実態だったので、キーマンを研究チームに入れてしまったとのことでした。

 以上です。限られた時間でしたが、シンクタンクの方々の生の意見交換を聞くことができて非常に有益でした。本格的な地方分権の時代においては、「課題発見・解決型」の行政が不可欠となりますので、組織の形態や規模はともかく、このようなシンクタンクを自前で持つことの必要性は非常に高いという印象を受けました。若い職員の意欲と感性を発揮する場として適しているのではないかと思いますし、外部の大学や企業の研究者や専門家との連携協力、そして市民との協働を深める主体としてもふさわしいように思われます。

2007年10月26日 (金)

運輸政策セミナー「地域公共交通が抱える課題、バス110番に見る地方自治体の交通問題」に参加して

 平成19年7月23日、(財)運輸政策研究機構が開催する標記セミナーに参加してきました。セミナーの企画趣旨は以下のとおりです。
豊かな地域生活を営む上で、地域の公共交通サービスの維持、拡充が不可欠である。しかしながら、モータリゼーションの進展や大都市への人口流出等により公共交通利用者は減少傾向をたどり、多くの公共交通事業者は経営に苦しんでいる。一方、近年、高齢化の進展や規制緩和等を背景として地域公共交通の再生、活性化に向けた気運が高まっており、全国で様々な工夫がなされている。また、5月には、新たに「地域公共交通の活性化及び再生に関する法律」が制定され、これに併せて、(財)運輸政策研究機構でも公共交通支援情報センターを設置し支援活動を行っている。本セミナーは、地域交通の現状、問題点、あり方、そして地域公共交通活性化への取り組み事例についてお話頂く事を目的に企画したものである。

 さて、前半は、講演は広島大学大学院国際協力研究科藤原章正教授による「地域公共交通が抱える課題~ComPASS/ComMASSを活用した人材育成」でした。
 ComPASS/ComMASSとは、ComPASSが、過疎化・高齢化に伴う問題を抱える地域の公共交通のサービス水準を決定する支援ツール、ComMASSが、市長村営バスの運営を行うに当たって必要となる、様々な管理業務(ダイヤ(運行時刻)、運転者、車両等)の効率的、適切な実施と安全運行をサポートするもので、前者がCommunity-bus Planning Aid Simulation Sysytem(地域におけるコミュニティバス計画支援シミュレーションズ)、後者がCommunity-bus Management Aid and Support Sysytem(市町村バス運行管理システム)が正式名称です。広島大学で開発したシステム(ソフトウェア・プログラム)で、自治体には無料で配布し、指導しているとのこと。配布状況は、ComPASSが41自治体へ、ComMASSが42自治体へ、2つセットで28自治体へ供与されているとのこと。講演では、JR可部線の可部~三段峡の区間をモデルにデモンストレーションが行われました。私は交通行政の担当者ではないし、これらのソフトウェアの有り難みはよくわからなかったのですが、一つだけ気になったのは、これらの取り組み・システムが「地域公共交通」だけを見ているようであり、従って、第三者から見るとおかしな議論が生き延びているように感じられた点です。もっと、地域公共交通を使う側の産業とか、観光とか、住民の生活や活用などとの連結、交通利用への付加価値といった、幅広い総合性、複合性の視点から位置づけ、検討すべきなのではないかと感じました。最早、地域公共交通が、それだけで自立し、発展することはあり得ないのだとおもいます。たとえて言えば、血液や血管だけを取り出して、その成長とか健康度を議論しているかのようです。
 なお、講演参加者に「地域のニーズに応じた効率的な乗合旅客輸送サービス導入・促進マニュアル」が贈呈されました。国土交通省中部運輸局が作製したものです。分かりやすく丁寧な内容のようなので、いずれ機会があれば勉強したいと思います。

 講演の後半は、岩手県立大学総合政策学部の元田良孝教授による「バス110番に見る地方自治体の交通問題」でした。元田先生は、私が岩手県庁にいたときに何度かお会いしており、出身母体も同じ旧建設省です。
 路線バスというのは、国(運輸局)がバス事業者と路線を決め、実質運営してきたため、自治体はバスの計画・運営についてほぼ蚊帳の外でした。しかし、路線バスは地域住民の貴重な足であり、撤退してしまうと、代替バス等を自治体が自ら行わなければならなくなります。経験もノウハウも権限も予算もない中でいきなりバス事業の矢面に立たされる自治体は途方に暮れてしまうわけですが、そのような問題に対処するため、バス110番は自治体への技術的支援組織として誕生したとのことです。民間にバス専門のコンサルタントがほとんどいないということも背景にあるようです。バス110番では、次のようなことを目的としています。
・地方自治体公共交通計画策定のアドバイス
・公共交通計画策定の調査のアドバイス
・公共交通の現状評価
・他市町村の事例の紹介
・外部からの各種プロポーザルの評価
・その他

 いわば、法律の無料相談のようなものだそうで、ボランティアであり、調査等の受託は原則として受け付けていないとのこと。メンバーは14名であり、ほとんどが大学の教官(研究者)です。
 バス110番を通じて次のような問題点が浮かび上がってきたとのことです。
○公共交通計画の策定について
 自治体が公共交通計画の策定を行うにあたって、その方法論が分からず苦労している。データ不足、調査方法の不適切さも見られた。また、既存のバス路線等と調整しなければならないが、それが自治体の公共交通計画を難しくしている。
○デマンドバス
 デマンドバスとは、バスとタクシーの中間の公共交通機関で、様々な運行形態があるが、利用者が電話で依頼し相乗りで目的地に向かうバスである。需要に応じて運行されるためムダが少なく、戸口輸送をするシステムもあり従来の路線バスより便利なシステム。現在全国で自治体等により50を超える地域で運行されており、年々増えている。
 利用者の要望に応じて運行をするため、ITシステムを導入することが多いが、地域の実態とかけ離れた不要なITシステムに高額の費用を費やしているケースが見られる。もともとデマンドバスは需要の少ない地域で適用されるものなので、それほど複雑な運行管理は必要ないことが多い。
○合併自治体内部のバス路線
 合併後の自治体で問題になるには、合併した旧市町村を結ぶ新たなバス路線。合併後の自治体の一体感を高めるため、このようなバスが計画されることが多いが、経済合理性以外の方針が入るため、あまり利用されない場合が多い。公共施設の共同利用やイベントの開催に合わせた運行など、まちづくりと一帯となった交通計画の策定が必要。

 私も素人ながら講演を聞いて次のようなことを感じました。
お年寄りに目一杯、精一杯配慮したバス計画を立て、ソフト対策も講じ、それで顕在化させることができた需要が、その地域での最大限だと見極めればよいのではないか。
○コミュニティバスやデマンドバスは、自治体直営ではなく、NPOに運営してもらい、バス会社OB(運転手)やタクシー運転手経験者、宅配業者OB、郵便局OBなどを雇用してはどうか。
市町村に交通政策の人材もノウハウも乏しいという話を聞いて驚いた。この分野は行政が担うべき(つまり、住民が個々では解決できない)重要な課題なのではないか。
○人口密度の薄い、需要の少ない地域では、デマンド対応によって、ある程度はハンディをカバーしていけるだろう。試行錯誤していくしかない。

2007年10月24日 (水)

ふるさと納税制度は地方自立の推進力となるのか?

 ふるさと納税制度は地方自立の推進力となるのか?

 平成19年の参院選を前に、住民税の一部を生まれ育った故郷に納める「ふるさと納税」構想が急浮上し、総務省で検討が始まりました。都市と地方の税収格差是正策として、自治体の中では歓迎の声がある一方、受益者負担や税制の根幹に抵触するとの意見も強いのが実態です。あるべき地方自治、とりわけ地方自立の視点から「ふるさと納税」について考えるシンポジウムに参加してきました。平成19年7月2日の夜に行われた、自治創造コンソーシアムというNPO法人に主催によるパネルディスカッションです。パネリストは、新藤宗幸(千葉大学教授)、神野直彦(東京大学大学院教授)、西川一誠(福井県知事)、根本良一(前福島県矢祭町長)の4名です。

総務省「ふるさと納税研究会」委員でもある西川福井県知事が、ふるさと納税が議論になっている背景を説明しました。
 三位一体改革は、議論されているほど実態が進んでいない。数年前からふるさと納税(または寄付)を提唱してきた。
矢祭町の根本前町長
 この税がいいとか悪いとか言っている余裕は、ない。口に入るものなら何でもよい。くれるものは遠慮しないが、「あなたの言っていることは日本全体にとって正しいことなのか?」ということはいっぱいある。では「ふるさと納税」に反対なのか?と問われれば、これは合併特例債のような次元の低いものではないが、しかし税としての議論は尽くされていないと思う。
神野直彦教授(極めて過激な意見を披露しました)
 ふるさと納税を議論することは、民主主義の破壊につながると考えているので、このテーマに関する行事には一切出ないようにしているが、今回は搦め手で来られたので出ざるを得なくなった。たとえて言えば、これは「クールビズ政策」だと思う。つまり、環境破壊はもはや手遅れではないかと思われ、今私たちは何をすべきか、よく議論する必要があるが、本当に待ったなしの状態だというときに「ネクタイを取ろう」というのがクールビズ政策。それを蕩々と議論していて本質的な問題点がなおざりにされているようなものだ。
 民主主義は、祖先を含め私たちの尊い「血」で成り立っている。それは課税承認権支出承認権であるが、この2つの要素を根底から覆すものではないか。共同で意思決定をする財源として、納税している。納税者自身が決定権を持たないというのが民主主義のルールであるにもかかわらず、「ふるさと納税」は税金の使い方について、納税者が決定権を持つ仕組みである点が問題だ。
 やっても何かメリットがあるのか、何のためにやるのかということだ。
 地方税のルーツは教会税。共同の問題解決のために、お互いにお金を出し合っていたもの。なぜ、他の地域の困難解決のために、地方税を持っていかなければならないのか(なぜ国税を投入しないのか)。
 水平的財政調整というやり方はあるが、財政需要・財政収入の両方の「財政力」を見なければならないのに、ふるさと納税は財政需要の方を見ておらず、格差是正の点でも問題だ。
新藤宗幸千葉大学教授
 自治体学会でも、バブル経済真っ盛りのときにふるさと納税を議論したことがある。ろくなまちづくりをしていないのに豊富な税収のある自治体がけっこうあった時代だったが、当時としてはかなり共感を呼んだ構想だった。
 今回のふるさと納税は、かなり政治的に使われすぎている。見え見えだ。総務大臣はなかなかのくせ者だ。先日、東京都、神奈川県、愛知県、大阪府の4知事が反対の記者会見をしていた。法人二税を財政調整の骨太にすえるべき。原理原則は根本町長や神野教授の言うとおりだが、美しい国など、情緒的な風土への回帰がコワイ!と思っている。

二巡目の西川知事
 租税理論には歴史性がある(古くはシャウプ税制など)。ふるさと納税には経済、財政的な意味がある。税制の偏在という問題。ライフサイクル、流動化の時代の税制のあり方を考えることが必要。納税者が選択するということで、納税者主権、税による投票という意味が加わる。これによって地域間で納税者の立場に立った行政の競争が発生し、そして、寄付文化が生まれるのではないか、と考えている。
新藤宗幸教授
 西川知事の意見はそれなりに理解できるが、まず手を付けるべきは国税だと思う。源泉徴収制度はやめるべき。やめれば税への関心が高まる。地方税における地域間格差は、極めて深刻な事態であり、これは、ふるさと納税で解決できる問題ではなくなっている。
根本前矢祭町長
 矢祭町も有名になったから、関係ない人から矢祭町に納税してやろうという人が出てくるかもしれない。シャウプ勧告は、税制や地方分権の未確立なときに出されたものだ。
 今、税の滞納がどんどん増えている。5年経過すると不納欠損処理をする仕組みになっている。しかし、税法で、5年に1回しか催促できないことになっている。
 お金は欲しいが、税は国家論だから、しっかり議論して欲しい。
神野直彦教授
 ふるさと納税が人気ある2つの理由。まず、間接民主主義に対する悲しいまでの絶望感。そして、市場経済がグローバル化していて、ふるさと存続運動が盛んになっていること(しかし、欧米のそれと日本のそれとは本質的に異なるが)。ふるさとは「近くにありて守るもの」だ。ところが、ふるさと納税の思想は、ふるさとを見捨てていこうというものだ。
 高度成長期に地方から都会に貧しい人が出てきた。現在は、地方から東京に出てきているのは豊かな人であり、貧しい人は出てこない。
 都市内、地域内で、地域間格差が起きている。地域内格差、地域間格差が経済のグローバル化によって生じている。
 財源保障機能を強化すべき。これしかない!
西川知事
 日本人は「抜本的に○○する」「根本的に○○する」と言いたがる。そういう議論は大事だが、少しでも変えていけるものを実行することが欠けていたのではないか。

司会者(浅田和幸氏(全国ふるさと大使連絡会議副代表幹事)
 一般庶民が、税のあり方を茶飲み話で取り上げるようになったのはふるさと納税の効能かもしれない。議論することで地域のあり方が見えてくる面もある。
新藤宗幸教授
 西川知事の言うことも分からんでもない。改革はできないよ、改良だよと言われると、若い頃を思い出す。税制において手をつけなければならないことが他にある。
 だいたいおかしいと思うのは「がんばれ地方応援プログラム」。これにまず手をつけるべき、何だあれは!あれは革命なんかじゃない。
根本前町長
  私はふるさと納税制度が全然だめだとは思っていない。郷土愛そのものであろうと思っている。
 矢祭町の出生率は1.94。出産、子育てに対して手厚い助成を行っている(妊婦検診は全部無料、出産祝い金は3人目100万、4人目150万、5人目200万の支給。保育料は1/4、給食費は1/2にした)。これは本来なら国策だと思いながら取り組んでいるが、地方の苦労は半端じゃない!しかし、子どもたちは出生率1未満の東京へ出て行って帰ってこない。このようなことは国策としてやってほしい。金で返してくれと言いたい。豊かな人だけが出て行っているわけではない。
神野教授
 町長に反論するようだが、高等教育に進学するのは、やっぱり恵まれた人だ。これは変わっていない。地域ごとにチャンスがあって、地域の経済はやはり人間がやる気を出さないと発展しないのであって、そういう意味で、地方は高等教育を立て直さないといけない。
西川知事
 寄付の文化というものを大切にしていきたい。大都市の自治体からも、税制のあり方について発言してほしいと思っている。
新藤教授
 最近の政治は、観念のお遊戯をしているように見えてしかたがない。原点をもう一度見直しましょう、と言いたい。次期戦闘機270億を40機も買うくらいなら、47都道府県に270億ずつ配った方がマシだ。
浅田和幸氏(司会者)
 今日の議論は、日本の国がどうあるべきかを考える、一つのきっかけになったと思う。ふるさと納税問題を契機に、地域のあり方、わが国の仕組みを考えるきっかけにして頂きたい。

 以上のようなやり取りで、税制のことをよく知らない小生は理解できない話も多く、上記の発言メモもストーリーがつながっていないところが多々あったと思います。賛成派・西川知事vs反対派・神野教授、中立的な新藤教授と、本音と建前に狭間で苦しむ矢祭前町長、という構図だったかと思いますが、ふるさと納税構想の意義や狙い、そして問題点などがそれなりに浮き彫りになったという意味で、意義あるシンポジウムでした。西川知事が一人で劣勢に立たされ、人選に問題なかったのか?と思いましたが、議論が噛み合わなくても泰然としているところが感心しました(良くも悪くも)。神野直彦教授の生の声は初めて聞きましたが、ものすごく論理明晰で、機関銃のようにしゃべるので、聞く側としてはついて行けないことが度々ありました。でも非常に新鮮な印象を受けました。
 とりとめのない報告になってしまいましたが、以上です。
(注:後日、このブログを読まれた司会者の浅田和幸氏から原稿の誤りをご指摘頂きました。ありがとうございました。また、議事録の冊子を送って頂きましたので、自分なりに原稿に加筆修正をいたしました。テープ起こしをした議事録を読むと、自分のメモも結構(9割方?)取れてるなあと妙に感心する一方、間違いや書き取りこぼしも少なからずあったことが分かり、いい勉強になりました)。

2007年10月22日 (月)

「参院選マニフェスト・ウォッチ」に参加して

 既に参議院選はとっくの昔に終わり、自民が大敗しました。その後、安倍政権から福田政権に変わりましたので、今更、参院選に関連する行事への参加記をアップするのも気が抜けていますが、政党マニフェストを取り上げたという点ではまだ賞味期限が来ていないネタだと思うので、整理しておきたいと思います。
 平成19年6月28日の夜、六本木ヒルズ森タワー49階にあるアカデミーヒルズで「参院選マニフェスト・ウォッチatアカデミーヒルズ」が開催されました。出席者は、竹中平蔵、加藤寛(千葉商科大学名誉学長)、跡田直澄(慶應義塾大学商学部教授)、野村修也(中央大学法学部教授)、ロバート・フェルドマン(モルガンスタンレー証券経済研究主席)、岸博幸(慶應義塾大学准教授、経済産業省出身)、世耕弘茂(自民党・総理大臣補佐官)、津村啓介(民主党衆議院議員)という蒼々たるメンバーでした。
 まず、世耕、津村両議員から両党のマニフェストについて説明がありました。それに対して、出席者から順次、辛辣な発言がありました。
加藤寛
 今、日本にとって大事なことは「何をするか?」。小泉さんのときになぜ燃えたか?それは、郵政民営化というテーマを明確に掲げたから。安倍さんは何を一番重要と思っているのかよく分からない。
 民主党のマニフェストでは、高校の無償化なんてできるわけがない。できないことを書いていることが大きな問題だ。
 そもそも、参院選に向けた今回、マニフェストを作る必要があったのだろうか。日本の政党はまだ成熟していない。

竹中平蔵
 マニフェスト選挙が定着してきたことはいいことだ。その動きは勧告に輸出された。
 与党のマニフェストと野党のそれは、本質的に異なる。与党は、マニフェストを作りやすい立場にあり、60点を取るのは簡単で、それを70点に上げることは難しい。一方、野党はフリーハンドなので、100点を取ることが可能だが、同時に、0点になる可能性もある。
 自民党のマニフェストは、文章の出来が悪い。役所のペーパーをバインディングしたかのようだ。戦略的アジェンダが伝わってこない。
 民主党のマニフェストは、個々いろいろ書いているが、日本経済全体がどうなるのかが書かれていない。マクロのフレームワークがないのは、致命的だ。
 自民党のマニフェストには、以前は「小さな政府」と言っていたが、今回それが消えた。民主党の方は、もともと小さな政府にコミットしてきていない。

ロバート・フェルドマン
 自民党のマニフェストでは、社会保険庁について13行、漁業について14行を使っているが、バランスは悪くない。民主党は、社会保険庁と国税庁を一緒にすると書いているが、やはり「大きな政府」路線ではないか。また、教育費の歳出5割増ということは、18兆×0.5で9兆円も増やすことになるが、本当か。
野村修也
 野党は、政権を担ったらどうする、という大きな柱を示すべき。自民党のマニフェストは、「成長」という言葉を無理に7項目すべてに入れているが、よく分からなくなっている。公務員改革に関しては、天下りや談合の問題も大事だが、官の仕事をどう変えていくかということの方がより大事だ。
 民主党のマニフェストで、林業で100万人雇用を目指すと書いているが、現在の雇用が5万人(世耕議員が「4万人」と訂正)であり、必要性はあるものの、100万人は無理だ。林業の平均年収は200万円だよ!

跡田直澄
 今回の自民党と民主党のマニフェストは、マニフェストと言えるのか。これでは昔の「公約」と同じではないか。また、前のマニフェストがどこにも出てこない。

 これらの意見に対して、世耕、津村両議員からの反論です。
世耕弘茂
 個人的には、参院選でマニフェストがいるのか、また、議員内閣制に合うのか、という点で心の中に疑問はある。政府の場合は「骨太の方針」に込められているし、総裁選での安倍さんの公約もある。
 教育改革と教育再生を混同してはいけない。教育改革として教育基本法を改正し、愛国心などを位置づけた。一方、年明けてから教育再生に取組み、学校のレベルアップ、特に公立の学校について取り組んでいる。
 マニフェストの7項目の中で一番大事なのは「公務員改革」と思っている。キャリア制度が元凶だ。この法律で天下りはなくなるし、ワタリはできなくなる(刑事罰もある)。
目指す者は小さな政府だ。地方公務員もリストラしていく。民主党のマニフェストにはこの点が書いてないが、自治労の影響かな、と思う。

津村啓介
 今回のマニフェストにおいては、3つのこだわりがある。一つ目は「事後検証性」。年金一元化(税方式で)、子供手当(26,000円)、高校の無償化、補助金全廃、温室ガス50%削減など、事後検証が可能なものを盛り込んでいる。二つ目は「以前のマニフェストからの継続性」。前政権からの不連続は政権交代の醍醐味だと思う。三つ目は「財源の裏付け」。2.6万×1,876万人×12年=5.8兆円と11万円×274万人=3,000億円とで6兆円、年金で6兆円、高速道路無料化で5兆円、計17兆円が歳出増。一方、補助金の一括交付で6兆円、公務員改革で4兆円、公共事業で3兆円、税控除廃止で4兆円、計17兆円の財源を生み出し、プラスマイナスゼロになる計算。

竹中平蔵
 自民党は成長率2%と言ったが、2006年は1.4%と達成できなかった。民主党はその点を争点にするチャンスだ(2年前のマニフェストには書いてあるのに)。
 民主党の言う「補助金削減6兆円」、これはできない!これまでは税源移譲してきた。つまり、削減しただけ歳出が減るわけではない。プライマリバランスの2011年達成はできる見通しなんだから、言ってしまえばいいのに!
 自民党は、武部幹事長が「公務員の課長以上の2割は民間から」と書いていたが、今回それが消えた。継続性に問題あり。

世耕弘茂
 民主党のマニフェストを試算してみると、それを全部やると35兆円の歳出増になる。一方、財源は15兆円なので、まだ20兆円足りない計算になる。
加藤寛
 人材バンク(人材交流センター)だが、有能な人は人の世話にならなくても再就職できるから、センターなんていらない。現に竹中さんはちゃんと慶應大学に行った。人材センターは役所と完全に切り離すというが、再教育してからにしてもらわないと。
ロバート・フェルドマン
 公務員の定年を40歳とすべき。

 このような丁々発止の議論がかわされました。与野党議員も学者もディベートのルールを守り、気持ちよい意見の交換が行われたという印象です。学者さんたちは売れっ子スターばかりで、さすがに発言は鋭く示唆に富み、インパクトがありました。世耕議員は広報担当の補佐官としてはしゃぎすぎているだのいろんな批判を浴びていますが、直接に発言を聞いてみると、弁は立ち、中身は分かりやすく理路整然としていますし、快活で好印象を受けました。津村議員は、民主党の政調会長代理だということだったと思いますが、ぎりぎりに出席が決まり、準備不足かと思われましたが、懸命に受け答えしていました。やや線が細い印象はありますが、誠実で一生懸命頑張っている姿勢が感じられました。両議員とも、厳しい突っ込みに対して、怖じ気づかず、またはぐらかさず、本音ベースで堂々と受け答えしており、よかったと思います。
 今回の参院選向けマニフェスト自体はともかくとして、このような形で政策を幅広く議論する習慣が広まるのは素晴らしいことだと思います。

2007年10月19日 (金)

