市職員に求める10ヶ条
その1「プロフェッショナルになれ」
公務員は数年単位で様々な部署に配置換えされますから、不慣れな仕事を受け持つことが多いです。特に事務系の職員はそうです。昨今、価値観が多様化し、変化のスピードが速いと、担当者が十分な職責を果たすことが難しいケースも出てきています。
しかし、あえて言いたい。担当する仕事についてはプロフェッショナルになれ、プロとしての自覚を持って仕事をしろ、と。
異動したばかりで不慣れでして……という言い訳は最大三ヶ月までしか許されないものと思いましょう。1年目はやりながら仕事を覚えればよいなんてとんでもない!三ヶ月で必死に勉強してマスターして下さい。そして、自分はこの分野のプロフェッショナルだと胸を張って仕事をして下さい。早く市民の方々から「頼りになるね」と言われるようになって下さい。例えミスがあってもしっかりとリカバリーして、決して言い訳しないこと。プロなんですから。
そのためには、ジェネラリストだけではなく、スペシャリストも育てるような人事政策の改革が不可欠なんですけどね。
その2「責任感を持って取り組め」
かつて公務員の本質を言い当てた名言(?)「遅れず、休まず、働かず」なんて、さすがにもう死語になっていると思いますが、倒産もリストラもない、ノルマや成績で絞られないという本質は変わっていません。外部のチェックや自分自身の倫理観が働かないと、「最小限の仕事だけやっておけばいい」という悪魔のささやきが悪さをしかねません。今や地方分権、自己責任の時代に入りつつあるのですから、気高い責任感を持って仕事をしましょう。責任感を持つということには、上級官庁の言うことを鵜呑みにはせず、また、市民に判断を委ねてしまうような愚は避けるということも含まれます。
その3「危機対応時こそ本領発揮すべき」
平時にちゃんと仕事をこなすことは、そんなに難しいことではありません。しかし、ひとたび事件・事故やトラブル・不祥事(つまり「危機」)が起きたとき、落ち着いて、過不足無く、的確かつ迅速に対処できることは、行政としては極めて重要です。「想定もしていなかったことで…」という言い訳をよく聞きます。理解できない場合も全く無いこともないですが、厳しく言えば事前の準備が不十分だったということであって、そういうセリフを口にするのは恥ずかしいと思わなければなりません。
想定しがたい危機的局面に遭遇したときこそ、見事に職責を果たしましょう。それがプロです。
その4「ミスや不祥事は隠さず公表せよ」
その昔、「寄らしむべし知らしむべからず」という言葉がありました。公表せざるを得ないこと以外、余計なことはできるだけ外には出さない、お上に任せておけという考え方です。これも死語になりました。情報公開法の制定などもあり、今やできるだけ情報は公開・提供しようという姿勢が普及してきました。いいことです。さらにもっと進めて「情報共有」にまでいきたいものです。
それでも、ミスや不祥事については、わざわざ公表することはない、公表したくない、という考え方がまだまだ支配的ですね。行政には失敗はない、失敗は許されないという強迫観念が背景にあると思います。すぐ議会やマスコミから追求され、批判されるというトラウマのようなものがあるのでしょうか。
果敢にチャレンジする、と同時に失敗は恐れないようにしたいもの。また、行政だけで何もかもできると考えない方がいいですね。ミスや不祥事は「改善、向上のチャンス」だと思って、むしろ割り切って公表していくことにしましょう。前向きに考えましょう。そういう風土にしていくことが必要です。
ただし、開き直って全部許す、ということでは決してありません。リカバリーショットはしっかり打て、信頼は確実に取り戻せということは当然求めなければなりません。
その5「国や県の言うことは大いに参考にしつつ、鵜呑みにするな」、「市民の要望、意見は大歓迎してよく聞きつつ、必ず吟味せよ」
市役所としての、自分たちの判断をきっちり行い、それに対しては責任を取るべき、ということです。当然の、当たり前のことですね。
でも、何十年も上級官庁の言うことに従ってきたので、その流儀は体に染みこんで容易に消えるものではありません。年配の方ほど深く染みこんでしまっています。困ったときに「国の指導」「制度上の制約」を言い訳やアリバイに使ってきたという一面もありました。その亡霊から逃れるためには、明確に意識しなければなりません。