オーバーストア時代の中心市街地活性化

 さる平成19年6月12日、都市計画家協会というNPO法人の公開研究会に参加し、標題のようなテーマによる講演を聞いてきました。講師は日本政策投資銀行の藻谷浩介氏です。常勤の銀行マンでありながら年間数百回もの講演をこなす藻谷氏は、その事実だけでもうスーパーマン(何とも凡庸な表現で済みません)です。藻谷氏がご披露されているまちづくりに関する持論は、豊富なデータに裏づけられた、極めて明快なものですが、世の中の常識(思い込み?)をたびたび覆す内容なので、異論反論・批判もかなり受けているようです。技術屋であり現場でのまちづくりを見たり取り組んだりしてきた私としては、データを駆使しての理論だけですべてを論じられないのではないか、解明できない真理があるのではないかという「想い」を引きづりつつ、きっぱりと藻谷氏の主義主張を全面的に受け入れ、真摯に学ぼうと秘かに心に決めているのです。藻谷教の信者だと言っても構いません。従って、信者としては、講演を聞くことの出来る機会は絶対に逃さないように馳せ参じることにしています。今回は、20名足らずの少人数であり、しかも都市計画の専門家グループの勉強会という場なので、藻谷氏も気合いを入れて講演をされました。以下、講演の主なポイントを順次拾っていきます。
地域力を見るカギは経済力ではなく人口である。特に20~59歳の生産年齢人口を押さえるべし。
○人口の減少は、労働力の減少ではなく、客の減少であると理解すべき。
○全国の小売商業の動向('91→'03)を見ると、
売場面積は着実に増えているにもかかわらず、総売上額は'96をピークに減少に転じている(ちなみに、個人所得の総計も'98をピークに減少傾向へ)。また、従業者数も'98.3をピークに減少し始めている。つまり、商業施設は作っても作っても逆に売上げと雇用が底なし沼のように沈んでいる(その勝ち残り競争に負けるのは中小の地元業者?)。これは全国計のデータだけではなく、首都圏でも大阪圏でも名古屋圏でも札幌でも福岡でも五所川原でも上越でも佐久でも鳥栖でも同じ傾向。
○小売販売額が伸びない理由は、不況によるデフレではない(コンビニの売上げは最近まで伸びていた)。最も大きな理由は、96年をピークに
定年退職者数が新卒就職者数を上回ったから(就業者数=消費者の所得が減少したから、売上げが落ちた)。
生産年齢人口(20~59歳)の変化を見よ。25年前の1980年(S55)からH17までの5年ごとの数値を見ると、6,610万人→6,812万人→6,915万人→7,113万人→7,100万人→6,898万人と推移し、あまり大きな変動はない。しかし、これから団塊の世代がリタイヤし、替わりに少子化世代が成人していくとどうなるか。同様に5年ごとの推計値を見ると、6,523万人→6,243万人→6,073万人→5,840万人→5,487万人→4,983万人(30年後)という風に転げ落ちるように減少していく。この数字が経済力を物語っている。デフレさえ克服すれば経済は再び上向きに転ずるという願望は何の根拠もない幻想である。
20-59歳人口は10年で600~700万人というペースで減少するので、これを出生率のアップや移民受入れで補うことなど到底不可能。仮に今から出生率が多少上向いたとしても、経済力にその効果が出るのは20年後から。
○就業者数の減少は、
可処分所得の減少であり、多くの商品の消費は冷え込むので、小売販売額低下は止まらない。特に、20-59歳にしか消費されない商品の需要減少が著しい(戸建住宅、ファミリーカー、オフィス、通勤定期、職場旅行、結婚式……)。ただし、就業者数の減少は人手不足→失業率低下、そして機械化・情報化、生産性向上につながるため、企業の収益率は向上する。
○これから急激な高齢化が進むのはどこか。地方圏は既にかなりの高齢化率になっているので、今後の高齢化率の進展は緩やかであり、あまり深刻ではない。一方、首都圏などの
大都市圏は団塊の世代などが高齢者となるため、恐ろしいほど急激に高齢化が進む。それに見合うだけの福祉対策(施設整備や予算)が用意されるか、非常に懸念される。
○郊外に大規模なショッピングセンターができるメリットとして挙げられている「税収の増加」は間違い。郊外はもともと地価水準が低いので多少上がっても固定資産税の増収はわずか。それ以上に、その影響を受けてもともと地価水準の高い中心部の地価下落(=税収減)の方が上回り、
トータルでは税収減になる恐れ大。むしろ、郊外開発に伴って必要となるインフラ整備のための投資が財政的に負担になる(つまり、税収増によって回収することはできず、収支はマイナス)。

○では、どうすればいいのか。同じ品揃えの大型店ばかり増やしても市全体の売上げは上がらないので、ユニークなものを売っている小さな店を増やすしかない。それと同時に地元商業者は、消費者に見捨てられないように必死に努力しなければならない。
○中心市街地活性化対策のカギは「地権者対策」。今までの対策は、事業者への施策、消費者への施策だけで、地権者と真剣に対峙してこなかった。
土地建物を持つ権利者が自ら資産活用して収益拡大に取り組むか、それができないなら意欲ある人に譲って退場してもらうべき。かつての高い地価(賃料)が忘れられない地権者は見捨てて、「損して得取る」姿勢の地権者の土地だけを安い賃料で有効活用すべき。安く貸した者だけが儲かる形に。できるところから、できる形で取り組むべき。やがて、それしか成功の選択肢はないと納得(断念)した地権者が、徐々に加わっていき、いつかは面的な取組みに拡がっていくだろう。

 ポイントだけ荒っぽく拾いましたので、十分に理解して頂けない点も多々あろうかと思います。私の文章力の貧しさも影響していることと思います。申し訳ありません。
 藻谷氏は最近、「実測!ニッポンの地域力」という著書を出され、その中でかねがね主張されてきたことを体系立ってまとめたということですので、この本を読んだあかつきに、改めて藻谷理論をご紹介したいと思います。

2007年10月12日 (金)

勝ち残るまちづくり―コンパクトシティ―の実現

 平成19年7月3日、日本経済研究センターのセミナーで、富山市長の講演を聞きました。テーマは「公共交通を活かしたコンパクトなまちづくり」です。
 富山市は、(以前にこのブログでも紹介しましたが)日本初のLRT(ライト・レール・トランジット)を開設したことで今、非常に脚光を浴びています。それだけではなくて、中心市街地活性化法に基づく中心市街地活性化基本計画の承認を青森市とともに日本で最初に受けたという点でも、注目をされました(注:中心市街地活性化法は、平成18年に大幅に改正されて、今まで提出するだけでよかった「中心市街地活性化基本計画」が、国の厳しい審査を受けた後に内閣総理大臣の承認を受ける形に変わりました)。地方都市の中心市街地活性化問題が全国的に重要になっている中、数少ない成功事例、優良児のひとつが富山市であるわけです。
 その富山市のまちづくりへの取組みについては、別のセミナーで職員が発表されたのを聞いたことがありますが、今回は市長自らがしゃべるところに意義がありまして、部下職員の用意した原稿を棒読みするだけなのか、あるいは自分の言葉で熱く語るのか、その点に注目して聞かせて頂きました。
 富山市長の森雅志氏は、司法書士・行政書士出身、県議会議員出身(2期)で、合併前の旧富山市時代(5年前)から市長になられた方です。失礼な言い方をすれば、ありふれた経歴であり、キャリアだけからは市長としての力量や人物像は浮かび上がってきません。
 さて、そのスピーチ(講義)ですが、もちろん資料(パワーポイント)は部下職員が作ったものだと思いますが、その内容を熟知されているようで、むしろ資料をきっかけとして豊富な話、自分の政策を熱く語ってくれまして、聞いていて非常に説得力がありました。富山市が推進しているこれらの政策は市長が十分に把握・コントロールしながら、先頭切って情熱を持って取り組んでいるんだということがひしひしと伝わってきました。そのこと自体を体感したことが、この日の最大の収穫だったような気がします。
 富山市は、合併によって広大な面積を有する市になりましたが、それ以前から市街地が薄く広く拡がっており、公共施設整備の効率もよくありませんでした。これから人口減少の時代に入ること、財政的な厳しさが増すことなどを踏まえると、まちづくりは思い切って舵を切り、コンパクトな、引き締まったまちに変身していかざるを得ない、そういう止むに止まれぬ状況ゆえに「コンパクトなまちづくり」を標榜することになったものです。必ずしも、市長の趣味だとか思いつきというものではありません。
 さて、「コンパクトなまちづくり」を進めるに当たって、富山市は、中心市街地においては新たに開設したLRT(富山ライトレール)と市電による軌道路線網を拡充させるとともに、郊外に展開するバス路線網とあわせて「公共交通」を形成し、その沿線に居住、商業、業務、文化等の都市の諸機能を集積させることにより、「公共交通を軸とした拠点集中型のコンパクトなまちづくり」を実現することとしました。この基本方針が、非常に明快で力強い点が、富山市のまちづくり政策の最大の特徴です。鉄軌道は概ね500m、バス停圏は概ね300mのエリアにまちなか居住と市民生活に必要な機能を集積させていくこととしています。もちろん、強制的に規制するわけではなくて、誘導的手法を基本とし、居住地についても「まちなか居住」か「郊外居住」かについては市民が選択できるようにする立場をとっています。また、旧富山市の中心市街地に諸機能を集中させるのではなく、公共交通幹線の沿線に地域拠点を整備し、旧町村を含めて全市的にコンパクトなまちづくりを展開することとしています。このあたりのストーリーが、無理なく、しかも実現性があり、市民の共感・支持が得られやすいような出来の良さを感じます。実際、LRTや市電による鉄道網の恩恵を直接受けない旧町村からも、かなり賛同を得ているそうです。
 多くの市民に再びバスなどの公共交通を使ってもらうことは、そう簡単なことではなく、かなり知恵を出さなくてはならないでしょう。その一つが「お出かけ定期券」です。満65歳以上の高齢者に対して、500円で「お出かけ定期券」を買ってもらうと、市内各地から中心市街地まで、あるいは中心市街地内相互が100円で乗り降りできます。高齢者をまちなかに呼び寄せる制度です。かなりたくさんの方が利用したそうで、合併前のデータですが、富山市が4,800万円の支出を覚悟していたら、バス事業者が2,600万でいいと言ったとか(それでペイしたということ)。現在、22,000人が利用しており、市の助成額は年間3,500万円だそうです。また、たくさんの協賛店舗がこのお出かけ定期券を提示することで各種優待サービスを実施して、相乗効果が出ているそうです。
 もうひとつユニークな制度が「免許証返納奨励制度」です。運転免許を全部自主返納した65歳以上の高齢者に対して、「お出かけパス」と身分証明書を発行する制度です。お出かけパスとは、地元の私鉄の共通乗車券+お出かけバス定期券か、富山ライトレールのICカードか、JRのオレンジカード(いずれも2万円相当)のいずれか。身分証明書を発行するのは、仕事をリタイヤした高齢者にとっては運転免許証が身分証明書の役割を果たすため、なかなか手放せないという事情があり、写真付きの住民基本台帳カードか、公安委員会発行の運転経歴証明書のいずれかを発行するのだとか。1年間で、50人くらいかな?と思っていた利用者が500人を超える盛況だとか。この日の講演で森市長は「不公平感は確かにある。しかし、そこを気にしていると何も出来なくなる。均質性のある施策はこれからは無理だ」と語っていました。
 
 まちなか居住の推進に関しては、「まちなか居住推進事業」として、事業者や住宅購入者への助成、賃貸居住者への家賃補助などをかなり意欲的に実施しています。その成果は出てきており、平成19年5月末現在で107件、144戸の実績があるとか。後半の質疑で、私からややいじわるな質問をしました。青森市もまちなか居住に力を入れており、既にかなりの実績が出ているが、ただまちなかに民間マンションがたくさん建っているだけのようにも見える。どういうまちにしたいのか、どういうマンションに立地してもらいたいのか、という都市像、住宅像を明確にすべきだと思うが、市長はどう考えられますか?と聞いてみました。すると、森市長も同じような考えをもっていると語った上で、「将来的には高さ規制を導入したいと考えている」と言われました。立地する建築物のボリュームや形態をコントロールすることで、都市の環境や景観を改善していくことができます。容積率・建ぺい率などの規制はすでに制度化されていますが、その内容が緩いために良好な都市環境の維持・形成に十分ではありません。地区計画を活用して細やかにコントロールしていくことは理想ではありますが、どこでもできるわけではありません。そういう意味で、高さ規制を導入することは非常に有効な手段の一つなのですが、この手段を存分に使っている例は国内にはおそらくないでしょう。それをやろうとしていらっしゃる。都市計画の専門家ではないこの市長さんが、高さ規制の導入を口にされたことに新鮮な驚きを感じました。恐らく、優秀なブレインや職員がよく検討を重ねていて、市長さん自身もその成果を真摯に受け止め、見極め、決断をしているんでしょうね。素晴らしいことです。自律的なまちづくりを垣間見たような気がします。
 非常にしっかりした理解と信念で政策を構築されている印象を受けましたが、市長自ら、市内各地に出向き、市民や関係者に対して熱心に丁寧に語り続けているんだそうです(既に200回以上も)。どんなことにも異論・反論はあり得るわけですが、それに対してコンセンサスを築いて政策を実現していくためには、愚直にこの方法を進めることしかないと考えているようです。感銘しました。

2007年8月21日 (火)

地方行政に関するオープンフォーラムに参加して

 東京財団という団体が標記のフォーラムを開催しました。案内文には「地方行財政の重要性が高まるなか、行政の現場で先駆的なアプローチを試みる方々をお招きして、5回シリーズで連続フォーラムを開催します」と書かれていました。全回無料で参加できるので、誠に有り難いイベントです。全5回のうち、私は最初の3回に参加することができました。それぞれのテーマ・講師はつぎのとおりです。
第1回(平成19年4月10日)
  テーマ:自治体の“自立力”~カギは人材にあり~
  パネリスト:海東英和(滋賀県高島市長)
        西芝雅美(ポートランド州立大学助教授)

  モデレーター:齋藤健(東京財団研究員、前埼玉県副知事)
第2回(平成19年5月25日)
  テーマ:地域経営に必要なもの~都市と地方、それぞれを例に~
  講師:木下敏之(東京財団研究員、前佐賀市長)
     箕浦英一(ABCマーケティング代表)

第3回(平成19年5月30日)
  テーマ:団塊の世代と地域づくり~新しい公共を目指して~
  講師:福嶋浩彦(東京財団研究員、前我孫子市長)
        菅原敏夫(地方自治総合研究所研究員)

 なお、東京財団という財団法人は、そのホームページによると、日本財団および競艇業界の総意のもと、極めて公益性の高い活動を行う財団として、1997年7月1日に設立されましたとのこと。「主として運輸・海事に関する次の事業を行う」と寄付行為に書かれているので、地方自治という分野は本来の業務分野ではないようにも思えますが、自治体職員を受け入れての研修も行っているので、現状では守備範囲が広がっているのかもしれません。いずれにしても、一般に公開されたイベントですので、しがらみなく、遠慮なく参加させて頂いた次第です。以下、その概要を、参加して感じたことを含めてまとめてみました。

■4月10日「自治体の“自立力”~カギは人材にあり~」
 滋賀県の高島市は、2005年2月に旧高島郡6町村が合併して誕生した人口54,000人の市です。琵琶湖の西岸で大津市の北に位置します。市長の海東英和氏は、もと新旭山町の職員で、町議を経て町長を2期努めた後、合併後の初代市長に就任し、現在に至っています。昭和35年生まれの若い市長です。弁舌爽やかというタイプではないですが、しゃべり出すと味がにじみ出てくるような人物で、悪くない印象を受けました。
 さて、合併後の高島市では、総合計画を作るに当たって、3,000人の市民を職員が自宅訪問したそうです。職員1,000人が市民3人ずつで計3,000人。これはなかなかできることではありませんね。面談した市民は全人口の5.5%に当たるので、同じ比率を津市に当てはめれば16,000人になります。自宅を訪問すれば、訪問した方もされた方も5分や10分で簡単に切り上げるわけにはいかず、おそらく30分か1時間、あるいはそれ以上に時間をかけてあれこれ話をしたでしょうね。その成果を集めれば、非常に中身の濃い「市民の意見」が得られたことと思います。そして、それを元に、(コンサルタントに委ねずに)職員の手作りで総合計画を策定したそうです。海東市長は職員に「無い物ねだりではなく、あるもの探しをしよう」と呼びかけたのだとか。
 また、「合併が希望ある棚卸になった」という言葉が印象的でしたが、実際にNPO構想日本に委託して、1058事業の「事業仕分け」、そして418施設の「施設仕分け」を行いました。平成19年度には「仕事仕分け」をやるんだとか。また、選挙の開票作業も、知事選において、前回2時間かかっていたものが今回は52分でできたとのこと。さまざまな場面で市長がリーダーシップを取って市の業務を改革し、職員を育成していることが伺われました。
 地域の本来の政策課題の掘り起こしについての質問を受け、海東市長は「データベースの必要性」を強調しました。今までは県に報告する数字は県が調べた数字しかなかったので、3月末に初めて高島市の統計資料を作ったのだが、まだ中身は不十分だとか。データベースと情報公開は両輪であって、「どら息子とかあちゃん」なんだとか。どら息子が「かあちゃん、小遣いくれよ!」と言ってきても、かあちゃんが「今のウチの家計はこうなのよ!」と答えれば、「じゃあ、バイトするよ」となるとのこと。まあ、面白い例え方です。
 この日はもう一人の「パネリスト」にポートランド州立大学助教授の西芝雅美氏、「モデレーター」に東京財団研究員(前埼玉県副知事)の齋藤健氏が出席されていましたが、海東市長の話以外は省略します。ちなみに齋藤健氏は、経済産業省から埼玉県に副知事として出向中に千葉県で行われた衆議院補選に担ぎ出され、某与党の幹事長が「最初はグー、サイトウケン!」を連発していましたが、自転車に乗った小沢党首が応援した女性候補に敗れましたね。余談ですが。

■5月25日「地域経営に必要なもの~都市と地方、それぞれを例に~」
 39歳で佐賀市長となり、2期6年半佐賀市長を務めた木下敏之氏が出席されました。佐賀市は2005年10月に合併して新・佐賀市となりましたが、その合併後の市長選で旧佐賀市長木下敏之氏は佐賀市職員OB候補に敗れて落選してしまいました。木下市長による独断専行の市政運営に対する批判が一因だと仄聞しています。
 さて、この木下氏、前佐賀市長ですから佐賀の話をするのは当然ですが、佐賀市のことをやたらと「貧乏な自治体」だと強調していました。ひょっとして自分の自治体を愛していないのではないかと感じてしまいました(後日、知人に聞いたところ、木下氏は「二度と佐賀には戻らない」と言っているようで、私が感じた印象は間違っていなかったのかもしれません)。話す内容は論理的であり、頭のいい人だと思わせますが、どうも極端な理論先行型であり、バサッと割り切ったり、切り捨てたりする話し口は聞いていてあまり心地よいものではありませんでした。また、話を聞いていると、職員をバカにする言葉、他の自治体をバカにする言葉がたびたび出てきます。どうも「市の職員は何度言っても理解しないバカだし、佐賀は貧乏な田舎だ。オレは頭がいいから何でもオレの言うとおりにしろ」という態度・姿勢で仕事をしたのではないでしょうか。それなりの業績も残したのでしょうけど、仕事が評価されて人物的にも受け入れられれば、普通は合併の中心市の市長なら新市の市長に推されてもおかしくないにもかかわらず、有権者からNO!を突きつけられたのも分かるような気がします。この木下氏、東京財団研究員に就任しつつ、自身で「木下敏之行政経営研究所」を設立し、「多様な行革ノウハウを自治体に広げていくための講演活動やコンサルティング活動を幅広く行」っているそうです。少し前、横浜市の中田市長が再選後に木下氏を念頭に4人目の助役を提案しようとして議会から受け入れられず撤回した、ということがありました。頭のいい人ならたくさんいるはずであり、多少の(かなりの?)行政経営経験があったとしても、協調性などの点で難あり人物であれば、横浜市の件は結果オーライなのかもしれません。

■5月30日「団塊の世代と地域づくり~新しい公共を目指して~」
 福嶋浩彦氏は、今年(平成19年)の1月、3期12年で市長を退任した前我孫子市長です。1983年に27歳で我孫子市議になり、38歳のときに市長になった方ですが、市の補助金の市民審査、常設型住民投票条例の制定、提案型公共サービス民営化など、市民自治を理念とした自治体経営に取り組んでこられました。この日を含めて何回か話を聞く機会がありましたが、決してカリスマ性やタレント性があるわけではなく、人を惹きつける話術や声の持ち主でもなく、どちらかというと平凡な公務員のような雰囲気なんですが、中身はなかなかに素晴らしい方です。一般市民、一般職員と同じ目線、同じ思考回路を持っているように感じられ、それが地味ではあるものの好印象です。ただ、講演を聞くといつも同じ話をしているので、最初は驚き感動しますが、二度三度と聞くにつれ「それしかないの?」と思われ、やや魅力が色あせてしまいます。
 福嶋氏の主張は明快で、「公共サービスを官のみが担う時代は完全に終わった」と言い切ります。「新しい公共」とよく言われるようになってきた(本当は「本来の公共」だと言いたいが)。そこでの行政の役割は何か。一つは許認可などの行政権限、もう一つは民間活動の下支え・コーディネートだと思う(後者がこれから大きな役割になるだろう)。「公共」は大きく充実させていくべきだが、しかし官を大きくすることは困難であり、よくない(大きな公共と小さな政府)、と熱く語ります。
 福嶋市長が創設した「提案型公共サービス民間提案制度」は、行政のあらゆる仕事について民営化の提案をしてもらうというものです(民営化の中身はいろいろあるとのこと)。従来は、何を民間に任せるか決めるのは行政でしたが、この制度では、民間の発想で官から仕事を奪ってもらうというものです。募集したところ、79の提案があり、34の提案が採択されました。「補完性の原理」のスタートを(市町村ではなく)民間に置く考え方です(「補完性の原理」とは、可能な限りより身近な主体(つまり、国より都道府県、都道府県より市町村)が行政の仕事をするべきという考え方)。
 その他、聞いて面白かった話としては……。市長に就任したとき、地域の集まりはほとんど女性だった。市民活動を始めようと市民が集まっても、男性はまず会則にケチをつけるようなところから始まるので、それに女性は引いてしまうんだとか。コミュニティビジネスを起こすと、集まった男性は何になりたがるか?彼等は社長にはなりたがらない。かと言って、今更ヒラ社員にもなりたがらない。実はみんな「顧問」になりたがるのだとか。「私は豊富な経験があるからアドバイスしてあげます」というスタンスなんだそうで、アドバイスする人ばかりいても物事は進まない。
 我孫子市に若い人を引き留めたいと考え、「待機児童ゼロ」をすべての施策に優先して取り組んだ古利根沼を保全するため、市でまるごと買い取ることとして、総額4億のうち2億は市民債を発行し、利率はすごく低くしたが、申込みは10億余りあった、などなど。
 淡々、木訥とした語り口から、非常に大胆な発想、ユニークな制度が紹介されました。おそらく従来の行政の体系、価値観は大変革を迫られたかもしれませんが、果たして我孫子市職員の反応はどうだったのか、うまく理解・吸収し、頑張ってくれたのでしょうか。福嶋氏は「先頭切ってやるから、その姿を見て一緒にやる気になって欲しい。市職員1000人弱の意識改革が完全にできれば、お金がなくても何でもできる。実際、意識は確実に変わっていった」と語っていました。3回のうちで、この回が一番参考になったような気がします。

2007年8月 2日 (木)

2007年「改革仕掛人による行政経営改革の実現」シンポジウムⅡに参加して

 さる平成19年7月6日、標題のシンポジウムに参加してきました。10:00~17:00と、ほぼ丸一日の催し物でした。主催者はJMAC構想改革推進セクター、日本評価学会、改革仕掛人活力ネットワークの3団体で、対象は主に地方自治体の首長・議員・職員、マスコミ関係者の方々となっていましたが、寛容な心で参加を許可してもらいました。
 なお、主催者の一つ、JMAC構想改革推進セクターとは、当日の配付資料の説明によれば、「1995年に三重県の改革全般を支援し、日本で初めて行政評価システムを本格導入支援した星野芳昭を事業責任者として、梅田次郎(元三重県理事)らの参画で、2002年4月に新たに設立された改革仕掛人の専門部隊」と書かれています。これだけ読めばなるほど…と思うだけですが、名称の頭についているJMACとは社団法人日本能率協会のコンサルティング部門が独立した㈱日本能率協会コンサルティングですので、「構造改革推進セクター」というのはその一部門か関連機関かと思うのが普通でしょう。ところが、先ほどの説明の次にはこのような文章が書かれています。「現在、私どもの他に、社団法人日本能率協会や株式会社日本能率協会総合研究所が独自に行政評価や総合計画などに関する受託調査や研修を行っており、一見分かり難くなっておりますが、これらとは全く別団体であります」。妙ですよね。あえてこんなことを強調するなんて、まるで仲違いしていることを触れ回っているようで妙に不信感を感じさせます。組織の説明の中に2人の人物の名前が出てきますが、組織の業務のPRの中でもやたらとこの2人の個人ばかりが強調されており、ひょっとするとこの「セクター」は、この二人以外には事実上誰もいない、組織の体裁を有していないのではないかという気もしますし、果たして独立して法人格を持っているんだろうか、ということさえ訝しがられます。そのような「妙に引っかかる気持ち」を抱きつつ、参加したシンポジウムは非常に素晴らしく収穫多い内容でした。
 今回のシンポジウムは、「~計画・評価・予算・組織の統合~」という副題がついており、先ほどのお二人による基調講演・課題提起のあと、佐野市(栃木県)の取り組みがじっくりと紹介されました。佐野市というあまり大きくない市がどんな取り組みをしているのか全く知りませんでしたが、非常に立派なものでした。

1.主催者挨拶「本シンポジウムの企画趣旨(行政経営の確立のために)」
日本評価学会理事・行政経営アドバイザー(元三重県理事)梅田次郎氏
 主催者挨拶と言いながら30分もとってあり、パワーポイントを使っての熱弁が行われました。まず、「行政経営改革とは」として、組織名に「行政経営」を付けても組織の動きが変わらなければ意味がないとして、「正しい行政経営の仕組み」を「正しく動かす」ことで「確実な成果が上がる」と強調します。そして、行政経営の仕組みの全体体系として、①マニフェストを踏まえて策定する総合計画から、②行政評価システムを介して、③予算編成・執行管理につながる一連の流れ・体系を提示しました。このように、「マニフェストと総合計画、行政評価の関係」が、この日のシンポジウムのテーマの一つに位置付けられていました。さらに、行政評価結果の予算への反映、これらの仕組みを遂行するための組織のあり方やトップの意識の持ち方もまた、この日のテーマだとされました。その他、三重県庁における梅田氏ご本人の実績?の紹介とそれを通じた行政経営哲学のようなものが語られました。

2.課題提起と処方箋提示 行政評価と予算編成制度改革~どう反映させるか~
JMAC構造改革推進セクター事業責任者 経営改革プロデューサー 星野芳昭氏
 (1) 行政評価結果の予算編成への反映、(2) 施策評価と事務事業優先度評価、(3) 施策総枠配分予算編成について、1時間20分の講義が行われました。
 まず、実施計画と予算編成の問題点として、「一般的に、企画セクションの主導で行う実施計画の策定と、財政セクションの主導で行う予算編成とが、必ずしも事業各課の体質改革にまで至っていない」「結局、要求査定という力技に頼り、首長は復活折衝でしか(予算編成に)関われない」と指摘します。
 「政策-施策-基本事業-事務事業」という段階構成による「政策体系」を念頭に、その政策体系のもとで施策評価と施策優先度評価、そして、事務事業評価と事務事業優先度評価を行うのが、行政評価の正しい仕組みである、とします。
 第1段階の事務事業評価においては、政策体系に基づく実際の活動である「事務事業」について、その評価単位を設定し、予算体系との整合を確保する(こうすることによって、評価結果を予算に反映させやすくなる)。
 第2段階として、施策評価を行い、事務事業の優先度を付けて予算を編成する仕組みを確立します。数十程度の施策を設定し、その目的設定、成果指標の設定、成果測定方法の考案、成果の目標値の設定というプロセスにより、施策成果の目標達成度評価を行います。それをブレークダウンし、施策成果(目標達成度)に対して事務事業がどの程度貢献したかという「事務事業貢献度評価」、施策成果の向上のためにどの事務事業の成果を上げるべきかという「成果優先度評価」、施策成果を下げずに施策全体のコストを削減するためにはどの事務事業のコストを削減すべきかという「コスト削減優先度評価」をそれぞれ行い、それらを踏まえて優先順位をつけながら予算編成を行うわけです。
 そして第3段階には、施策の優先度を付けて枠配分予算を行う「施策総枠配分予算編成」です。従来の1件要求・査定方式や、部門別枠配分方式には、それぞれ問題点がたくさんあることから、施策別の枠配分方式を採用し、施策統括責任者が、施策毎の枠予算を踏まえた枠内編成を行います。この方式を前提として、前年度の施策評価・事務事業評価を踏まえた次年度の「重点施策の選定」「施策横断課題の設定」等に基づいて、経営方針(重点施策・予算編成方針)を幹部会議で決定します。それに基づいて予算編成や組織運営方針の決定を行う、という流れを確立するのです。このような方式によれば、過去の施策や事務事業の評価が反映されるとともに、次年度の施策選定・予算編成の方針が全庁的な観点で決定されることから、限られた予算が効率的に編成されるプロセスが、住民からもよく見えるようになります。
 実際には、このようにきれいなストーリーどおりにはいかない面もあるでしょうし、試行錯誤で改善したり運用方法を詰めていく要素は多いかと思いますが、従来のやり方に比べれば明らかに合理的であり、効率的な、優れた手法だと思われます。まだ、実際に確立させた事例はないようなので、先進的な自治体で意欲的に取り組み、経験とノウハウを積み上げ、完成度を高めていくことが期待されます。

3.佐野市の事例発表
(1) 基調講演「新「佐野市のかたち」創り~マニフェストの実現に向けて~」
佐野市長 岡部正英氏
 佐野市は平成17年2月に1市2町が合併してできた人口12万6千人の市です。佐野市議1期、栃木県議3期を経て合併後の市長選で市長に当選したのが岡部市長です。このような佐野市ですが、なぜ注目されるような先進的な取り組みを実行できたのでしょう。
 まず、新市になってから策定した総合計画、特に基本計画については、市長マニフェストと連動させるために、前期基本計画期間を19~22年度の3ヵ年としました。そして、新市建設計画の政策体系とマニフェストの6項目の方針との整合性を図り、総合計画の政策体系を構築(政策体系・マニフェストマトリクス)、そして、総合計画策定委員会で部長層との協議を経て総合計画を策定した、ということです。岡部市長のユニークな取り組みとしては、市長という行政経営者としての時間を確保するため、名誉職や宛て職24団体の職を辞任して年間240時間を創出したことが挙げられます。
 市長の基調講演に引き続き、行政経営と総合計画の若き担当者2名が発表してくれました。

(2) 行政評価を活用した行政経営システムの構築について
佐野市行政経営部行政経営課行政評価係主査 小菅伸一郎氏
 合併前の旧佐野市において、平成15年から行政評価システムの構築に向けた取組みがスタートしています(小菅氏はその時以来一貫してこの業務に従事しています)。佐野市の行政評価システムの説明は、午前中の星野氏の講演と酷似しており、星野氏の指導を受けてきたことが伺われます(だからこそ事例発表に選ばれた?)。
 事務事業を平成15年に始めた当初は研修の色彩が強く、成果が思うように現れなかったが、平成17年度から予算細事業単位と評価単位を一致させ、平成18年度には全事務事業(1,371事業)を評価するまでに至ったそうです。
 平成17年度、14の政策、40の施策、134の基本事業、そして1,371の事務事業で構成する「政策体系」を構築します(小菅氏は「これがとても大事」だと強調していました)。この政策体系で設定した40の施策ごとに、施策評価を実施し、その結果に基づいて総合計画の基本計画を策定。次に、各事務事業がどの施策に貢献しているのか、貢献付けを行った上で、40施策ごとに事務事業成果優先度評価を行い、その結果に基づいて、実施計画事業を選定しました。このように、行政評価の手法を取り入れて総合計画の策定を行ったけです。
 ここで計画期間と市長任期の関係を見てみましょう。基本構想は平成19年度~平成29年度の11年間(ちょっと半端ですが)、基本計画は前期3年、中期4年、後期4年、実施計画は前期3年、中期2年・2年、後期2年・2年としています。市長の任期がH17.4~H21.4ですから、就任後2年弱(H17・H18)を策定期間に充てたことになります。H21.4からが次の市長任期であり、(再選にせよ交代にせよ)次の市長は着任後の平成21年度中に次の中期4年の基本計画を策定すればいいわけで、市長任期との整合性や関係性が非常によく整理されています。
 次に、事務事業評価と予算事業の関係についてです。一つの予算科目は、実際には幾つかの業務・活動で構成されています。そこで、その業務・活動を、対象や狙いなどに着目してくくり、適当な名前をつけて、「事務事業評価単位」とすることで、一つないし幾つかの「事務事業評価単位」で「予算事業単位」を構成するように明確に整理しました。これにより、事務事業評価の結果が予算に反映できるようになったのです。また、平成18年度には、事務事業のコスト削減の優先度が高い事務事業169を選定し、「事務事業コスト削減優先度評価」を行い、約7,000万円の削減を実現しました。
 以上のような内容ですが、担当者の所感としては、各職員が「説得」される姿勢から「納得」する気持ちに変わっていき、「やらされている」という意識から「自発的な取組み」になりつつあること、システムを構築したことで、全体像が分かりやすく理解できるようになり、お互いの共通認識が醸成されつつあることなどが紹介されました。そういう効果もあって、幹部職員から他のセクションの事務事業について廃止すべきといった声も出るようになったそうです(今まではタブーだった)。なかなか素晴らしいことですね。

(3) 市長マニフェストを総合計画に反映させるための取り組み
佐野市総合政策部政策調整課政策調整係副主幹 大木 聡氏
 まず、総合計画策定に関わる以前から抱いていた疑問として次のようなことを挙げられました。
①職員が知らない、理解していない。
②分野別計画との整合性が図られていない。
③市長が変わっても、前の市長の計画が生きている。

 
この指摘は、多くに自治体に当てはまるように思われます。その理由は今更言うまでもないことですが、①の理由としては、丸投げしたコンサルが適当に作文したもので、計画体系や取組み方針が不明確なまま、②の理由としては、計画はあくまで計画であって、予算は財政主導であり、両者は連動も連携もない、③の理由としては、計画期間と任期にずれがある、といったことが挙げられます。
 そのような問題意識に対処するため、計画策定部門と行政評価部門が連携・協力して、行政評価の手法を取り入れた総合計画の策定に取り組むこととなりました。合併を間近に控えていたので、この機会しかない!という思いだったそうです。
 ただし、合併に当たって新市建設計画が策定されていますから、この建設計画と市長マニフェストの整合確保というか、一本化を図ることが必要になります。この点については、市長と事務局(計画担当、行政評価担当、政策秘書)で徹底的に話し合いを持ち、相互の関連性をマトリクスで把握・整理しました。そして、適宜、政策体系の組み替えを行ったり、市長マニフェストで重視しているものについて施策を充実させるなどによって計画策定を進めました。
 このような形で行われた総合計画策定ですが、成果として次のようなことを挙げています。
・首長の任期と計画期間の整合性を図ることにより、市長マニフェストの内容を盛り込むことが可能となった。
・市長マニフェストと総合計画の整合性を図ることで、市長公約と総合計画の一体化を図ることができた。
・まちづくりを進める上での課題が明らかとなり、その課題を解決するための取組み方針が明確になった。
・施策別の成果指標設定で達成度を評価することができることとなった。
・施策枠配分予算編成が可能となった。
・職員の議論の場が提供され、意識改革につながった。

最後に
 佐野市の発表を聞いていると、どこでもこんな風に自然に無理なくうまくいくような気になってしまいますが、決してそんなことはないでしょう。まず、財政部局と計画部局が仲良く連携協力するというところから、非常にハードルが高いと思われます。市長のリーダーシップによるものか、財政的な危機感が背中を押したのか分かりませんが、この全庁的な推進体制が最初の大きな関門です。また、どの自治体も経験や情報が乏しいでしょうから、優れた指導者・アドバイザーの存在は不可欠でしょう。佐野市の場合は、この星野・梅田両氏の指導が功を奏したものと思われます。果たしてこの二人だけの専売特許なのか、他にも優れた指導者がいるのか、もっと素晴らしい手法や指導者が存在するのか、よく分かりません。
 さて、翻って津市の総合計画の策定はどうなんでしょうか。市長のマニフェストや公約はなかったようなものですから(一応「元気な津市づくり」というお題目はありますが、具体性や体系性に乏しいようです)、新市建設計画をベースに策定が進められることになるでしょう。市長任期との関係は特に考慮されていません。行政評価については、平成19年3月に策定された「津市行財政改革大綱」において「効率的な事務事業の在り方」の一つとして触れてはいますが、その内容は「行政評価の導入に際しては、その導入目的を明確にするとともに、政策的な評価及び財政的な評価の両面から評価結果が具体的に市政に反映される仕組みの構築を目指します」などといった程度で、本格的な行政評価システムを真剣に導入しようという姿勢は見られません。従って、佐野市に学べるような、計画・予算・評価の各システムがリンクした行政が実現する可能性は、現時点ではまったく見当たらない、と言えそうです。

2007年6月29日 (金)

コーポラティブ方式シニアマンションの話を聞いてきました

 東京の神田に「都市住宅とまちづくり研究会」というNPO法人があります。略して「としまち研」と呼びます。世の中のNPO法人にはピンからキリまでありますが、この「としまち研」は非常にしっかりしており活動も活発で、素晴らしいNPOです。設立は平成12年ですが、現在、会員は総勢88名、専従スタッフが3名いるところが活動量の大きさを端的に物語っています。他のNPOと同様に調査研究や勉強会などを行うだけでなく、実際に「コーポラティブハウス」の建設プロジェクトの実施に取り組んでいるところがすごい。第1号のコーポラティブハウスの建設組合が設立されたのが2000年(平成12年)12月ですが、それから6年余の間に次々とプロジェクトを立ち上げ、既に8件が竣工しています。ちなみに、「コーポラティブハウス」とは、入居希望者が自らつくる集合住宅のことで、「入居希望者が建設組合を結成し、土地の売買契約・設計監理の契約・工事の発注を自ら行い、設計者やコーディネーターが住まいの設計や事業運営のサポートを行う」というものです。としまち研が出版した「コーポラティブハウスのつくり方」という本を読むと詳しいことが分かります。
 としまち研のことやコーポラティブハウスについては別の機会に紹介するとして、今日はとしまち研で開催している「一木会」という公開勉強会について紹介します。その名のとおり毎月第一木曜日に開催され、毎回多彩な講師を招いての講演+質疑で、アットホームながら熱心な議論が交わされる、非常に勉強になる催し物です。私はNPOの会員ではありませんが、既に何回か参加させてもらっています。
 平成19年4月5日は、「中・高年齢者及び障害者を対象としたコーポラティブ方式によるシニア村建設~シニア村事業戦略の策定~」というテーマで、龍ヶ崎シニア村建設組合事務局長の今美利隆氏を講師に招いて行われました。
 今美氏は、長く㈱東芝で働いていましたが、28年勤務ののち早期退職しました。自分たちの親を見ていて、そして自分たちが「将来こんな住まいがあったら住んでみたい」と奥さんと二人で考えたのがきっかけで、龍ヶ崎シニア村(コーポラティブ方式シニアマンション)の建設に取り組みました。建築のプロではないし、住宅や高齢者問題に詳しいわけでもない今美氏でしたが、独学でいろいろと勉強され、コーポラティブ住宅推進協議会からいい設計者を紹介され、このプロジェクトの着手にこぎ着けました。竜ヶ崎ニュータウン内にある約2,000㎡の土地は親から引き継いだものだそうですが、そこに全29戸の集合住宅を建設する計画です。住戸は53㎡~69㎡とあまり広くはありませんが、家事代行、フロントサービス、食事サービス、健康管理や緊急時の対応サービスなどの生活支援サービスが用意されており、高齢者や障害者でも安心して住むことができそうです。入居者が建設組合を設立し共同で建設する分譲住宅の形を採っています。今美氏は、一組合員としてプロジェクトに参加するとともに、完成後は管理人を務めるそうです。
 詳しくは、ホームページをご覧下さい。↓
 http://www.shinia-mura.com/
 ご本人のPR活動の成果として多くの新聞、テレビ等に取り上げられ、認知度や信頼度がアップし、幸い満室になったそうです。
 理念、理想は素晴らしいと思います。また、それを自力でここまでこぎつけたご努力、ご苦労には心から敬意を表します。ただし、決してケチを付けるわけではありませんが、私も建築屋ですので計画の内容が気になるわけですが、プランニングがあまりよくない(はっきり言えばダサイ)んですよね。敷地が南を向いていないので、南面させた各住戸を少しずつ縦にずらして配置させています。こういう配置を「雁行」と言って、外観は変化があって悪くないものの、壁がたくさんいるので工事費が割高になるため、今ではあまり使われていない設計です。また、「コーポラティブ方式」と謳っていますが、設計計画の内容に入居者が主体的に参加してそれぞれの希望を取り入れた形跡が見えません。これではコーポラティブ方式とは言えないのではないかと思います。むしろ、建物内に共用の玄関や食堂などを設けている点では「コレクティブハウジング」に当たるのではないかと思われます。
 この日の後半、1分間スピーチと称して全参加者が発言し、それを受けて活発に、かつ和やかに意見交換、歓談が繰り広げられました。私も、批判は封印しつつ「むしろコレクティブハウジングに近いのでは?」とコメントしつつ、高齢者の住宅問題に関心を持っていることを発言しました。現場は建設工事にかかったところだということで、いいタイミングを捉えて是非現地見学会をしてほしいという声が出ていました。また、6月に再度、設計者の団体が開催するセミナーで竜ヶ崎シニア村を取り上げるので、皆さん参加して下さい、という紹介などがありました。
 で、その6月のセミナーですが、TACOS建築家協同という団体が開催するもので、今度は居住者も参加するということだったので、その辺りに惹かれてまた参加してきました。
 6月16日、銀座の東京電力「TEPCO銀座館」で開催された「TACOS住宅セミナー」で、タイトルは「団塊の世代 これからの住まい――竜ヶ崎シニア村のチャレンジ―」というものです。再び今美さんが登場し、プロジェクトの概要とこれまでの取組み・体験談を披露されました。また、設計を担当した建築家・吉井正芳氏の説明もありました。残念ながら当初は企画されていたはずの入居者によるパネルディスカッションはプログラムから落ちてしまい、二度目の私にとってはやや新鮮味に欠ける内容になってしまいました。やや興味深かったことと言えば、この日の参加者数十人は大半が高齢者であり、彼らの反応を観察できたことが収穫だったような気がします。セミナーの前に住宅相談会も開催され、自分の老後の住まいの問題を切実に感じている方々なのかもしれませんが、講演の内容をそれはそれは真摯に聞いているんですよね。難しい専門用語や堅苦しい挨拶などを避け、分かりやすく親しめる雰囲気で話せば、お年寄りの方々は若い人よりよっぽど素直に熱心に聞いてくれるように思われました。変なところで収穫がありました。
 ということで、この龍ヶ崎シニア村プロジェクトを一つの実例として感じたことは、高齢者向けの住宅というものはこれから大いに需要があるだろうこと、そして高齢者のニーズにマッチした住まいのあり方については研究・開発の可能性が大いにあるだろうこと、それを誰がどうやって担っていくのか、まちづくり・地域づくりと連動・連携させていくことが今後の大きな課題になるだろうこと、などです。このプロジェクトはたまたま今美さんという奇特な方がいたから実現したわけですが、決して一般的な例とも言えません。活用できる土地を持っている人、資金を投資してもよいと思っている人を発掘し、プロジェクトを孵化させ、成功させる、それだけではなくて地域との融合・居住者の安心で幸せな生活なども実現させていくためには、かなりの仕掛けがいりそうです。じっくりと勉強する価値があるテーマであるように思いました。

2007年6月21日 (木)

マニフェストの読み方に関する公開講座に参加して

 平成19年4月3日、NPO法人の政策学校「一新塾」の公開講座「マニフェストの読み方、伝授します!~地方選挙を100倍楽しむ方法~」に参加してきました。一新塾では、第一線の講師を招いての公開講座をよく開催してくれるので、都合のつく限り参加させて頂いています。今回は、法政大学教授の廣瀬克哉氏によるマニフェストをテーマとする講座でした。この方は、ローカル・マニフェストを推進する北川正恭早稲田大学教授と活動を共にしている方だそうです。この4月は統一地方選挙が行われましたが、その直前にこの統一地方選の首長選から候補者によるマニフェストの配布が認められたこともあって、非常にタイムリーな催し物でした。以下、廣瀬教授の講演の主な内容です。
 皆さんは、従来型の抽象的な公約で、果たして実際の政策を動かせると思われるか。自治体の総合計画は、そのほとんどが首長の任期と無関係に定められているが、それもおかしなことである。「自治創造コンソーシアム」というNPOでは、マニフェストの検証に取り組んでいる。今回、首長選でもマニフェストの配布が認められたが、選挙で信託を受けたマニフェストが本当に実行されているか、よくウォッチしていく必要がある。
 今日は神奈川県の松沢知事のマニフェストをケーススタディとして取り上げる。松沢知事は、県議会ではオール野党に近い状態であり、マニフェストなんて何だ!と冷たく扱われてきた。政治家個人の勝手な約束だ、県の総合計画にマニフェストの内容を盛り込むなんて筋違いだ!と非常に反発された。それにもめげず、在任1年で総合計画に落とし込み、残り3年で実行してきた。確かに新人候補だったから、内容には間違いや理解不足もあった(例えば、公共事業の削減で予算を確保することなど)。しかし、滋賀県の嘉田知事もマニフェストで書いたことを議会で「当面できない」と答弁している(例えば30人学級の実現など)。
 松沢成文氏などが初めて取り組んで以降、マニフェストはどんどん進化している。2007年型のマニフェストの代表事例としては、佐賀県の古川康知事の「ものがたりで読む古川康マニフェスト2007」がある。2017年の子どもとその父(仕事をしている大人の視点)が登場する物語仕立てになっており、親しみやすく読みやすい。さらに動画版(動く紙芝居)もある。こちらは分かりやすいが、見るのに時間がかかるのが難点だ。しかし、マニフェストとしては非常に意欲的な取り組みであることは間違いない。
 その他、松沢成文氏のマニフェストは「神奈川力を作る会」が作った討議資料という形をとっている。これは公職選挙法の制約を避けた方法であり、マニフェストのどこにも松沢成文の名前が出てこない(その点、古川康氏のマニフェストは名前入りなので法に抵触するのではないか)。100円で頒布しているが、4,000部出たらしい。最初に出馬したときのものに比べると、苦労や反省が読み取れる。策定を宣言した条例を集めたマニフェストは日本で初めて(らしい、本人によると)。政策宣言のところを読むと、政策の数が37本というのは前回と同じである。前回は「新しい自治」がトップ項目だったが、衆議院議員だった松沢さんのものの見方が表れたものと思われる。今回はその順番がほぼひっくり返り、県の総合計画に似ているが、現職だからやむを得ない。
 その他、今回の東京都知事選の候補者を見ると、浅野史郎氏のマニフェストは堅すぎてもう少しプレゼンテーションに工夫がいる。石原慎太郎氏のは、はっきり言ってマニフェストとは言えない。
 全般的には、まだまだ「マニフェストもどき」が少なくない。例えば、項目はたくさん挙げられているが具体性に欠けるもの(何の施策をどれだけ?が示されていない)、総花的に行政計画のような事業リストを並べたもの(政治的メッセージが伝わって来ない。全部できるのか、吟味されているのかが疑問)、など。
 マニフェストを読む際のポイントを幾つか申し上げる。
 まず「第一印象」である。伝えようとする意図・思いがどう表現されているか。よいマニフェストは、形にも注意を払って作られている筈である。1997年のイギリス労働党が作ったマニフェストがよいお手本である。わが国のマニフェストの中には、候補者本人も全部読んでいるのか?と訝られるようなひどいものが見られる。読み手としては、構成や図示などから、全体像を受け止めるよう努めること。一番主要なテーマは何か、訴えようとしている理念は何か、など。北海道恵庭市の中島興世市長のマニフェストは絵本仕立てで好例である。
 第二に「理念が表現されているもの」。数多い諸施策は全体として何を目指すのか、読み取れるものでなければならない。候補者の「人物」はマニフェストの理念に示されている。人物か政策かがよく議論されるが、その二者択一は本当はおかしい。つまり、「人物ではなく政策で選ぶ」ではなく、「政策を通して人物を選ぶ」と言った方がより正確なのではないか。
 第三は「自分が関心のあるテーマの政策を精査してみよう」。問題をどのように捉えているか、具体的な行動は示されているか、提案されている政策は実効性が期待できそうか(実現可能性がありそうか)、など。複数のマニフェストを比較してみるとよい。マニフェストには幾つかのタイプがある。テーマ型か包括型か、長期戦略か短期戦略か、堅実型か新規チャレンジ型か‥‥。同じテーマの政策を比べてみよう。課題の捉え方や具体策の違い、実現可能性の吟味度の違いなどが見えてくる。

 参加者とのQ&A
Q.有権者に見てもらえてない、判断材料にしてもらっていないという悩みがあるが‥‥。
A.読んでもらえない理由としては、①工夫が足りない、②入手方法が分からない(廣瀬先生でさえ、今回の都知事選のマニフェストは一つも手に入っていないとのこと)などがある。また、マニフェストの比較活動は法律上の制約が大きい(引用ならよいが、評価はしてはいけない。でも、有権者はソレを知りたい!)。
Q.業績投票と期待投票とがあると思うが、実際には、圧倒的に後者の「今後」にしか光が当たらないのではないか。
A.現職候補なら業績7割、期待3割でいいと思う。新人候補の場合は、現職候補の業績評価がしっかりできているかということに加えて、本人の約束を提示することになると思う。