市民の意見聴取、住民参加についても、当初は(面倒だ、できればやりたくないという本音があったので)形ばかりのものが多かったですね。主体的な住民参画や協働が普及してきた今でも、まだその意識は残っているように思います。住民参画も、やりやすい分野、馴染む分野ではやるものの、市政全般にわたって喜んで歓迎するという形にはまだなってないかと思います。私も、そう簡単なことではないと認識していますが、そういう方向を目指して進めていくべきだと考えています。
その6「専門家、他の事例などから貪欲に学べ」
自分たちの知識や経験、それらから出てくるアイデアなんて、たかが知れています。そう思った方が正解です。だから諦めよう、適当に終わらせようではありませんよ。全国にはたくさんの専門家がいて、うまくアプローチすれば、非常に有益な情報やアイデアを提供してくれたり、指導をしてくれます。また、全国には似たような状況下ですでに必死になって努力して目覚ましい成果を上げている市町村や団体の事例がいっぱいあります。もちろん、条件や背景が異なりますからそのまま移植してもダメですが、真似をする、ヒントにする、考え方を学ぶといった形で大いに参考にできます。
津市にしかない初めての問題なんて、まずありませんよ。アイデアやヒントはどこかにあります。全国の事例、全国の専門家の頭の中からそれを頂いて、自分たちで消化して、津のケース、津の事情に合った形にアレンジする、そういう姿勢はとても大事だと思います。誉められることはあっても、批判されるようなことは絶対にありません。どんどん、それで行きましょう。
その7「市民と同じスタンス、同じ目線で、見て考える」
『市長に求めるもの「コミュニケーション能力(市民と、職員と、議会と、マスコミと)」』で書いたことと同じです。市長も職員も、どちらにも同じように求められる姿勢だと思います。
その8「市民と違うスタンス、違う目線を持つ」
あれ?その7と矛盾することを言ってると思いましたか?一見矛盾するようですが、この両方を併せ持つことが大事だと思います。
その7だけだと単なる「迎合」になってしまう危険があります。行政と市民は「対等なパートナー」であるべきだとは思いますが、「異なる存在」であることも事実。役割が違う、責任と義務が違う、体制が違う、持っている道具が違う、いろんな点で違いがあります。従って「市民と違うスタンス、違う目線を持つ」のは当たり前なんです。
両方を併せ持ち、両方を使いこなすことが求められると思います。ただし、自分たちの都合で使い分けていいということを言ってるわけではないので誤解のないように。
その9「市民に対して説明の努力、理解してもらう努力を」
行政も、「情報公開」から「情報提供」へ、出せる情報はできるだけ出そうという姿勢に変わりつつあります。さらに「情報共有」にまで進めるべきです。
行政と市民は対等なパートナーだと繰り返し申し上げてきています。地域のため、市民のための仕事のうち行政が担った方が適当なもの、効率よいもの、行政でなければ処理できないものを行政に託し、一方で、地域が、市民が、自分たちでできることは自分たちでやる、という役割分担+連携協力の考え方に立つべきだと考えています。行政の側からみれば、「託されたこと」も本来、地域のこと、市民のこと。現在の状況など必要なことを知っておいてもらう、進め方、取組み方を理解してもらい支持してもらう、ということは、不可欠なことだと思います。
これまでは、行政には知ってもらう努力が、市民には知る努力が、どちらも足りなかったのではないでしょうか。
その10「どこまでもピカ一を目指せ」
ナンバーワンでもオンリーワンでもどちらでも構いません。順位が大事なのでもありませんが、要するに意識の問題です。自治体というのは排他的な存在でして、直接的な競争というものがありません。ですから、最低限のことさえやっておけば許されてしまう(処罰されない、駆逐されない)というのは紛れもない現実です。だからこそ、自律精神が大切なのですが、それだけでは危うい。市民に理解され、誉められ、信頼されながら頑張っていく方がうまくいくでしょうね。
「ウチの市役所はえーなー。ピカ一やな。たぶん日本一やで」と言われるように頑張ってほしいと思います。


最近のコメント