 このあと、神奈川県知事選の3候補者のマニフェストを題材にして読み込んで分析・評価するミニワークショップが行われました。このようにじっくりと読み込むことは滅多にないですし、他の方の見方・評価に触れることができて興味深いひとときでした。

 この日の講座に参加して感じたことは、マニフェストがわが国に登場してまだ日が浅いが、この短期間のうちにマニフェストが早いスピードで進化・変化を遂げていること、そして、かつては「作ったこと」で評価された時期もあったが、いまや確実にその内容が問われ、まともに評価される段階に入りつつあるということです。作るんだったら相当しっかりと効果的なものを作る必要がありますし、作らない候補者はやがて淘汰されていくのでしょう。

2007年6月11日 (月)

マニフェスト評価機構主催の第3回公開シンポジウム

「分権時代の地方自治―07年統一地方選で問われるもの―」

 マニフェスト評価機構は、2005年(平成17年)2月、マニフェストの評価、研究を行うため、この分野に関わる研究者、実務家、学生らを中心に発足し、同年5月に東京都よりNPO法人の認証を得た法人です。
 平成19年3月24日(土)の午後、東京大学白山キャンパス井上記念館で標記の公開シンポジウムが開催されました。内容が興味深いだけでなく、出演メンバーも豪華だったので、いい経験になりました。そのご報告です。
 キーノートスピーチは、「分権時代に自治体に期待すること」という演題で、竹中平蔵氏(慶應義塾大学教授、前総務大臣)が行いました。その主な講演内容は以下のとおりです。
 今日は決して失言はしない。なぜならもう現職ではないから。(という冗談からスタート)
 日本は大きな国だ。現場を信じて任せるしかない。スウェーデンなどは700万~800万の国なので、どこで何が起きているか分かる(不良債権の所在も)。
 税金は、集める方が国2/3、地方1/3に対して、使う方が国1/3、地方2/3となっており、transfer(移転)しなければならない。これは難しい制度設計なので、全体で一括してやってしまわないとできないこと。
 地方分権一括法の見直しをしようとしたとき、霞が関は全省庁大反対だった。羽田空港で中川秀直政調会長の車に乗り込んで直談判して、骨太の方針に盛り込んだ。大反対の状況だったから強力な推進体制が必要であり、地方分権推進法を制定した。
 地方財政は非常に難しい制度だ。みんながチェックしていく上で難しい制度はよくない制度だ。財政破綻には「精算型」(消えてなくなる)と「再生型」(アーリーウォーニング)の2つあり、自治体には「再生型」しかない。
 こういう問題は全体で一括して取り組まないといけない。でないと、つまみ食いになってしまう。
 財源保証のために新しい交付税制度の創設を主張したが、多くの自治体は反対した。今のやり方は、総務省が財政需要額を机上で計算しているが、そんなことをする必要はない。
 起債については、昨年の春まで条件を国が決めていた。それは談合じゃないか!自治体も総務省も反対したため制度を変えるのに半年かかった。
 地方分権は厳しい。自由と責任の両方あるから。アントレプレナーシップ。国への信頼感も取り戻さないといけない。
 道州制について。自立するための自治体としては市町村をイメージ。一定の人口規模が必要だ。10万人だと全国で1,000強、30万人だと300~400こになる。自分は和歌山県和歌山市の出身だが、和歌山県は人口が100万人。10万人なら10市、30万人なら3市でカバーされるので、県はいらないということになる。
 地方制度調査会が、初めて前向きな答申を出した。今、私たちは都道府県単位で生活している。新聞しかり、大学しかり、銀行しかり‥‥。これを変えるのは大変だ。地方分権に反対する役人たちが道州制をやるべしと言い出したが、それは道州制を議論すると進まなくなるから。だから私は、当時の安倍官房長官に、道州制の議論に絶対に乗るな、地方分権が先だ!と強く言った。
 東京は特別な存在だ。ワシントンD.C.のようなもの。D.C.とはDistrict of Columbiaの略。

 後半はパネルディスカッションです。パネリストは、北川正恭氏(早稲田大学教授、マニフェスト評価機構顧問)、中田宏氏(横浜市長)、福島浩彦氏(前我孫子市長)、コーディネータは松原聡氏(マニフェスト評価機構理事長、東洋大学教授)という蒼々たるメンバーでした。まずは、一巡目の発言です。
北川正恭氏
 夕張市は確かに悪いが、市長が自立していないから、国があれこれ高率補助率でやらせたのが悪い。
 起債が許可制から協議制に変わったのは素晴らしい。しかし、役人は小狡いから、弱い自治体は出せない仕組みになりつつある。参院選は政権を問う選挙ではないものの、それに近い国政選挙であり、しっかりマニフェストに書くべきである。
 安倍総理の「美しい国」は、本人が勝手に書いたことであり、国民に信を問うていない。マニフェストサイクルと政権サイクルとが一致していないのが問題で、やはり明確な方針を掲げて総選挙をやるべきだ。

中田 宏氏
 大阪から駆けつけて開始時間に遅れたが、羽田はやっぱり何とかしないといけない。竹中さん、総務大臣をもう一度やってくださいよ。政令市会議の2週間前に竹中大臣に会いに行った。その会議では起債の自由が議題として予定されていた。自治体の格付けを取らせて欲しいとお願いした。自治省は「地方に差はないから」という理由でダメと言っていた。実際に格付けを取ってみたらAAマイナス・ポジティブとなったが、これは日本の国債と同じ格付けである。
福島浩彦氏
 今年の1月まで千葉県の我孫子市長をやっていた。財源より大事なことは自立の精神なのだが、全国でこれは不十分である。例えば、自立支援法の業者指定権限は、相変わらず県にある。堂本知事と交渉して、県条例で我孫子市に移転してもらった。県が他の市にも希望を聞いてみたら、権限委譲を希望した市町村はゼロだった!
 起債については、協議制でも許可制でも実情は何ら変わらない。一般市は県との協議なのだが、かえって手間が掛かることもある。県の同意が得られなければ「不同意債」を出せる。しかし、千葉県の銀行協会は不同意債は引き受けない申し合わせをしている。ちゃんと権限が来れば、夕張のようなことはなくなるだろう。

松原聡コーディネータ
 今日は人選を間違えたようで、改革派ばかりになってしまった。(苦笑)
竹中平蔵氏コメント
 3人のお話は、いずれもごもっとも。国と地方の間の不信感はものすごい。改革を進める上で大切なことは、過去のことを考えないことだ。過去にこだわる、過去にやったことがムダだったのではないか?と言われるんじゃないか、などと考えると何もできなくなる。
 ソリューションはマニフェスト。これが大事だ。しかし、マニフェストを評価できる人が少ない。政党もまともなマニフェストを出してきていない。
 ゲートウェイ機能が大事。成田はまだゲートウェイ機能を持っている。「オープンスカイ」は、改革としては極めて簡単で、航空局長が決めれば複雑な調整は不要で実現できる。
 地方交付税は、実はうまくできている。姉歯対策(耐震偽装事件への対応)では、補助金を打ち出さずに交付税に盛り込んでいる。財務省も表では批判しつつ、実は地方交付税が便利な内ポケットになっている。
 批判は簡単だ。しかし大事なことはソリューションである。

しばし休憩のあと、第二部。
福島浩彦氏の発言
 マニフェストについて、政策や財源などはもちろん大事だが、もう一つ大事なことは、地域づくりの理念、哲学、基本的考え方を示すことだと思っている。
 「大きな公共と小さいな地方政府」という言葉がある。
 我孫子市では、「提案型公共事業民営化制度」を創設した。従来は、行政がスキームを決めて判断をしてきた。この制度は、民間の発想から始めようとするもので、民間から行政の仕事を奪ってもらう。昨年79件の提案を出してもらい、そのうち34件を採用した。早いものでこの4月からスタートする。
 「補完性の原則」のスタートを(市町村ではなく)住民に置く。まず住民が全部をやる、住民ができないことを税金を使って行政がやる、という考え方。
 市民感覚を持たせる改革に取り組んだ。行政のあらゆるところに市民が参加する。市民への補助金を3年で全廃した。そして、改めて申請してもらい、市民が入って審査した。職員採用の委員会に市民に参加してもらった。
 デリケートな部分=聖域みたいな部分、そういうところだからこそ、市民に参加してもらう意味がある。

中田宏氏の発言
 横浜市では、区役所はすべて関内(横浜の霞が関に当たる)にお伺いを立てている。介護は、かつては家族の中の問題だったが、都市化が進み社会問題化し、公共の課題になった。
 持続可能な行政を目指して、様々な改革をしてきた。例えば、消火器への補助、シルバーパスなど。ゴミの分別をH15から始めたら、ゴミの量が35%減り、焼却場を2つ(7→5)減らすことができた。自分で分別するから自分で考えるようになる。
 公務員も、特別勤務手当は53を全廃して3つだけ復活させた。出張手当、通勤手当など。すべて嫌がられること。私は14件の裁判の被告になっている。横浜が率先して取り組み、他の自治体にも求めている。

北川正恭氏の発言
 4年前にマニフェストを言い出した。今年2月21日の法改正で首長のマニフェスト配布が標準装備になった。おそらく96%くらいの首長が作っているはず。アンケートをとってみると、政策で選ぶ姿勢が明確に出てきた。よく地方部は地縁血縁だと言われるが、そんなことはない。「マニフェストを読んでいる」という回答が都市部より若干高いくらいだ。真剣に訴えれば必ず勝てる。政治家の方が少し遅れていると思う。
 宮崎の東国原知事も北海道の恵庭市長も政策で選ばれた。政治や選挙を科学的・合理的なものに変えていく必要がある。「お願いから約束へ」と言っている。
 立案作成も大事だが、検証も大事である。公開討論会をやった。
 選挙管理委員会という名称も、できれば変えたい。

 ここで松原理事長が2つの配付資料(ローカルマニフェスト作成指針、東京都知事選挙主要4候補マニフェスト比較表)を説明。

北川正恭氏の発言
 「選挙公約」ではなく「政権公約」という言葉にしてほしい。
 まず理念を掲げて、その達成手段を書く構成とすべき。
 内部検証と外部検証。
  国・県・市の役割分担、官民の分担、を明確にすべき。
 浅野案は、金額も入っているが、期限も入っている。
 恵庭市の中島市長のマニフェストは、主権者たる市民に読んで欲しいという考えからカラー版を作った。こういう姿勢にしていくべき。
 佐賀県知事は、アウトカム目標を掲げた。

松原聡理事長
 地方選挙で「政権」と言ってよいか迷ったのだが。
北川正恭氏
 構わない。気づきのきっかけとしてマニフェストを使うべき。
松原理事長
 数値目標を書かないと、評価も検証もできない。そういう点で石原案は×、浅野案は○。

中田宏氏の発言
 4年前は、中身はともかく、「マニフェスト出します」でウケた。今回は中身を問題にするようになってきた。
 しかし、配布数が限られており、しかもA4版1枚のみだ。統一地方選の前に慌てて法改正した。確認団体が作る形なので、候補者の名前もダメ、写真もダメ。イラストならOKだが、似すぎていてはダメだという。
 5年前に市長に就任してすぐ数値目標に取り組んだ。数カ月前、4年間の数値目標を決めた。G30は今回35にした。待機児童ゼロは、平成14年度に1,100人いたものを一期目末には300人台にまで減らした(完全にゼロは現実的に難しい)。

福島浩彦氏の発言
 どんな地域を作るのか?という基本的な姿、そして具体的な個々の施策。例えば、共生型グループホームを200箇所作ります、というマニフェストも、その数字がどういう意味を持つのか分からないと意味がないはずだ。
 市民にはいろんな意見がある。お互い対話して合意を作りだして欲しいのだが、それぞれが行政に要望を持ってくるので困る。

松原理事長のまとめ
 今回、公示期間中に都知事選のマニフェストを取り上げて評価することにしたが、東京都の選管に聞いてギリギリOKをとった。
 取りあえずマニフェストを配れるようになったことは大きなシンポだと思う。制度はまだ不完全だが。

 4月8日の都知事選を間近に控え、主要候補のマニフェストを比較して議論するという試みはなかなか刺激的でした。ディスカッションでも出ましたが、マニフェストも、物珍しいもの、極めて先進的なものという存在から、徐々に市民権を得て、一般的な存在になりつつあります。今回の統一地方選をみると、またマニフェストが格段に進歩していることが実感されます。開拓者たちの挑戦の上に改善が積み重ねられ、短期間で非常に大きな進歩を果たしていると思います。そういう意味で、これからマニフェストを作る人にとっては、ノウハウの蓄積があってやりやすい一面で、見る側の目も肥えてくるのでいい加減なものは作れないようになってきつつありますね。そのようなことを考えさせられた、大変勉強になるシンポジウムでした。

2007年4月28日 (土)

現代まちづくり塾への参加(2回目)

3月16日(土)の午後、田村明先生が講師を務める「現代まちづくり塾」に参加してきました。2月に続いて2回目の参加になります。
 前半は田村先生の連続講座、今回のテーマは「万国博覧会」でした。まちづくりとは直接関係がなさそうなテーマですが、田村先生によれば非常に関係が深いとのこと。時代は18世紀まで遡り、産業革命の成果をアピールし、普及するために、まずパリで国内博覧会が開催されました。国際博覧会にしなかった理由は、国際にするとイギリスが入ってきて負けてしまうからだそうです。そのイギリスが19世紀に万国博覧会を開催します(1851)。その後は、パリでも立て続けに万国博覧会を開催しました(19世紀の後半50年間に5回)。1889年の万博の際につくられたのが有名なエッフェル塔ですね。当時は「パリの恥」とさんざん言われましたが、現在ではパリの顔と言っても過言ではありません。それを見本にして東京タワーがつくられたわけですが、エッフェル塔はディーテール(詳細部)まで優れたデザインで構成されているのに対して、東京タワーは改めてよ~く見ると何とも仮設建築のように軽薄な造りです。今さらながらにショックを受けました。
 日本での万国博覧会は、ご存じのとおり1970年の大阪万博が最初です(私は当時小学5年生で、工事中を含めて何回も父に連れられていきました)。それまで、フランス・パリが突出して多い他、アメリカも各地でかなり開催しています。
 田村先生によれば、万国博覧会の意味とは、
(1) 産業革命の成果と展望  →事物による国民の教育
(2) 帝国の威信 →商品コンクール、国同士の競い合い
(3) 消費社会の実現 →一種のデパート
(4) 祝祭都市 →効率追求だけでなく熱狂も必要。刺激を与えて次の何かを活発化する。
(5) 遊びと都市 →特にフランス人は遊ぶために働く
 お話の後の質疑の時間に、私から「成熟の時代と言われているこの21世紀において、万国博覧会は意義あるのでしょうか」と聞いたところ、「これからは意味が薄いでしょうね」とのお答えでした。やっぱりそうですか・・・
 連続講座としては取り上げるべきテーマなのかもしれませんが、やっぱりまちづくりとの関係はよく分かりませんでした。
 後半は会員からの話題提供ということで、会場を提供して頂いている設計事務所のYさんが地震と耐震設計についてスピーチされました。ここ2年近く構造計算書偽装問題、つまり耐震偽装問題に振り回されてきた私としては黙っておれないテーマで、田村先生からご指名を受けて本音を少ししゃべらせて頂きました。その後は近くの居酒屋に移動し、大半の会員が田村先生とともに懇談する場に参加させてもらいました。座った場所が離れたので田村先生とはあまりお話できませんでしたが、大学の先輩で設計事務所をやっている方々などといろんな話題について語り合い、たのしいひとときを過ごしました。

2007年4月16日 (月)

介護保険の改正による高齢者居住への影響~建築学会の報告会に参加して

 私は建築学会の会員ですが、建築学会の高齢者居住小委員会の主催による標題のような報告会を聞きに行ってきました(3月15日開催)。一般も広く対象としたセミナーやシンポジウムとは違って、よく言えば学術的ですが、有り体に言えば学者たちの気さくな情報交換の場のような感じです。従って、このレポートも堅苦しく難しい内容になってしまうことを最初にお断りしておきます。
 まず背景をざっと説明します。介護保険は、2000年(平成12年)に制度化されましたが、それから5年が経過し、2006年(平成18年)4月に大きな改正が行われました。介護予防に重点が置かれ、地域密着型などの新たなサービスが登場する一方で、制度自体がかなり複雑化し、また利用者の自己負担が一部増えるなど、制度を利用する高齢者の生活にもざまざまな影響を与えています。また、自治体や民間事業者側も今回の改正に対して様々な対応を迫られており、福祉・住宅分野ともにドラスティックな動きが見られ始めています。そういったことを背景として、この報告会では、介護保険制度の改正に焦点を当て、その改正が高齢者居住を取り巻く環境にどのような変化・影響をもたらすのか、それが高齢者の生活にどのような影響を及ぼすのか、それらの実態についての報告と議論を行うことが目的でした。
 報告は、以下の3本でした。
(1)介護保険改正から地域ケア整備構想へ
    井上由起子(国立保健医療科学院)
(2)地域密着型サービスの動向と実際
      三浦 研(大阪市立大学)
(3)高齢者住宅の現在とこれから
    園田真理子(明治大学)

まず、井上由起子氏の発表から、介護保険制度改革の全体像を引用します。
○地域ケア整備構想
→療養病床の再編成をふまえ、将来的なニーズや社会資源の状況等に即した「地域ケア体制」の計画的な整備を行う。「住まい」や在宅医療も含めて検討する。
→都道府県ごとに策定する。

○療養病床の再編
平成18年度:医療療養(25万床)、介護療養(13万床)
  ↓
平成24年度:医療療養(15万床)、老健施設(15-17万床)+居住系・在宅支援(6-8万床)

○介護保険制度改革の全体像
Ⅰ 介護保険制度の改革
 1.予防重視型システムへの転換

   →(軽度者を対象とする)新予防給付の創設、
   →(要支援、要介護になるおそれのある高齢者を対象とした介護予防事業である)地域支援事業(仮称)の創設
 2.施設給付の見直し
   →居住費用・食費の見直し、低所得者等に対する措置
 3.新たなサービス体系の確立
   →地域密着型サービス(仮称)の創設  例:小規模多機能型居宅介護
   →地域包括支援センター(仮称)の創設:地域における総合的なマネジメントを担う。
   →医療と介護の連携の強化
 4.サービスの質の向上
   →情報開示の標準化
   →事業者規制の見直し
   →ケアマネジメントの見直し
 5.負担の在り方・制度運営の見直し
   →第1号保険料の見直し
   →市町村の保険者機能の強化
   →要介護認定の見直し、介護サービスの適正化・効率化
Ⅱ 介護サービス基盤の在り方の見直し
   →地域介護・福祉空間整備等交付金(仮称)の創設

 三浦研氏の発表の内容はパスして、園田真理子氏の発表に移ります。園田真理子氏は高齢者住宅、高齢者の居住問題の専門家であり、私も今までいろんな形でご指導を頂いている方です。

○高齢者の見守り・介護が2拍子モデルから3拍子モデルへ
 2拍子モデルとは、病院と在宅(2000年4月まで)あるいは施設と在宅(それ以降、現在まで)の2拍子のこと。それが、2006年4月以降は施設-高齢者住宅-在宅の3拍子モデルに変化する。
○高齢者住宅の種類と役割
 ◆高齢者円滑入居賃貸住宅
   (高齢者の入居を拒まない賃貸住宅として、都道府県等に登録した賃貸住宅)
  →入居者の健康条件は無関係
  →入居差別への対応
 ◆高齢者専用賃貸住宅(こうせんちん)
    (高齢者円滑入居賃貸住宅のうち、専ら高齢者を賃借人とする賃貸住宅)
  →ケアサービスを提供すれば有料老人ホームの扱い
  →適合外のものは存在する意味がない
 ◆適合高齢者専用賃貸住宅(てきごうこうせんちん)
    (高齢者専用賃貸住宅のうち、一定の基準(厚生労働省告示)を満たしたもの:一定の基準とは、専用住戸25㎡以   上、専用便所・台所・浴室、前払い家賃保全、介護サービスを提供)
  →「ケア付きの高齢者住宅」として確立
  →適合条件をクリアすれば有料老人ホームの届け出が不要となる
 ◆高齢者向け優良賃貸住宅(こうゆうちん)
  (高齢者向けの優良な賃貸住宅として建設費・家賃減額に対して補助を受けたもの)
  →建設補助、家賃減額補助は拡大しない
  →補助がなければ、適合高齢者専用賃貸住宅と同じになる

 さて、専門用語を羅列してしまったので、何のことだか分からないかもしれません。と言うか、私の頭の整理をしたような形になってしまいました。申し訳ありません。
 園田真理子氏は、高齢者の見守り・介護が今後3拍子になることを受け、「これからは高齢者住宅(高齢者向けのケア付き、サービス付き住宅)の時代だ」と言います。高齢者住宅は前述のように何種類かあるわけですが、その中で最も重要になってくるのは「適合高齢者専用賃貸住宅」(略して「適合高専賃」)だそうです。質的に見れば、高齢者向け優良賃貸住宅の方がより優れているのですが、補助金の支出が伴うので大量に供給することは地方の財政上難しくなっています。「適合高専賃」は、補助金をもらわない代わりに、情報を開示して市場(マーケット)での選択に委ねる戦法をとっているわけです。
 さて、長年住宅行政に従事し、実際、3年半前まで岩手県で住宅行政を担当してきた私も、この適合高専賃のことは知りませんでした。自治体は、住宅行政と言えば、まず公営住宅であって、それだけで終始している市町村もあるくらいです。新しい住宅制度として特定優良賃貸住宅や高齢者向け優良賃貸住宅ができたので、公営住宅に次ぐメニューとして取り組んできましたが、前述のとおり財政的に厳しくなってきたことと、実際の需要が芳しくないため、あまり発展していないのが実態です。
 ところが、今回(2006年)の介護保険法の改正によって、高齢者向けの住宅政策は大きく影響を受けようとしています。そのことを自治体の住宅部局はちゃんと認識していないのではないでしょうか。福祉政策の主体である市町村の住宅政策においては、福祉と一体となった高齢者居住問題に主体的に取り組んでいくべきであり、そのための見識・知識・ノウハウ・技術を一刻も早く身につけなければなりません。介護保険制度など福祉政策についても十分に理解しなければなりません。
 そして、ユーザーである高齢者は、実際問題、知識不足、判断力不足の、あまりにも弱者です。自分の居住の安定を確保するために、虎の子の財産を投げ出してものすごい選択をせざるを得ない状況であり、これに対しては、優秀で親切なアドバイザー、コーディネーターが十分なサポートをする仕組みが必要不可欠だと思われます。
 市町村の現状を考えると、このギャップは非常に深刻であり、絶望的でさえあります。高齢者がその犠牲にならないことをただ祈るのみです。
 この危機感を、国土交通省住宅局の高齢者住宅政策を担当する部署にいる後輩に伝えても、今や地方分権の時代ですから、取組みを強制することはできずできるだけ説明をしていくしか方法がない、と言います。
 高齢者比率が上昇し、介護が必要な高齢者がどんどん増えていくことが確実な状況の中、行政が十分な対応をするためには一刻の猶予もありません。首長や責任者が事態を認識し、責任感をもって取り組むことが強く求められるところです。
 あまり大きな期待を持たずに参加した学会の報告会で、とんでもなく大きな課題に直面してしまいました。参加した意義は大変大きいですが、この問題に私自身、取り組んでいかなければなりません。

2007年3月31日 (土)

都市住宅学会シンポジウム「中心市街地活性化のための事業・施策体系-実務と学際研究の知見・成果を踏まえて-」に参加して

 さる3月1日、表題のようなシンポジウムに参加してきました。私は都市住宅学会の会員であり、仕事がらも個人的興味からも聞き逃せないシンポジウムだと考えた次第です(それにしても、センスの悪いタイトルだなあ)。
 シンポジウムは、前半が富山市による事例紹介、後半が発表者である富山市職員と経済学者、都市計画学者によるパネルディスカッションでした。
 まず、富山市の中心市街地活性化への取組みですが、富山市都市整備部の粟島次長による発表でした。私は、以前から本で富山の事例について読んだことがありますし、昨年8月末に出張で富山のまちづくりを実地に見てきましたので、それなりに土地勘があり、雰囲気も理解しているつもりでした。そして、全国各都市に比べれば比較的頑張っている方だが決して先端を走っているほどのレベルではないという認識を持っていました。街なか居住やコンパクトシティに向けて取り組んでいるのも、市街地があまりに拡散してしまっているのでやむを得ず、という意味もあるのだから、あまり手放しで褒め称えるのは如何なものか、と思っていました。
 しかし、思い込みや中途半端な理解はよくありませんね。講演を聞いて、富山市が全国に誇るほど立派な取組みをしていることを痛感しました。
 まず、まちづくりの基本方針として「お団子と串の都市構造」を目指しているという説明がありました。串は公共交通であり、お団子は串で結ばれた徒歩圏です。非常に分かりやすい表現で、しかも明快な都市像を示しています。
 また、コンパクトなまちづくりの進め方として、「規制強化ではなく誘導的手法が基本」とのこと。今までのまちづくりは、いわゆる「アメとムチ」、つまり補助金と規制の組み合わせ、使い分けで構成するのが常識だったわけですが、それだけではうまく行かないことが明らかになっています。私も数年前から第三の手法として「計画誘導」が重要だと考えてきましたので、同じ考え方で実際に取り組んでいることに感銘を受けました。
 公共交通とは、地方都市では基本的に「バス」です。ただし、富山市では単なる路線バスだけでなく、地域自主運行バス、公営コミュニティバス、乗合タクシーなど多様な交通機関を活用していこうとしています。また、現在既に富山駅南側には路面電車があり、北側には最近脚光を浴びているLRT(ライトレールトランジット)があります。将来的に両者を連結し、路面電車も環状化する計画もあるそうですので、そうなると公共交通としては強力で魅力的なものがあると言えます。
 その他、まちなか居住を推進する上で、支援対象の住宅を「まちなか住宅・居住環境指針(高さ、空地、景観等)」に適合する住宅としています。指針の中身次第ではありますが、目指すべき都市像や街なか居住のあり方を反映させられるスキームにしているところが評価できます。

 また、街なか感謝デーと称して、中心市街地の9箇所、1700台余りの駐車場を無料にしています。シンプルな取組みですが、駐車場も民間ビジネスですから、これほどたくさんの駐車場を無料で提供することは容易なことではありません。よく実現したと思います。
 ユニークな取組みとしては、若い女性陣が街の顔として「案内、挨拶、介助、清掃等」のさわやか活動を行う「ティーエンジェルス」の配置、買い物・観光用の無料レンタサイクル、65歳以上を対象とした「おでかけ定期券」(500円で購入し、バスを降りるとき「おでかけ定期券」を提示して100円を支払う仕組み)、免許証返納奨励制度(運転免許証を自主返納する65歳以上の方に、1年間有効の公共交通利用券をプレゼント)などを実施しています。
 また、タウンミーティングに市長が自ら出向き、市民に対してコンパクトなまちづくりの必要性や全体ビジョンを分かりやすく説明しているそうです。
 もちろん、大規模な再開発プロジェクトも順調に進んでいます。このように多彩で効果的な施策を展開すれば、中心市街地の活性化や居住人口の増加も徐々に実現していくように思われます。全国の各都市は大いに富山市に学んだ方がいいと思いますね。

 後半のパネルディスカッションは、コーディネーターが都市計画を専門とする筑波大学の大村謙二郎教授(都市住宅学会の会長でもある)、そして、引き続いて富山市の粟島次長が出席した他は、上智大学の山崎福寿教授宇都宮共和大学の久米良昭教授という二人の経済学者でした。
 私の理解力が劣っているのかもしれませんが、誤解を恐れずに言えば、この二人の経済学者の話は有害無益であり、もう聞くのはやめた方がいいと痛感しました。
 久米教授は、中心市街地活性化の鍵は「ウォーカブル・タウン(歩いて楽しい街へ)」「トランジット(公共交通整備)」「ミクスト・ユース(混合用途」だと言います。いずれも重要なファクターであることは間違いありませんが、商店街活性化とか、観光、交流などの重要な視点が欠落しています。海外や国内の多くの事例を紹介しながら経済学の理論を用いて結論を導きだしたりしていますが、私に言わせると論理に飛躍があるというか、実際はそんなに単純に言い切れないと思われることばかりでした。
 山崎教授は、「政府は基本的に何もしない方がよく、いつも「市場に任せなさい」と言っている」、「自分は都市計画の専門家に疑問を持っており、「都市が大切なのか、人間が大切なのか」と聞きたい。それはあくまで人間が大切に決まっている。いらなくなったら都市を捨ててもいいんだ」と主張しますが、そんな乱暴な議論は何も生み出しませんよ。市場に任せるべきと言いながら、都市計画(容積率)や税制を大胆に使うよう主張するのは明らかに矛盾です。また、中心市街地の衰退の基本的な原因はモータリゼーションだと言います(さっき、同じ経済学者の久米教授が「中心市街地が衰退したのは「モータリゼーションの進展」や「地域経済の停滞」は理由にならない」と言ったばかりだ。どうなってるんだ)。そして、鉄道の駅周辺は道路が未整備で、最もモータリゼーションに合っていないから衰退は当然だと言う。こうまで言われると、大抵の人が「そんな無茶苦茶な!」と気づいてしまいます。さらに、「今の中心市街地には新しいアイデアを持った人を呼び込めない、商店街の代替わりがなされていない、だから規制を撤廃すべきだ」と言います。どうして規制を撤廃するとそれらの問題が解決するのか、さっぱり分かりません。
 都市計画分野からの唯一の出席者である大村教授も、さすがにおかしな議論になっているので軌道修正をしようとしましたが、二人がかりで暴走するのでどうしようもありません。富山市の粟島次長はすっかり引いていました。時間もなくなってしまって、大村教授が「こういうパネルディスカッションは何らかの結論に収れんすることにはならないから…」と言いながら終わりにしてしまいましたが、そりゃ間違っている、そりゃないでしょ、って感じでした。よく存じ上げている大村先生は極めて温厚な方なので気の毒に思いましたが、そもそも人選が間違っているし、もう少しシナリオを明確にするなりテーマを絞るなりしないと、いくら学会のシンポジウムで無料だからって、ひどいと思いました。富山市の事例が全国の他の都市にそのまま適用できるわけではないように、まちづくりの問題は極めてローカルであり、個別の問題です。それを取り上げて議論するのであれば、繰り返しになりますが、焦点やテーマを絞るなり、個別事例を取り上げたケーススタディにするなりしないと、発散するだけで何の成果も得られないことになってしまいます。そのことが学会でさえ未だに学習されていないことに暗澹たる思いになりました。

2007年3月29日 (木)

東京商工会議所主催のパネルディスカッション「もっと魅力あるまちへ 東京23区~これまでとこれからのまちづくり」に参加して

 平成19年2月28日(水)、東京商工会議所の標記イベントを聞いてきました。私は津市のような地方都市に主たる関心がありますが、大都市・地方都市それぞれに都市問題がありますので、勉強と思って参加しました。
 基調講演抜きで、パネルディスカッションだけの催し物でした。主題は「東京における「まちづくり」とは何か 東京のまちづくりにおける課題 東京のこれからのまちづくりの方向性は」となっていました。コーディネーターは明治大学教授の市川宏雄氏、早稲田の建築出身で都市計画が専門のようですが、政治経済学部やガバナンス研究科の教授とのこと。私は全く知らない方です。パネリストは全部で4名。まず森永卓郎氏は、三菱UFJリサーチ&コンサルティングの客員研究員という肩書きですが、ビートたけしのTVタックルなどに出演する「有名人」です。経済が専門ですね。二人目の大西隆氏は、都市工学が専門の東京大学教授。都市計画学会の会長も務める、今や都市計画分野の重鎮です。三人目の原田敬美氏は、元東京都港区長で、もともとは建築家です。四人目の渡辺達朗氏は専修大学商学部の教授(この人も全然知りません)。
 少し遅れて会場に入ったら、各パネリストが1回目の発言を終え、ディスカッションに入るところでした。
 まず、コーディネーターが「東京のいいところ、悪いところを上げて下さい」と振りました。森永氏は、自身のオフィスが新橋だそうですが、東京では新橋神田が「オヤジが生きていける数少ない街」であり、小綺麗なまちは若者と女性に占拠されてしまった、普通の人が普通に暮らせるまちはどんどん壊され、金持ちのまちになっていく、と嘆きます。なかなか本音丸出しの面白い人です。一方、大西氏は吉祥寺を取り上げました。吉祥寺は、住宅地にふさわしい商店街になろうと戦い続けているが、まだ決着がついていない。全国チェーンの店がどんどん進出してきており、商店主は今や「不動産の管理人」になってしまっている(会議をセットしようとすると「何時でもいい」と言う)。
 それに対して、原田氏はあらかじめ用意してきたスライド(パワーポイント)を上映して説明するのですが、その内容はコーディネーターからの注文と全く関係がなく、自己陶酔型のプレゼンをやらかしました。そして、最後の渡辺氏が「みんな紳士だから論点をずらして、議論が噛み合っていない」と皮肉を込めたコメントをした上で、下北沢を取り上げました。下北沢は無秩序に賑わっており、その無秩序さがまちの魅力だと。ちなみに、現在、下北沢駅周辺では大規模再開発と道路整備の計画が進められており、賛否両論で侃々諤々の議論が展開されています。大西氏は、道路拡幅について、沿道の地主は賛成し、よそからの利用者は反対しているという構図だと説明します。
 こんな感じで、噛み合わない、的が絞られない議論がしばらく続きました。「東京23区のまちづくり・まちの魅力」ではテーマとして広すぎ、大きすぎるので設定が失敗だったような気がしました。大西氏は都市計画の学者らしく外国の事例やデータを示しながら格調高い話をするし、森永氏は豊後高田などを取り上げ、普通の人のための普通の優しさを大切に、と主張。そして、原田氏は何回かに分けて自分で用意してきたスライドを、議論の流れをまったく無視して説明しようとする。このように、消化不良、欲求不満となるディスカッションでした。コーディネーターの石川氏は最後に「東京のよさは、様々なもの、様々な文化が混在している点にある。ダウンタウンがいくつもあり、時代の変遷とともにそれが移っていっている。浅草→日本橋→銀座、針術、赤坂、六本木。それは、必ずしもその地域の人たちが頑張った結果ではなく、時代の動きであり、誰かが何かをやった結果である」というような結論で締めくくりました。最後まで、まとまりのないディスカッションでした。
 内容から得たものはあまりなく、テーマの設定やパネリストの人選をもっとよく考えないと、パネルディスカッションは成功しないという教訓を学んだような気がします(そんなことを学びに足を運んだわけではないのですが)。また、原田敬美という人は、建築家であり首長もやった人物なので期待していましたが、非常に失望しました。もう講演を聞いたり本を読むのはやめておこうと思いました。

2007年3月11日 (日)

都市計画学会と全国市長会によるシンポジウムに参加して

 2月20日(火)、都市計画学会全国市長会が共催する都市計画シンポジウムに参加しました。テーマは「市長と語る21世紀の都市計画」です。このシンポジウムのユニークなところは、3人の市長が25分ずつ講演をし、さらに研究者をまじえてパネルディスカッションを行うという点でした。出席したのは、愛媛県の西条市長、埼玉県の新座市長、山口県の下関市長の3人です。
 前半のプレゼンテーションは、部下職員が時間をかけて準備をしたであろう、美しく豊富なスライド(パワーポイント)を使ったものです。しゃべりは原稿読み上げではないものの、スライドに沿った「説明」という要素の強いものでした。後半のパネルディスカッションの方が、市長の持論が色濃く出た、という意味で興味深かったと思います。
 適任者を人選したのだろうとは思いますが、首長さんも、いまどきはこういう場に出て、丁々発止のやり取りをしたり、魅力的で啓発的なスピーチができることが求められるんだなあ、と感じた次第です。
 それにしても痛感したのは、首長さんという人種は、「わが町」のことはやたらと熱心にしゃべりたがるものなんだなあ、ということです。スライド一枚ずつに話せることがいっぱいあって、早口で機関銃のようにしゃべります。歴史とか、名産品とか、祭りとか…。しゃべりたい、PRしたいという気持ちは分かりますが、聴衆はその町の固有の情報を知りたいのではなく、自分にとって役に立つ、いわば一般的・普遍的な情報やアイデアを聞きたいわけですから、そのニーズにマッチした話をすべきなんですが、なかなかそうはいかないようです。その点、いささかストレスを感じながら聞いていました。
 その他、各市長さんが自慢げに紹介した「実績」をやや批判的に受け止めるならば、「思いつき」とも思えるような「好きなこと」「やりたいこと」を存分にやり、それなりの成果が上がったので、それを自慢しているんじゃないか、というような印象を受けました。それでも、ろくに目立ったことをやらない首長に比べれば意欲的で熱心な首長だということになるのでしょう。まあ、今までは地方自治で発揮できる独自性というものは限られていましたから、それでもよかったのかもしれません。しかし、これからは主体的・自律的な地方自治を自己責任で展開していかなければならないのですから、しっかりと体系化・総合化させて、それをマニフェストなり総合計画に位置づけ、安定的・継続的に展開していくべきだと思います。もちろん、その過程では、市民と十分に対話し、その意見を反映させたり、議会とのやり取りも十分に行うことが必要なのは当然です。発表した3市長は、どうもそこまでの取組みはなさっていないようでした。
 ディスカッションだと、司会者からの投げかけにアドリブで当意即妙に答えなければなりませんから、パネリストの性格や能力の一端が見えるものです。前半のプレゼンで発表した内容の繰り返ししかできない市長もいれば、自分自身のアイデアや考えがいくらでも出る市長もいて、その対比が面白かったです。ま、こういう能力は、必ずしも地元で関係者や有権者に「受ける」要素とは一致しないのでしょうけど。

2007年3月 7日 (水)

NPO法人まちづくり協会の「現代まちづくり塾」に参加して

 「まちづくり協会」は、4年前に設立されたNPO法人です。数多いまちづくり関係のNPOの中でもメンバーのレベル、活動の活発さなどの点でハイレベルな団体だと思われます。役員構成を見るとコンサルタントや中小企業診断士が名前を揃えており、学者が見あたらないのが特色です。この協会が毎月「現代まちづくり塾」を開催して、協会顧問でもある田村明氏の講義を中心に勉強会をやっています。最近、協会の理事長を努めるM氏とセミナーや研究会でよく顔を合わせるようになり、M氏から誘われて、2月15日の「現代まちづくり塾」に参加しました。
 今回はこのイベントの内容ではなく、講師の田村明氏についてコメントしたいと思います。
 まちづくりの世界では知らない人がいないほど有名な田村明氏は、昭和2年生まれで既に80歳の高齢です。東京大学の建築学科と法学部を合わせて3度卒業した変わり種ですが、その後も運輸省、大蔵省、日本生命、都市コンサルタントという風に職場を変え、コンサルタント時代に都市計画の案を提出した相手である横浜市に、当時の飛鳥田市長に請われて入ります。横浜市では、企画調整局の部長、局長、そして技監として、港北ニュータウン、みなとみらい21などの「横浜市六大事業」を推進しました。卓抜した企画力、行動力、指導力を発揮し、素晴らしい実績を数多く上げました。また飛鳥田市長から全面的な信頼を得ていたこともあり、一部では田村天皇と囁かれていました。飛鳥田市長の国政転身後、法政大学に移り、学者としてさらに活躍します。「美しい都市景観をつくるアーバンデザイン」「現代都市読本」「江戸東京まちづくり物語」「まちづくりの実践」「まちづくりと景観」など数多くの著書を著しました。今では多くの人が使いすっかりお馴染みになった「まちづくり」という言葉を初めて使ったのは田村明氏です。また、「自治体学会」の創設にかかわり、最近では「市民の政府」を提唱するなど、地方自治に関しても研究・啓発活動を展開しています。
 こういう人物ですので、私もかなり以前から多くの本を読み、影響を受けましたが、「田村天皇」と書いたように高慢で偉ぶった人物だというイメージを抱いていました。
 しかし、2月15日に現代まちづくり塾で間近にお話を聞いたことと、前後して田村氏の近著「都市プランナー田村明の闘い 横浜〈市民の政府〉をめざして」を読んだことで、田村明氏に対するイメージがガラリと変わりました。
 「都市プランナー田村明氏の闘い」という本は、自伝であり、今までの仕事を詳細に振り返った記録です。先入観を排除して読んでみると、田村氏が、既成の体制や価値観や仕事のやり方に囚われず、横浜のため、市民のために良いと思ったことは、安易に妥協せず、変な取引をせず、堂々と挑戦していったことがわかります。もちろん、有能で、やり手で、自信があり、遠慮しない姿勢ですから、交渉相手や周りからは傲慢で生意気な人物と写ったとしてもおかしくはないかもしれません。ですが、決して自分のため、一部の人達のためではなく、「市民のため」という価値観は一貫していました。それが最近熱心に提唱する「市民の政府」という考え方につながっているようです。このように体制派でも反勢力でもなく、独自のスタンスを突き進んで大成した人は他に例がないので、なかなか真っ当に評価されにくいように思われます。生意気な人物だと思い、嫌う人も出てくるでしょう。そういう受け止め方に影響を受けて、変な先入観を持たないように気をつけるべきだと思いました。
 そして「現代まちづくり塾」での講義を聞いてのことです。これだけ実績を上げた、高名で高齢の方ですから、普通なら方々で「センセイ」と持ち上げられ、格調高い役職を得たり、審議会や委員会の会長・座長などを務めて「名士」となっていてもおかしくない人物だと思います。その人物が、十数名の勉強好きな者たちのための講師を毎月、ボランティアで務めているのです。私は、この方は、「まちづくり」を進めたい、そのために貢献したいという純粋な気持ちを持ち続けている人なんだなあと痛感しました。そして、今まで漠然と抱いてきたマイナスイメージを即座に払拭し、心から敬意を持って接したいと思いました。
 勉強会がお開きになり、初参加だったので名刺交換と挨拶をしたあと、田村氏と二人でエレベータを下りるとき、昨夏、横浜で開催された自治体学会第20回記念大会で田村氏の講演を聞いたことを告白しつつ、「私は都市づくりという意味での「まちづくり」と、地方自治という意味での「まちづくり」の両方に興味を持って勉強している」「ところが、この二つのまちづくりは、それぞれにやっている人が異なっており、不思議なことにほとんど交流がない」と話すと、田村氏は「両方のまちづくりは一緒にやらないといけないし、本来は一つのものなんだよ」と言いました。非常に新鮮に心に響きました。自分が信念として追いかけようとしていることをスカッと言い切ってくれたからです。
 初参加で初対面の私への接し方は極めて自然体で、友好的で、前向きでした。出身や経歴に関心を持たれ、私と同じ三重県出身、あるいは東工大出身のメンバーにフレンドリーに紹介してくれました。あとで、メンバーの方に挨拶メールを送ったら、打ち上げの飲み会では田村氏と各メンバーが気さくに盛り上がったそうです(私は所用のため残念ながら参加しませんでした)。
 この勉強会が毎月開催されています。メンバーの皆さんは仲間に入れと言ってくれています。仲間が増えることもさることながら、この場を通じて田村明氏と交流できることが非常に魅力的です。都市づくりという意味での「まちづくり」に関する豊富な実績と見識だけでもめまいがするほど惹き付けられる人物ですが、地方自治という意味での「まちづくり」に関する見識にも非常に敬服しているので、謦咳に接することで大いに得るものがあると思います。そして、その両方のまちづくりを一体として実現している人物であるということが、他のどんな人物にもないポイントです。自分の目指そうとしている世界の偉大な先達です。これから大いに学ばせて頂こうと思っています。乞うご期待!
 

2007年3月 3日 (土)

タウンマネジメント研究会に参加して

タウンマネジメント研究会」と言えば、何となくまちづくりに関係のある集まりのようで、関心のある人なら参加してもよさそうな響きがありますよね。実は(社)中小企業診断協会東京支部中央支会研究部というところに設けられた研究会でして、関係のない人間にははるか遠い存在です。そんな研究会を切り盛りしているMさんという方が、ご自身のメルマガで「誰でも気軽に参加できますよ」と呼びかけていたので、のこのこと出掛けていきました。場所は東京ドームのすぐそばという都心のど真ん中ですが、裏通りのあまり高いビルのなさそうな暗い路地に面する雑居ビルの1階で、路地から会議風景が丸見えでした。2月15日の夕方のことです。
 研究会のテーマが「」とのことで、私にとっては関心のある分野であり、かつ専門外の商店街改正まちづくり三法と今後の商業・商店街施策施策の話は勉強になるだろうと期待を持って参加しました。
 20名くらいの人が参加してロの字のテーブルを囲んで座っていました。講師は㈱都市構造研究センターというコンサルタントの代表・南部繁樹さん。このコンサル、仙台にありながら、かなり積極的な事業展開をしている点に以前から不思議な思いで注目していました。南部さんの自己紹介では、週に1回程度しか仙台におらず全国を飛び回っているそうです。よく分からない会社です。
 講演の内容は、世界のタウンマネジメント組織を紹介しつつ、わが国のタウンマネジメントとその組織のあり方を論ずるものでしたが、早口で高度な内容、豊富な情報量を説明して頂き、ちょっと十分ついていけないものでした。一部だけ紹介します。

□シティ(タウンセンター)マネジメント展開の3つの目的(ゴール)
① 新しい生活社に持続的で、魅力と活力ある地区を創造し、長期的な経済発展を保障すること。
② 競争できる中心市街地を創ること。
③ 官民パートナーシップを形成し、中心市街地の発展とマネジメントを確実にすること。

□シティ(タウンセンター)マネジメントの成功条件10ヶ条
① 地区の成長・改善の可能性がある。
② 行政の効果認識がある。
③ 行政の自発的な民家誘導意欲がある。
④ 目的(ゴール)が明確である。
⑤  戦略とビジネスプランが明確である。権限とリーダーシップ
⑥ 参画者と面ージャーに権限がある。
⑦ 各事業毎のリーダーシップがある。関係機関との関係
⑧ 行政-民間-地元の公約がある。
⑨ 外部(異業種・団体)とのコミュニケーションがある。
⑩ 上部機関(行政、団体)との公約がある。

 まあ、これだけご紹介してもピンと来ませんよね。外国の情報って、日本語に訳してもどこか微妙に違和感があるものです。
 南部氏は講演の中で、昔(平成10年制定)の中心市街地活性化法にはいい面があったが、今回(平成18年)改正されて、すっかり昔の悪い内容に戻ってしまった、と嘆いていました。具体的にどう悪くなったのか聞けませんでしたが、昔の中心市街地活性化法を評価していることが意外な気がしました。各都市が中心市街地活性化に関する基本計画を作る際の自由度が高かったことをプラス評価してるのかもしれません。改正法は、基本計画もハードルを非常に高くして内閣総理大臣の承認が必要に改めましたし、TMO(タウンマネジメント機構)制度もすっぱり廃止しました。それは「選択と集中」という哲学に基づくもので、昔の法律があまりに役立たなかったことの反省に立ってのことなんですが、「切り捨てた」というマイナス面ばかりが嘆きの対象になっているようです。本当はもっと本質的な評価をしていくべきなのに。

 予定の終了時刻になり、そろそろ終わるかな?と思っていたら、司会進行をしていたMさんが「いつも熱心に私のメルマガを読んでくれている村主さんが参加してくれている。何かご意見を」と突然振ってきました。大人しく黙っていようと思ったのに……。
 指名されてしまったので、つい遠慮なく発言してしまいました。
・中心市街地活性化策は、経済産業省による「商店街の振興」と国土交通省の「市街地の整備改善」が車の両輪となるものだが、両者は連携結合するどころか、現場では決して交わらず溶け合わず、バラバラに実施されている。
・問題の本質は、目指すべき「都市像」が共有されていないこと(というより誰も持っていないこと)。経済産業省の施策は商店街を(農業のように)ベタ可愛がり、国土交通省の施策はハード中心の公共事業オンリーだから、活性化しないのも当たり前。
・地方分権が本格化し、この問題に対して国は一層無力化した。そして、自治体の大半はもともと無力・無自覚・無責任だ。
・地域の実情に合わせて幅広い分野の施策を総合的に実施していくことができるのは、自治体だけであり、地域が、国に頼らず、国の言うことを気にせず、自己責任で自立して自律的に取り組んでいくしかない。

などなど。
 冒頭、指名されて「国土交通省の職員で長年住宅・まちづくり行政に従事してきた」旨を自己紹介したら、さっきまでイキイキと熱弁を振るっていた南部氏が急にヘコヘコされたので、「国と地方・官と民は対等だと言っていながらそういう姿勢がダメなんですよ」と言ってしまう(初対面だったのに、いきなり無礼だったかな?)
 同席した参加者から幾つか賛同する意見を頂きました。散会後、何人もから挨拶を頂き名刺交換をしました。お知り合いを増やすという点では非常に収穫があったと思います。
 また、その後、主催者のMさんを含め4人で近くの居酒屋に割り勘で飲みに行き、初めてMさんと懇意になれたのも収穫でした。Mさんは全国の多くの商店街の指導や情報収集をしているので、三重県の津市と関わりを持ったことはないですか?と聞いてみると、何と、まず三重県商工会連合会のK会長のことをよく知っているとのこと。また、M氏が理事長をしているまちづくりNPOで長年副理事長をしていた女性津の人だそうで、非常に意欲的だったのになぜか半年ほど前に急に退会を申し出てきたが、未だに事情が分からない、と嘆いていました。飲み過ぎたわけでもなかったのですが、帰路の電車で運良く(運悪く)座れてしまい、ふと目が覚めると下車駅の次の駅。慌てて降りたらもう折り返しの電車は終わっていてタクシーで戻り、ワイフには帰りが遅いと怒られてしまいました。いろんな意味で意義深い一日でした。

2007年2月15日 (木)

ショッピングセンターとまちづくり3法

 2月5日、NPO日本都市計画家協会中心市街地活性化研究会に参加してきました。協会の会員ではありませんが、外部から自由に参加できるもので、私としては今回が2回目の参加です。
 この日は、(社)日本ショッピングセンター協会の専務理事を講師に招いて講演+意見交換でした。題して「ショッピングセンターとまちづくり3法」。

 講演の主な内容は以下のとおりです。(以下、ショッピングセンターはSCと略称します)。
SCの発祥としては、1922年、アメリカ・カンザスシティの「カントリークラブプラザ」が世界第1号。アメリカでは、その後やや間があって、1950年代からSC時代を迎えました。
 SCの父と呼ばれるのが「ビクター・グルーエン」。ウィーン生まれの建築家で、「ペデストリアンデッキ」の命名者でもあります。1956年、ミネアポリスの「サウスデールSC」を開発。SCのバイブルと言われる「ショッピングタウンUSA」を1960年に出版しています(1969年にも日本語訳が出ていますが、絶版とか)。
 同書に見る、グルーエンのSCに関する主張は、次のようなものです。
○多くのテナントが団結し、共同の福祉、共同の利益を増進するため、ある程度全体の管理規制に従おうとする珍しい形。
○ディベロッパーの創意と工夫なくして繁栄しない(ディベロッパーの存在が重要)。
○地域社会の生活拠点として、明確な意思を持って作り上げられる。
○今(1950年代のアメリカのこと)は中心市街地が悪化している。その傾向は暫く止まらないが、20~30年くらいすると改善すると思われる。その際、SCのノウハウと経験が役に立つだろう。

 グルーエンは、自分が作ったSCが自動車公害の元凶になり始めたので、ヨーロッパに帰ってしまいます。そして、車を「悪魔の足」と呼びます。
 SC王国であるアメリカに、現在SCはなんと49,000弱もあります。そのうち、400万平方フィート(約37万㎡)以上のものが全体の5%、約2,500箇所。全SCの小売総額は177兆円で、全米小売総額の56%のシェアだそうです。
 一方、日本のSCの父は「倉橋良雄」氏、と言っても一般には誰も分かりませんが、デパートの高島屋に入社し、昭和35年に横浜高島屋、昭和44年に世田谷の玉川高島屋を開設した人物だそうです。私にとっては、大学進学以降、二子玉川の近くのあちこちに住んでいたので、玉川高島屋(通称「タマタカ」)は非常に身近な存在であり、ソレが日本の代表的なSCで成功事例だと聞いても、今ひとつピンと来ないですね。この玉川高島屋、東急電鉄の二子玉川駅に近接していますが、これはアメリカのSCのスタイルではなく、スウェーデン・ストックホルム郊外にあるバスターミナルや電車駅に隣接するSCを参考に開発したそうです。
 日本のSCの現状としては、2,780箇所、売上高26兆円(推定)、小売販売シェアは20%強。中心市街地に770箇所(駅ビルや地下街を含むが、このスタイルは日本独特)、郊外に2,000箇所
分類すると、商業系、建設系、メーカー系、三セク系などがあるが、現在は不動産系に収れんしつつあるとのこと。
 SCと「大型店」とはどう違うか、と問いかけられましたが、一般にはあまり区別しないで用いているような気がしますね。実は全く別のものだそうです。SCとは「不動産業」であって、主な収益は「家賃」であるのに対して、大型店は「小売業」であって、利益は「売上」だそうです。なるほど!大型店という概念の中にSCが含まれているような気がしますが、正確にはSCとは大型店を含む様々な業態の集まり、だそうです。
 次に、商店街とSCを比較しての説明がありました。SCは、単一のディベロッパーがいて、テナントは統一行動をとるのに対して、商店街は個別商業者の集まり。「テナントミックス」(様々な種類の店揃え)について、SCではコントロールして配慮が入るが、商店街は「バラバラで勝手」。売れなくなってくると、SCでは「テナントの入れ替え」に対して、商店街では「廃業」(そして家賃を払う業種が入ってしまう~携帯電話ショップ、コンビニはまだいいが、サラ金が入ると街が荒れる)。SCでは人材育成に力を入れ、店長の資質向上に努力しているが、商店街では各個人の努力と判断次第?……こうやって分かりやすい指標で比較されると、その違いがよく分かりますね。なんだかSCは素晴らしく見えて商店街は情けなくなってしまいますが。
 講演の最後に意外な話を聞きましたが、商店街もSC協会の会員になってほしい、と呼びかけているのだそうです。商店街もSCも根は一緒という考え方がベースにあることと、そもそもSCは商店街からスタートしたので、その恩返しをしたいのだとか(実際、2,800のSCのうち770は中心市街地にある)。SCのビジネスモデルは確立しているので、そのノウハウを学んでほしいとのこと。実際にSC協会に加盟した商店街はまだ2つだそうですが、既に富山市の中央通り商栄会の取組みを指導しており、次は静岡市の呉服町を手がけるとか。

 後半は質疑応答でした。
Q.最近のSCの開発姿勢をどう見ているか?
A.量販店開発のSCは画一的であり、大量出店でおかしな状況になっている。例えば、昔は核店舗が商圏を決めたのに、今は専門店群が商圏を決めている。
Q.最近のSCは、ファンドが買って、管理会社に委託する形が多くなっているだが。
A.ファンドは短期利益追求型であり、地域の発展も顧客満足も無視するし、SC協会にも加入しない。ファンドプロパティマネジメント会社の台頭によって、SCの質が悪くなっていく可能性もあるが、一方、所有と管理の分離という流れは逆らえないだろう。
Q.商店街にSCのマネジメント手法を適用できるのか。
A.プロのタウンマネージャーに任せ、各店はルールを守ることが求められる。最低限、顧客に不快な思いをさせないこと。厳しい競争社会になってきており、気を抜いた商売をすれば容赦なく淘汰されるものであることを認識すべきだ。
Q.ジャスコ・イオン系については?
A.以前のジャスコではなくなっており、今や「宇宙戦艦ヤマト」だ。地方の百貨店や商店街では全く太刀打ちできない。もはや、中心市街地活性化で郊外のイオンに競争を挑んでも絶対に勝てないところまで差がついてしまったという感じ。それでも、イオン内部では、2年間かけて新しい業態開発研究会をやっているなど、次の戦略の準備に余念がない。イオンSCの中では子どもたちが走り回っており、昔の商店街の機能すら備えている。
Q.しかし、おじさんたちには全然楽しくない。居場所がないし、飲み屋もない。高齢化が進んだら、郊外SCなどはどうなるんだろうか。
A.玉川高島屋の廻りには当初何もなかったが、今や飲食店がいっぱい立地した。しかし、これは例外であり、地方都市の郊外SCの廻りには、そういう機能が立地することは期待できないし、高齢者の行き場所はないかもしれない。やっぱり、街なかに人が住まないといけないと思う。

 最後の一言は、やや意外、やや唐突な感じがしましたが、ショッピングセンター協会の方も「街なか居住」の重要性を言うのか!?と、非常に印象に残りました。

 質疑応答などはまとまった議論にはなっていないので、結論が出たわけでもありませんし、体系的な勉強になったとも言えませんが、ショッピングセンターというものの認識が少し深まったような気がしますし、重要な示唆をたくさん得た勉強会でした。

2007年2月 6日 (火)

自治体議会改革フォーラムキックオフを傍聴して

 昨年の夏、地方自治について幅広く見聞を広めるために参加した「自治体議会改革フォーラム」の、次のプレイベントを1月某日聞いてきました。このフォーラム、2001年にスタートして、毎夏開催され、約180名が参加しているとのことでした。昨夏は、議会基本条例を制定したばかりの北海道栗山町議会議長さんが講演されるなど、素人の私にとってはかなり勉強になる内容でした(2日間の初日しか参加しませんでしたが)。
 この日、四谷で開催された催し物は、プレイベントということで正味1時間半の短いプログラムでした。基調講演のような形で問題提起を法政大学の廣瀬克哉氏が行いました。題して「めざすべき自治体議会の改革目標10」。地方分権が進む中で地方議会不要論が出ているとの認識を前提に、議会改革の共通目標を10項目提案されました。それを以下に紹介します。
 1.議員同士が責任を持って自由に討議する議会
 2.市民も参加できる開かれた議会
 3.積極的に情報を公開し透明性のある議会
 4.一問一答で分かりやすい議論をする議会
 5.市民に分かりやすい議会
 6.行政となれ合わない議会
 7.市民と政策をつくる議会
 8.行政から独立した事務局をもつ議会
 9.実効性あるチェック機能をもつ議会
 10.自ら運営できる議会

 このうち、最初の3項目を「2007年統一自治体選挙での共通改革目標」、次の5項目をステップ2、そして最後の2項目は地方自治法の改正が必要なステップ3、と整理していました。
 ここでは、これら一つひとつの内容について論じることはやめておきます。講演を聞いてつくづく感じたことは、これら改革目標に取り組む大前提として、「議員が十分な知識と見識を持つべきではないか」ということです。
 あまり偉そうなことを言うと怒られるでしょうけど、今まで私がお付き合いしてきた、あるいは身近に見てきた議員さんの大多数は、基礎的な勉強をなさらずに、自分が思ったことや支援者から頼まれたことを持ち込んできたり、議会で質問されたりしていました。議員に対して面と向かって「あなたは勉強不足だ」とか「知らないでいい加減なことを言わないで」などとは言えないのです。大きな権限と責任があるのだから、もっとずっと勉強してほしい。その上で、大所高所に立った立派なご判断をしてほしい、そう思います。よく「議員が最も地域のことを知っている(職員は地域の実情をあまり知らない)」と言われますが、ちゃんとした情報に基づき、客観的な考察と判断をしていないことが多いので困ってしまいます。私は本職が公務員ですから、仕事がら一生懸命政策を考え、遂行しますので、そういう立場から議員に相対すると、そういう面が見えてしまうんです。
 また、これからは本格的な地方分権の時代であり、地方で自律的に考え、行動していかなければなりませんから、これまで以上にはるかに政策を勉強し、その地域に合った「答え」を見つけて実行していかなければなりません。立場こそ違え、行政担当部局と議会が真剣勝負をする中で最適解が見出されていくとすれば、それなりの知識と見識を持って頂かないとダメなのです。行政職員がすべて優秀で問題無いなどとここで言うつもりはありませんが、行政当局は否応なしに膨大な知識と考え方を持たされますから、そことやり合うためには、議員も不勉強ではダメなのです。政策や知識・ノウハウをよく勉強して身につければ、上のような改革目標10項目はいずれも実行できるだろう(少なくとも、かなり実効ある取組みができるだろう)と思います。

 さて、プレイベントの話に戻りますが、この日、基調講演の後は参加者との間の質疑応答でした。それを聞いていて非常に気になったのは、この日参加している「地方議員」さんたちは一体どういう議員さんなのだろうか、ということでした。ある意味で「意欲がある」のは確かだと思います、こういう集会にわざわざ参加するわけですから。しかし、実は「少数派」「弱小勢力」で、「負け癖がついている議員」なのではないか???次々と発言される内容と雰囲気からそういう印象を受けてしまいました。「どうせダメだけど、私たちは頑張っている」という自己陶酔・自己満足の人たちなんじゃないだろうか……。ダメを承知で主張し、玉砕し、その悔しさをエネルギー源にして、また同じことを繰り返す人たちなんじゃないだろうか……。もし私の感じたとおりだとしたら、「それじゃダメでしょ!」と言いたくなります。
 存在意義を認められ、能力・見識に一目置かれるような存在になるよう、もっとしたたかな戦略・戦術を持つべきであり、私は、やはりそれは「政策」だと思います。執行部は政策を遂行しているのだから、政策で勝負すべきです。議会の主要勢力に対しても、優れた政策で挑めばあながち勝ち目がないとは言えません。ただし、身の丈に合ったサイズの政策テーマを選ぶことが重要なコツだと思いますが。
 「少数派であっても意見を尊重しろ」とか「民主的に議会を運営しろ」とか「議会改革をしろ」などの主張は、重要な、意義ある主張だとは思いますが、現実的に事態を大きく変えていくことができるでしょうか。否定をするわけではありませんが、そればかりに終始していては賢明とは思えません。政策でも勝負すべきです。しかも、的を射た、的確な政策提案でなければなりません。それは勉強しなければできません。特定のテーマ・分野で構わないので、行政当局の担当者と互角に渡り合える程度まで、地道に必死に勉強すべきです。時間が掛かる回り道のように見えますが、私はそれが最も効果的な手法だと思います。
 以上の私の主張に対しては、おそらく異論はあるでしょうね。お怒りや批判も多々あるでしょう。真剣に反論される方は、既に実行されている方なのかもしれません。それなら結構だと思います。でも、そういう方なら、実際に実績を上げるとともに、自分たちが目指す方向で議会改革を進めているのではないでしょうか。そして、そういう方なら、この日の討議の時間に、「あなたたち、それじゃダメだよ!」と発言されたと思うのです。そういう発言がなかったのは、そういう方がこのような会合に出てこない(言い換えると、そうじゃない人たちしか参加していない)からなのか、それとも私が間違っているのか、果たしてどちらでしょうか。

2007年2月 1日 (木)

住環境教育って?

 アカデミックに、建築学会のシンポジウムに参加してきました。学校教育の中で取り組まれている「住環境教育」がテーマのシンポジウムでした。正式な名前は「学校のなかの地球――地球環境時代における住環境教育への期待」というものです。
 そもそも、建築学会において2002年度から「地球環境時代における住環境教育のあり方」について検討が行われ、その成果が「環境教育用教材 学校のなかの地球」という本にまとめられた機会に開催されたわけですが、500円の参加費を払うと2,200円のこの立派な本をもれなく進呈!という特典が非常に魅力的でもありました。
 前半、住環境教育に関する実践事例が3つほど紹介され、後半はパネルディスカッションが行われました。
 練馬区立高松小学校のI先生は、自分自身が環境共生マンションに入居したことがきっかけで「環境教育」に積極的に取組みました。平成14年度、資源エネルギー庁から「エネルギー教育実践校」に指定され、様々な取組みを行ったそうですが、実践校に指定されたからと言って、全校上げて「環境教育」に取り組むことにはなかなかならない、という発言が示唆に富んでいました。学校の敷地内のいろんな場所の気温を測定したときのこと。子どもは涼しい場所(プールのそば、銀杏の木陰など)をよく知っているが、実際に気温を測定してみると、1度くらいしか違わなかったそうです。
 設計コンサルタントのZ女史。エコ住宅の設計をずっとやってきたが、住宅の省エネ性能をいくら上げても、実生活を測定してみると、エネルギー消費に3倍くらいの差が出た。つまり、ハードの対策ばかり取り組んでもダメだ!そこで繰り広げられる「生活」から変えていかなければ!と痛感したそうです。なるほど!また、セミナーや講習会を開催しても、いつも同じ人ばかり関心を持っていることに気づいた。関心を持つ人を広げていかなければ!と痛感したそうです。
 国立教育政策研究所のT調査官。くそ真面目な面白くない話かと思いましたが、いいことを言いました。どうやったら環境教育が普及するか?→一番有効なのは「クチコミ」だそうです。隣の(普通の)学校がやっているという情報に非常に刺激を受けるらしい。また、自治体によって環境教育に対する「温度差」が非常に大きいそうです。コレはいけませんよね。一律横並びにする必要もありませんが、たまたまやる気のある担当者あるいは首長がいたから熱心に取り組んでいる、という感じで偶然性に依存して先進事例が誕生しているようでは、普及もままならないでしょうし、根付いていかないでしょう。
 その他、生徒や保護者が、実験や体験に参加することで、家庭でも取組みや生活習慣の改善につながった、という発言がありましたが、私はこの発言は非常に示唆に富んでいると思いました。大上段に「家庭で省エネを励行しましょう」とか「環境教育を実践しましょう」などと呼び掛けても、一般的にはなかなか実際の行動や取組みにはつながりにくいのが実情ではないでしょうか。ところが、多くの人が深層心理では「環境を大切にしよう」とか「何かやるべきだ」と思っているはずであり、ちょっとしたきっかけ、ヒントが提供されると、ごく自然に省エネを実践したり、環境に興味を持つことができるような気がします。そういう意味で、子ども対象、あるいは親子対象の環境教室とか体験イベントを大学や研究機関、そして行政が開催することは、重要なことだし、効果的なことだと思います。そのための予算なんて大した金額は要らないですし、プログラムやメニューも先進事例のマネで十分に面白い内容となるものです。そして、引き受けてくれる人は理科の先生や博物館の学芸員などいろいろいるはずです。是非、推奨すべきだと思います。

2007年1月25日 (木)

横浜の洋館付き住宅を見る会に参加して

洋館」と言えば、西洋風の「近代的」な住宅のことです。明治以降、様々な西洋文化とともに建築様式としても「洋風」が入ってきて、全国に多くの「洋館」が建てられました。私がかつて住んでいた長崎には非常に価値のある洋館がたくさんあり、観光名所になっています。横浜も、西洋からの文化や技術の玄関口の一つであり、港町としてたくさんの洋館が建てられました。そして、一般の住宅においても、基本は日本家屋ながら、一間(玄関脇の応接間など)だけ洋風の住宅が、中流階級向けに、大正から昭和初期にかけてたくさん建てられました。そういう和洋折衷の住宅が「洋館付き住宅」と呼ばれています。横浜ではそういうネーミングで十分通じそうですが、他の地域ではピンと来ないかもしれません。宮崎駿監督のアニメ映画「となりのトトロ」でサツキとメイが引っ越した家も「洋館付き住宅」だと言えば、何となくイメージがつかめるでしょう。
 私自身は、「洋館付き住宅」に格別の興味や執着心を持っている訳ではありませんが、実は昨年末、東京建築士会が主催した発表会で、都内で伝統的な住宅の保存・活用に取り組んでいるグループの発表を聞いて、こういう活動が「まちづくり」にとって、また、地域のアイデンティティ醸成にとって、効果的だと再認識したものですから、横浜で「洋館付き住宅の見学とまち歩き」の催しがあると知って、一度くらい自分も参加して実感してみようと思った次第です。
 主催したのは、「よこはま洋館付き住宅を考える会」です(ホームページURLは次のとおりです)。http://yyjk.at.infoseek.co.jp/
今回の見学会は、横浜市の中でも初めて南区を取り上げたそうです。「洋館付き住宅」は、かつての沿岸部に多く分布していますが、区によって偏りがあり南区には少ないです。理由はよくわかりません。
 平成19年の1月20日(土)、朝10時に横浜市営地下鉄弘明寺駅に集合しました。事前に申し込んでいたので、スムーズに受付けが済みました。全部で15名ほどの参加でしたが、大半が会員やお馴染みの参加者であり、初めての参加は僕を含めて数名のようでした。
 歩き始めると、やがてみぞれが降り出しました。どうりで寒いわけだ。素人考えでは、冬なんて寒くて街を歩いての見学会には不向きなような気がします。ところが、会の人が言うには「冬が最適」なんだそうです。不思議ですよね。その理由は、屋敷内の樹木の葉が落ちて、建物がよく見えるようになるからだそうです。なるほど!でも、雨や雪が降ったり、木枯が吹くのはイヤですけどね。
 まず、旧鎌倉街道を南下しました。旧道は歩道がなく片側一車線なので歩きにくいものですね。いくつかの洋館付き住宅を見た後、同潤会大岡住宅を見ました。同潤会とは、関東大震災後、困窮する住宅不足解決と震災による傷害者の収容と教育のための施設供給を目的に、大正13年に設立された組織であり、後の日本住宅公団の前身に当たります。2戸長屋形式で124戸の住宅団地で、大正14年(1924年)の開発です。既に80年以上経っているので、当時の建物は殆ど残っていませんが、未舗装の団地内通路や街路樹などはかなり往時の面影を残しているようで、文化財を見るような感慨を覚えながら見学しました。
 昼は出発点近くの弘明寺商店街の中華料理屋で他の参加者数名と一緒に食べました。世田谷から来た人は、「せたがや町並み保存再生の会」のメンバーということで、来週の自分たちの街歩きイベントへの参加呼び掛けを兼ねての参加でした。あちこちに熱心な人たちがいるものです。なお、この弘明寺商店街は弘明寺という観音寺の門前町として栄えたところのようで、現在もなかなかの賑わいを見せていました。私も以前の住まいにいるとき、息子が病気になってこの近くのクリニックに来たことがあり、まんざら初めてではありませんでした。
 午後は弘明寺商店街から北上しました。洋館付き住宅もいくつか見ましたが、和館(和風の日本住宅をこう呼ぶんですね)も見ながら、設計事務所経営のベテラン会員Oさんに見所を分かりやすく説明してもらいながら歩きました。やはり、ガイドさんに説明してもらうと理解の度合いが違っていいものです!午前中に続き、再び同潤会の井土ヶ谷住宅も見ました。こちらは4戸長屋、2戸長屋で計412戸もの大団地でした。もとの住宅は6畳+3畳とか4畳半+3畳といった規模だったようです。おそらく当時としては非常にハイカラだったんだろうと思います。現在は建物もすっかり建て替わり、ごちゃごちゃした市街地の中に溶け込んでいます。
 最後に「井上良斎の登り窯」を見学しました。井上良斎という人は、江戸末期に尾張瀬戸から尾張藩の窯師として江戸に出てきた陶工の三代目で、関東大震災の後、この地に登り窯を移し、昭和15年頃まで陶磁器を生産していたそうです。もちろん現在は使われていませんが、地元の人たち(登り窯と永田の自然を守る会という団体)の協力を得て、登り窯だけでなく比較的広大な敷地の自然を守り、地域のコミュニティ活動に活かしているそうです。敷地は斜面地で、人の手があまり入っていないのでかえって独特の趣きがありました。市街地の中のこのような貴重な自然は是非とも残していくべきだと思いますね。ちなみに、守る会のURLは次のとおりです。
http://members.ytv.home.ne.jp/noborigama/
 午前・午後を通じて歩きながら、設計事務所経営の会員Oさんや、神奈川県庁勤務のMさんからは、歩きながら「どうしてこのイベントを知ったのか」「どうして参加する気になったのか」など、いろいろ聞かれました。専門が同じ、あるいは同業者ということで興味を持たれたのかもしれません。まあ、数少ない初参加者でしたから、どんなヤツだ、これからも参加しそうか……などと品定め、値踏みされたのかもしれません。なお、特にMさんとは、神奈川県庁に私の友人や仲間もいますし、Mさんが仕事上で付き合った人たちのことを私もよく知っているので、結構盛り上がってしまいました。
 最後に、終点の井土ヶ谷駅近くの喫茶店に入って交流会と称して雑談・懇談をやりました。参加者の属性や個性は様々でしたが、若干オタクっぽいというか、洋館や古い建築を見るだけで楽しいという人もいて、必ずしも溶け込めない、入り込めない部分があったのも事実です。ですが、ある視点を持って街を眺め、実際に歩いてみることは、非常にいい経験でした。詳しい人の説明を聞いたり、他の人と話をしながら街歩きをするのは、一人で歩くより刺激も多くて、勉強になりますね。街の良さ、味わいって、こういう風に深く入り込んだり、じっくり堪能しないと見えてこない要素もあるような気がします。充実した半日でした。

2006年12月 6日 (水)

商店街活性化セミナーに参加して

 平成18年12月2日(土)の夜、世田谷区立烏山区民会館ホールで行われた「店街活性化セミナー」に参加してきました。主催者は、独立行政法人中小企業基盤整備機構、世田谷区商店街振興組合連合会、烏山駅前通り商店街振興組合です。
 いわゆる「まちづくり」あるいは「中心市街地活性化」は、「商店街の振興」と「市街地整備」、言い換えると経済産業省の施策と国土交通省の施策という二本立てで構成されていると言ってよいと思います。私自身は、仕事がら、後者の国土交通省関係施策についてはそれなりに理解していますが、前者の商店街関係施策についてはあまりよく分かっていません。そういうこともあって、基礎的な勉強になるかな?と思ってこのセミナーに参加してみました。申込み締切を大幅に過ぎてから申込みましたが、主催者の烏山商店街振興組合からわざわざ電話を頂き、参加証を送ると間に合わないといけないので受付に取り置いておくと言われ、丁寧な対応に好感を抱きました。会場の定員は380名でしたが、私は実際の参加者はせいぜい150名がいいところだろうと読んでいました。ところが、会場に入ってみると、ホールの客席がほぼ満席になっていました。これはどうしたことか!と驚きました。
 開演に10分ほど遅れてしまったため、既に基調講演が始まっていました。地元烏山駅前通り商店街振興組合の理事長であり、と同時に世田谷区と東京都の商店街連合会の理事長でもあり、さらに全国商店街振興組合連合会の理事長でもある、まるで自治会長と市長と県知事と総理大臣を兼ねているような?桑島俊彦氏による講演でした。演題は「コミュニティポイントによる“烏山方式”で実現する地域活性化」。とにかくよくしゃべる人です。原稿をまったく見ないで次々と話題が展開していきますが、内容は面白くて説得力があり、話しぶりは迫力がありました。人物的にも「ただ者ではない」と思われました。おそらく国会議員どころか総理大臣に対しても堂々とやり取りをしそうな迫力があり、かと言って、地元に帰れば買い物に来るおばちゃんとも気さくに話をしそうな雰囲気も持ち合わせている、そんな感じの人物でした。壇上での講演だけでなく、休憩時や終了後のロビーでの振る舞いも合わせての印象です。今まで存在を知りませんでしたが、商店街の振興というテーマにおいては、日本でなくてはならないキーパーソンだと思いました。さて、その講演のポイントをざっと紹介します。
・烏山駅前通り商店街では、長年の努力の結果、空き店舗はたった一つだけ。ただし、自分で商売をせず人に貸すケースが増えてきた(坪3~4万円の家賃が取れるので、自分で商売をやるより儲かる)。しかし、出店するのは大手のチェーン店ばかり。これらは商店街振興組合に入らないし、共同の取組みには参加しない。寄付やイベントには協力しない一方で「ただ乗り」して繁盛している。
・そこで、世田谷区に産業振興条例を作ってもらった(注:商店街で小売業を営む者は商店会に加入、商店会の事業への応分の負担をする「努力義務」を規定)。強制力や罰則規定はないが、不動産取引の際の重要事項説明には入れてもらうようお願いしている。条例に書かれたことは企業にとってはそれなりの重みがあり、効果は出ている。個別にお願いして回ったが、大きな企業ほど理解すると動きは早い。ハンバーガー屋の大半、コンビニも半分くらいは組合に入ってくれた。
・市や区ごとにこんな条例を作るのは大変だから、本当は都道府県で作ってくれるのが望ましい。経済産業省出身の広瀬勝重大分県知事にお願いしたら、この12月に、都道府県で初めての産業振興条例が、しかも、なんと議会提案の形で成立する。
・都議会でも昨日、1時間演説させてもらった。東京都でも、議会も行政もだんだん前向きになってきた。
・買い物でスタンプを差し上げる、この「烏山方式」は全国1,200箇所で実施されている。烏山駅前商店街には毎日12,000人が来るが、その90%の人がスタンプを集めている。スタンプは「もらって頂くもの」であって、「差し上げるもの」ではない。ところが、商店街ほどまとまりのないところはなく、男性客には出さないとか、特売にはつけない、ということをやる店がある。それではだめだ。コンセプトは「愚直進呈」と言っている。
・初めてICカードを作ったのは18年前で、1枚8,000円かかった。平成10年に2代目を作ったときは1枚1,100円かかった。そして、今回は「コミュニティポイント」を考えついた。

・3年前から実証実験で商店街の清掃ボランティアをやって頂いており、1回175ポイント(=350円分)を差し上げている。毎月、長野県から朝8時に参加しにくる男性がいる。これからは団塊の世代がリタイヤするので、期待している。この清掃ボランティアによって、街のゴミは3分の1になり、落書きもなくなった。フラワーポットの面倒も見てもらっている(業者に委託するより、ボランティアにポイントを差し上げる方が安くできる)。これをきっかけとして、スクラム烏山などのNPOが誕生した。
・業務ゴミは深夜12時に取りに来てもらっており、飲食業のゴミも朝にはきれいになくなっているのでカラスの被害もない。収集業者には夜警もお願いしたところ、街の治安が非常によくなった。
・このコミュニティポイントが貯まるのは地域社会に貢献しているということだから、表彰をしようと思っている。
・桜新町、下高井戸、明大前など各地区で非常に様々な取組みを行っている。明大前では「民間交番」をやったら治安ワーストワンがベストワンになった。本物の交番は(交番の間隔がネックとなって)置けないから始めた事業だが、この取組みの成果で今度本物の交番が置かれることになった。ところが、本物の交番は年間1億円かかるが、民間交番は年間300万しかかからない。競争したらいいじゃないか、という話をしている。

 後半はパネルディスカッションでした。パネリストは、(わざわざ北九州から)NPO里山を考える会、セミナーの共催者でもある中小企業基盤整備機構、NPO笑顔せたがや、烏山駅前通り商店街振興組合、地元の昭和信用金庫の人たち、コーディネーターは(財)流通システム開発センター・次長の関川仁美さんでした。テーマは「“人”が主役のコミュニティ活動・環境活動」。今回のシンポジウムは「コミュニティポイントカード」がキーワードですが、どういうものかというと、単に買い物をしたらポイントがもらえるだけでなく、地域で環境活動やボランティア活動(つまり「コミュニティ活動」)をしたら同じようにポイントがもらえるようにして、地域でのコミュニティ活動の活性化、ひいては地域の活性化を実現しようというのです。
 以下、便宜上、発言のポイントをパネリストごとにまとめました。
田中省一氏(烏山駅前通り商店街振興組合・副理事長)
・ICカードの3代目に取り組む際、中小機構のアドバイスを受け、「エコポイント」の研究をやった。いろいろと研究した結果、エコポイントだけでなくコミュニティ活動を広く対象にしていこうということになった。マナーポイント、リサイクルポイント、ノー包装ポイント、相談ポイントなど、いろんなアイデアが出ている。
(Q.烏山商店街でのポイントカードが普及したポイントは?また、これからの予定は?)
・利用者に差し上げるポイントの「原資」が大事。これをどこから持ってくるか!?
・ポイントシールを1枚2円で商店が商店会から買い(仕入れ)、350枚貯めると500円に交換できる。つまり、そこで200円の利益が発生する。
・システムの機器のことを考えると、サーバー(ホストコンピュータ)の更新が大きなコストだった。今回の3代目では、NTTコミュニケーションズのサーバーを使わせてもらうこととなり、利用料のみ支払う形となった。システム(サーバー+端末)の更新コストは負担しなくて済むようになった。
・JT、トヨタ、京王電鉄などの大企業も清掃ボランティアに参加してくれるようになったので、何か応分の負担をお願いしている。
・自転車をちゃんと止めたらマナーポイントを差し上げているが、放置自転車の撤去にコストが掛かっているから、その予算を振り向けるよう役所と交渉中。インクカートリッジの回収も、買い上げてくれる業者が出てきたから踏み切った(1コ当たり10円分のポイントを出すが、業者は20円で引き取ってくれるので、利益が出る)。相談ポイントは「NPO笑顔せたがや」に負担させている。文化施設に行くともらえるカルチャーポイントはその施設に負担してもらっている。子どもポイントも考えているが、さてどこに負担してもらおうか……。防災訓練に参加するともらえる防災ポイントは、訓練の参加景品のネタが尽きて飽きられているのでポイントに切り替えると参加者も行政も喜ぶという考え方。このように、新しいポイントを始めるときは、負担先もセットで考えることにしている。
(Q.烏山商店街の清掃活動について説明を………)
・もともとは地域通貨の実証実験として始まったもの。地域通貨の配り方として「いいこと」をしたら配ろうということで、清掃の他、老人ホームの慰問、桜並木の手入れなどを対象にしたが、反省会で「街の清掃は、終わってからとっても気持ちがいい」という意見が多かったので、清掃ボランティアでいくことにしたもの。
・途中で差し上げるポイントを半分にしたが参加者数は減らなかった。街が好きな人たちなんですねぇ。ただ、参加者の中に商店街の人が少ないのが残念。
・新しいICカードは5万枚作った。既に1万数千枚を配った。
・お店によって対応(取組み姿勢)の差が大きい。今や大手スーパーだと必ずお客に「ポイントカードをお持ちですか?」と聞いている。やはり、各商店の対応が鍵だと思う。
山崎富一氏(NPO笑顔せたがや・事務局長)
・発足してまだ7か月。相談があった内容を分析すると……(パワーポイントで説明)
関 宣昭氏(NPO里山を考える会(北九州市)・代表)
・北九州環境パスポートを、やはりICカードでやろうとしている。烏山の商店街とアプローチが逆で、環境ポイントを普及させるために商店街を使おうという発想。3年間実証実験をやり、昨日、本格的にスタートした。
・ポイントの出し入れをどうするか、が大きな課題だった。
・環境に取り組む人はよく「環境オタク」と呼ばれるので、「オタクからお得へ」をキャッチフレーズにした(単なるシャレ?)。
・環境によい活動をCO2換算して評価する仕組みである。いわば、飛行機のマイレージと同じ。
(Q.NPO里山の会の活動はもともとNPOが主導?、それとも行政のリーダーシップ?)
・言い出しはNPOだが、行政のコラボレーションが大切だった。
・北九州市は「環境首都」を目指すと言っているので、その枠組みにうまく乗っかった形。
・住基カードの販促ツールに使えないかということで総務省からお金がドンと入った。残念ながら、住基カードの方はセキュリティが重すぎて断念し、商店街の方に切り替えた。
(Q.里山を考える会で、運営上苦労することや、思いがけず良かったことなどは?)
・商店街の美化運動をしたとき、実証実験でポイントをもらえるということで小学生が参加してくれた。実験が終わったら小学生はぱったりと清掃に来なくなったが、商店主と顔なじみになったので、挨拶を交わすようになった。
神保和彦氏(昭和信用金庫・理事長)
・昭和信用金庫は、下北沢が発祥の地だが、全部で20店舗、うち世田谷区内に12店舗ある。
・信用金庫という金融機関は、メガバンクに比べると来客数が非常に少ない(メガバンクの某支店は1日4,000名、信金は1日100名来ればいい方)。それが、ポイントカードを扱うようになって、1日400名になった。女子行員が忙しくて泣いたこともある。
・信金と商店街は一心同体だ。1枚のカードから、と言っている。
(Q.信金とポイントの関わりはこれから広がっていくか?)
・信用金庫は、地域と職域の2つあるが、もともと地元が必要に迫られて作ったもの。
・かつて先輩から、お巡りさんより地元のことを知らなきゃダメだと言われた。支店に転勤したら、その営業エリアに引っ越せ、とも。
藤田義文氏(中小企業基盤整備機構・業務統括役)
・今回のまちづくり3法の改正を受けて、まちづくり推進課、地域支援室、中心市街地協議会支援センターを作った。
総括(関川コーディネーター)
・今日の参加者全員に配って頂いたこの「山繁盛商店街Q&A」という冊子は、ほとんどのノウハウが入っている。これは一つのバイブルだ。
・コミュニティ活動というのは、多くの人がやりたい想いをいろいろ持っているはずだが、何かしようと思っても、個人ではなかなかできないものだ。商店街を通じて参加できると、大きな負担なく参加できるので素晴らしい。そういう意味で商店街が入ることは理想的と言える。
・今や「分業の社会」と言われ、例えば掃除は業者がやってくれるもの、という認識が広がっているが、それではいけない。できることは自分たちでやっていくことが重要だ。それが、街や学校のことを想うきっかけになるのではないか。

 コーディネーターの関川さんが紹介したように、「烏山繁盛商店街Q&A」(別冊資料2006年版までついている)は、烏山方式がよく分かる優れた解説書です。「買い物をすればポイントがもらえる」ということだけでは、今や大半のお店ショッピングセンターでやっていますから、乱立するとポイント洪水・カード洪水になりかねず、消費者としてはいささか食傷気味ですよね。そして、貯めたポイントを本当に有効に使うのは、よく行く店に限られるのが現実ではないでしょうか。
 それを、商店街全体でチェーン店を含めて一致団結した上で、買い物だけでなくリサイクルやボランティアといった環境活動・コミュニティ活動まで対象に含めた点が非常にユニークです。ポイントの価値が高まるメリットだけでなく、ポイントがもらえるというエサで釣られる形で、気軽に環境活動やコミュニティ活動をするきっかけになりますし、これらの活動を推進する側にとってもこのポイント制度に参加することで取り組みやすくなるでしょう。(したい側とさせたい側にとって)お互いにメリットの出るいいアイデアだと想います。

 烏山方式の「コミュニティポイント制度」がそのまま全国どこでも実施できるとは限りません。津のような地方都市のあまり集積していない中心商店街で果たして有効かどうかも分かりません。しかし、このセミナーから学んだことは、このようにダイナミックな取組みをせずに、商店街が活性化することはないだろうということです。商店主や地権者の我が儘ややる気のなさを放置したままで、どうして消費者が戻ってくるでしょうか。中心商店街が特別な存在(街の顔?)であり、たくさんの税金を投じても再活性化させなければならないと本気で考えるなら、かなり大胆で戦略的な取組みを力強くやらなければならないと思います。さて、津には、どんな戦略・どんな施策があるでしょうか。それを誰がやるのでしょうか。

2006年11月21日 (火)

東京建築士会主催「地域貢献活動をしている団体との意見交換会」に参加して

 11月17日(金)、東京建築士会で開催された意見交換会に参加してきました。イベントの名称は「地域に根ざしたまちづくりの考え方」意見交換会で、副題が「東京におけるまちづくり団体のあり方について」です。東京建築士会のまちづくり委員会が企画主催するものであり、何を隠そうこのワタクシ、東京建築士会に所属し、まちづくり専攻建築士でもあるので、「こりゃ絶対に参加しなければ!」と気合いを入れて参加してきました。
 会合の名前はややピンと来ないものですが、その内容は、都内で地域貢献活動をしている5団体を招いてその活動状況の報告と、それに基づく意見交換というものでした。招かれた5団体は「カンダユメラボ」「杉並たてもの応援団」「NPOせたがや町並保存再生の会」「NPOたいとう歴史都市研究所」「文京歴史的建物の活用を考える会」「玉川学園地区まちづくりを考える会」です。

 報告された活動は、主に歴史的伝統的な建築物の保存・活用に関する活動でした。重要文化財級ではなく登録有形文化財級の建築物、あるいは地域で残すべき町並み、路地、暮らしなどが主なターゲットのようです。単に古い建物だけの保存活動であれば一部の熱心な人たちの活動に過ぎないのですが、地域の貴重な財産として周辺の住民にも大切につかってもらったり、その建物を利用してイベントを開催したり、街歩き会を開催して多くの人に街の良さを再発見してもらう取組みをしている様子をお聞きすると、地域の活性化・まちづくりに結構貢献している人たちであり、ぜひ頑張って頂きたい、その活動に光を当てたい、多くの人に認知され支持されるといいのに、と素直に思いました。そして、活動の実態は、私利私欲とは無縁の「公益」のために頑張っているのに、権限も資金も政治力もなく、「無力」です。何とも気の毒な気がしてなりませんでした。
 そこでふと思ったのは、もし行政が、地域資源を活かした個性あるまちづくりを本気で推進する気になってこの人たちの熱意・アイデア・技術を有効活用したとしたら、素晴らしい成果が出るんじゃないかということです。
 彼らの活動報告からは、行政の無理解、消極性、非協力を嘆く声をたくさん聞いたのですが、一方で自治体の総合計画や都市マスタープランでは「地域の個性を生かしたまちづくり」などと謳っています。何か変だな!?と思いました。
 もちろん、地域にはいろんな声があって、彼らの主張や活動がすべての人に100%受け入れられるとは限りませんし、個人資産にかかわることもあります。行政が直接取り組むことの是非や限界もありますが、勇気とやる気を出して、できる範囲でやればいいんじゃないか、と思いました。そういう自治体、首長はあり得ないのだろうか・・・・
 こういう問題意識で質問票を出してみたところ、司会が取り上げてくれました。それに対して、2つの団体が答えてくれました。
○世田谷区の団体の回答
 区議会でも近代建築の保存活用について質問が出たことがあったが、教育委員会が「区内には対象の建築物が400棟もあるので、これ以上の取組みはしません」と答弁した。我々に言わせれば「400棟しかない」だ。仮に前向きな職員がいても人事異動で長続きしないし、行政も一本とは言えない。
→教育委員会が文化財行政として取り組むことの限界と危険性を感じました。教育委員会はまちづくりとか地域の活性化という発想を基本的に持ちません。保存する価値があれば残すし、価値がなければ何もしない、周辺の地域や住民との関係は関知しない、のでしょう。まちづくり部局と連携協力することが望まれます。でも、例えば私が飛騨高山市でお会いした教育委員会の課長さんは非常に柔軟な発想で30年スパンでのまちの再生を考えていました。貴重な方だなあと感じましたが、世田谷区の団体が言うように「いい人も、いる」ということでしょう。
○玉川学園地区の団体
 2年前に工場跡地にマンションが建設され問題になったとき、市長が議会で「二度とこんなことが起こらないよう頑張ります」と答弁したが、今回また同じことが起きようとしていることが信じられない。ただ、町田市の取組みは決して後手後手ではなく頑張ってくれており、その姿勢は痛いほどよく分かるので、辛い。
→この話は、建築基準法や都市計画法といった法律の体系が、地域の個性を生かしたまちづくりを進める上ではただちに(自動的に)役に立つというわけではなく、自治体や住民が相当自主的、戦略的に取り組まなければならない、という重い教訓を与えているように思いました。制度論的には、例えば「地区計画」をかければ地域の実情に合った規制がかけられますよ、ということになるのですが、では実際に権利制限を課すような地区計画が、地域内住民の同意を得て作れるだろうか、それを誰が必死になってやるのか、といったことを考えると、かなり難しいのが現実です。暗澹たる思いになってしまいます。いろんな価値観や意見がある中で、あえて地域のまちづくりを考えて自治体が積極的に実効性ある都市計画の実現に取り組むことなどが望まれます。

 津市にまちづくり・地域の活性化に役立つような資源としての建築物等はどのくらいあるのでしょうか。また、その実態はどの程度、調査・把握されているのでしょうか。保存・再生・活用に向けた積極的な取組みがなされてなくて、どんどん取り壊されてしまってはいないでしょうか。成熟社会に入ったと言われる21世紀においては、このような地域資源を活用したまちづくりに取り組むことは、非常に重要なテーマだと思います。これらの地域資源は一度無くなると二度と復活できないですし、それらに匹敵するような価値あるものを新たにつくり出すことは極めて難しいわけです。だからこそ、今まだ残っているこれら地域資源を必死に守り、活かすべきです。ダサイ、格好悪い、古くさいなどの悪口・批判に安易に負けずにその価値を正面から評価すべきです。
 NPOや専門家、建築士会などが連携・協力して、立ちはだかる様々な壁(価値観の多様化、財産権、個人情報の保護など)を乗り越えて、できる範囲でいいから取り組むべきだと思います。その際、自治体の役割も非常に重要だと思います。

2006年9月19日 (火)

中心市街地活性化研究会に参加して

 平成18年9月12日(火)、NPO法人日本都市計画家協会の「中心市街地活性化研究会」に参加してきました。私はNPO法人の会員ではありませんが、外部からのオープン参加です。ご好意で参加させて頂いておいて、(この文章の後半で)厳しくえらそうな話をして本当に恐縮です。
 この日の講師は大阪市立大学教授の矢作弘氏でした。日本経済新聞編集委員を経て現職に就かれた方で、ご自身が「自分は学者ではなくジャーナリストだ」とおっしゃっていました。「だから、難しい議論になって私が分からなかったら、ここにいる諸先生に是非答えて頂きたい」ともおっしゃっていました。矢作弘氏は、「都市はよみがえるか」「大型店とまちづくり」(いずれも岩波書店)といった本を書かれています。最近、どちらも読みました。「都市はよみがえるか」の方は、まちづくり3法がまだ制定される前の1997年(平成9年)に出版されており、それを3法改正が行われた後の今月読んでみたところ、10年近いギャップを感じなかったことからも、まちづくり3法が何も役に立たなかったことを再認識しました。
 まず、矢作弘氏の講演内容を紹介します。やや専門的な内容であり、紹介としては不親切な点もありますが、この際「ゴメンナサイ」で済ませてしまいます。
○大型店はすでにオーバーストア状態
 ・年間商品売上高は97年をピークに下降傾向であるが、一方、店舗数はずっと増加傾向(百貨店は緩やかに右肩下がりだが、スーパーは一貫して増加傾向)。

○大型店の立地場所は、かつて商業地域から今や郊外中心へ。
○ロバータ・グラッツが『都市再生』という本の中で「都市は養育するものだ」と書いている。まちは時間をかけて変わるものであって、時間の積層の中で育つもの。デベロッパーが一気にまちを作るなど傲慢だ!
○今回の都市計画法改正で、10,000㎡以上の店舗の立地は商業地域、近隣商業地域、準工業地域に限定された。自治体に言いたいことは「準工業地域にフタをしなさい」。
○福島県が商業まちづくり条例を制定した。この10月に施行される。イオンが県に意見書を出して、憲法94条違反(大店立地法違反)、22条違反(職業選択(営業)の自由違反)を主張している。県が同意しないと訴訟になるかもしれない。福島県の基本方針は「中心優位主義」と言える。つまり「中心都市の中心に出なさい」というスタンス。
○福島市郊外のひどい事例の紹介。国道の沿道一皮だけ近隣商業地域の指定で、郊外型店舗が建ち並んでおり、すぐ裏が第一種低層住居専用地域。しかも、何と幹線道路沿いは電線類が地中化されている!多額のお金を使って電線類を地中化しておいて現実はこの景観だ!
○今回の都市計画法改正で気にかかる点
①近隣商業地域指定の濫用~今回も改正しないのは問題。
→都市計画法では、近隣住区生活者のための日常の買い回り品(魚とか肉とか野菜とか)を扱う店舗が本来立地すべき用途地域だが、全く無視状態。用途規制は何の為か?まったく疑問だ。
②改正前、200㎡超の劇場・映画館は近隣商業地域内で出店不可だったが、改正後はOKになった(これは「特定大型集客施設」に関する規定を新設したため)。これが本当なら大問題だ!中心市街地の活性化に大きく寄与する映画館が郊外の大型店舗の中のシネコンに制圧されてしまう。
③法改正によって、準工業・商業・近隣商業地域以外に立地している既存の大型店舗は「既存不適格」になる。今後、大掛かりな増改築をしようとする場合は用途変更が求められることになるが、自治体はどう対応するのだろうか!?地区計画を設定すれば認められるという「抜け穴」が制度的には用意されたが、自治体の対応が鍵を握ることになった。

 さて、後半は質疑応答でした。参加者はほとんど私が個人名を知らない方々でしたが、基本的にコンサルタントや大学教官等、都市計画の専門家のようでした。個々の発現内容の紹介はやめておきます。国内の都市に関することだけでなく、アメリカの話、ヨーロッパの話など、皆さん物知りで経験が誠に豊富!という感じで、いろんな数字、地名、情報が交わされていました。最初は「ふーん」と感心して聞いていましたが、そのうち、あることに気づきました。
 これだけ物知りで経験豊富な方々が、全国の自治体の都市計画や中心市街地活性化を指導したり、調査や計画策定を受託してきたんだろうな。各都市で有識者や先生として尊敬され、頼られ、自信満々に講演をし、アドバイスをし、計画を策定してあげたんだろうな。その結果、まちづくりは成功したんだろうか?中心市街地は活性化したんだろうか?――答はNO!です。それは彼らも自ら認めている。でも、今ここで知識・経験を披瀝し合っているこの人たちは、そのことを全然反省していない。この10年の中心市街地活性化策が失敗だったから、今回、法改正せざるを得なかったのに、その反省や、自分たちの考えや活動が間違っていたという認識を告白せず、依然として自信満々に知識をひけらかしているのは何かおかしくないか?そう考えると、非常に白けてきました。今日のこの会合はいわば身内の集まりなんだから、クライアントや世間の目を気にせず、本音で、「俺たち、長年こんなことを言ってきたし、やってきたけど、間違ってたね。変えていかなきゃね」と吐露し合い、「法律改正を受けて、これからどういう取組みが求められるんだろうか、その時、俺たちは何をすべきなんだろうか、何ができるんだろうか」という感じで、脂汗を流しながら悩み、考え込み、そして、新たに思いついたことやアイデアを交換し合いながら、これからの取り組む方向性を模索する、そういう議論になってもいいんじゃないだろうか、と思いました。少なくとも、長時間の議論は、矢作弘氏から提起された問題の解決には、ほとんど近づきませんでした。冷静に見ていると、発現すること、知識を披露することが目的になってしまっている、そういうディスカッションタイムでした。
 このことに気づいたことは、私にとって非常にショッキングでした。一方で、この日の最大の収穫だったと言えるかもしれません。
 実は、このNPO(日本都市計画家協会)には強い関心を持ってました。自分のやっていること、勉強していることは、「都市計画家」、つまりアーバン・プランナー、シティ・プランナーの領域と言ってもいいのかもしれないから、少なくとも「目指す」という意味でこのNPOに入会しようか、一緒に活動していこうか、などと内心考えたりもしていましたが、取りあえず止めておくことにしました。
 えらそうなことを書きましたが、自分自身がこの日参加された諸先生方の足下にも及ばないことは百も承知です。しかし、それでも、自分たち自身の問題・限界・誤りに気づいていない方々の方がずっとたちが悪い。変に実績があり、尊敬を集めているが故に、なおさらだと思います。
 日本国内では、政策的な取組みによって「中心市街地」が十分に再活性化したと言える都市はないのです。これは驚くべき事実ではないでしょうか。これだけ多くのお金と労力とマンパワーが傾注されながら、なぜなんでしょう。是非解明したい、非常に大きな問題だと思います。それを故郷・津市で成果が上げられたら、素晴らしいことだと思います。引き続き、柔軟な頭と幅広い視野でこの問題を考えていきたいと思います。

2006年9月18日 (月)

「住まいとコミュニティづくりNPO交流会」に参加して

 この交流会は、財団法人ハウジングアンドコミュニティ財団市民活動助成プログラム「住まいとコミュニティづくり活動助成」の昨年度の助成対象団体によるそれぞれの活動内容の発表会で、平成18年8月26日(月)九段会館で行われました。私にとっては、24日・25日と地方自治の会議に参加したのに続き、今度はまちづくり関係の会議への参加と、連日、情報やアイデアを吸収する満腹状態が続きました。
 この助成プログラムですが、民間非営利団体による住まいとコミュニティづくりについての先駆的・創造的な活動に対して助成を行うもので、1件当たり原則100万円が上限となっています(助成総額は1000万円)。助成対象の活動は、①探検・点検型の活動、②施設の提案・想像型の活動、③住環境の保全・整備型の活動、④自然の保護・活用型の活動、⑤入居者参加の住まいづくりをめざした活動、⑥集合住宅の建て替え、増改築、大規模修繕をめざした活動、⑦その他の活動の7分野。平成4年度にスタートし、今回の報告で13回を数えます。今回は125団体の応募の中から16団体が選ばれていますが、かなり高い倍率です。
 国の補助事業とは異なり、金額は少ないですが、助成対象となる活動の範囲がかなり広いという印象があります。活動そのものが助成対象ですから、必ずしも具体的な「成果」を挙げなくても構わないものと思われます。やや「つかみ所がない」という印象も拭えません。
 実際に発表を行ったのは14団体で、持ち時間10分で次々と発表が行われました。

 全部は無理ですが、印象に残った団体を幾つか紹介いたします。

島スタイルワーカーズ・コレクティブ
 山口県の東南部、瀬戸内海に浮かぶ人口22,000人のやや大きな島・周防大島。でも高齢化率は45%と日本一らしい。東京からUターンしてきた若者たちの活動は、季刊フリーペーパー「島スタイル」の発行、島の20代30代の若者が参加する「未来の島づくり作戦会議」の開催など。日焼けして茶髪のおにいちゃんが元気に明るく発表してくれました。ユニークな事業としては、注文者の家紋を染め込んだ「家紋入りアロハシャツ」の製作。一つ注文しようかと思いましたが、1着14,000円もするので、とりあえずやめておきました。

風待ち海道倶楽部(島根県隠岐の島)
 官民一体となって設立された団体で、隠岐ならではの歴史・文化・自然を活かしたまちづくりに取り組んでいます。主な活動は、朝市、港を活用した結婚式、歴史講座、ライブ等。「風待ち海道エコツーリズム大学」という活動がなかなか素晴らしく、平成16年度は毎日曜日に計18回も開催、平成17年度は延べ300名の参加があったほか、東大や関西大でも出前講座を行いました。エコツーリズムガイドブックまで作成しています。運営はもちろん講師もすべて地元でまかなっているところも素晴らしい。商店街の空き店舗対策で「どうせ入店しないのなら隠してしまおう」と暖簾をかけた取組みなどは逆転の発想?で笑ってしまいました。

NPO法人古材文化の会
 創立後12年、会員330名のしっかりした団体です。「古材の提供者と利用者のネットワークを作り、古材の活用を促進すること」「伝統的木造建築文化と建築技能の継承と発展を図ること」「資源を大切に使う社会を実現すること」が、3つの活動目的です。発表では、30坪の木造住宅を解体すると40トンものごみが出ること、古いしっかりした民家には手に入りにくい良質な木材が使われていること、古材を20%以上活かして再生すると新築より経済的だと判ったこと、などを教わりました。この助成を活用して人材養成講座「伝統的木造建築保存・活用マネージャー養成講座」を開催したとのこと。

浜島町まちづくりグループ WITH AIBE
三重県志摩市浜島町の団体です。「あいべ」とは地元の方言で「歩け」という意味、「WITH AIBE」で「一緒に歩こう」だそうです。「歩いて楽しむまちづくりを自分たちの手で力でまちづかいに変えて行こう!」がテーマで、「出来ることから始めよう!」が合い言葉だそうです。
 古くから漁業で使われていたガラスの浮き球「びん玉」を資源として活用し、観光、まち起こしに取り組んでいます。びん玉オブジェの制作、びん玉ロードの整備、夏至と冬至のキャンドルナイトイベントまち歩きマップの作成など、いろんな活動を実施しています。「たかがびん玉、されどびん玉」という感じで、素朴なアイテムを見事に資源として活かした発想力と行動力に敬服しました。会場に本物のびん玉を持ってきて見せてくれました。
 発表してくれた井上さんの本職は市役所職員だそうです。う~ん、こういう活動をしている人って、公務員か、大学教官か、あるいは一線を退いた年配の方か主婦あたりが多いのかなぁ。公務員は本業と、学者は研究と、オーバーラップさせてやることも可能でしょうね。自立して本業でやっている人はなかなかいないんでしょう、やっぱり。

NPOホームレス支援ネットにいがた
 寒い雪国の新潟にホームレスがいるのか!?と思いましたが、いるようです(50名ほど)。ホームレスの就労支援とその基礎条件づくりを目的に設立されたNPO。住宅兼商店だった建物を借り受けて改修し、8つの個室、共用の食堂・台所・風呂・トイレを設けた「まちかど館」という名前の施設ができました。ちゃんと家賃を払って入居してもらっています。もと商店の部分に団体の事務所を置き、安定した活動ができるようになりました。改修工事にかかる前から古紙の集積場所を提供したり、軒下で一休みするベンチを置いたりして、地域との共生・交流に努めまたところ、開設準備段階では反対の声が強かった地元自治会から、施設の開所に当たってご祝儀をもらって感激したとか。このことが象徴するように、地元とのコミュニケーションは予想以上に拡がっていきましたが、意外だったことは元ホームレス同士の交流がほとんど行われなかったこと。ホームレスの方は一度脱すると意識的に遠ざかり、現役?のホームレスとの接触を避けるそうですが、それも何となくわかる気がしますね。地元新潟大学の先生や学生から支援や指導を受けているとの説明もありましたが、その教授の一人は実は発表者(NPOの事務局長)のご主人。別に構わないけど、このケースも主婦と大学教官か……と苦笑してしまいました。

NPO法人緑のごみ銀行
 大都市のど真ん中でも草の根まちづくり活動をやっている団体がいました。東京都文京区で、家庭の生ゴミや学校給食の残飯、お寺の落ち葉などを回収して堆肥化し、街の緑化に取り組む活動です。この助成が受けられることになって心から喜んでいました。これまで区役所などから冷たい不親切な対応をされながらめげずに頑張ってきたところ、この財団の助成を受けたことで役所の態度が一変し、お茶の水橋の下での腐葉土作りを委託されることになったそうです。また、このNPOと付き合うことによって、土木と教育と環境といった異なる部署が連携するようになったとか。「ゴミは宝物」という思いを込めて、あえて「銀行」というグループ名にしているとか。さらに頑張って欲しいですし、内容自体はどこでもできることですので全国のモデルになるといいですね。

 まだまだたくさんの発表を聞きましたが、紹介はこの辺で終わりにします。

 発表のあと、「WITH AIBE」井上さんに、同じ三重県出身者ということで挨拶をさせて頂きました。同じ公務員でもあり、今後もコンタクトを取っていければいいなと思いました。私としては、これまで三重県にはなかなか熱心なまちづくり・地域起こし活動をやっているグループを見つけることができなかったので、今回、浜島町のこういうグループの存在を知ることができて嬉しかったです。是非、引き続き頑張っていって欲しいと思います。帰省したときに覗いてみたいものです。津市にもこんな頑張っているグループはいないのかな?

 まちづくりや地域起こしに取り組んでいるNPOの活動内容を生の声でたくさん聞けたことは、この日の大きな収穫でした。実際にはもっと多種多様なNPO活動があるに違いありません。可能性としては「無限」にありそうです。でも、実際に誰かが立ち上がって活動を始めなければ何にもなりません。可能性のままで終われば、何もなかったのと同じです。可能性が少しずつ現実のものになっていけば、やがては街の活性化、人々の生きがいや幸せなど、大きな成果につながっていくことでしょう。ぜひそうなればいいと思います。では自分に何ができるか、それが見いだせないのが大変残念ですが。

2006年9月17日 (日)

自治体学会・神奈川横浜大会~その3(おまけ)

 今大会の参加者名簿を見ると、津市からは一人参加されていました。三重県内の市町村の中では、伊勢市長の森下隆生さんが参加されていました。2日目午後の自治体学会の分科会3「自治の制度を検証する~自治基本への展望」のパネリストになっていたので、主催者から要請があったこともあるでしょう。しかし、1日目のパネルディスカッションでコーディネーターの大森先生が会場からの発言として森下市長を指名されましたが、そこで森下市長はご自身は「自治体学会とは20年来の付き合い」だと言われました。この学会に入って活動していらっしゃったんですね。森下市長はその他、次のようなことを言われました。
○2000年に一度、市長選に出馬した。「地域のコミュニティ」を訴えたが、ダメだった。
○この学会に県議会議員の参加がないのが残念だ。
○前市長の逝去に伴い急きょ市長選に出ることとなり、間に合わなかったので、現在「後出しマニフェスト」を作成中だ。「議会との協働」を柱に一つにしようと考えているが、職員からは総スカンを喰らっている。

 実は、伊勢市長さんとは東京である飲み会で図らずもお会いしたことがあり、(当方としては)面識があるのですが、今回はご挨拶するのは控えておきました。

 もう一つ。三重県庁の職員で、今回、自治体学会の運営委員になった女性がいます。間違いなく中学時代の同級生なんですよ。運営委員に選ばれるということは、やはり長年頑張ってるんでしょうね。久しぶりなので声を掛けようと思いましたが、壇上で紹介されたあと慌ただしく会場を出て行ってしまいました。分科会も別会場(彼女は伊勢市長の出る第3分科会に参加したはず)だったので、結局会えないまま会議は終了しまいました。ちょっと残念でした。この大会、来年は京都の舞鶴で開催するそうなので、この学会で会うことは難しいかもしれません。でも、それぞれの立場で地方自治の研究や実践に活躍して欲しいと思います。

 そういうことで、8月24日の「第23回全国自治体政策研究交流会議」と25日の「第20回自治体学会神奈川横浜大会」への参加は、実に多くの情報やアイデア・考え方を知ることができ、また、地方自治やまちづくり・地域づくりに熱心に取り組んでいる多くの人・団体があることも知ることができました。有益な資料もたくさん入手しました。改めて時間をかけてこれらを反芻し、しっかりと吸収したいと思います。以上で報告を終わります。

2006年9月16日 (土)

自治体学会・神奈川横浜大会~その2「分科会」

 「第20回自治体学会神奈川横浜大会8月25日(金)午後の部は、分科会です。概要のページにも書きましたが、分科会は14に分かれ、それらが同時に開催されるので、どれか一つにしか参加することができません。私は、参加申込みの際に、分科会6「地域づくりの20年 ~過去・現在・未来~」を選んでいました。
 対談者      中谷健太郎(由布院温泉・亀の井別荘)
           岡崎昌之(法政大学、自治体学会代表運営委員)
  パネリスト    岩本 剛(熊本県氷川町)
           菊池新一(岩手県遠野市)
           中谷健太郎
           横石知二(徳島県上勝町)
 コーディネータ  岡崎昌之

 私にとってこの分科会の目玉は、由布院温泉の中谷健太郎氏と氷川町の岩本 剛氏でした。私は、たまたま最近、「由布院の小さな奇跡」(新潮新書)という本を読み、また少し前には「まちづくりの伝道師達 宮原発!!小学生からはじまるまちづくり」(第一法規)という宮原町(現・氷川町)のまちづくりについて書かれた本を読んでいたので、強い関心を持って参加した次第です。

 前半は岡崎昌之先生のリードで、中谷健太郎氏のトークでした。生真面目な学者の(と思われる)岡崎先生をして「中谷さんはいつもシナリオを決めても守ってくれない」とぼやかせて始まったトークは、冒頭から中谷さんが勝手な話を初めて岡崎先生を「さっきの打合せと全然違う!」とがっかりさせていました。
中谷健太郎氏
○いま、体に住み着いている怒りの鳥、それは「合併」。怒りこそ健康のもと、と考えている。
○「何か変えたい」と思って40年やってきた。そのトイメン、正面にいたのは行政であり、議会。そうでないと、「お前らそう言っているが、こっちから見るとそうは思わないぜ」と言われたら終わってしまう。
○錦の御旗を担いで欲しいと願っていた。役所がやっても見劣りしない「錦の御旗」をこっちが作る必要があった。何をやるにしても、「なるほど!」と膝を打つようなことを。
○結果的には、行政を引っ張り出すことには失敗した。

岡崎教授
・町役場の中にカウンターパートとなる職員は形成できなかったのか?
中谷健太郎氏
○できなかった。随分やってみたが……。僕らのスピードが速すぎたのかもしれない。霞が関には受けたが、地元には合わなかった。

岡崎教授
・観光中心の中谷さんたちがどうやって町内をまとめたのか。
中谷健太郎氏
○実は、湯布院町では観光関係従事者が70%を超えている。
○でも、文化圏は観光中心にはなっていない。それは葬式に行ってみるとよく分かる。
○旧湯平村とは昭和の合併で強制的に一緒になり、50年。湯平は役場も議会も農協も失った。しかし、一体感、融合は全くない!だから、今回の合併でも湯布院を守ろうという気概はなかった。

(注:かつて、由布院と湯平が合併して湯布院町となった)
岡崎教授
・今回3町合併したわけだが、もとの「由布院」だけで何かやったらどうか。
中谷健太郎氏
○自分の名刺には「九州・由布院盆地」と書いている。
○最近、「ここ」意識が弱くなった。
○小さい自治体には人材がいない。「合併すると人材が集まる」と言われたが、そんなことはなかった。どうして怒らないのか!?

岡崎教授
・由布院には中谷さん、溝口さんがいたわけだが、その次はどうなっているのだろうか。
中谷健太郎氏
○28歳で戻って既に40年。
○前半は創造の期間、変革の期間と捉えている。一緒に走ってくれた仲間は3~4人。夢を実現したかった。全力投球していたが、心地よいものだ。全力投球しないと見えないことがある。いいものだ。
○後半20年は、力を失って失速している。逃げはしなかったが、突っ込んでいかなかった。しかし、いることで触媒の役割は果たしていると思う(いないと別の結果になってしまう)。
○ガンガンやる人の成果は評価されやすい。ガンガンはやらないが逃げずに言い続ける人は、結晶ができる。評価していい。
○役場の観光担当の職員は、この40年間ほとんど旅館に来ない。「たまには調理場覗いてよ」と言っても、「邪魔になるだけだから」と言って見てくれない。まあ、言っていることは半分当たっているが。それでもやわらかい結晶はできてるんだけど……。信じようと思ってはいる。

○0℃以下に冷えても凍っていない水に、ウサギの毛をピッと入れるとたちどころに凍るらしい。ウサギの毛にはなりたいと思う。馬車にはなれないが。これからは、馬車にもウサギの毛にもなれなければ、カナリヤになりたい。

 中谷さんという方は、非常に情熱的であり純粋な方だという印象を持ちました。平成17年10月に湯布院町は3町合併で由布市になりましたが、中谷さんはこの合併に強硬に反対したようです。分科会では中谷さんから自著「由布院に吹く風」の抜粋のコピーが配られましたが、それは町役場の全職員の自宅に速達で送った手紙だそうです。その一部を紹介します。

  町職員の一人一人へ
冠省。明後日八日夜には、時計が停まります。
行動する日限が締め切られるのです。
その前に私達の考えを直接述べて、「行動」を定める「参考」にして頂きたい。

私たちは、いまの状況を悲しんでおります。
町長さんへの解職請求が通ろうと通るまいと、現在の町の状況は悲しい。
三千人を超える町民が想いを抑えて解職請求書に署名をなさった。
それを求めて寒気の中を数百人の人達がコツコツと歩いた、よくよくのことです。

(略)

私の本意はあなたへの謝罪です。
私がまだ若かった『花水樹』の時代、
あるいは『西風』の時代を引き継いで、
しぶとくあなたの「責任提言」を問い続けるべきだった。
そうすれば役場と町民の間に、いまほど深い川が流れていなかったと思う。
一緒に町を造る喜びが小波を立てていたにちがいない。

(略)

世は大変革、疾風怒濤の時代です。
役場だけが無風の「安全地帯」ではあり得ない。
知事会在職期間の「幻の安全」にすがることを止めて、
長居「人生の暮らしの真実」に立ちませんか。
首長さんも議員さんも、みんな「幻」です。
どこぞの「市」に吸収されれば、底なしの「沼」に落ちる。
政府も援ける力はないと、あっさり白状しています。
頼りになるのは、日々の暮らしを「どっこい生きている」この町の町民だけです。
その町民たちは戦後60年間、信じ、頼ってきた「議会制」の政治に絶望して、日々の働きの合間を、雪道を踏んで「町長さんリコール」の署名を集めて歩いているのです。
長い間、町民が「税金と信頼」を託してきた役場のあなたが、
今、「信頼」で応えなければ、町民はあなたを捨てるでしょう。
あらかたの票は集まったけれど、そんなことよりも、役場と町民の間の新しい信頼関係こそが百倍も大事です。

(以下、略)

 この手紙は、現実にはたぶん何ももたらさなかったことでしょう。受け取った人の心の中までは分かりませんが。この中谷さんの純粋で熱い「想い」が、これまでの湯布院の輝きに絶大な貢献をしてきたであろうことは想像できます。今回はそれが通じなかったようです。中谷さんは怒っている。その怒りを元気に変えて、「由布院」を愛する気持ちに乗せて、また前向きに生きようとしている、そんな風に理解してたぶん間違ってないと思います。事情は知りませんが、この中谷さんたちの想いを、行政では受け止められなかったんでしょうか。受け止める形は見つからなかったんでしょうか。見つける努力をしなかったんでしょうか。行政って何なんでしょうね。何のためにあるんでしょうね。

 後半の第二部は、パネルディスカッションでした。同じく岡崎教授がコーディネーターを務め、パネリストに熊本県氷川町職員の岩本剛さん、岩手県遠野市職員の菊池新一さん、徳島県の㈱いろどり代表取締役副社長の横石知二さん、そして中谷健太郎さんです。テーマは分科会のテーマと同じ「地域づくりの20年~過去・現在・未来~」であり、実際には、現場でそれぞれに「地域づくり」に取り組んできた各パネリストの話を伺いながら、これからの地域づくりについてお互いに考える、というストーリーでした。

 岩本さんが勤務する氷川町は合併する前は宮原町といい、「まちづくり銀行」とその支店による地域づくりの活動・事業が素晴らしい実績を挙げているところです。最近、宮原町にかかわった全国の大学生や地元高校生が発起人となって、平成16年3月に「宮原好きネット」が設立されました。岩本さんは宮原好きネットの「支配人」です。
岩本さんの発言
○5,000人の町で3年と5,000万円をかけて総合計画を策定した。
○こだわったことは「コンサルには仕事をさせない」ということ。
○大事なことは「知らなかったとは言わせない」という状況をいかに作るか、ということ。
○住民が参加してまちづくりに取り組む姿を子供たちに見せることが大事だ。それが子どもの作文に出てくる。
○大学生のインターンを毎年受け入れている(今夏も11名)。彼らにはまちづくりへの提言は求めていない。受け入れているのは、子供たちの育成が目的。

 続いて、岩手県遠野市の菊池さんです。私は数年前まで岩手県庁に出向しており、岩手県内で遠野市役所や建築士たちのまちづくりへの取組みの素晴らしさを知っていたので、楽しみにしていましたが、残念ながら今回はあまり印象的な話は聞かれませんでした。従って、ここでは内容を省略いたします。
 最後は、徳島県の㈱いろどり代表取締役副社長の横石知二さんでした。「いろどり」という会社は徳島県上勝町という人口2,000人余、高齢者比率47%の小さな町の第三セクターです。なんと「葉っぱ」を売って商売にしている会社です。今回、横石さんの話を聞いてまったく初めて上勝町という町の存在を知りましたが、この小さな田舎町はすごいことをいっぱいやっています。まず㈱いろどりによる「彩事業」は単に葉っぱを売るだけではなく、いろどりと生産者とJAをパソコンとFAXで結んた供給システムが確立しているとともに、高齢者の立派な就業の場になっています。また、ごみゼロ(ゼロ・ウェイスト)宣言に基づく本格的なごみの分別、知恵を絞ってIQ運動会、構造改革特区制度を利用した有償ボランティア輸送事業ワーキングホリディ(農家に滞在して農作業・里山作業を手伝う)、地域通貨実験(間伐材、未利用材等の木材を㈱もくさんという第三セクターに持ち込んでもらったポイントを商品券に交換でき、町内で買い物ができる)など、どうしてこれだけユニークで生き生きとした取組みを展開しているのか、信じられません。おまけを付け加えるなら、この町を視察する場合は、研修視察サービス手数料(一人1,000円)を支払うことになっていて、しかも「食事と宿泊がセットになった視察専用特別プラン」が町のHP上で用意されています。驚いたなあ、これだけの取組みを仕掛けて動かしてるのは一体誰なんだろう……。これは別途よく調べてみる価値がありそうです。
 話が横道(でもないんだけど)にそれました。横石さんの話です。
○葉っぱの事業では、80歳の高齢者が月に50万円も稼いでいる。高齢者には専用パソコンを提供している。ここだけの事業を育成している。
○ごみはリサイクル率80%。町内にはごみ収集車も焼却場もない。
○UIターンを積極的に受け入れている。既に128名。
○光ファイバーを導入している。既に830世帯のうち700数十世帯に導入した。
○補助金に頼らなくなった。自分で考え自分でやるという形。
○注山間地域はどんどん悲惨になってきている。役場がなくなり、学校がなくなり、広狭次号が減り、待ってましたとばかりに福祉が入ってきた。
○NPOは好きではない。トップが替わるとすぐ崩れていく。
○道の駅ができたように「まちの会社」を作るべき。

この分科会は、最初にコーディネーターの岡崎先生が言われたように結論はありませんでした。でも、由布院、宮原、遠野、上勝という、地方部ですごく輝いているまちの実情を生の声で知ることができてとっても有意義でした。
 終了したあともパネリストを多くの参加者が囲んで話が弾んでいました。私もその輪に加わりたい衝動にかられましたが、残念なことに私には現場がない。今取り組んでいる「行動」がないのです。勉強はしていますが。同じ土俵で交換する意見や情報がないので、割り切ってさっさと会場を立ち去りました。

2006年9月15日 (金)

自治体学会・神奈川横浜大会~その1「全体会」

 前日の「第23回自治体政策研究交流会議」に引き続き、8月25日(金)、横浜の神奈川県民ホールで「第20回自治体学会神奈川横浜大会」が開催されました。午前中は「全体会」、テーマは「『市民の政府』を創る」です。
 なお、大会に先立って8:45から隣の建物で自治体学会の総会が開催されましたが、独自の事務局設置と運営の独立(これまでは特定の自治体に依存)、連動して年会費の大幅アップという大きなテーマが議題となり、さらに役員改選まで加わったので、